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御相伴衆~Escorts 第二章 第123話 皇后の過ち2~「それぞれの決意と別れ1」

 その後、皇后素白ソハク月鬼ゲッキ症候群の症状が、急激に悪化し、重篤となり、耀アカル皇子は志芸乃シギノに頼み込み、急ぎ、東国の専門医を呼べないか、と相談した。

 緊急事態ということで、東国の外務省が協力し、過去の繋がりのあった、十倉坂大学附属病院の月鬼症候群研究室に、再び、協力要請がなされ、室長が来皇する。それは、他ならぬ、当時の担当医師の雫井しずくいであった。



「雫井、スメラギに行くのか?」
「ああ、国家間の要請なので、急遽、当時の治療を担当した主治医ということで、呼ばれた」

 雫井は、同僚の敷島に声をかけられた。

「気を付けて、行ってこい、皇后陛下のご無事をお祈りしている」
「ありがとう、敷島。一週間程、留守にするが、よろしく頼む」

 傍にいた新人医師の八尋やひろが、話に加わってきた。

「確か、月城つきしろ先生も、今、公演中で、スメラギですよね」
「そうなのか、もしも、会えたら、よろしく、伝えてくれ」
「・・・そうか、偶然だな。東国との国交も、ここまで、回復してるのか」
「まだ、始まったばかりみたいですよ。月城歌劇団ルナキャッスルが、文化交流第一弾で入国したって。しかも、素国ルートからしか・・・まだ、東国からは、直接は、入れないそうです」
「今回は、政府専用機で、直接、入国させて貰えるらしい。そろそろ、迎えの時間だ」

 八尋が、アタッシュケースを、雫井に手渡した。

「おりしも、QB-MHアンクラインが認可された所ですし、効くといいのですが」
「そうだな。どの部位に進んでいるかによって、薬の量も、形状も、投与の方法も微妙に変わるからな・・・それぞれの被験者に出た結果が、皇后陛下にも得られるといいのだが・・・」
「そうですね、雫井先生、気を付けて、行って来てください」
「ああ、行ってくる」

 皇立病院には、耀皇子と、たまたま、この時、スメラギに来皇し、主宰の劇団が公演中の月城と、数馬と慈朗が駆けつけていた。

 担当医師の到着を心待ちにし、藁をも縋る思いで、待っていた耀皇子は、到着したその医師の手を取った。

「先生、お願いします。母を援けてください」

 スメラギ語の、その声は、何故か、懐かしく耳に、すんなりと入ってきた。皇子のその手は、身体の割に、大きく感じられた。雫井には、瞬間、既視感を感じられるものがあった。

 驚きというより、雫井は納得に近い感情を持って、耀皇子を見つめる。

「解りました」

 耀皇子の隣に、月城が付き添い、通訳を買って出た。
 そして、雫井に頭を下げる。

「よく来たな、挨拶は後だ、頼む。・・・数馬、慈朗、皇子を頼む。一緒に待っていてくれ」

 数馬と慈朗は、月城に頷いた。

 耀皇子に、雫井は頷いて見せた。
 皇子は、深々と、その東国の医師に、頭を下げた。

 病室のドアの前で、雫井と月城は、医療者としての会話を交わした。

「君の見立てとしては、どのような感じと・・・?」
「いや、俺は、今、臨床を離れてるからな・・・だが、予断は許さない感じは間違えない。一応、医師免許を見せて、皇立病院に話はした。どのような薬をどう使い、治療に入るかの説明は、こちらの主治医に、話は通してある。すぐ、お前が施せるようにはしてあるので・・・」
「わかった。ありがとう。月城」

 現在の彼女の主治医に、簡単に挨拶をして、月城が、すぐ治療に入りたい旨を伝える。主治医の女医は、雫井と月城を、素白のいる集中治療室へ案内する。

「大丈夫ですよ。東国語はわかります。ただ、こちらが喋るのは下手なので、すみませんが、難しい所は、月城先生に、通訳をお願いします。解りました。急ぎましょう。サポートしますので、指示をお願いします。こちらです」

 集中治療室に、素白は目を閉じて、動くことなく、横たわっている。それは、まるで、人形のようで、一見、息をしてることが感じられなかった。

 まさかな・・・

 手首に振れ、脈を見る。雫井は、一先ず、胸を撫で下ろす。雫井は、素白に急ぎ、点滴で投薬を始めることにした。

 当時、少女だった頃に比べ、素白は、より痩せて見えたが、その美しさは、変わらぬものだった。か細く、白い腕に、一瞬、針を刺すのが躊躇われたが、そんなことは言ってはいられない。脳障碍も出ているのではないか・・・?一先ず、全身に広がっていると見られる、症状に対応する為の処置である。落ち着かせた所で、詳細の検査とする形となった。

 その内、意識レベルは低いものの、他の検査に耐えられる状態となり、全身の症状の進行を見る検査が行われた。

 素白を襲っている症状は、内臓先行型というものだった。17年前に抑えていた、当時の処置は効いていたことが解った。エコーによる、婦人科の検査を、こちらの病院の専門医が行った所、症状の進行は見られなかったと、女医の説明がなされた。また、幸い、その白い肌に黒墨と呼ばれる皮膚症状は見られず、脳障碍も見られなかった。しかしながら、内臓が病状の中心的ターゲットとなっている以上、命の危険の度合いは高く、予断を許さない状況である。ここまで、処置をして、一応、臨床的な確認を取る為に、雫井は、敷島に、電話で確認を取った。

「敷島、どうやら、陛下は、現在の症状は、内臓先行型のようだ。君の奥さんの症状に酷似している。その時より、少し、進んでしまっている可能性がある」
「心臓まで侵されているとしたら、解らないが、そうでなければ、長期的投与で、少しずつ、症状の進行を留め、更に、治癒に向かう段階に導けるが」
「ご本人の意識は?」
「まだ、眠っている状態だ。昏睡状態は脱したようだ。現地の病院のスタッフに聞いているが、昨日、皇宮で倒れて、そのまま入院して、すぐ、こちらの指示通りの処置をしてもらったので、それが良かったのかもしれない。担当の医師は、女性だが、かなり、優秀な方のようだ。助かった。この段階としては、まずは、落ち着いていると思われるから、一先ず、後は、意識を取り戻して、本人からも状態を聞きたいと思うが・・・」
「・・・何かあったら、また、連絡をくれ」
「解った」


 治療を開始して、三日目。ようやく、耀たちに面会の許可が出た。
 ただ、まだ、素白は、意識が戻っていない。
 しかしながら、雫井は、素白を耀に会わせることにした。
 そのことが、目覚めに導く力になると信じていた。

「いいですよ。お母様の側に。手を握ってさし上げてください」

 耀が、素白の手を取る。

「あ・・・あったかい・・・」
「体温が上がってきていますね。これは、薬が身体に行き渡り、お母様ご自身の治癒力が上がってきた証拠です。正直、来た時には、脈の触れが力弱く、心許こころもとない感じとなっていましたが・・・今、ご自分の力で、元気になろうとされています。認可されたばかりの、この新薬のお話をさせて頂きましたが、そもそもの人の生きる力を援ける成分が含まれています。悪い菌を殺菌する蜂蜜の中の成分と、女王蜂の長期に渡る産卵の継続を援け、生命力を維持する成分に特化しています。こちらでの治験により、お母様と同じ症状である方で、壊滅的と言われた所から、症状を食い止め、さらに、回復に至った患者さんがいらっしゃいます。ご自身の治癒力と、この薬が協力して、元となる症状の元凶を叩いて、滅することができるのです」

 その時、耀は感じた。素白の手に力が入ったことを。
 慈朗が、素白の眉間に、少し、皺が寄ったのを見つける。

「本当?慈朗?」
「皇子、・・・少しだけど、皇后様、動かれてるみたいだよ」

 雫井は、耀たちに頷く。

「間もなく、目を覚まされるかもしれませんよ」

 耀は、ホッとして、雫井に、頭を下げる。

「先生、ありがとうございます」
「お礼を言ってます」

 東国出身の数馬が、通訳に入る。それにも、雫井は微笑んで、答えた。

 数馬は、慈朗に耳打ちをした。

「この先生、・・・多分」
「僕も、そう思った・・・」
「うん、・・・でも、この話は内緒な」

 その翌日、雫井の処置に拠り、素白は意識を取り戻した。ずっと、傍で付き添っていた耀と、その日に来ていた数馬が、その瞬間に立ち会うことができた。

「お母様。見えますか?・・・解りますか?耀です」
「・・・耀?・・・私、ずっと、寝ていたのかしらね」
「はい、そうです・・・よかった。先生を・・・」
「皇后様、目を覚ましたんですね。本当によかった。いいよ、俺が呼んでくるから」
「ありがとう。数馬」
「まあ、数馬も来ているのね・・・」

 その日も、面会に訪れていた月城が入室した。

「ああ、良かったです。お目覚めですね。ちょっと、待っててくださいね。処置をされた先生が、来られますからね、耀皇子、ちょっと、・・・」

 月城は、耀皇子と数馬の二人を連れて、一度、廊下に出た。
 その時、数馬が担当の女医と、雫井を連れてきた。

「良かったわ。流石、雫井先生。まず、私が皇后陛下に事の次第をお話致しますから、それからの方が・・・よろしいですわね?」

 女医はごく自然に、ドアをノックし、皇后の病室に入っていった。

 雫井は、思っていた。確かに、今の主治医でない自分が、いきなり部屋に入ったら、彼女が驚くだろうと思ったのだと、単純に考えていた。

 月城は、先日の謁見の席で、素白の口から、直接、その真実の話を聞かされていた。
 そして、数馬は、昨日の様子で、慈朗と共に、気付いていたのだ。

 二人は似ていた。まず、その声、そして、手の形と大きさが、そっくりだった。歩き方、ちょっとした仕草。
 見る程に、数馬は、確信していった・・・雫井が、耀の父親であることを。

 病室では、担当の女医が、素白の回復ぶりに驚いていた。 

「ああ、先生。・・・ありがとうございます」
「大丈夫そうですね。良かったですね」
「ずっと、眠っていました。温かい手が私をずっと、支えて、待っていてくれた夢を見ました、やっぱり、耀だったのですね・・・」
「今回、治療を施したのは、私ではございません。素白様」
「・・・?」
「貴女のご病気を、罹患直後から、診てくれていた方が、今回、緊急に東国の病院から、来皇されてね。こちらで、つきっきりで、看ていてくださったの。ずっと、ご研究を続けてらして、最新のお薬が、認可された所で、それをお持ちになってね」
「・・・?!」

 そして、女医は、病室のドアを開けた。

「先生、どうぞ。私は、一度、失礼しますね」

 雫井は、頷いた。そして、月城と数馬に頭を下げて、女医と入れ違いで入室していった。


「失礼します。お加減はいかがですか?」
「あ・・・」
「ダメですよ。まだ、起き上がれない筈です。動かないでいいですから、そのままで・・・」
「先生・・・?・・・なんで、ここに?」
「貴女の危機が、国家間で伝えられ、私は、東国の政府専用機で、4日前に、参りました」
「あああ・・・」

 素白は、手をゆっくりと動かして、口元を覆う。雫井は、傍の椅子に腰かけて、素白の側で囁くように語りかけた。

「その仕草、お変わりないのですね。懐かしい。あれから、ずっと、このように、貴女についていたみたいです」
「・・・先生なのですね。雫井先生・・・」
「はい、そうですよ。もう、顔に皺が増えましたが、この辺とか」

 雫井は、少しおどけたように応えた。
 それに、素白は、首を横に振る。
 すると、泪が堰を切ったように溢れ出した。
 雫井は、傍にある、養生用のガーゼで、素白の頬を拭ってやる。

「すみません。ハンカチよりは、今はこの方がいいですから・・・」
咲哉さん・・・
「ああ、東国風に呼んで頂けましたね。少し、言葉をやりました。学会もありますから、あれから、スメラギ語は、意識して、その実、勉強してきたんですよ。いいですよ。そちらの言葉でお話ください」
「スメラギ語、お上手になられたのですね・・・起きては、ダメですか?」
「できますか?支えて差し上げますから、やってみましょうか?」

 雫井は、素白のベッドの背持たれを、ゆっくりと起こした。

「大丈夫ですか。このぐらいにしましょう」
「お顔がよく見えます。お変わりなくいらして、・・・お会いできて、嬉しいです・・・本当に・・・」
「ああ、また、泪が・・・はい、拭きますよ。お顔を上げてください」

 優しい先生―――あの時と同じ・・・

 素白は、16歳の少女だった自分を思いやり、怖がらないようにと、あの頃も、雫井が、スメラギ語を毎日、少しずつ、覚えてきてくれたのを、思い出していた。

 あの頃、素白は、症状の辛さの有る中、東国は恐ろしい場所だ、という嘘の情報を入れられて、国からの付き添いも早く引き上げてしまい、独りぼっちにされていた・・・。全てが恐ろしく感じられていて、・・・国に還れば、意に添わない、年の離れた皇帝との結婚、そして、世継ぎが請われていた。もう、私の身体も、意志も、未来も、全部、奪われていた、あの頃・・・

「一先ず、目覚めることができて、良かったです」
「・・・ありがとうございます」
「新しい薬が、東国で認可された所でした。そちらを点滴で、少しずつ、使わせて頂いています。確実に、効いているようですね」
「そうだったんですね」

 雫井は、素白の手を握った。素白は、はっとする。これは、息子の手ではなかったのか・・・?

「・・・耀にお会いしましたか?」

 雫井は、目を伏せながら、頷いた。

「17歳になります。さっき、握っていてくれた手は、耀だったと思ったのだけれど・・・先生の手だったのかしら?」
「彼が、先程まで、貴女に付き添ってました。きっと、それは、彼のものでしょう」

 素白の目に再び、涙が浮かんできた。

「・・・うふふ、・・・こんなに、・・・」
「なんですか?」
「いえね、・・・区別がつかないものなんですね」
「・・・また、泣きそうになってますから、ガーゼを先回りさせますね」
「あああ、こんなのも、あの頃と、貴方は変わらない」
「泣き虫の貴女もそうですね。素白様・・・、いいですよ。涙が出るのは、良いことです」
「・・・」
「身体にとっても、心にとっても、良いことです」
「また、同じことを仰るのね」
「・・・そうだったかもしれませんね」

「耀は、貴方の息子です」

 雫井には、一目で、確信ができていた。
 その時、雫井は、驚くでもなく、納得したのだ。そうなのだと。
 彼は、素白を見て、頷いた。

「・・・耀皇子様にお会いした時、ものすごい、既視感があって。僕も、あのくらいの頃、背が、今ほど、高くなかったのですが、手ばかり大きくて、よく言われたものです。きっと、皇子もまだ、背が伸びるかもしれませんよ」
「最近では、貴方に似てきて・・・誰にもこんなこと、言えるわけもなくて・・・でも、辛くて、・・・ごめんなさい。月城さんに、私・・・」
「いいですよ。月城先生は、私の先輩なんですよ。あの方は医師なんです。役者である前に」
「・・・そうなのですか?・・・昔見た、ドラマに出ていた・・・何となく、あの方なら、聴いてくださると思って、私、つい・・・」
「大丈夫ですよ」

 雫井は、小さく笑って、素白の手を撫でた。

「私、幸せです。好きな方の子を産むことができたんですから・・・。確かに、スメラギに戻ってから、世の中からは、遠ざけられた形となりましたけど。でも、却って、そのことで、人知れず、耀を、ゆっくりと、育てることができたんです。そのことがとても、嬉しかった。この子をずっと、手元で育てることができて・・・」
「・・・私は、志半ばになってしまった、貴女の治療を、いつか、続けてできるようにと、この研究を続けてきました。先程、言葉のことを申し上げましたが、当然、この時の為に習ったのです。本当に、役立つ時が来たのですね・・・」
「・・・先生・・・咲哉さん」
「・・・貴女がお帰りになられてから、スメラギの情勢について、ずっと、チェックしていましたが、殆ど、報道には、そちらの国の情報が上がってきませんでした。・・・そのうちに、側室の方には、お姫様が生まれたという噂が流れ・・・やはり、お身体が悪くて、情報が伏せられているのかと思っておりました」
かくされ、地方にやられていました。そこで、耀を育ててまいりました。そして、この度の政変で、また、世の中に担ぎ出されてきました」
「・・・色々とお有りだったのですね。それは、お身体にも堪えたのでしょう」
「・・・先生、私、頑張ったのですよ・・・」
「そうですね。本当に、頑張りましたね。耀皇子様が、その証です。ご立派にお育ちになられましたね」

 素白は、雫井に手を伸ばす。
 身体を寄せて、雫井は抱き留めた。
 雫井の顔を見つめた素白は、首を横に振る。

「あの時、みたいに褒めてください。食べられない食事がとれた時のように、痛みを堪えて、数歩、歩けた時みたいに・・・」
「嫌・・・」

 雫井は、素白を見つめ返し、視線を逸らす。

「・・・というか、申し訳なかった・・・でもなくて、なんと言ったらいいのか。ひょっとしたら、貴女は、このことで、皇帝一族の間では立場を悪くされたのではないでしょうか。そして、耀皇子ご自身も。・・・でも、私は、このことを否定はしたくないのです。ただ、この17年間、何も知ることもできずに、貴女と、あの子を援けることもできずに・・・そのことが、ひたすら、悔やまれます。・・・父親なのに」
「でも、会えました。もう、いいのです・・・」

 しばらく経つと、病室のドアを叩く音がした。


皇后の過ち2~「それぞれの決意と別れ1」につづく


御相伴衆~Escorts 第二章 第123話 
               皇后の過ち2~「それぞれの決意と別れ1」

 お読み頂きまして、ありがとうございます。

 私は素人なので、医療のことはファンタジーの設定とお許しください。
 あくまでも、この世界でのお話です。
 なんちゃってで、読んで頂けますと助かります。

 実は、医療のお話とクロスしている部分で、そちらのお話と絡んでいます。医師たちのお話も別展開している、その一部分となっています。

 雫井先生のお話の一部が、こちらの本編という形にもなっています。

 登場人物、皆主人公、それが「伽世界」です。

 第一章の、のんびりした感じとは違って、第二章は、急展開が多いです。
 こんな感じで、ラストまで、一気に進んでいきます。
 宜しくついてきていただけましたら、嬉しいです。

 次回をお楽しみになさってくださいね。

 

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