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御相伴衆~Escorts 第一章 第113話番外編③「憧れの人」柚葉編「初恋」より

🌟今回の番外編のお話は、柚葉が素国に居た頃の、紫統とのエピソードです。


 彼は、俺にとって、その少年時代、全てだった。

 王宮のあらゆる、社交の場で魅せられた、その存在感には、幼心に、震えを感じていた。多分、そもそも、俺に素質があったのだろう。彼にしてみても、早くに、それに気づいてくれたのかもしれない。多くの一族の中から、目にかけ、拾い上げてもらったような気がする。

 まだ、エレメンタル(小学校)に上がる以前から、面識があり、会う度に、よく抱き上げられていた。母親の弟に当たる方だ。その頃には、彼は既に30歳を過ぎていた。少しずつ、所作のレクチャーを、各国の王子たちに仕掛け始めていた頃だったと思われる。

 母から引き渡され、彼にいわゆる「抱っこ」をされると、その耳元に、心地好い匂いを憶えた。それは、彼の身体から出るものだと、俺は思っていた。こんなに、カッコいい大人は、いい匂いがするものだと、思い込んでいたのである。エレメンタルに入り、その香りが「ティーツリー」であることを知ると、俺は、すぐ、母にねだった。まだ、早いと諭されるが、それを知った彼は、密やかに、「抱っこ」の時に、耳元にアトマイザーで、スプレーしてくれたのを覚えている。くすぐったく、あれが、彼から受けた、行為のスタートだと、印象として感じているのだが・・・貴方は、きっと、覚えていないかもしれない。

 母のお仕着せの、白い袖の膨らんだブラウスは、襟のレース刺繍を褒められた。彼の口癖のような「品が良い」という言葉と、その意味が早くも結びつき、ニュアンスを受け止めていた。

 ゆっくりと微笑む方が好い。小走りで、相手の所に向かうのは、可愛らしいが、バタバタとするのは「頂けない」。大きな口を開けて、頬張るのは、キンダーガーデンを卒業する前に、お終いになさい。エレメンタルで、成績を上げるのは、当たり前です。以後、上級スクールでの文武両道は当然、身に着けるべきスキルです。それは、常識のレベルであり、社交界デビューまでには、ダンスにピアノ、語学を修めなさい。少なくとも、ランサム語は覚えること。外交に関わるならば、東国語を、・・・スメラギ語はまあ、遊びにすればよろしい・・・。ここでは、女性とのことは、関係ありません。それは、必要な方は、別の先輩の所で、手解きを受けなさい・・・。

 最後のは、俺の付け加えなんだが。アーギュは、そっちの方でも、忙しかったらしいが・・・。

 7歳の時、所作のレクチャーの日に、初めて、末席に、同席させて頂いた。ランサムのアーギュ王子とも、その時に、初めて出会った。既に、彼は15歳だった。背が高く、アーギュも恰好の良い、兄のような存在だった。優しく、色々と話しかけてくれた。

 しかし、レクチャーで、彼の所にアーギュが近づくと、不思議と、俺は嫌な気分になった。丁寧に、座る仕草をレクチャーされていたアーギュの身体に、彼の手が触れ、その姿勢を正しているだけなのだが、見ていると、複雑な気分になった。

 何を喋ってるのか、聞こえる大きさで話している間はいいのだが、時折、彼がアーギュに耳打ちをしている。アーギュが困った表情で、何かを丁寧に、遮るような仕草をした。あんなに近づいて、いい感じのことをされていて、俺は、アーギュが羨ましかった。ただ単に、そう思った。後で、アーギュに聞いたら、「怒られてしまったのだよ。察しが悪すぎて」と言うが、見る限り、そんなことはない。俺が子どもだったから、なしたのだろう。まあ、アーギュは、つまりは、彼のことも上手く、往なしていたようだが。


 その次の年から、特別に、所作のレクチャーを受けさせて貰えるようになった。ダンスや、学問、語学についても、彼に付いて学びたいと、母にごねた。そもそも、軍人である彼も忙しい筈だ、と諭されたが、俺も頑張った。
 彼とできるだけ、多くの時間を一緒にいたい、彼のような男になりたい、と思ったのだ。

「いいですか?紫颯ズーサ。お前は、軍人にはなりません。教練は、いずれ、受けるにしても、お前は、素国の第四王子。今の王位継承順位は七位で、まだまだではありますが、いずれ王になる可能性があります。紫統ズードンに傾倒するのは、悪いことではありませんが、軍に進むわけではないのですから。ジュニア(中学生)になったら、各教科は、専門の教師をつけますから、それまでです」

 母は解っていた。弟である、紫統の悪い癖を。そして、息子の俺のことを、彼が、どのように見始めていたかも。やんわりと、エレメンタル(小学生)までだ、と釘をさした。

 何でも、御出来になる、紫統少佐に師事することの、何が、悪いのか?
 母の進言は、却って、俺の彼への傾倒に、拍車をかけた。

 レクチャーの場では、マスコット的に、兄弟子たちに可愛がられた。膝に抱かれ、頭を撫でられ、とても、心地好く、誇らしい気分になった。
 「可愛らしい」「幼いのに賢いね」など、優しく、言葉をかけられた。

 当時、学びに来ていた、王族の一人で、その頃、ハイスクールの年頃の淑喜シュシーという、先達がいた。名前からして、シュ族の者で、ズー族よりは格下で、王位継承には程遠いが、線が細く、綺麗な顔をしていた。「眉目秀麗」と言われ、彼から、褒められていた。

 ある日、席を外した隙に、彼に、座ろうとした椅子を引かれて、俺は、尻もちをつかされてしまった。場が小さな笑いで湧いた。ただの冗談だと思って、立ち上がって、淑喜の顔を見ると、見たことのない程の冷たい眼差しで、俺を見降ろした。瞬時に、場が凍り付いたのを覚えている。何か、悪いことをしたのだろうか?

 その頃、俺は、彼の生徒たちは、アーギュのような、普通に(かなり)その年頃の青年と育っている者もいたが、意外に、同族がいたことが解ってきていた。小さい俺への接し方一つにしても、その区別が、つくようになった。
視線、所作、言葉の掛け方、雰囲気で、彼らの性癖の仕分けは、俺の中で自然につくようになっていた。それは、簡単だった。

 淑喜は、幼いながら、彼に大きく庇護を受けるようになった俺が、気に入らなかったようだ。俺が入ってきたことで、彼の時間が割かれてしまったらしい。周囲は、格の違いを理由に、淑喜を諫めたが、ついには、周囲に解る苛立ちで、そのような行動に出てしまったらしい。淑喜は、彼を愛していた。それは、その後、見ていて解ったことだった。彼が、自分よりも、俺をとったのだと思ったのだろう。

「よくあることだ」とアーギュが耳打ちしてくれた。

「紫統様はお忙しいので、誰かの時間が増えれば、誰かの時間は割かれる。仕方ない」

 要は、今にしてみれば、時間の問題だけのことではなかったらしい。淑喜は、ただ単に、彼の気を惹きたかった。というか、個別レクチャーの時間が、夜半にも行われていたというのが、このことによって、すぐ解った。・・・つまりは、今思えば、解る。淑喜は、彼に受け入れては貰えなかったのだ。淑喜は、その後、レクチャーの場に現れることはなかった。

 俺としては、そんな淑喜のことなど、どうでもよかった。「個別レクチャー」って、何だ?

 その頃、昼間に行われていたレクチャーは、3人から5人ぐらいの集団のものだったが、特に社交界へのデビューが近い者など、希望制で募っていたという。

 俺は、成績表を盾にとり、母に迫った。これには、不思議と、そして、ありがたいことに、父が俺をかばった。

「紫統殿に任せておけば、立派な王族として、社交界でも完璧だと評判だ。何を止める理由があるのだ?」

 貴方、弟は、あの歳で、未だ、側室すら置かず・・・お解りでしょうか?

「紫颯、いいですか?一時間だけですよ。お食事のマナーの日は、それだけでお戻りなさい。ダンスの日もそうです。他の方の順番もございますから」

 解っている。母はこれ以上、俺が彼に傾倒したら、彼のように「そのお歳で、妃も、側室も持たない」男になるかもしれない。それは、王族としては、致命的だと。母は良い勘をしていた。鈍感で普通の感覚を持った、父親の後押しで、俺は、学校で全科目一位をキープする条件で、彼の所に通い続ける。ついに、個別の枠を手に入れた時、俺は10歳になっていた。

「よくお見えになられたね、いらっしゃい、お掛けなさい」

 素国式の挨拶は、古式のものであると、膝を付き、叩頭に近いものになるが、近年では、立ち姿のまま、ランサムのような形に簡略化された。彼は、西のスタイルを、素国の王子や若い公達に教えている。その通りに姿勢を正し、手を胸に宛て、頭を下げた。

「はい、そこで、止まって」

 彼は、いつも以上に、近くに来てくれた。

「頭の角度、胸の右手の当て方はよい、excellentです。お留守になるのは、左手です。指先を意識できていますか?・・・はい、もう一度、・・・結構、お掛けなさい」

 穏やかな微笑は、今、俺だけを見てくれている。心の中で、何か、弾ける感じがした。ソーダの中に、飴玉を落としたような、泡立ちを憶えた。ゾクゾクする何かと、心が躍る感じと、それは、衝動に近かった。これからの一時間、彼と二人きりで、所作のレクチャーが行われる。沢山、見て頂ける、そして、触れて貰える・・・。

 そう思った瞬間に、俺は、それが何かを自覚した。俺も、こっちの属性なんだと。淑喜の気持ちが、途端に解った。俺は、アーギュも好きだが、それは、彼を好きだと思っているのとは、全く意味が違ったということも。

「では、始めましょう。よろしくお願い致します」
「よろしくお願い致します」
「いいですね。その所作は、王族らしいです。いいですよ。肘掛けは、お使いになられてください。君、いえ、貴方は、他ならぬ、王位継承者ですからね。・・・さて、今夜から、個別となりました。何か、特に、ご希望はありますか?貴方は幼いけれど、全ての分野を熟してきました。とても、優秀です。このまま行けば、ご年齢が来たら、社交界デビューの折には、心配ないと思いますよ」

 ゆっくりとした口調、まずは、その落ち着いた声が好きだ。その言葉は、本当に、今、俺だけに、掛けられている・・・。

「特に、欠落していたり、不足はないように見受けられますが、では、今日は、少し、お話の仕方などをさせて頂きましょうか」
「はい、お話、ですか?」
「もう、10歳になられたのですね。紫颯殿は」
「はい、そうです」
「今は、何に、ご興味がございますか?」
「・・・はい、私は、紫統様のようになりたくて、ずっと、こちらで、学ばせて頂いております」
「所作のこと、念頭に置かれ、頑張って来られたのは、よく解りますよ。お小さい頃から、その辺りは、お変わりになられないようで、私も、このレクチャーを続けてる甲斐がありますね。なるほど。では、何故、そのように、思われてらっしゃるのか、説明をしてみてください・・・」
「はい、あの、上手く、言葉になるか、解りませんが・・・」

 紫統様は、小さく、頷かれる。口元に、綺麗な、でも、男らしい、節のある指先が当てられた。つい、見とれてしまった。

「・・・どうされましたか?何か、心、ここに在らず、の様子ですね」
「あ、いえ、申し訳ございません」
「まあ、そんなこともございます。ちょっと、お嬢様のことでも、頭によぎりましたか?」
「いえ、そんな、女の子のこととか、全然、どうでもいいことですから」

 珍しく、彼が、声を上げて、笑った。しまった。品がなかっただろうか?

「真っ赤になられて、いいですよ。そうですか。真面目なのですね。学校は楽しいですか?」

 そういう話題になるとは、少し、残念な気持ちになった。それは、そうだろう、この時の俺は、まだ、エレメンタルなのだから。

「はい。でも、こちらに来て、所作のお勉強をする方が、ずっと、楽しいです」
「・・・そうかもしれませんね。貴方は、小さい頃から、とても、勘が良く、センスがある子でしたから、これからも、楽しみですよ」
「ありがとうございます。凄く、嬉しいです」
「『凄く』は、同じ年のお友達の間ではいいですが、・・・もう少し、の言い方になりますね。言い換え、できますか?」
「『とても』『大変』嬉しいです」
「はい、よろしい、結構ですよ」

 紫統様で、手を叩くと、侍従が紅茶を運んできた。
 あ、お茶の飲み方かな、これは、昼間にやっているから、できる。

「これをエレガントに頂く方法は、きっと、貴方はご存知ですね?」
「はい、解ります」

 そう、紫統様は、今日から、俺を一人前に扱うお心算なのだ。
 二人称が『君』から『貴方』に変わっている・・・。

「ティーカップを手に、目の前に、お相手がいますね。ガーデンパーティなどでは、立ち姿のまま、ソーサー毎、持って頂きますね。何か、事情があって、お相手の手を開けて差し上げたい時、貴方はどうしますか?さあ、立ち上がって、まず、その姿勢を作ってください。いいですよ。ソーサーを持ったまま、立ち上がるのは、よろしくありませんね。溢す原因にもなりますからね。・・・立ち上がってから、両手で・・・そうですね。では、私がそのお相手です」
「あの・・・えーと」
「カップを置いて頂きたい時、どのような時でしょうか?紫颯殿だったら、どんな時と想像しますか?」
「難しいですね」
「では、目の前に、素敵なお相手がいます。大切なことをお伝えしたい。カップを持ったまま、そのお話をされますか?パーティの席としましょうか。周囲には、沢山の方もいらっしゃいます」
「えーと・・・」

 俺は、まず、丁寧に、自分のカップを、テーブルに置いた。

「あの、大切なお話がございます。そちらを受け取らせて頂いてよろしいでしょうか?」
「お待ちください。少し、頂いてからでも、よろしいでしょうか?」
「あ・・・」

 紫統様は、人差し指を立てて、間違っていないと示しながら、一口、紅茶を召し上がった。

「よろしいでしょうか?」

 自然と、小首を傾げて、ソーサーを受け取りやすいように、手渡ししてきた。あああ、紫統様、女の子の役をされてるのか・・・いいのに、そんなこと・・・その後、それを受け取り、俺は、それを、テーブルに置いた。

「駄目ですね。どうして、そんな、ガッカリしたお顔をされるのですか?」
「あの、大事なお話の内容を、考えていなかったので」
「これはね、お芝居というわけでもなくてですね、よくある、遣り取りの一つですから、話まで、考える必要はないですから、つまりね、所作は完璧でした。しかし、そのお顔は頂けません」

 どういうことだろうか?

「まあ、大概、こんなことをする時は、本当に、お相手の気をこちらに向けさせたいという意味合いになります。だから、思い通りに振る舞ってくださったら、そこで、相手を受け入れる、容認、受容といいますかね、それを示さなければ、行動がちぐはぐになります」
「微笑んで差し上げれば、いいのですか?」
「そうですね。それが自然かと思われますよ。やってみますか?では、カップを持ってください。今度は、私が同じ所作をしましょう」
「はい」
「紫颯殿、ちょっと、お耳に入れておきたいことがあるのですが、よろしいでしょうか?」

 彼は、その言葉を掛けると、ゆっくりと、テーブルにカップを置き、俺の手から、カップを引き取った。そして、にっこりと、優しく微笑まれた。

「いいでしょうか?では、こちらへ」

 ゆっくり、背を押されて、その場を離れる所作となった。

「このようにして、多くのライバルの中から、意中の方を連れ出すことができます」
「あ、でも・・・」
「どうしましたか?」
「そんなことは、今の私には」
「必要ないと?・・・ああ、まだ、お早いでしょうか?」
「女の子のこととか・・・」
「誰も、女性とは言っていませんよ」
「え?」
「ふふふ、まあ、今日の所は、よろしいでしょう。お時間が来たようですね」
「あ、ありがとうございました・・・あ、あの、今度は、もっと、お勉強のこととか、素国のこととか、軍のこととか、マナーだけでなくて、将来のお話とか、させて頂けませんか?」

 その時、紫統様の顔つきが変わったのを覚えている。この時、俺の将来を見抜くかのように・・・。


「怒らないで、聞いてくれ・・・紫颯」

 後に、この時のことを、彼は、思い出して、語ってくれたことがある。自分への傾倒ぶりや、熱心さが、正直、利用価値と、・・・あらゆる意味での可能性を感じたのだ、と、高官接待の寝所にて。

「それもそうだが、同時に、とても、愛しいと思った瞬間だった」


次回「個別レクチャー」へ続く


 御相伴衆~Escorts 第一章 第113話
                番外編③「憧れの人」柚葉「初恋」より

 今回も、お読み頂きましてありがとうございます。

 実は、このティーカップでのレクチャーが、見事に生きている回が、本編にあります。柚葉が、二の姫のティーカップを受け取り、皆の中から連れ出すシーンです。

「柚葉、柚葉・・・」

 途端に、二の姫が、甘えた声で、柚葉に問い詰めるように、身体を寄せ始めた。

「はあ・・・いいですか?姫様、少し、お伝えしなければなりません。お作法の事です」

 柚葉は、溜息交じりに、そういうと、自分のティーカップを置き、二の姫のティーカップを受け取り、テーブルに置く。とにかく、動きが見事に丁寧だ。

「美加璃様、ちょっと、こちらへ。皆さん、ちょっと、ご注意をしてきますので・・・」

第10回 数馬編「昼間のお相手」より

 この時の幼い頃のレクチャーが、自然と、皇宮の生活の中で生きている。
 柚葉の美しい所作は、紫統に躾けられたものでした。

 紫統に傾倒する柚葉は、その教えを纏って過ごすことで、アウェイである皇宮での暮らしに堪え、その内に順応していったようです。

 当時は、桐藤キリトからの虐めや、二の姫のお相手など、柚葉にとっては、ストレスフルな生活だったに違いありません。しかし、紫統の教えと、その使命が、彼をストイックに支えていたとも言えます。

 次回も、今回の続きのレクチャーのお話です。
 お楽しみになさってください。

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