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御相伴衆~Escorts 第一章 第115話番外編⑤「俺は『柚葉』になった」柚葉編「初恋」より

 スメラギ皇国への訪問の日がやってきた。

 紫統ズードン様の側で立場を隠し、随行者として、伴うこととなった。見聞を拡げる目的と、王族としての学びの為という事で、親には、伝えられた。

 専用機に乗り込み、素国の国内の領土上空を、初めて、見下ろした。

「まだまだ、この領土は続きます。素国の広大さが、実感できるに違いありません」

 紫統様は誇らしげに、俺に話してくれた。今、まさに、飛んでいる地方の特徴など伝えられた。その内に、空気が、黄色い靄がかかってきたように、変化してきた。

 靄の奥に、尖った塔のような建物が見えてきた。

「一目で国の全容が見てとれる。箱庭のようだな、相変わらず・・・」

 それが、スメラギ皇国だった。大陸の西南臨海部に位置している。

「僅かな広さの土地の端の崖っぷちでしがみついている、小さな国です。ネコのような声の妃が君臨するには、丁度良い広さでしょうね」

 それまでは、聞いたことがなかった。紫統様が、他を悪く言う、その感じを、初めて聞いたのだ。

 小さな国と言ったが、迎えられた空港も、普通のものであったし、少し、人々が小柄だなと思ったが・・・それも、民族の違いと聞いていた。

 出迎えに、恭しく、頭を下げてくる者がいた。ジャガイモのような頭の中年の男性、彼は、亥虞流イグルと言った。もう一人は、それよりは若く、身体を鍛えている感じの、胸板の厚い男性、志芸乃シギノという名前だった。二人とも、スメラギ軍部のツートップだと、紫統様から、耳打ちをされた。

 見る所、普通の軍人の偉い人という感じだったが、断然、紫統様の方が偉く見えたし、当然、美しい姿、その立ち居振る舞い、全てが「excellent」だった。やはり、紫統様は、我が素国の代表だ。

 皇宮すめらみやという、こちらの王宮に当たる、どちらかといえば、コンパクトに纏まった、小奇麗な宮殿の謁見室に通された。(これが、後に、機能的なことは解ってくるが・・・)

 少し待つと、強い花と果実の混ざった香りがした。いい匂いだが、多少、きつい感じ・・・、これは女性だろう、と感じた。すると、比較的大柄な女性が、大胆な服装で部屋に入ってきた。瞬間、紫統様が、眉をひそめ、少し、鼻で笑ったのを覚えている。

 皇帝陛下ではないのだな。聞けば、美蘭ビラン様という、第二皇妃というお立場の方で、要は、皇帝陛下の側室に当たる方なのだと言う。今日は、ご体調が悪い、皇帝陛下の名代で、お会いして下さるという。

 普通、他国の高官を迎えるのに、この恰好はどうなのだろうか?恐らく、それは、紫統様が一番嫌いな、わきまえの足らない、だらしない感じなのだろう、ということが、俺が見ても、一目で解る感じだった。それ以上に、要は、馬鹿にされてる、という解釈すらできるものだった。

「この程度の国だ」

 紫統様が、俺に耳打ちをしてきた。

🥀

「申し訳ございません。少し、来られるのが、お早くありませんでしたか?今、戻ったら、もう、来られてらっしゃる、と伺ったので、お待ち頂ければ、もう少し・・・」

 猫のような声、と言っていたのは、これだったのか。
 絵本に出てくる、意地悪な魔女みたいな印象があった。
 綺麗な人だが、目が大きく、顔立ちが、はっきりしていた。
 俺のことは、すぐ見止めると、何度も、微笑んできた。

 あまり、細かいことは、見たくないくらいだったが、そのドレスは、無駄に、露出度が高く、胸元は、その谷間の深さが見て取れるような、深い襟ぐりで、裳裾は、多めの布を纏っているにも関わらず、スリットが深く、膝より下が動く度に、素足が、見え隠れした。袖は、シフォンを纏うだけのデザインで、これは少なくとも、一国の妃が、他国の代表である者と会う時の服装ではなかった。

「なんか、・・・不愉快です。・・・踊り子みたいです」

 紫統様に耳打ちを返すと、繰り返し、頷かれ、ふふふと、微笑んでくれた。

「やはり、我が素国は、素晴らしい国なのが、お解りですね?それでよろしい」


 その日の内に、北のウミヴィ砂漠という所にある、石油コンビナートの視察に連れて行かれた。

 スメラギ産の原油は、良質の優れた原油であり、元々、国内人口が少なく、現地消費量が少ない為、まだまだ、産出量が見込まれている地域なのだそうだ。大戦後に、大量に消費し、埋蔵量の減少が見込まれている、大陸中央部、素国の原油採掘地帯だったが、それに付随する形で、手中に収めたい、というのが、我が国の最終的な目標らしい。

 まずは、原油を購入し、その質を見る。それから、お互いの国の情勢を探りながらの交渉に入る。タイミングによっては、侵攻を仕掛けるつもりでいる。素国は、そのようにして、ずっと領土を拡大してきた国だ。

 俺は、スメラギ語表記の看板などを読み解き、周囲の高官に説明するように、紫統様に言われた。その通りにしていると、周囲の高官にも驚かれ、喜ばれたが、それ以上に、その様子を同行し、見ていた、第二皇妃が、褒め称えた。(その時は、流石に、あの服装ではなかったが)

 彼女が、ここまで来るのは、余程、何か狙いのある時なのだと、スメラギの高官たちが噂しているのも、俺には、聞き取ることができた。言葉を学ばずに来たら、本当に、ただの社会科見学コースレベルだっただろう。

「優秀な、素国の、小さな高官ですね。彼は?見ると、まだ?」
「まだ、ハイスクール前ですが、とても、優秀です」
「そう・・・、優秀なのは、語学だけかしら?」
「学業トップで、運動は、一通り熟しますね。マナーも完璧、語学もスメラギ語は読み書き、会話、政治用語も解っていますから、ただの子どもとは思わないで頂きたいですね」
「あの仕草、綺麗な子ね・・・貴方の秘蔵っ子って、彼のことかしら?」
「・・・何の事でしょうか?」
「うふふ、スメラギの情報網を馬鹿にしないで頂きたいわ。貴方の悪い癖も解っておりますからね」
「そうですか。・・・そっくり、お返し致しましょう。ところで、石油の輸入の話ですが。悪いことはないですよ。こちらの軍部が、有事の時、スメラギ皇国をお守りする、素国軍の駐在部隊を置かれれば、とも、考えておりますから」
「狭い国ですから、そちらと違って。国内で、護りは、充分ですのでね。脅威というのは、どこの国のことを、仰っているのか・・・」
「有事、と申し上げましたが・・・」

 少し、下がって、二人の会話を聞いていると、キツネとタヌキ、という表現が思い起こされた。でも、これは、猫と蒼い狼だ。皇妃という方は毛足の長い目の大きな猫で、紫統様は、美しい蒼い狼だ。

「ああ、これは、大変、失礼致しました。・・・私の目下の興味はね、」

 その猫の視線が、一瞬、こちらに注がれた。

「・・・お話を戻させて頂いて、よろしいかしら?」
「はい、なんでしょうか?」
「うふふふ、素晴らしいわ。こんなに、小さい頃から、国の事に関わり、学んでおられる、優秀なお小姓をお連れになられて・・・」
「聞き捨てなりませんね。その言い方。スメラギでは、そのような表現を、公式の場でなさるのでしょうか?」
「あら、夜の接待の場で、そちらの出された要求がございましたでしょう?そちらに合わせた表現に過ぎません。そうですか。お小姓ではなかったのですね。大変失礼致しました。・・・では、時に、紫統シトウ様」
「はい」
「大きな国で、溢れる程の石油がお有りなのに、何故、スメラギ産をお求めに?」
「素晴らしい原資です。残念ながら、我が素国のそもそもの地殻の関係で、このような質の良い油田はありません。数はありますから、それなりのレベルで使用用途を変えて、対応しておりますが、私達の国には、残念ながら、スメラギ産のレベルには達せず・・・、是非、お力をお貸し頂けたらと考えております」
「そうですか。我が国の原油は、質の良さでは、世界随一と言われておりますものね」

「それぐらいしか、ないだろう、この小国に?」

 後ろで、高官の一人が囁くのが聞こえ、それに、周りも、目配せをした。

 皇妃は、背後にいる、軍服の事務官から、書類を渡され、紫統様に示し始めた。

「では、こちらの、・・・このくらいの感じ、では、いかがでしょうか?」
「そうですか。それは大変、有り難いお話です。よろしければ、このまま、細かいことを、事務方に、交渉を進めさせますが、いかがでしょうか?」
「わかりました。あと一つ、条件があります。紫統様、再度、この後、その子を連れて、謁見室へいらして下さらないかしら?その時に、もう一つの条件をお話致しますから」
「・・・その条件が飲めるか次第では、」
「価格は元より、お話そのものが、なかったことになりますわね」
「なるほど、では、後程、お伺いさせて頂きます」

 皇妃は、俺の顔を見てニッコリして、すぐ宮へ戻る旨、周りに伝えて、その場を離れた。その後、俺は、紫統様の顔を見た。

「どうしましたか?交渉は、どうなりますか?」
「条件次第では、少し高い買い物になりますが、これは、ほんの始まりです。こちらに出入りが可能になる、それが、今回の、一先ずの成果ですから。今回の目的は、人の配置。どのように、まずは、表だった窓口を作るか。それぞれのレベルの人間が、相手を取り込もうと、必死に画策中です。夜の接待の場も、大きく利用できますから。石油そのものというより、それが狙いです」
「大丈夫でしょうか?」
「そんな、心配な顔をしないで。スメラギの海老も美味しい、と伺ってますから、夜のパーティで頂けるかもしれませんよ」
「・・・」
「緊張されましたね?」
「スメラギ語ばかりですが、話はよく解りました。やってきてよかったです」

 その後、紫統様は、後ろの高官たちに伝え始めた。

「・・・君たちも今の話で分かると思うが、・・・ある程度、乗り切れる条件を出される筈だから、このまま、優位に進められるように、各担当は臨むこと。石油輸入の交渉は、必ず、成立させる」
「承知致しました」


 その後、皇宮に戻り、紫統様は、数人の高官と俺を連れて、謁見室に行った。

 第二皇妃様は、ゆったりと、ソファで、シャンパンを召し上がっていた。それも、おかしな話だ。やはり、皇妃は、素国を馬鹿にしていると、俺だけでなく、全員がそう思っていただろう。

「もう、ここからは、非公式オフレコですから、紫統様、サシで、お話を致しましょうか?風流人の貴方と、腹を割って、お話したいわ」
「条件のお話、ではないのですか?」
「だから、そう・・・サシで、と申し上げてるのです」

「解りました」

 すると、紫統様の目配せで、背後にいた高官たちは、出ていこうとした。なので、俺もついて出ようとすると、引き止められた。

「お待ちなさい、えーと、貴方、そのお若い方は、ここにいらして結構ですよ」
「・・・はい」

 それが、皇妃様と初めて、直接、交わした言葉だった。紫統様の目を見ると、ゆっくりと、目を閉じるように頷いた。・・・紫統様は、この時、何が要求されるのか、どうやら、解っていたようだった。

 皇妃様の前の一人がけのソファに、紫統様と並んで、座った。

「いかがですか?もう、この後は、懇親会ということですしね。事務レベルの皆様同志にも、親しくなって頂く頃ですから」

 シャンパンの入ったグラスを、紫統様に勧め、それは、テーブルに置かれた。ワゴンにいくつかの菓子と、ジュース類が乗ったものを、女官らしき女性が運んできた。

「どうぞ、お好きなものを仰ってください」

 俺は、軽く会釈をした。

「まあ、背筋が伸びて、躾の行き届いた子ね。とても、美しい、好い子だわ」
「ご挨拶を」
「はい、紫・・・」
「待って・・・まずは、そんなことは、どうでもいいの、もう、解っておりますから」

 紫統様が、相手に、出鼻を挫かれたような様子だ。

 こんな具合の様子は、初めて見た。失礼だ、この人は。俺のことも否定した、ということなのか。子どもだから、そんな感じの扱いなのだろうか?

「よくわかりませんが、この子に、挨拶をさせようとしたまでです。それが礼儀というものですから」
「うふふ、ごめんなさいね。気を悪くしたかしら?御菓子は選んだの?好きなものを、好きなだけ、お取りなさい。気を楽にしてね。怖いことなど、何もありませんよ」

 急に、口調が、優しくなった。なんというのか、市井のテレビドラマに出てくる、子どもを甘やかす、典型的な母親のような感じだった。こんな大人は、実際には、見たことなかった。紫統様が、半ば、いきどおるような溜息を吐いたのを感じた。どうすれば、いいのだろうか?

「ありがとうございます。後程、頂きますから、お話を進められて下さい」

 俺は、仲裁を入る心算で、また頭を下げて、座り直した。

「どういうお話でしょうか?」
「この子の出自は?」
「王族の遠縁となります。本日は、見聞を広める為、こちらに同行させました」
「そう・・・遠縁なのですね・・・品が良くて、まさに、王族の出という感じ。気に入りました。時に、紫統様、石油の価格、多少考えてもよろしいですわ。その代り・・・」
「はい・・・」
「この子を、私に預からせては頂けませんか?スメラギで海外の経験を積むということで、お勉強の為に。言葉が、この御年齢で、これだけ、お出来になるのは、素晴らしいですわ。当然、国賓クラスのゲストとして、お迎え致しますが故、いかがでしょうか?」

 ・・・どういうこと?

 俺は、驚いた。そして、紫統様の目を見た。じっと、見つめてくれている。いつも通り、優しいが、そこに、いつもと違う雰囲気を見た瞬間、視線が外れた。

 わかってほしい、紫颯ズーサ・・・

「承知致しました。この子をここへ遺しますので、よろしくお願い致します」
「・・・!?・・・」
「そう、まあ、そのようにして頂けるのね。まあ、良かった。うふふ。いらっしゃい、さあ、お前、こちらへ掛けて・・・」
「あ、・・・」
「お待ちください。きちんとした手続きを踏んで頂いてから、それからのお話ですから」
「わかりました。・・・では、今夜はね、・・・そうね、急には、いくら何でもね・・・明日の調印に合わせて、それからですね。ああ・・・、何も要りません。全て、こちらで設えますからね。個人的に必要なものがあれば、そちらの国から、送らせれば、いいですからね。あああ、これから、忙しくなるわね、うふふふ・・・では、明日、また、調印の席で、お会いしましょう」

 彼女は、何か、一人で決めて、盛り上がるようにして、謁見室を後にした。女官を引き連れて、色々と指示をしている様子で、バタバタと出ていった。

 俺は、何が起こったのか、全く理解ができなかった。座ったまま、手を膝の上で握り締めていた。

「紫颯・・・」
「・・・よく、解りません。何が、どうなるのですか?」
「すまない。私の為に、いや、素国の為に、・・・役立ってはくれまいか?」
「紫統様・・・」
「恐らく、そう長い間にはなるまい。すぐ、迎えに来るから。それに・・・」

 紫統様は、先程、コンビナートで言っていたことを、もう一度、俺に諭した。

「これが、最初のお前の仕事だ。私の命の役割だと、肝に銘じて、務めあげてほしい」
「・・・!!」

「ただで、お前をスメラギにやるわけがない。いずれ、スメラギをどうしたいか、お前はもう、解っているね・・・、その為の最初の窓口になる仕事だ。誰でもできることではない」

 皇宮に隣接している、貴賓館に、一行はゲストとして、泊まることとなっていた。

 紫統様と俺は、他の者が、懇親会と称される接待の場に向かった後、宿泊用の部屋に向かった。

 部屋に入ると、紫統様は、口元に指を立てて、静かにするように、俺に指示をした。胸元から、機械を取り出し、まず、それで、盗聴器、盗撮器がないか調べると、いくらかの反応があり、二つのものが見つかった。俺は、驚いた。紫統様は、それを簡単に、取り外すと、軽く踏み潰し、それをテーブルに置いた。

「こんなのは当たり前だ、と思った方が良くてね。外交は諜報戦だからね。性能は最低レベルのものだ。使い捨てだな」

 そして、俺に、先程の話を続けた。

 俺の役割は、皇宮の様子を、逐一報告することだった。皇宮の地図を渡された。どの部屋が与えられるかは解らないが、希望を聞いてもらえるなら、二階の北の角、エレベータと階段のある傍の、この部屋と言うこと。立場は隠すこと。先程「王族の遠縁」と言ったのは、今回がお忍びであることもさることながら、今後のこともあり、そのように言っていた。そのことが的中したと言える。誰とは言えないが、既に入り込んでいる者がいる。事情があり、まだ、自分には、それが誰かは、伝えられないが、その人は、常に見ていて、場合によっては、自分を助けてくれるということ。行動の基本は、一人で、自身の判断になる。念の為、通じる機器として、携帯を渡すが、ばれないように、基本は、家族との通信用という名目とする。日常の会話以外には使わない。もしも、有事の連絡として、使う時の暗号は・・・。

 こんな時の為に、俺は、紫統様の師弟関係を結んだのだろう、というぐらい、短い時間で、大切なやり取りを教え込まれた。時間のない中、大切なことを確認された。全て、復唱させられると、彼は、俺を見つめて、抱き締めてくれた。

「素晴らしい。秀逸です。『excellent』ですよ。紫颯。あああ、もう、部下扱いにしてしまったようで・・・軍隊のように、話し方まで・・・」

「いいえ、・・・その方が、いいです」

 俺は、紫統様に、求められたことに、喜びを感じるように、自分を仕向けた。よく考えると、紫統様がここを立ち去っても、自分は残されるのだ。ただでさえ、寂しいことになる。その上、ここは素国ではない。王宮でも、家族のいる、南の離宮でもないのだ。それらの事に、思いを馳せるのは止めた。

「本当に、これは、将来の素国の為になる、最初の一歩だ。それを王族としても、心得ていてほしい。命の危険になることは、今の段階にはないと思われる。様子を見て、迎えに来るので、それまでの辛抱だ。堪えてほしい。しかし、紫颯、お前ならば、これを熟すことができる。いや、お前しかいないのだ。第二皇妃の信頼を勝ち取ることが、まず、第一の条件だ。何よりも、皇妃はお前を気に入っている。それが、条件を満たしていることになる」

 その夜、紫統様は、俺に尽くしてくれた。接待の席には、話がついているので、行くこともなく、そのまま、ずっと・・・。涙が溢れた。あのまま、レクチャーの日々が続き、ジュニアから、ハイスクールに進むに決まっている筈だったから、予想もつかなかった。紫統様の気持が、嫌が応にも、入り込んでくる感じがした。

 その夜の内に、国の両親の方には、スメラギに留学ということが伝えられた。母が嘆いていたに違いないが、そういう情報は、一切、こちらには伝えられるわけもなかった。俺は、子どもでいて、もう、子ども扱いではなかった。素国のスパイとして、このスメラギに送り込まれることとなったのだ。

 床の中で、紫統様が、思いつく限りのアドバイスをしてくれた。

「お前の資質を最大限に生かす。大人の隙をつくのは、実に、今、こういう場だ」
「・・・紫統様?」
「何、皇妃があれならば、後は、気を置いておくのは軍族たちだ。恐らく、大丈夫だろうと思う。ただ、苦手科目を熟さなければならない時は、必ず来る」

「・・・女性ですね?」
「あああ、本当に済まない。それが、まず、一番、お前に身を切らせることになるだろうが・・・甘えれば、臆面なく、緩まっていくのは、第二皇妃を見れば、解ることだ。それぞれの人間の特性を見て、落ち着いてかかりなさい。余程のことがあれば、既に見張っている、中の人間がこちらへ報告してくるだろう」
「・・・大丈夫です。頑張ります」
「私も、お前を手元から、こんなアウェイの敵地に置くなんて、考えられない。だが、今が好機ということだ。皇宮に、公然とした立場で入り込める機会なんて、恐らく、このようなチャンスは、二度とない。しかも、お前が可愛らしい子どもであることで、大人たちは皆、油断して接してくる。情報を漏らすこともあり得る。まずは、お前は、皇宮の人間に、可愛がられることだ、信頼を得、第二皇妃を始めとするここの人間を取り込むんだ。お前には、それができる。つまりは、まず、皇宮の人間になり切ることだ。第二皇妃の言いつけは、私の指示だと思って、真摯に従うことだ」
「はい、わかりました」

 それでも、紫統様に触れてもらう度に、涙が出た。求めれば、毎日だって、愛してもらえたのに、もう、それがずっと、叶わなくなる・・・。

「また、石油の交渉に来る。その時は、通訳を申し出なさい。必ず会えるようにする」
「はい・・・お待ち申し上げております」


 翌朝、謁見室で、今回の石油輸入交渉の調印となった。

 その場には、最初に会った、亥虞流イグル氏と、志芸乃シギノ氏、そして、当然、第二皇妃様がいた。紫統様は、書面にサインをした。これで、素国は、スメラギ皇国からの石油の輸入が可能となった。

 その間に、俺は、別室に呼び出された。紫統様に耳打ちをした。部屋を出るということを伝えた。すると、手に、あのアトマイザーを持たせてくれ、目配せをした。俺は、頷いた。富貴という女官が、俺の手を引き、隣室に連れて行った。着てきたスーツよりも、より派手な袖の膨らんだ白いブラウスを着せられた。胸のカットがかなり深い。下は白のスラックスだった。ラックにかかっていたベストを見つけた。せめて、紫統様の気に入る、品の良い、何かが欲しいと思った。今のままでは、明らかに、俺はきっと、お小姓のようにしか見えない。・・・そうなんだ。俺の役割は、きっと・・・。

「ベスト、これを着てもいいですか?」

 女官たちは、顔を見合わせたが、その中で、富貴という者が、表情を変えずに言った。

「お時間がありませんから、一先ず、結構でしょう」
「この子、担当香は?」
「ああ、今日が初めてですから、ないですが、この中から・・・」
「あ、すみません。持ってます。アトマイザー」
「・・・これ、ティーツリーね」
「いかがでしょうか?」
「ちょっと、奥ゆかしすぎませんか?」
「これがつけたいです。お願いします」
「わかりました。今日の所、一先ず、ベストと香水はこれでね」

 俺は、また、富貴に連れられて、謁見室に戻った。

「まあ、お帰りなさい。髪の毛もブロウして、少し、ニュアンスを付けましたね。とても、綺麗で、可愛らしいですよ・・・ああ、そう、ティーツリー、なのね、なるほど、とても、お似合いだわ・・・」

 紫統様と目が合った。彼は、俺を見て、大きく目を瞠った。

 ・・・俺は、綺麗ですか?そうなんですね。俺の役目は・・・。

 高官たちは、目を逸らした。多少の動揺をする者、下を向く者、様々な反応をしたが、声を上げる者はいなかった。

「では、約束です。いらっしゃい。さあ、ご紹介しましょう。皇宮のスタッフ、お入りなさい。まあ、姫たちや桐藤キリトには、後に紹介するとして・・・さあ、こっちに、私の所へいらっしゃい。たった今から、お前は、ここで暮すことになります。『柚葉』といいます。とても、賢い、綺麗な好い子ですから、よろしく頼みますよ」

 紫統様は、目を瞑られた。

 ・・・だからか。俺は、先程、名乗らせてもらえなかった。素国王族の名前を・・・。でも、そのことが、俺を護ることになるんだ。ユズハという音しか、解らない。スメラギの表記があるのだろうか。どんな意味の名前だろうか?

「ご挨拶をなさい。柚葉」
「・・・はい、・・・ユズハと申します。よろしくお願いします」

 俺は、それから、『柚葉』になった。大嘘つきで、諦め上手で、優雅で、所作が綺麗な。スメラギ語を操る、素国の王族の遠縁で・・・、

「信じていますから、俺は、貴方に捨てられたのではないことを。素国の為に務め上げ、お役に立ちますから・・・」

 心の中で、そう、貴方に語りかけていた。
 
 俺は、石油の輸入の権利の代償にされた。貢物だった。本当のことを知ったら、母はなんと、嘆くだろうか、父は怒るだろうか?でも、これは、長期に渡る作戦なんだ。素知らぬ振りをして、まずは、スメラギの人間になる。そして、紫統様の為に、この国を、素国のものにする。その為には、何でもする。今まで、身に着けてきた、貴方の教えを利用して・・・。

 俺は、こうして、11歳の時、スメラギ皇宮に『御相伴衆』の『柚葉』として、仕え始めることとなった。

                           「初恋」編より 


御相伴衆~Escorts 第一章 第115話
         番外編⑤「俺は『柚葉』になった」柚葉編「初恋」より

 お読み頂きまして、ありがとうございました。
 今回は、いつもの倍の長さでお送りしました。長く感じられたかもしれませんね。ただ、内容的に一気にお伝えしたかったので、このような形となりました。

 柚葉が、何故、スメラギに来たのか、というお話でした。
 彼は皇宮に居続けた、この期間、どんな思いでいたのか・・・とても、複雑な気持ちを管理しながら、「柚葉」を演じてきたということになります。

 優しい柚葉、それは、第一章の最終回の数馬の語りでも、分かる通りの評価だったようですね。

・・・あの時の、あの立場では、役目に徹していたから、選ぶとかの問題じゃなかったのだろうし・・・。

 動きが優雅で、指の先まで、しなやかに動かして、食事だって、大口開けて食べた所は見た事なかった。綺麗で、賢くて、優しくて、穏やかな柚葉は、男女問わず、皆に、人気があった。皆、その雰囲気に、騙されていた。油断していた。

御相伴衆~Escorts 第一章完結編 第110話 皇帝暗殺編5~数馬の想いより


 素国側の作戦は、長年の維羅と柚葉の潜伏と、第二皇妃と反対の派閥のシギノ派による、内乱、クーデターということによって、成功したのです。

 それぞれの御相伴衆のメンバーの背景のようなものが、解りにくかったと思いますが、この番外編で補完されればと思います。

 それぞれの出自と、位置づけが、ここまでのお話で明らかになったと思いますが、ただ一人、桐藤のことが、はっきりされていないと思います。なんとなく、第二皇妃のエピソードなどで伝わってきていると思いますが・・・。こちらは、第二章の鍵にもなるので、これからをご期待ください。

 では、来月より、御相伴衆~Escortsも第二章に入る予定です。
 これからも、宜しくお願い致します。

 

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