守護の熱 第二章 第三十五話「事の真相①(八倉視点)」
その日は、最悪だった。どうせだったら、こんな形で、そんなことにはなりたくなかった。
色々な気持ちが、綯交ぜになった。
山の宿舎への坂道を行く途中、左側に小さな獣道がある。
彼女は、その後、俺の手を引いて、そこを上がっていった。
慌てて、ついていくと、その一番上には、景色の良い、塩津川に面した長箕沢の市街地が、眼下に広がっていた。
そこにつくと、彼女は、泣き出した。それまで、よほど、我慢をしていたのだろう。堰を切ったように、声を上げて、しゃくりあげて泣いた。
慰めようと彼女の肩に左手で、触れた。すると、抱きついてきた。
抱きとめようとしたが、俺は、右手にインスタントカメラを持っていた。
それに気づいたのか、彼女は、一度、俺から離れた。
それを俺から奪うようにして、彼女は自分の肩掛けのバッグにしまった。
そして、俺の顔を見た。
「おんなじにして」
「え?」
「・・・あの女(ひと)と、雅弥くんみたいにして」
おんなじって?
「そのカメラに、写ってるみたいにして」
「・・・実紅ちゃん」
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あの場だったから、何をどうするでもなかった。
キスをしただけだったが。
ヤケになっていたんだ。実紅ちゃんは。
無理もない。ずっと、好きだった、辻の、あんなの見たら、
俺は、そんな彼女を抱きしめていた。
1時間ぐらいだったか・・・、とにかく、落ち着くまで、と思った。
驚いた。
あの喫茶店で、頼まれていたこと。
雅弥は、本当に付き合っている女がいるかどうか、一緒に調べてほしい。
そういうことだった。
実紅ちゃんは、その女が怪しいと言っていた。
一度、雅弥とその女が、商店街で話しているのを見たという。
その話を聞いただけでは、俺は全く関係ない、ただの近所の知り合いじゃないかと思って、彼女にもそういったんだ。
「・・・なんか、そうじゃないかと思うの。実紅、雅弥くん、いつもと違うと思った」
いつもって、そんなに見てるのかな?付き合ってないんだし、むしろ、俺の方が君と会う機会は多いぐらいなのに、いつもって。
「御父さんの会社の持ってる、アパート住まいなの、その女の人」
「そうなんだ」
この狭い長箕沢だ。そんな偶然は、多いに有り得るだろう。
「・・ちがうの、そこ、普通の人は住んでないの」
え、それって、どういう意味だろう?
「・・・八倉君は、・・・いかないよね?」
「え?」
「お兄ちゃんは、お父さんにからかわれてたけど、いかないって」
「行くって、どこにいくの?」
「・・・山の上の旅館に」
あ・・・、女の子も、それ、知ってるのか。まあ、昔からの風習が残っててっていう話だからな。
「あ、・・・行かないよ。俺も。・・・それが、何か、関係あるの?」
「あの人、あそこで働いてる人なの」
「え、あ、じゃあ」
「そう、そういう仕事の人」
そんな馬鹿な。ましてや、辻だ。あの糞真面目な馬鹿が、君の気持ちにもずっと気づかなかったあいつが、そんなの、ありえないだろう。
「水曜日。雅弥くんが、アルバイトじゃない日。その日に会ってると思うの」
「いやあ、ないよ。そんなの」
「・・・実紅、一度、見たの。たまたま、ピアノのお稽古の帰り、車の中から、あの人と雅弥君が、あのアパートのある小道を入っていくの。天体望遠鏡持ってたから、雅弥くんだって、すぐわかったの」
「・・・それって、その同じ女の人だったの?」
「うん、・・・間違えないと思う。だから、また、水曜日につけていって・・・」
「尾けていって、どうするの?」
「写真撮る」
「え?」
「だって、証拠だから。雅弥君が違うって、嘘ついても、証拠だから」
「・・・その、『青』っていうやつなんじゃないのかな?」
「それだったら、宿舎だから」
あ、そうか。そうなるか。
「・・・だから、お願い。一緒に突き止めるの、手伝ってほしいの」
俺は、多分、そんなことはないと思った。だから、引き受けたんだけど・・・。
・・・・・・・・・・・・・・
本当に驚いた。それは、事実だった。
俺は、慌てたが、実紅ちゃんに促されて、使い捨てカメラのシャッターを切った。擦りガラスの窓は、どういうわけか、少し隙間が空いたままだった。
しかも、辻は、会って間もなく、その女に封筒を渡していた。
その後は、一緒に、食事をしていた。カレーライスを食べていた。
親し気にしているのは解った。丁度、窓の方から、少し見えた。崖側で、人は入らないのだろうと、油断している感じがした。
食事の後、二人は消えた。水音がした。シャワーを使っている感じがした。
実紅ちゃんは、ずっと、目に涙を浮かべて、堪えながら、その様子を見ていた。
その後、二人は上がってくると、女の方が窓を閉めにきた。慌てて、俺たちは隠れた。
すりガラス越しに、二人のシルエットが見えた。
何をしているかは解った。声を潜めて、静かにしていると、その時の女の声がした。・・・何度か、雅弥の名前を呼んでいた。
俺は、実紅ちゃんの手をゆっくりと引いて、帰る方向を指さした。
涙を手で拭いながら、実紅ちゃんは、頷いた。静かに、その場を後にした。
そして、例の見晴らしの良い反対側の丘の上に行った。
確かに、実紅ちゃんが好きだけど・・・、でも、できれば、こんな形では、そうはなりたくなかった。
・・・・・・・・・・・
「・・・ごめんね、八倉君」
「・・・うん、もう、大丈夫?」
「うん・・・」
「で、その、カメラ、どうするの?」
「・・・うん、うちの運転手の石津に頼もうと思って」
「あ、そうなんだ・・・」
石津・・・さんって、確か、何度か、見たことがある。ちょっと、冷たい感じのする、この長箕沢には似合わない感じの、実紅ちゃんには、丁寧で優しい対応をしていたのを見たことがあった。後は、商工会の会合の時などに、荒木田社長を、車で送り迎えしてるのも見たことがある。
「石津なら、味方になってくれると思う。暗室もあるから、現像してもらおうと思うから」
「そうか・・・でも、現像して、どうするの?」
「辻君に見せる。それで、止めてっていう」
「・・・」
え、それって・・・
「見せて、止めてって、それじゃあ、まるで・・・」
「・・・うん、写真が人に見られたら、雅弥くん、大変なことになると思う」
脅しだ。・・・荒木田家って、やっぱり、そんな・・・
「ダメかな?」
多分だけど、辻がどうなるかは、とにかくとして、そんなことをしたら、きっと、実紅ちゃんは、今以上に、辻から嫌われてしまう気がする。
でも・・・
~つづく~
みとぎやの小説・連載中 事の真相①(八倉視点)
守護の熱 第二章 第三十五話
前回までは、不変則な第二章の流れの中で、その後の周囲の状態だけが描かれてきました。今回から、すっぽりと抜けていた、事の真相編です。
あの喫茶店での話は、この企てだったというわけで・・・。
次回は、この後の話になります。
この物語の第一章はこちら
そして、現在連載中の第二章はこちらです。