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深山亭にて 舞って紅 第十二話

 深山みやま亭―――その場所は、そのように呼ばれていた。要は、貴族の公達が、学問をする塾であった。菅様、いや、ここからは公と呼ぶことにしよう。公が、そこの主宰であり、取り仕切る役目を行い、学問を施していた。その中の最奥といわれる場所。そこでは、人知れず、かつての東つ国の、真実の歴史についての文書編纂が行われていた。

 その生き証人となるのが、薹に追いやられた、漂白の民たちこそである。その中でも、大昔より、口伝にて伝わってきた謡を諳んじた、舞巫女の役割が大きいことが、長年の調べで判明した。そのことは、文官である公と、その一行にとっては、勿論であったが、敵方の薹の者たちにも知れる所となった。アカの故郷である海の民の里が焼き討ちにあったのは、まさに、その為であったのだ。公は、この真実が、薹に拠り抹殺され、その歴史毎、東つ国が、紛い物の侵略者たちに奪われ、乗っ取られ、この先、亜素の国となり下がるのを防ぐべく、この事業に乗り出した。たまたま、外戚に薹の息のかかった方たちがいなかった、臣籍降下されていた、時の定子院帝は、この度、時流により、引き上げられ、帝となられた。帝は、この右大臣である公のお考えに同意されている。そして、この事業は、密かにではあるが、進められていた。

・・・・・・・・・・・

 その作業部屋についた、宮命婦みやのみょうぶとアカは、ひとまず、廊下で待たされる。

「お帰りなさいませ。お師匠様」
「お帰りなさいませ」

 一人が、公が部屋に入るのに気づくと、学生たちは、口々に挨拶をした。

 狭い部屋の中の脇には、沢山の巻き物や、綴じ本が重ねられているのが見えた。墨の臭いが鼻についた。夢中で、写本をする者、文書に読み耽る者、若い者、年嵩の者など交え、公達の姿が四人程見えた。

「まあ、相変わらずのご様子のようじゃな」
「何やら、紙ばかりの中に、男衆の皆様が・・・」
「偉いお仕事をされておられる皆様ですから、そのように言ってはなりません。後、お顔は下げて」
「はい・・・」

 とはいえ、好奇心の強いアカのことだ。それらの様子を、チラチラと見てしまう。

「皆、少し、手を留めてもらえぬか。海の民の謡巫女を連れてきた」

 公の一声に、一同が手を止め、驚きの様子で、顔を上げた。

「ま、まさか、・・・それは、海の舞巫女、アサギの筋の?」
「アカ、おばばの名は、アサギじゃな?」
「はい、そうでございます」

 廊下で控えていたアカは、顔を上げてしまった。

「おーっ・・・」

 学生たちは気色ばんだ。真っ直ぐに、自分たちを見つめる、アカの姿を見た。公の奥方である、宮命婦ですら、ここに来るのは珍しいのに、ましてや、若い婦女子が、この場に踏み入れること自体、この深山亭では、未だかつてないことだった。彼らは、それぞれ、アカを珍しい様子で見る。殆どの者が、畸神伝説を語る口伝の巫女ということに対する興味もさることながら、貴族の娘にはない、アカの独特の謡巫女の風情に、釘づけになる。

「あ、命婦様もおいでに・・・も、申し訳ございませぬ」
「いいえ、皆様、ご苦労様でございます」

 宮命婦は、袂で顔を隠されていた。それを見て、公が口を開く。

「拝顔については、下らぬ風習と、我は思うておるのじゃ。だから、たまに、こうやって、命婦まで出入りさせておるのじゃが・・・、御簾はここにはないと思うてよい」
「御簾越しに、謡巫女の舞を見て、謡を書きとるでもなりますまいなあ・・・ふふふ」
「いけません。お師匠様の奥様の、宮命婦様が、このような所まで、いらっしゃるなんて・・・」
「学問をする所でございますから、女人禁制で・・・」

 公達きんだちは、口々に話し出したが、公は、それを軽く収めるように言った。

「父上の頃の習慣であったようじゃが、我は、そのようなことを一言も言った憶えはないぞ・・・ああ、なにやら、落ち着かぬ故、命婦、ひとまず、アカを置いて・・・そなたは下がれ」
「はい、わかりました。では、アカ、しっかりとお務めを」
「はい」

 アカは、廊下で平伏ひれふし、宮命婦を見送った。

「アカ、狭いが、こちらへ来て、我の隣に座せ。皆の者、その場を一度、片づけ、きちんと文机の前に座すのじゃ」

 入室を許されて、ゆっくり立ち上がり、アカは、公の隣に座し、再度、平伏した。どうやら、顔を上げているのが、問題ならしい。そう考えた。確かに、酒席でも勿体つけられて、顔を隠して、舞をして、お相手の傍に行き、二人きりになって、顔を見せるという趣向もあった。

 大概、その時に、お相手は、目を丸くされ、途端に、緩やかな笑顔になる。お酒のせいかと思ったが、殆どの殿方が、アカの顔を見て、安心した、とか、好きな顔じゃとか、言ってくれていた。たまに、美人だという方もいた・・・。要は、どんな容色の女か、心配していたらしい。アカは、その時のお相手たちの顔と、ここの四人の公達の顔つきが変わらないと感じた。その、四人の公達と見ゆる者たちは、師匠の言葉に慌てて、片づけながら、文机を並べ整え、その前に正座した。

 アグゥのような器のある男は、アカを見て、微笑んでくれるが、慌てたりせずに、堂々としている。白太夫様も、公もそうだ。しかし、この公達は、少し、国司たちの反応に似ている。一人、一番若い公達は、チラチラ見ているな。目が合ったぞ。

 ついぞ、アカは、それに、にこりと微笑んでやった。

 あ、真っ赤になりおった。多分、まだ、初冠ういこうぶりぐらいではないのか?アカより、年下ではないか?つまりは、まだ・・・。アカは、今夜、舞をして、謡をしたら、皆のお相手をするのか?初めても、尽くして差し上げたことあるから、お任せなんじゃけど・・・。

「皆、家に帰らず、ここにおったのだな・・・熱心なことじゃ」

 公が、四人の学生である、公達を、アカに紹介した。

 四人の中の、一番の年嵩が、忠興(ただおき)という。元々、公の身の回りの世話をしていた。今は、この事業の補佐・代行をしている。公の父の代から、この深山亭で学んでいる。

 能福(のうふく)は、元々、舎人で牛の世話をしていた。学問というよりは、そもそもは、文字を書くのが苦手だったが、その分、丁寧に書く為、その内に文字が上手く、速く書けるようになり、文書の清書を仕っている。身体が大きく、大食漢である。勉学中に、差し入れられる食べ物を楽しみにしている。

 安行(やすゆき)は、新人の門下生である。伝説の宿彌(すくね)の末裔とも言われ、記憶力が良い。その為、今回のアカの謡を直接、伺う役に配されていた。

 残りの一人は、たまたま、今日、立ち寄ったらしい。寛算(かんさん)と言う行者だ。公を慕い、安楽寺から来ている。彼は、諸国を回り、間者に近いことをしているという。

 これに、渡会(わたらい)という、公の守役であった、白太夫が、各地の漂白の民を束ねる形で加わり、五名で、この事業を支えているのである。

「つまりはあれじゃ。白太夫殿の・・・」
「また、あからさまにことを申すな。寛算」

 漂白の民の中にも、こんな、よく似た感じの男がいる。そんな豪放磊落な感じの行者の寛算と、生真面目な忠興は、どうやら、齢が近いが、性格は正反対で、常に、反目しあって居るようだ。おっとりした調子の大男の能福が、ニヤニヤしながら、それを見ている。まだ、齢若い、安行は、チラチラと、周囲を見ながら、何か思い出しながら、書きつけを続けている。それに、公は、声をかける。

「安行、よいか。話した通りじゃが、今日から、アカから、謡を聞き、書き記せ。基本は、畸神様伝説についてじゃが、もしも、そなたの慧眼に適う謡の中身があれば、それも遺すようにするとよい」
「はい、かしこまりました」

 余り、安行は、こちらを見ようとしない。アカは、逆に、この子を相手に謡を見せるのか、と、まじまじと見た。見る間に、耳が真っ赤になっている。やはり、若い。だから、記憶力が良いのだろう、と、アカは思った。クォモとは、離れ離れにされたが、これから、この子と一緒にいられるのだったら、きっと、色々と愉しいことも展開されようと、図々しくも、そのように思った。

「ここは、飯が美味いし、菓子も頂ける。アカにも差し上げるのじゃろうか?」
「こら、手が止まっているぞ、能福。また、食い物の話か」
「別に、一緒でもよかろう」

 寛容とも言える、公の言葉に、生真面目な忠興は、顔を曇らせた。

「しかしですな。婢を同席させ、我らと同じ御膳というわけには・・・」「それは、大丈夫でございますから、あたしは炊屋でお余りを。表向きは炊女ですし」

 アカがすかさず頭を下げて言うと、公は微笑んだ。

「ならば、アカの心配は要らぬな。アカが中で上手くやれば、能福、お前の分が増えるかもしれぬぞ」
「な、なんと、左様でございますか・・・アカ殿、頼む。頑張ってくだされ」
「はい・・・うふふ」

 能福は、アカに向かって、手を合わせた。アカには、それが、何やら、可愛らしい感じがした。

「・・・いいのう・・・でも、飯、が本来じゃなかろうて、なあ、そなたは」

 寛算は、アカの太腿の辺りを見つめて、そう言った。それは、流れなのだから、と、アカも、つい、営業的な表情で、小首を傾げて、答えてしまった。寛算は、嬉しそうに頷いて、アカを値踏みするように、視線を送り続ける。寛算の後ろにいた安行までもが、その媚態に気づき、筆を落としそうになりながら、目を逸らし、俯いた。

「アカ、あまり、刺激せんでくれ。まあ、煩いことは言うつもりはないが、揉め事はご法度じゃ。すまぬが、忠興、その辺りだけ、よう見ていておくれ」
「はい。ですが、お師匠、その、この婢は、このまま、ここに?」
「まずは、その謡を書き留めるまで。つまりは、居てもらわねば、謡の中身を聞き取って、遺すことができんからな」

 忠興は、横目で、安行の顔を見ながら言った。

「ならば、お役の安行とだけでも、よろしいのではないでしょうか?」
「なんと、忠興、安行だけでは、ダメだ」
「寛山、お前は女子おなごといたいだけじゃろうが。・・・安行、頼んだぞ」
「・・・あ、あの・・・」
「いやあ、心許なかろうて、何なら、間者の経験もある拙僧が、・・・なあ、アカ、ゆっくりと・・・」

 何やら、面白いやり取りになってきた、と、アカは様子を見ている。笑いそうになるのを、袂で口元を、命婦のように隠して見せている。

「アカ殿は、飯の仕事もある。ここに飯を運んでもらうから、ずっと、安行とだけの仕事ではなかろうが」
「あぁ?能福、お前、今日は、よく喋るなあ。そういえば、先の文書の清書は進んどるのか?全く、飯のこととなると」
「そういう、そなたは、ここで何もしない。諸国の話を掴んでくるのは良いし、資料の元となる証拠などを探してくれるのは、我らのできんことで、ありがたいが・・・、それ以外は、大概、女の話ばかりじゃ・・・」
「何が悪い?殿上人様の御寝所については、拙僧は何でも知っておる、こないだだって、藤殿の一の姫、あのように慎ましやかと思うていたら・・・」
「あははは・・・もう、いいじゃろう。寛算。情報がいつも獲れるとは限らん。そなたの知る所の半分以上が、寝所の睦言を占めているのは解っておる」
「御師匠様まで、なんと仰る・・・」
「忠興は、たまに、家に帰った方がいいと思うが、奥方が待っておるのではなかろうか?」
「そうじゃ、どこぞの公達に通われておったら、どうするつもりじゃ?独りにしおって」
「そうなのか?寛算」
「調べてやろうか?お前の留守宅の寝所を?」

 すると、公と寛算は、大声で笑った。アカも、つられて、声を上げてしまった。困り顔で、年若の安行が口を挟んだ。

「お静かに・・・ここに女人が居るのは、内密ではございませんか?」
「すみません」

 穏やかに微笑んで、公は頷いた。

「そうじゃったな。安行、やはり、そなたに任せよう。この一つ前の小部屋を使うとよい。アカと二人で、あまり、大声にならぬようにして」
「あああ・・・まあ、いいか。安行も、その頃なのだな。羨ましいが・・・」

 公は、安行の肩を叩いた。

「そなたを預かり、冠親として、先日の成人の祝いをさせて頂いたからのう。それは流れに任せることじゃな、アカ」
「え?・・・あ、はい」

 ん?今のなんだろうか。風流人は、時々、聞こえよがしな言い方をされる。『流れに任せる』とは、二重の意味に取れる。でも、それって、いずれにしても・・・、そういう意味になるんじゃな、きっと・・・。アカは、この若い安行という公達と、別の個室で、謡の記録を作るのだろう、ということは解った。そういう感じになれば、なってもよい、と、公から直々に許しが出た、ということなのか?やはり、そうなんじゃな・・・。アカがそう思って、安行を見ると、無心に墨を擦っている。顔が真っ赤になっている。

「寛算、この後、白太夫を待たせている。一緒に、その側近の奴と、帝の裏の警備の件を頼みたい」
「合点承知。まあ、拙僧には、やっこが宛がわれたか・・・まあ、お役目遵守じゃ、合点承知」

 あ、クォモのことじゃな・・・、アカは思った。この寛算は、カラカラと思ったままに、腹の中にあることを喋るが、実は、こういう男こそ、間者らしい。頭の回転がよく、使い分けもできている。機転で切り抜けることができる。また、周囲には、そう思わせない、人懐っこさを常に発揮している。それでいて、ベタベタと人とは付き合わずに、気づいたら、その場からいなくなっている、そんなことができる。クォモとは、性格的に合わないだろうが、意気投合したら、ものすごい、良い仕事ができそうじゃな、と想像できた。

「ではな、アカ、しばらく、ここを離れる。ここにいれば、まずは、狙われることもない。忠興、能福、安行、アカを頼むぞ」
「はっ」
「わかりました」
「はい、行ってらっしゃいませ」

 公は、残る者たちに、それぞれに目配せをし、最後に、アカにも、にこやかに頷いてみせ、寛算を連れて、部屋から出て行った。すると、一同は、ふっと、一気に、姿勢を崩した。忠興がため息をついた。

「はあ、・・・お師匠様は良いお方じゃ。ただ、来られると最近は、急の用事が多くてなあ・・・ああ、アカ、命婦殿にどのように言われているのじゃ、細かいことは?」
「はい、ご用のない時は、炊屋を手伝えと、謡を書きとる作業の時はこちらにて、と」
「解った。それでは、安行」

 安行は、身体をビクッとさせた。そして、擦り墨を硯に置いて、身体を忠興の方に向けた。

「多分、あの小部屋も巻物や、文書だらけで、埃を被っておる筈じゃ。足の踏み場もなかろう。きっと、お師匠様は、そのことをお忘れなんじゃろう。まずは、掃除をして、謡をできる場を作ることじゃ。アカ、それを手伝ってくれ」
「力仕事があれば、儂がするから、言ってくれなあ」
「呼ばれるまでは、清書を続けるんだ。能福は」
「はい」
「じゃあ、まずは、部屋を整えよ」
「はい、解りました」

 安行は、ここで初めて、アカと目線を合わせた。

「よろしくお願いしますね。安行殿」

 アカは、平伏し、丁寧に頭を下げた。若いが、公達でもある。戸惑っている姿が初々しい。揶揄うには、まだ、時期尚早と見た。安行は、アカが礼儀正しく、自分に接してくれていることを確認したように、うん、と頷いた。少し、ホッとした顔をした。

「では、アカ殿、一つ手前の部屋にまいりましょう」

                             ~つづく~


みとぎやの小説・連載中 深山亭 舞って紅 第十二話

お読み頂きまして、ありがとうございます。

あれえ?なんか、読んだことがある気がする?
なんか、外から来た女の子が、たくさんの文筆に関わる人たちに囲まれている感じ・・・そう感じる方は、みとぎやの通になり始めているかもしれませんね。
実は、名前の構成、そのまま、使っています🍀
性格付けは、少しずつ、違っていたり、合っていたり・・・。
気づいた方、大正解かもしれませんね👍
答えはこの作品です😊

マガジンで出しましたが、この中の、連載終了した「樋水の流布」という作品です。
これは意図的に、流布の方に、この構成を嵌め込みました。
みとぎやは、こんなことを楽しみながら、お話を描いています。
ちょっとした、創作裏話でした。
次回のアカたちの活躍をお楽しみになさってください。
未読で、ご興味のある方は「樋水の流布」も、是非、ご一読ください。
お勧めです。

   こちらのお話は、この上のマガジンから、纏め読みができます。

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