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御相伴衆~Escorts 第一章 第八十話 暗澹たる日々⓾「西のお城にて(アーギュ・女美架side1)」

 その後、湖の畔を散策しながら、二人は過ごした。

 王子は、できるだけ、姫の話を引き出すように、雑談に徹していた。先日の東屋でのような、切迫した雰囲気は避けようと思っていたのだ。それでも、景色が夕景になり、周辺が赤く染まる頃には、話の核心に近づこうと、水を向けてみてはいるが。

「今朝程、お会いした時は、少し、ご体調の事もあって、申し忘れておりましたが」
「なんですか?」
「今日のドレス、とても、可愛らしく、お似合いです。薔薇の花が散りばめている所を見て、図々しいことを考えてしまいました」
「あ、このシフォン地の所の刺繍ですね。お姉様がデザインしてくれたのです」
「一の姫様がですか?では、これは、オートクチュールですね」
「えっと・・・」
「お仕立てということですね?」
「そうです」
「・・・貴女のご意向が入っていたのかなと、ちょっと期待しすぎましたね・・・」
「あ、ごめんなさい・・・入院しますか?」
「大袈裟ですね。でも、少し、わかったのかな?ちょっと、ガッカリしたのが」
「でも、でも、女美架もこれがいいって、王子がお好きな薔薇だからって、申し上げました」
「いいですよ。頑張らなくても。他のことで取り返して頂ければ、結構ですから」
「えーと、やっぱり、女美架は子どもっぽくて、ダメですね」
「落ち込んでしまいそうですか?」
「はい、ちょっと・・・」
「そんな、大丈夫ですよ・・・そこのベンチに掛けましょうか」

 王子は、携帯をいじって、すぐポケットにしまった。

 遠目には、護衛が周囲を見ていた。王子と姫を背にして、観ているのは周りだけだ。警護の目視の範囲を、それぞれが入れ替え、二人を視界から外す。しかし、警護は怠らない。ジェイスは、暁に耳打ちをして、二人は、王子たちから見えない物陰に隠れた。

 簡易の人払いの状態が作られた。
 女美架も、流石に、雰囲気の変化に気づく。また、二人っきりの時間がやってきたのだ。ここは、東屋と違うので、この間のようなことには至らないぐらいは、女美架にも予測がついていた。

 でもね、王子、狡いから、・・・

「あの日から、1週間しか、経ってないのに、こうやって、また、貴女の国でお会いできること、本当に、嬉しく思っています」
「なんか、王子と初めてお会いした日が、ずっと昔みたいです。それに、ずっと、お約束してるみたいです」
「それは、どうとれば、いいのでしょうか?お約束とは、『保留』の件ですか?」
「はい、・・・あ、えっと、思い出したんですけど、なんで『保留』なのか、もう一度、お聞きしたいなと思って」
「それを、また、言わせたい、聞きたいのですか?」

 えーと、違う。王子の言う意味がね、メールとかで解ってきたの。こういう人だっていうのが。こういう言い方をして、女美架の反応を見てるのも、わかるの。結局、二人の事、話すと、こんな感じになるのも解ってるし、多分、何言っても、クルクルって、そこに持っていかれるのよね。

「『婚約』したら、自由にデートできなくなるから、なのかなって」
「ほお」
「外れですか?」
「いえ、大当たりです。そうなんですよ。全て、御互いの国のレールの上で、自由を奪われるのは、事実です。それに、よく気が付かれましたね」
「姫、ずっと、王子のメールのお返事に悩んでしまって、色々、考えてたら、そうなのかな、って思ったんです」
「この一週間、メールのお返事が、テーマだったみたいですね?」
「そうですね、なかなか、書けなくて、ごめんなさい」
「いいんですよ。だから、ランサム語のレクチャーも、と、考えられた」
「そうです」
「会えたら、全部、それまでの不足は埋まります。後、電話もそうですね。いかがですか?」
「うーんと、・・・そうかもしれませんけど」
「メールは、昔で言う所のラブレターです。私から、お送りしたものはね。で、大概の姫君は、すぐに、お返事をくださらないのが、セオリーですね。だから、メールで、お返事が遅いからといって、焦らないでくださいね。それは、気になさらないでほしいのです」
「そうなんですか?」
「解りますよ。現に、応えてくださる為の努力をしているのが、今のお話でも、よく解りますしね。そのことが解って、今、とても、嬉しいですから・・・ああ、ちなみに、今、やり取りをしているのは、女美架様、貴女だけですから・・・」

 あああ、なんか、また空気が、そっちの方に・・・

「姫・・・」
「あ、あの、美術図鑑、表紙がわかったので、すぐ取り寄せてみました。とても、興味深いです。ありがとうございました」
「そうだ。後で、お城についたら、お渡ししたいものがあります。少し暗くなってきましたね。水辺は思ったより、冷えそうです。そろそろ、行きませんか?」

 うーん・・・、お部屋に入ったら、もう・・・そうなんだろうから・・・

「あ、そうですね。戻ったら、お夕食ですね。女美架も、御献立、聞いてないので、楽しみです」
「もう、お腹が空いたのですか?」
「あ、えっと・・・ちょっとだけ」
「ふふふ、歩きましたものね。お疲れではないですか?」
「大丈夫です。もう少しで、車の所ですから」
「わかりました、では、参りましょうか、女美架様」

 王子は、いつものように、うやうやしく手を差し伸べ、姫は、それに手を添えた。
 ベンチを立ち上がり、歩き出す二人を見て、護衛や側近は、遠巻きに動きを合わせていく。

 その後、車で、西のお城と言われている、別荘に到着した。

「部屋に、盗聴器などの仕掛けはありませんよね?」
「最終に掃除し、設えをした後に、総チェックを致しましたので、その時に異常は見られませんでした。探知機も使用し、反応もございませんでしたので、ご安心ください」

 ジェイスの言葉に、警護監督責任者である徐鶴ジョカクが応えた。いわゆる、SPは、前回同様、各国半々の割合で、城に配置された。

 夕食を食堂で取る際も、皆で一斉にという形がとられた。少し警護の者は交替となったが、それでも、賑やかに振る舞われた。

🦚🍓

 二人の為に設えられた部屋は、数日前に、スタッフの手で磨かれ、リネン類は全て、新品に交換された。カーテンは、一の姫の肝入りのチョイスで、これもピンクの地に、白く薔薇が刺繍されている。部屋には、香りの良い、色とりどりの薔薇が、所々に飾られている。

 ライティングが見事なのが、この部屋の自慢だ。大きなダブルベッドの上に天蓋がないのは、その為だ。シャンデリアではないのだが、ライトを覆うガラスのカバーに、見事な細工がされており、リモコンのボタンで、その明暗と、影の出具合いを調整できる。スメラギにおける、世界に誇る技術、ガラス細工の工芸産業の為せる技である。

「ここのライトね。思い出したわ。とても綺麗で。ほら、ね?」
「ああ、本当ですね。美しい光の模様が、部屋中に浮かび上がるのですね?よくできた仕掛けですね。これが、スメラギのガラス細工なのですね」
慈朗シロウみたいな、綺麗なものを作る人がいるんですよね」
「これは、素晴らしい技術ですね。そうですね。今は、明るくしておきましょうか。カーテンを閉めますね」
「あ、女美架もやります」
「姫では、届かないでしょう?この辺はやりますから、大丈夫ですよ」

 部屋の両脇には、それぞれの隣の部屋に繋がるドアがある。今夜は、入り口を入って、右のドアの部屋にジェイスが控え、左のドアには、暁が控えることになっていた。何か、用事があれば、それぞれが、携帯で、必要な方へ連絡をすることになっている。

「失礼します、暁です」

 暁が、ワゴンで、冷えたシャンパンや、果物を持ってきた。「あの時」みたいな設えだ・・・女美架の心が少し陰った。アーギュは、顔色をずっと、伺っていたので、彼女が何かを感じているのに、気づいていた。

「姫様・・・少しよろしいですか。こちらへ。王子、申し訳ありませんが、少し、お待ちくださいませ」
「結構ですよ。お話しください」

「いいですか?」
「暁・・・」
「もう、言わなくても、お解りですね?」
「うん・・・」
「ご協力頂いた皆様にも報いるように。でも、ご無理はなさらないでくださいね。よくよく、アーギュ王子と、お話も、沢山されてくださいね。先は長いですからね」
「はい、暁、ありがと」

 暁は、女美架の気持ちが解っていた。この短い期間で、色々あって、女美架の気持ちは、まだ、揺れてることも。『ご協力頂いた皆様』の中に、やんわりと、『彼』が入っていることを言い添えたつもりだった。

「では、失礼致します」
「ありがとう。暁殿、姫の事は、ご心配なさらないで、お任せください」
「よろしくお願い致します」

 アーギュの声掛けに、暁は、頭を下げ、隣室に戻り、ドアを閉めた。施錠の音が、部屋に響いた。

「すみません。ちょっと、無粋ですが、調べさせて貰いますね」

 暁が引き上げると、アーギュ王子は、独自の視点で部屋の中を歩き回り、戸棚やベッドの下、トイレから、浴室まで、見て回った。

「あ、あの・・・」
「大丈夫ですよ。もう、既に、貴女の国の方が調べて、ジェイスが、更に調べて、私のは、ダメ押しです。これは、公人としての習い性、癖ですから、大丈夫でもやるのです。儀式のようなものです」

 アーギュは、ふと、一点を見つめた。綺麗なガラス細工の照明を。取り外しに手間がかかりそうだ。旧い設えのもので、手の込んだ仕掛けを入れられる余地を考えられないものだった。少し、気にはなったが、探知機に引っかからなかったのならば、何もないだろう。そう思い、最後に、廊下に繋がるドアを施錠した。

「お待たせしました。お疲れ様でしたね。湖畔を随分、歩きましたからね。大丈夫ですか?」
「はい、王子は?」
「大丈夫です。ああ、そうだ、お渡ししたい物が・・・これ、藍皇辞典です」

「ああ、ランサム語の辞書ですね。ありがとうございます。女美架も持っているのですが、古いものらしくて、言葉の数が少ないものですから」
「そうですか。こちらは、最新版の辞典ですから、新しい言葉もモーラしていると思われますから、お役立てくださいね。ちなみに、メールの藍語部分は、読めましたか?」
「えっと、・・・ちょっと、見ますね。どれだっけ、最初のメール」
「見ますか?あ、私の専用フォルダがあるんですね♡」
「恥ずかしいです」
「嬉しいですよ。あああ、皇語の本文は、飛ばしてください。私も恥ずかしいです。まあ、藍語の部分も、そうでもありますが・・・」
「これ、I just want you to know how much I love you.」

「ですね、読めてますね。意味は?皇語訳では?」
「えっと、・・・これ、解ったので、大丈夫です」
「そうですか。どう思われましたか?」
「びっくりしました。『恋物』すぎました」
「それこそ、新語ですね。次のは、なんだったかな?多分ね、これかな?
I love you more than you will ever know.」

「あああ、発音すると、そんな感じ、カッコいい・・・」
「言うとしたら、そんなにサラリとは言いませんけど・・・ふふふ」
「え?違うの?」
「違いますよ。皇語訳で言うとしても・・・」

 ベッドの上で、女美架のピンク色の携帯を、いつの間にか、至近距離で覗き込んでいる二人。アーギュは自然に、ベッドサイドに腰かけ、屈んで、それを見ている。夢中になった姫は、ついぞ、私室で過ごすように、いつの間にか、うつ伏して、それを夢中で見ていた。本人は、その無防備さに、しばらく、気づかない。その実、アーギュは、その様子を、目に収めていた。

「えっと、・・・あああ、ごめんなさい。はしたない恰好・・・」

 はっと気づいて、居ずまいを直す姫だったが。

 すみません。
 そんな可愛い姿は、咎めずに、見てしまうものですよ・・・

「まあ、もう横になりたい頃ではありますね。もうすぐ10時ですね。愉しい時が経つのは早いものですね。どうしますか?メールの答え合わせ、続きをしますか?」
「ああ、今の文だけ、言うと、どういう風になるのか・・・、教えてください」
「皇語で、ですね。うーん、もう少し、近くに来てください」
「えっと・・・」
「言うだけです。大丈夫」

 首を横に振る姫。

「ああ、後で聞きます。えーと、お支度、しないとだめかな・・・」
「いいんですか?後で?・・・じゃあ、後にしましょう。もう携帯しまっていいですよ。もう一文も思い出しましたから。この手の言葉は、いくらでも、口から溢れ出す頃合いですからね、見なくてもいいですね。ここからは・・・」

 アーギュは、とことん女美架のペースに合わせながらも、落としどころが見え始めているのを感じていた。

・・・あ、今の言葉とか、聞いてないでしょうね。色々、言っているんですよ。

「ああ、・・・あの、えっと」
「なんですか?」
「とても、恥ずかしいのですが、王子にお願いがあります」
「はい?」

 女美架姫は、クローゼットから、あるものを出してきた。
 これは、かつても、やったことのあることなのだが・・・。

「色々、考えて、どうしたらいいか、判らない事ばかりなので。じゃあ、王子にお伺いすれば、いいのかな、と思って。これと、これなんですけど」
「あ・・・いや、・・・これは、随分・・・いいですね・・・」

「変ですよね、しまいます、ごめんなさい」
「あああ、意図は解りました。大丈夫。成程、予測がつかないご相談でした」
「普通は、聞きませんよね?」
「いえ、恋人同士なら、ありです。むしろ、これは、大歓迎です。そうかあ、両方って、ダメですか?欲張りですかね?」
「えー、それが選べないから、女美架、困ってるのに」
「両方着てくださればよいのですよ。途中で、お着替えして頂ければ」

 というか、そうなりますよ。普通に進めれば・・・

「じゃあ、このピンクの方が先で、こっちのグレーのアンサンブルが後です。これが、私のオーダーですが」
「はい、わかりました。あのう、お風呂に行きたいのですが」
「それは、希望的観測でお伺いしますが、お誘い頂いてるのでしょうか?」
「あああ、えっと、どうしたらいいのか」
「どちらでも、・・・先にお入りください。その方がいいでしょう?」

 女美架姫は、小首をかしげている。
 そんな仕草も、アーギュ王子にとっては、既に・・・。

「でも、」
「ならば、ご一緒ですか?」
「あ、やっぱり、女美架が先で、いいですか?」
「うーん、本当は、ご一緒がいいです・・・ですが、いいですよ。お先にどうぞ。可愛い、お召し物、楽しみしてますから」

 きっと、精一杯なのだろうな。
 ・・・頑張ってるのだから、こじらせないように。
 東屋の感じがあってのこれだから、貴方にしても、認識がある上での動きだから、くことなく、進めて差し上げよう。

 ・・・とは言っても、結構な攻撃ですよ。
 これらは、無意識にしたってね。
 逃げないんですね。
 随分、お覚悟、決められたのか・・・お薬が効いてきたのかな?
 抑えてるんですよ。とても、嬉しいという気持ちまでもを、ね。


~暗澹たる日々⑪につづく~


みとぎやのメンバーシップ特典 第八十話 暗澹たる日々⓾
  「西のお城にて(アーギュ・女美架side)1」 御相伴衆~Escorts 第一章

 湖畔でのランチの後は、いよいよ、二人でデートの時間がやってきました。お互いの気持ちを推し図りながらの会話が進んでいきます。

 手練手管で、沢山の女性を射止めてきた、アーギュ王子ですが、今回は、これでも、かなり、慎重に振舞っているようですね。

 無意識なのか、数馬の時にやっていた、寝間着のチョイスを王子に頼んで・・・、無防備が、一周回って、天真爛漫すぎるというか、却って、王子には、新鮮な驚きかもしれませんね。

 今回も、お読み頂きまして、ありがとうございます。
 次回も、お楽しみになさってください。

 

 

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