御相伴衆~Escorts 桐藤追悼特別編 黒茨の苑へ2~異国の舌① (第142話)
黒いマントを羽織り、貴賓館の小さな会議室に向かう。
これは、皇帝陛下から頂いたものを、その後は、カメリアに頼んで、少しずつ、デザインを変えてもらい、何枚か、誂えたものだ。
その普段、身に着けているものは、いわゆる、レプリカ扱いとしている。
本来的に、俺が頂いたものを、身に着けるのは、その時、だと決めている。今は、これで、充分だ。
来客滞在用の部屋がついている特別室だ。
俺は、今日から、こちらで、語学研修を兼ねたレクチャーを受けることにした。
もう、あんな思いは、二度としたくない。
下らない。言葉が解らないだけで、馬鹿にされたようなものだ。
雰囲気を早く察知できたら、あんな目に遭わずに済んだ筈だからな。
しかしながら、今回、敢えて、敵の懐に飛び込むようなやり方、かもしれないが・・・。
「ご無沙汰しております。・・・桐藤殿」
彼には、まだ、幼い頃、教練を受けていた。
その実、皇妃様と昵懇の、亥虞流元帥は、軍の総帥でありながらも、政治家的なイメージがある。スメラギ軍の総帥と、国内の実務的な政務官も兼ねている方であり、役割としては、国内の政治に通じている。逆に、外務官の役割をしている彼は、素国との外交窓口となっていた。
「志芸乃殿、大変、お忙しい所、時間を割いて頂き、ありがとうございます」
「いいえ、お小さい時に、剣を交えた以来、懐かしく思います。今回は、素国語を、ということで、飽くことなき向上心で、ご熱心で、感心致しますね」
「よろしくお願い致します」
「しかしながら、何故、私に?お母様の目を盗んで・・・という形ではございませんか?」
「・・・確かに、あの頃とは、皇宮の内情も、違いますが・・・」
志芸乃は、ゆっくりと、こちらへ歩み寄ってきた。
「そのようですね。皇宮には、おいそれと出入りができなくなってしまいましたからね。皇妃様のお達しで。このように、貴賓館の一室で、密かに、という形になってしまいますが・・・」
「いいえ、私は、昔のように、軍部の皆様が、一つになられていくように、と考えています。これは、皇帝陛下と、同じお考えです」
「成程・・・、その為にも、桐藤殿としても、素国語をとね・・・。流石でございますよ。やはり、違いますね、皇妃様の御自慢の、第一皇子のポジションに当たる方だ」
「・・・いいえ」
嫌味に近い含みがある。
最近では、よく、そんな言い方をされることがある。
本来なら、こんな言い方ですら、言いたくない筈だ。「皇后派」なのだから。・・・それに、以前は、こんな男ではなかったのだが。
「恐らく、桐藤殿ならば、すぐ、お話が上手くできるようになりましょうね。ああ、なんなら、柚葉殿に同席して頂いても、良い練習台になるのでは・・・」
顔色を見られた。
知っているのだ。高官接待でのことを。
そんなことは、どうでもいい。
悪いが、そんなことで、俺は退いたりしない。
「あ、いえね、・・・ご存知でしょうか?柚葉殿も、こちらに来られる前、あちらでも、同様に、スメラギ語を、マスターされてきたということを」
「そのようでしたね」
「見事なネイティブスピーカーですな。彼は。逆に、今度は、貴方が、素国語をマスターする。『御相伴衆』の皆様は、盤石ですな。素晴らしいことです」
その後、彼は、素国語の発音についての表が書いてあるプリントを渡してきた。舌の遣い方の図が書いてある。同じと思われる音でも、皇語とは若干違い、複数の発音を使い分けている。
接待の時、紫統大佐と柚葉が、濁った音で、互いを呼び合っていたのを思い出した。
この表記文字の圏内が、我がスメラギ皇国、素国、そして、東国の三国となる。東国は、まずは、文法が違い、表記文字も、何種類かある為、習得するには、まず、そこから、躓くという。逆に、東国人は、同様な理由で、こちらの言葉の習得が苦手とされている。実は、これらの国々は、この共通の表記が、表意文字でもある為、筆談が可能となり、世界的に見たら、同族とされ、他国に比べると、それでも、お互いの国の言語の理解がしやすい方だというのだ。
しかしながら、俺は、皇語こそが、その響きから、美しい言語だ、と思っている。
だが、仕方がない。言語はあくまでも、ツールである。
呼吸をするように、その国の人間なら簡単なことが、異国人であるが故に理解できず、その為に、劣勢に追い込まれるのは、如何ともし難い。
言葉というのは、恐らく、意志疎通の道具に過ぎないが、それ故に、重要なツールなのだろう。
その後、志芸乃から、皇素辞典と、文法を纏めたプリントが渡された。
―――やられた。見たことのある、表現や、纏め方だ。
この手は、柚葉に拠るものだと一目で解った。
一の姫のことで、学校を欠席すると、彼がくれる手のやつに、そっくりだった。
ここでも、ずっと、志芸乃は、俺の顔色を見ていたようだ。
「何か、お気に障ることでも?」
「失礼ですが、志芸乃殿、あまり、机上の学問は、お得意でないようですね」
「ご明察です。ええ、どちらかというと、教練のようなことの方が得意です。・・・そうですねえ。語学に堪能な御殿医なら、存じ上げていますが・・・そちらの方が、よろしいでしょうか?」
「まさか、滋庵先生でもありますまい・・・維羅のことでしょうか?」
「ふふふ、やはり、女性教師の方が、よろしいでしょうか?」
「どのような形でも、私は、志芸乃殿から、ご指南頂ける、と思っていたのですが・・・」
「ご指名は、大変、嬉しい限りでございますが・・・」
つまりは、この事すら、柚葉に知られている、ということになる。
当然、癪ではある。でも、もう、これ以上、あの事に繋がる感じにしたくない。
柚葉もあれなりに、苦慮したのだろう。
あんな、彼を見たのは、あの時が、初めてだった。
素国を「眠れる青狼」という表現で喩える事がある。
柚葉のあの時の感じこそ、そうだと思った。
あの時、素国の手を借りて、初めて、飼い主に牙を剥いて、反撃に出たのだろう。
逆に、いっそ、彼に直接、レクチャーを受けた方が好いぐらいかもしれないが。それを、わざわざ、志芸乃殿に、というのは、語学のことだけではなかったからだ。
繋がりを持ちたいのは、将来を見据えての事だった。語学を習いながら、素国との外交について、現状を含め、知っておきたい、そう思っていたからだ。手っ取り早い言い訳、とも言える。正直、語学だけならば、音声テープだけででも、学習はできる自信はあるが。まあ、それならば、とっくに進めている。
藍語については、その実、ジュニアの頃、柚葉と一緒に、家庭教師をつけて貰っていた。競うようにやっていたから、驚く程、互いに、レクチャーが進んでいった。アーギュ王子が来皇することもあり、時折、力試しをする機会もあった。
どちらかが席を外さない限り、アーギュとは、内緒話はできない寸法となるが、彼は、皇語も堪能で、いずれにしても、大概、女の話ばかりしていた。ある意味、賢いのだと思う。
初めて、来皇した時に、既に、柚葉とは知り合いなのが解り、先手を取られたようで、悔しかった憶えがある。しかしながら、八歳年上の異国の王太子は、スマートで、俺と柚葉の間では、二人の兄のように、潤滑油的に、振る舞っていたように感じた。それはそれで、油断ならない所でもあるかもしれないが、今の所、ランサムには、後ろ暗いものは感じない。そのように、皇妃様も仰っているし、皇帝陛下と藍国王が親しくしているのを知っている。アーギュは、平和な大国の優雅な王太子、典型的な王子に見えた。それは、今でも、変わらぬ印象ではあるが・・・。
「まあね、丁度、こちらとしましても、お話したい所ではありました。語学の方は、維羅殿にお任せして・・・いかがでしょうか?」
志芸乃は、シュメルのボトルとグラスを出してきて、水割りを作り始める。
「レクチャーの件は、解りましたが・・・まだ、日が高い時間です」
「素国の皆様は、お強くてね。あちらでは、寒いこともあり、強い酒を、昼から勧められますからね。貴方も、その点は、よくご存知のことでしょう?」
「ああ、そんなお手ずから・・・私が」
「嫌、却って、貴方にやって頂くわけには・・・次世代の皇帝陛下になられるお方に」
なんだって?
「おや?・・・そんな、驚かれたご様子で、どうなさいました?」
なんで、その事を、志芸乃殿が・・・俺自身、つい、この間、皇妃様から告げられたばかりの事だ。
「まあ、私は、軍部のトップの一人ですから、驚く程の事でもない筈ですよ。亥虞流殿の次の立場ですからね。いずれ、そのようになられるのは、側近としては、皆、周知のことですからね。もはや、当たり前のことですよ。他の者や、素国は勿論、この事は、まだ、知りませんからね。ご安心ください。これは、上層部での共有情報であることもさりながら、極秘情報ですからね」
まず、皇妃様が、その事を、志芸乃殿に話す筈は・・・?
「お味方であるのは、当たり前でしょう。ですから、桐藤殿、貴方が、私を頼ってこられたこと、大変、嬉しく思っているのですよ。そろそろ、こちらへどうぞ、ソファの方へお掛けください」
次回、黒茨の苑へ③へつづく
御相伴衆~Escorts 桐藤追悼特別編
黒茨の苑へ2~異国の舌① (第142話)
お読み頂きまして、ありがとうございます。
次回をお楽しみになさってくださいね。
更に、創作の幅を広げていく為に、ご支援いただけましたら、嬉しいです😊✨ 頂いたお金は、スキルアップの勉強の為に使わせて頂きます。 よろしくお願い致します😊✨