守護の熱 第二章 第三十四話 J:『守護の熱』
翌日、雅弥は、次の仕事場に移ることになった。
見送りに、福耳の叔母と、義雄と祐樹が出てきていた。
「お世話になりました。ありがとうございました」
「じゃ、行くとしますか」
「あれ?叔父さんは?」
「ああ、仕事で離れてるのよ。よろしくって言ってたよ」
「はい」
「長箕には、連絡入れて置いたからね」
「はい、ありがとうございます」
すると、黒塗りの大き目の車が、敷地内に入って来た。
「リルリモじゃんか、かっけー、本当に来たな」
「すげえなあ、これに乗れるなんてな」
「乗るか?いいぞ、乗っても」
「あ、いや、結構です・・・」
義雄と祐樹は、後退った。
「はい、乗って。じゃあ、お母さん、また来ます」
「雅弥も?」
「こいつは、そうだな、何年かは無理かな・・・」
え、そうなのか。
そう思いながら、雅弥が車に乗り、辰真が乗るとすぐに、ガラス窓にシェードが下りてきた。ドアを閉めた途端に、外の音も一切聴こえなくなったことに、雅弥は気づいた。
「ユー、ありがとうな」
「どーも。で、この子が新入りさん?」
「そう」
「よろしくお願いします」
今朝、辰真に言われていたことを、雅弥は思い出していた。
「関係者と接触するが、自分の本名は明かすな。お前の呼び名は着いたら、教えるから」
あ、ユーって、呼び名なんだな。
「おれは運び屋のUね。捻りも何もないけど、なんでUかは内緒ね、よろしく」
って、実は乗った時から、既にシェードで隠されていて、彼の声しか解らない形だ。
「俺の呼び名、なんだと思う?Tじゃないぞ」
前の座席から、笑い声が聞こえた。
雅弥は、呼び名のユーが、アルファベットの「U」なのだと気づいた。
「解りやすいから」
「うるせえ」
「ははは・・・」
「まさか・・・」
「うん」
「D?」
「やっぱ、底が浅い決め方するからだよね」
「え?」
「そう、ドラゴンのDね」
そこからは、下らない冗談の応酬で、笑いながら、時間が過ぎていき、一時間程、車に乗った所で、辰真と一緒に下ろされた。降りると、どこか、地下の駐車場という感じの所だった。降りる時は、何も言わずに黙って、降りること、と言われていた為、雅弥はその通りにした。ここからは指示があるまで、声を出してはいけないと伝えられている。
普通のエレベーターの様だが、行先ボタンが見当たらない。何かのセンサーに反応したのか、辰真が扉の前に立つと、その扉を開いた。
そのエレベーターは、更に地下に向かっていた。エレベーターの籠の中にも階数の表示は見当たらない。ただの箱のように思われた。ただ、見渡すと、四隅にカメラがついていたのに、雅弥は気づいた。エレベーターは、いくらか乗った後、ズンという振動と共に止まった。
ドアがサッと開くと、薄暗い中に、色々な機械が置かれているのが見えた。辰真に続いて、雅弥は下りた。丁度、テレビ局のように、画面がいくらか、壁に設えてあり、何人かの人がいるのが解った。右を向くと、一か所、とても明るいライトがあり、何か音がしている。ミシンだ。服を縫っているらしい。更に、反対の左にも、ライトの明るい場所がある。何か、コンピューターを操作している感じだ。
「おっかえりー」
「おつかれ」
いずれも、女の声だった。
「ただいま、Nに、S」
「はーい、D、その子、新人さん、早速、採寸しないとね」
「個人情報はセーブ済み。だけど、内容は暗号化してあるから、おいそれと読めないはずよ、今日はじゃあ、私とあの子とあんたで、この子の命名式ってわけね」
「うふふふ、ちょっと、目立っちゃうんじゃない?カッコいいね、君、顔、よく見せて」
「また、余計なこと、いうんじゃないよ、N」
「Sさん、皺が増えるよ、眉間の」
「うるさいねえ」
「ああ、もう、本当に、磁石のSとNだなあ、お前たちは」
「D、あんたに、お前呼ばわりされる覚えはないね」
「はいはい、Sさん、すいません」
雅弥は一連のやり取りを、じっと見ていた。
「よし、じゃあ、こっちにきて、ここに座って」
辰真、つまりDは雅弥を誘導して、四人掛けのテーブルにつかせた。
隣にDが座り、前にSとNが座った。
「で、D先輩さんは、この子にどう命名したわけ?ああ、あたしはNね。お針子、NeedleのNね。よろしくね。後で、君のスーツを作るから、採寸させてもらうわね。活動に必要な服は、まあ、殆ど、あたしが作ってるの」
「終わった?この子には、気をつけてね。私はS。まあ、なんでもいいけど、Securityとか、Secretaryとか、言われてるけど、S。よろしく。情報収集や管理を専門としてる」
「で、俺が、DragonのDね。スカウト、教育係が俺の担当スキルね。さてと、これね」
テーブルの上に、Dは、トランプを出した。
「色々と考えただけどさ、多分、お前の資質から、ピンときてね」
「なあに?D先輩さん」
Dは、絵札を三枚取り出して、並べた。
「ダイヤのKing、ハートのQueen、そして、スペードのJack」
「なるほど、Kingは依頼主、Queenはクライアントだから」
「Jackだ 騎士のJくん?」
「いいじゃない、Dにしては、上出来じゃない?で、彼の資質は?」
「『守護の熱』だ」
雅弥は、それを聴いて、ドキリとした。
何か、良い得て妙な気がした。
「ダメか?」
「似合う~♡ へえ、カッコいいじゃん!」
「まあ、Dにしては、いい感じじゃないか・・・なるほどね」
「こいつに、トラブル解決テストをさせたら『護りたい対象と24時間一緒に居る』って書いたんだ。そこにね、まあ、熱を感じたから、・・・決まりで、いいか?」
え?・・・あれって、そういうテストだったのか?
「ようこそ、Jくん」
「よろしくね、J」
「というわけで、お前は、今日からJackのJだ。話していいぞ」
「・・・よろしくお願いします」
早速、Nが、Jとなった、雅弥の周りを回りながら、ゆっくりと身体を眺め始めた。
「J、本当に、Nに気をつけな」
「え、あ?」
「採寸するよ、スーツ作るからね、カッコよいの、生地も選ぶからねっ。だって、スキルから、要人警護ってことでしょ?」
「まあ、多分、そうなるだろうなぁ・・・」
「オーダー、つまり、案件は、あちこちから来てるね、場合によっては、海外からの依頼もあるからね」
「海外?」
「依頼が海外でも、任務は東国ってやつね。そういうのがメインだからね」
「あの、また研修とか、訓練とか」
「ああ、あるが多分、かなりの特殊訓練からで行けると思う。できるのが解れば、やる必要がないからね。多分、Jは筋がいいから、基本はパスで、実践系からだと思うが」
「そうみたいね」
Sさんは、情報収集だから、俺のことも知ってるのかもしれないが。
「採寸っていってもね、はい、お終い、あー、詰まんないっ」
なんか、今、小さなカメラみたいなものを向けられた気がする。
「写真撮るだけで、全部の寸法が計測されて、データ化するのよ」
「はい、その情報もこちらでセーブしたから」
「このミシンの中にもね、データが蓄積されるから、アルファベットの名前を入れるとこの窓から、全部出るから」
すごい。こんなの、業界の人は、皆、干しがるシステムじゃないか。映画で見た、未来のやつみたいだ。
「これ、UNAGAと共同開発なんだあ」
「N、喋りすぎだよ」
「まあ、この中では、まずは、このぐらいのことならいいが」
UNAGAって、なんだっけ?なんか、聞いたことがあるような・・・。
「じゃあ、居留棟の方に行く」
「はーい、行ってらっしゃーい」
「さあて、最初の仕事に相応しいの、見繕っておくよ」
入って来たエレベータのドアから見て、右に同じような自動ドアがあり、そこを出ると、長い廊下があった。
「えーっとね、俺がここ、で、J、お前がここね」
Dの部屋の一つ前の部屋だった。
前に立つと、自動で開いた。
「あ、開いた」
「入れ」
「あ、あれ?」
部屋の中で、ベッドメイキングをしている男性がいる。見たことある風貌だが・・・。
「所長」
Dが、そう声を掛けると、その男性は、ゆっくりと振り向いた。
「やあ、来たね」
「え?・・・叔父さん?」
「ようこそ、・・・うんと、何になった?」
「Jです」
「いいなあ、ついに、Jを名乗る子が来たかあ、ははは」
・・・
雅弥が宛がわれた部屋は、その廊下の左側のほぼ中央だった。廊下から見て、左隣は、先輩のDの部屋だ。部屋の中を設えていたのは、他ならぬ、叔父の福耳晴彦だった。
「はい、万が一、何かで開かなくなった時、或いは、他の人間に入室してもらう時だな、これを持ってもらうといい」
「あ・・・」
「大事なものだ」
雅弥は、福耳の叔父の家に、叔母が預かっていると聞いていた、それを受け取った。「洋酒の小瓶」だ。
これ・・・これが鍵になるのか? えー・・・
「つまり、自分の居留する部屋は、とても大事なものだということだ。ここでの仕事は、それぞれ、何を請け負っているかを知らないことになっている。細かい準備は、先程のセンターとこの私室で行う。だから、とっ散らかっていてもいいが、今後は、一切、他者の入室を許してはいけない」
「はい・・・叔父さんは、所長なんですか?」
「驚いたか?」
「はい・・・どおりで、見送りに来ないと思って・・・」
「そうか。まあ、今は特別だ。先輩のDと私と一緒にここにいるのは、今だけな」
福耳は、ここで初めて、雅弥と目を合わせ、ニコリと笑った。
雅弥は、少し、安心した。
Dが説明を補足した。
「しばらくは、俺とのユニットで動くことになるが、必要に応じて、共有の作業場を使うこともできる。つまりは、ここはお前の私室。唯一の本当に、プライベート空間になる」
「好きに使ってもいいぞ。窓がないから、星の観察はできないのが残念だがな・・・さて、できたぞ。必要なものは、後は、なんなら、長箕から取り寄せてもな、ほしい物があれば、Uに行ってもらってもいいが」
「え・・・」
特にないかな・・・。そんなこと、できるなんて、思っていないからな。
「ああ、後、これは特別なんだが・・・」
「出ましょうか?」
「ああ、ありがとう、後は、私から、Jに話すから」
「すげえ、特別扱いなんだからな、所長からは。有り難く思えよ」
「え?・・・あ、はい」
「俺はセンターに行って、次の仕事、見てきますんで、じゃ、また」
そういうと、Dは出て行った。
「さて、まあ、ここがデスクだ。そこの椅子に掛けなさい」
雅弥は大きな背もたれの椅子に座った。
「ああ、これ、楽ですね」
「いいだろう?長時間の作業でも、疲れにくいやつだ。これもUNAGAとの共同開発だ」
「・・・えっと、UNAGAって・・・」
「うん、漢字ではこう書くな」
所長の福耳は、このように書いた。
『羽奈賀』
「あ」
「知ってるな。この名前な。まあ、ちょこちょこ、出てくるかもしれんがな、ここの共同開発を請け負ってくれて、兼スポンサーのメーカーだ。で、これ、はい、受け取りなさい」
「え、あ・・・」
「お前の貯金通帳だ。中を改めてくれ。使ってないのを確認して」
雅弥は、通帳を開いた。
「あ・・・」
「満額、あるな?」
「え、これは・・・」
「満額だろ?これがお前が、汗水たらして、長箕の半場で働いた金だ」
「なんで・・・?」
清乃に渡したはずの100万円が戻った形になっている。
「さて、最終試験だ」
ベッドサイドに腰かけていた、福耳は立ち上がった。
「この金がなかったら、もしかしたら、彼女は殺されなかったかもしれない」
「え?・・・」
「残念だったが、お前の受けた『トラブル解決テスト』は、一見満点に見えたようだが、大きな弱点が発覚した。現実の結果から見ると、もう一つ、答えが欲しかった」
「・・・」
雅弥は困惑した。
やはり・・・俺のしたことは・・・
「恐らく、お前の様子を見ていて、勘の良い家族が、お前に釘を刺していたはずだが、思い出せないか?」
「あ・・・」
雅弥は、兄の鷹彦に言われたことを思い出していた。
「もっともベストな方法は?」
「一切、関わらない・・・ですね」
「そう」
雅弥は、今となっては、それが正しいと理解できた。
「よくわかったな。もう一つだ。今回は『生きた金』として、これが戻って来た。どうして、戻って来たか、解るか?」
「・・・いえ」
「崎村さんが、亡くなる前日に、お前の家に届けていたんだ。たまたま、明海さんが受け取っていたが、何か、忙しくて、預かったままだったそうだ。『大したものではないです。雅弥くんにお借りした物で、渡せば解りますから』そのように言っていたそうだ。明海さんは、その通りに受け取って、その時は、中身を見なかったそうだ」
「・・・」
「・・・恐らく、彼女は、良識のある方だったのではないかと思う。彼女の咄嗟の判断がなければ、この金は『死んだ金』になっていた所だ。出所も不明なまま、恐らく、荒木田を通して、砂島会の活動資金かなんかになったのだろうな・・・」
雅弥は、拳を握りしめた。
俺のしたことは、間違えだったのか・・・?
「彼女は、金の出どころも含めて、お前の財産、そして、お前自身、場合によっては、辻の家をも守ったことになる」
・・・間違え、だったんだ。
「まあ、過ぎたことを、いつまでも悔やんでも仕方がない。実は、これから、お前に課せられる仕事は、この二つが大きく絡んでくる。一つは、今、言った『金』の問題だ。その案件の多くが、それによるトラブルから来るものだからだ。そして、罠とも言ってもいいほど、判断力を狂わせるのは『情』だ。Dが、お前のスキルを『守護の熱』と表現した意味合いとして、特にこの2つ目の部分が弱点だ、ということが含まれていることを肝に銘じなさい」
雅弥は、一度、目を閉じた。そして、俯いていた顔を上げ、福耳を見た。
「解りました」
福耳は、雅弥の肩を叩いた。
「合格だ。この後、特殊訓練をDから受けるように」
「はい・・・」
雅弥は、今、気づく。何故、俺は、ここにいるんだろう・・・。
「あの、色々、すみませんでした。でも、なんで俺が・・・」
「うーん、俺も、半ば、そう思うんだがな。『鷹彦が表舞台で、雅弥は裏から下支えをする』と、お前の父さんな・・・兄貴が言ったんだ。電話で連絡をもらった時に、状況より、先にそう言ったんだ。まあ、資質としては、私も、それは納得できる部分はあるのだがな。・・・ならば、聞いてもいいか?まだ、弁護士になりたいという気持ちがあるなら、またそれは、そのように道を戻す方法を考えてもいいと思うが・・・」
「いえ、それは・・・」
不思議だったが、雅弥自身、その目標だったものへの思い、熱は、ほぼ、消えていたことに気付いた。そして、その瞬間、全て、頭の中を突き抜けるように、合点が行った。
「今の、これからの仕事のスキルがあったら、清乃を・・・いえ、崎村さんを助けることができたかもしれないんなら、俺はそれをやるしかないと思います。じゃないと、多分、俺は、この事を悪い記憶としてしか残せずに、自分を認めることができなくなると思うんです」
福耳は、雅弥の言葉を聴いて、うんうんと頷いた。
「よく、言ってくれたね。正直言う。雅弥、お前ほどの適性のある若い奴は、なかなか、現れてはくれないんだ。お前の父さんが、まず、そう言っていた。つまりは、勘当どころか、お前を認めているんだ」
最後の言葉は、少し、耳が拒否しそうになるが、雅弥は受け止めようと思った。
・・・結局、親爺に嵌められた、んだな。
雅弥は椅子から立ち上がり、福耳に頭を下げた。
「・・・はい。わかりました。・・・宜しくお願いします」
コンコン
「Dが来たようだ。特殊訓練に向かってくれ。頼むぞ、J」
「・・・わかりました。所長」
福耳は、雅弥を抱きしめて、背中を叩いた。
これから、雅弥は、今までの生活と決別して、この組織の一員として、その使命を果たしていくこととなる。
雅弥は、ここで、Jとして、多くの案件に関わり、その成果を上げていった。10年後には、この組織の中核ともいうべき、役割を果たすようになっていく。
~つづく~
みとぎやの小説・連載中 J:『守護の熱』
守護の熱 第二章 第三十四話
タイトルの意味が、ここで出てきたという回でした。
突然、雅弥の周りは、与儀なく、物事が変わっていく形になり、その実、ストイックな彼の性格が、最も活かされる宿命のような役割にたどり着くことになりました。
前回の羽奈賀くんの訳知りな感じの意味も、なんとなく、解るような、そんな事実が隠されていたのかもしれませんね。
さて、抜けまくっていた、この事件の顛末は?
次回以降は、最後の段、事の真相編に入っていきます。
復習及び、纏め読みはこちらからです。
このお話の、始まりの第一章はこちら ↓
現在連載中の第二章はこちらとなります ↓