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謡の間にて~三代様『想』伝え 舞って紅 第十六話

夜であれば、きっと、お話できるやもしれぬ。文書などを読んでらっしゃるに違いない、と。日女美伽様は、頬那芸の水辺から、椎麝様の寝所を覗いてしまわれました。すると、女子の笑い声がする。日女美伽様は、部屋を間違えたかと、御簾越しに覗くと、二人の女子と戯れる、椎麝様のお姿が目に入りました。それは、日女美伽様が見たことのない、椎麝様の姿。驚いて、立ち去らん折、日女美伽様は、椎麝様に気づかれてしまいます。『想とは、幼子の内には、難しかろう。今、暫く、忙しい。今、暫く、文書をよく読み、ご自分で、学び、収めることじゃ』日女美伽様は、椎麝様に追い返されてしまわれました・・・」

「・・・垣間見かいまみでしたか、いやあ、酷い、椎麝様とは、そのような男子おのこであられたか・・・」
「いやいや、安行殿、この手は、よくあることと・・・」
「・・・え・・・そうなのか?」
「そうではありませんか?それに、そのようにして、大人のことをることも、ようあることでは?」
「皆が皆、そうではなかろう・・・それにしても、椎麝様が、そのような殿方だったとは・・・」

 ご自分は違うと、言いたいのでしょうかね・・・いはけない、早蕨さわらび香り立つかの様・・・。

 筆を止め、首を横に振る安行に、アカは、クスクスと笑う。また、安行は、耳まで赤くしている。少し、うたいの中の椎麝が、許せない様子でもある。

「この後、どのようになると思われますか?安行殿は?」
「そうですね、日女美伽様は『想』を会得されなければなりませんから・・・」
「『想』は椎麝様のご指示通りで、身に着けることができると思いますか?安行殿」
「文書だけでは、とは・・でも、椎麝様のお言葉ですからね」
「逃げたのですよ。椎麝様は、あるいは、狙ったのかもしれませぬね」
「え・・・そんな、・・・それは、ご指南役としては、どうかと・・・、しかも、ご自分は、他の女子と戯れるなどと、看過しかねますが・・・どういう意味でしょうか?」
「さて、ならば、続きをお聴き頂きましょうか」

尊い師であり、兄である筈の椎麝様が、何故に、そのように・・・。日女美伽様は、会いに行ってはならないのだとお思いになられました。今まで、優しく、文書も教え諭して下さった椎麝様が、あのようなお姿で。日女美伽様は、突き放されたような、寂しいお心持ちになられました。自らは幼子扱いで、椎麝様には、あのような匂い立つ花のような、美しい大人の恋人たちがいて。もう、我のことなど、どうでもよいのだろう・・・日々、そのように、囚われ、日女美伽様が、椎麝様のことを思わない日はない、と・・・」

「はあ・・・、そういうことですね。やらかしたのですね」
「うふふ、やらかした?」
「ああ、寛算がよく、そのような言い方をして、寝所のことなど、男女の睦言の・・・それを、わざと、聞こえよがしに、我に聞かせるのだ・・・ったく・・・」
「あはは、寛算殿らしいですね、その仰り様・・・うふふ」
「・・・つまりは、椎麝殿は、日女美伽様を試した、ということか?」
「まあ、そのようです。仕掛けたというか、やらかした、は、言い得て妙な・・・」
「これでは、却って、」
「そのようで・・・うふふ」

 アカは、安行の顔を覗くように見やる。赤い顔のまま、首を傾げ、眉を顰める。

「・・・何か?」
「男女の妙をお解りで、安行殿も・・・うふふ」
「異世界の光の若殿物語も、一応は、目を通している。・・・こ、これは、常識というもの」
「うふふ、そのようなお話がございますのか?ならば、あたしの謡が終わったら、今度は、安行殿の恋物もお聞かせくだされ・・・それとも、もう、可愛らしい方とお約束でも?」
「いや、読んだだけだ・・・つまりは、そうなのだろう・・・この時の日女美伽ひめみか様と同じだ」
「・・・というのは?」
「そうなのだろう・・・文書もんじょだけでは『想』は片手落ちだ」
「まあ、そこまで、お解りなら。このくだりもあと少し・・・うふふ」

 そうなのだ。巫女は皆、大体、この件については、「自分でしてみなければ、解らないもの」と、先代から、伝えられている。『想』=『恋』は、巫女の修行なのだと。流れであるアカは、『恋を演じる』とも、先達から、教えを受けている。舞にしても、謡にしても、座にあるお相手にし尽くす心積もり、それが、心を開く術でもあると。・・・まあ、逆を返せば、そのようにして、敵の情報を盗る、とも言えるのでもあるが・・・。所詮、男にとっても、女にとっても、この理解には、経験測が頼りになる。後は、勘所(センス)とも言える。

これこそが、『想』そのものであること。しかしながら、この悩ましい感じこそが、それそのもの、であるのだと、日女美伽様は知る由もなく、幾許かの時をお過ごしになられました。そして、十五歳の頃、お母上の|天照様の、陽の畸神のお力が尽き果て、日女美伽様がお継ぎになる時となりました。いよいよ、今度は、日女美伽様が、人として『ミチヒラキ』なされなければなりませぬ。また『仮婚(カリマグワヒ)』の時となり、仮婚役♂は、再び、椎麝様とあいなりました

「どうされました?」

安行は、不服そうな様子で、筆を走らせている。

「それでまた、椎麝様は、天照様の『ミチヒラキ』もされて、今度は、娘の日女美伽様とも・・・どういうことなんだ、一体」
「ふふふ・・・」
「ああ、まあ、その・・・私は、日女美伽様のお気持ちを考えると・・・ご神託とは言え、よう納得されたと」

「お年頃が、ご一緒ですからね。そんなこと、特に、上位の皆様は、当然のことの様でございますからなあ・・・うふふ・・・では、続きを」

「その後、『髪梳(かみとぎ)の儀』が執り行われ、日女美伽様の髪は、椎麝様により、前髪の元結を解かれ、妻結いにされました。その後、陰の畸神様の天護様が宣されました。『これにより、日女美伽と、頬那芸椎麝(つらなぎのしいじゃ)の婚儀が相整った。頬那芸は、以後、宮を授かり、頬那芸宮とする』儀式のあった陰陽宮から、頬那芸宮に連れ立っていく間、お互いのお心持ちを告げ相い、月見が池で、初めて、息作りされました」

「簡単だな、そのようなものなのか、日女美伽様は、本当に、それで、よろしかったのか?

 安行は、あくまでも、日女美伽の肩を持ち、椎麝の所業が許せないらしい。

「この間に、きっと、お二人は、色々なお話を取り交わされたのでしょうね・・・安行殿は、日女美伽様が、お好きなんですね」
「謡で聴くのは初めてだが、『月見が池の邂逅』は好きなくだりだ」
「なるほど・・・、フジマキ様の件ですね・・・、安行殿らしい・・・この後、ございますからね、お楽しみになさってください」

                             ~つづく~


みとぎやの小説・連載中 
          「謡の間にて③~畸神語り 三代様『想』伝えの段」 
                         舞って紅 第十六話

 お読み頂きまして、ありがとうございます。
 わかりにくいかもしれませんが、アカの伝えているのは、この東国の始まりを示す「惟月島畸神譚」という物語の一部となります。

 この物語は、全て口伝で、この謡巫女により、伝えられてきた話です。この東国各地の四か所に住んでいたとされる、漂泊の民たちの集落の中の謡巫女が、四分割したものを諳んじ、その全てを伝えてきました。その全てが、今、侵略者の手で葬り去られようとしています。何故ならば、彼らが、侵略する前のこの国の真実の歴史だからです。侵略者は、そもそもから、この国を統治していたかのように、この歴史を塗り替えつつあります。忘れ去られそうになっている、真実の歴史を、どうにか残すように、時の帝と、右大臣である文官と、住処も人の住めぬ場所にまで追いやられながら、この神々の歴史を護ってきた、漂泊の民たちは、残そうとしています。
 畸神は、五代存在し、そのうちの二代と、三代の部分を、海の隠れ里の謡巫女であるアカが、諳んじており、それを、初めて、口述筆記の形で、文官になるために学んでいる学士の安行が、書き留めている、といった所です。

 この後、どのような形で、侵略者との攻防戦が繰り広げられるのか、お楽しみになさってください。

 これまでのお話は、このマガジンから読むことができます。初見の方は、是非、ご一読お願いします。


 

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