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仙の施し 舞って紅 第十話

 アカは、悪夢を見ていた。アグゥと契り、サライに恨まれ、右の胸に小刀の呪詛を受けた。それは、真実だった。記憶の悪夢だった。目覚めると懐かしい、アグゥの臭いがしたが、それは、白檀の香りが混じった、より深い、広い懐だった。そこには、白太夫の顔があった。

「そうだったのじゃな。十四の時、父と契り、ついぞ、ここに来る前に、その宿と名を変えた、サライという青年と・・・夫婦になったとは、言い難いのだろうが・・・」
「もう、解らん。流れで沢山の客を取ってきた。今だって、白太夫様のものじゃ。あたしは」
「可哀想に・・・鎮めようと、撫でても、泣くばかりで・・・あやしてやっと、眠れば、うなされておった・・・背負うものが大きいのじゃろう・・・」
「・・・でも、目覚めたら、なんだか、心の憑き物が落ちた気がする」
「そうか、ならばよい。背負うものは器に沿う。抱えられるものだけじゃ・・・」

 白太夫は、腕の中のアカの髪を解き、優しく、撫でた。

「白太夫様、以前、市井であたしを呼び止めたことが・・・」
「憶えておったか?」
「あの時、不思議と、またお会いできる気がしていました」
「そうじゃな。そのように念じとったからな」
「どうしてじゃ?」
「そなたの姿を見て、解ったからじゃ。『女の中の女』と」
「流れ、ということか?」
「流れ、に相応しいということでもあろうな・・・『天賦の天女』ということじゃ」
「そうか。男と寝るのが好きということか?」
「・・・それも、一つかもしれぬな・・・」
「多分、嫌いじゃない。肌の温みはいつだってよい。だから、乱暴な感じを収めてやる。気が荒れているお相手を、宥めすかす。そうすると、その男の良い所が出るから、どこでも良い。目でも、唇のし尽くしでも、手の加減でも、お道具は最後、アカが良くする」
「ははは・・・天性の流れじゃな、そなたは」
「男に取って女、女に取って男は、やはり、普通に良くなければ。だから、お道具が嵌め具の玩具のようにぴったり行くようになってるって」
「お婆の言葉じゃな?」
「そうじゃ。白太夫様は、アサギのおばばに会ったことがあるのか?」
「海の民のお婆は、最高の流れじゃった」
「交わしたのか?」
「そうじゃな。若い時に」
「へえ・・・すごい、そうだったのか・・・」

 素直に目を輝かせる、そんなアカの様子に、白太夫は、目を細めた。飾ることなく、直情径行であるが、恐らく、流れの経験からも、約定も身に着け、弁えもある。この後に、更なる寝所での業を施し、京に送りこもうという算段だった。男の気を逸らさない。目の配り方、黙っている時の唇の保ち方、余す所なく、惹きがある。今が十九であるなら、これからの時期は、更に、媚態を増し、花が開く頃となる。

「よいか?帝の御為、働いてくれるか?この白太夫の言う通りに・・・できるか?」
「・・・無論、してご覧に入れます」
「よう云った。褒美じゃ。蜜より甘い、心地良さを授けよう」
「蜜より甘いのか?そのような食べ物、あるのか?」
「ふふふ・・・」
「貴族様のお膳か・・・?」
「さてな・・・」


・・・・・・・・・・・


 どういうことじゃ・・・止まらぬ、・・・身体が小刻みに戦慄わなないている・・・。こんなにされたら、気が狂う。今、突き抜けたというのに、また、高みが襲ってくる・・・なんてことだ・・・。同じことなのに、お相手で、こんなに違うとは・・・。


「アカ・・・大丈夫か?どこもかしこも、びしょ濡れになって・・・」
「ああ・・・喉が渇いた」
「そうじゃな、それだけ、喘いで、あちらこちらから、吹き出していれば、そのようになる。白湯を含ませようぞ・・・ん?」
「ああ、もう、よいのじゃ。自分で飲む。頂くと、少しだけになり、じれったい」
「まったく・・・はっきりしとるな、そなたは」
「そうじゃ。欲しいものは欲しい、と言った方が上手くいく」
「素直じゃな。全く。・・・今の突き抜けの繰り返しじゃが、基本の一番は儂とのことになるが・・・」
「男は、皆、そんな言い方をする。我だけとか、俺だけとか・・・」
「手練手管の一つじゃな・・・いいか、アカ」
「はい」

 白太夫の言葉の調子が変わった。寝所での戯れから、普段の感じに戻った。服を改め、手鏡を取り、髪を撫で付け始める。アカもそれに併せ、慌てて、汗を拭い、上衣を纏う。

「明日、菅様の所に伺う。クォモと共に、付いてまいれ」
「菅様・・・帝の片腕の文官の方か?」
「よく解るな。その通りじゃ。一度、ご面識を頂くことにする」
「ご面識・・・菅様に侍るということか?」
「・・・菅様は、今、文書の編纂で、それどころではない。また、帝を支え、政のことでもお忙しい御身じゃ・・・クォモとそなたは、今後の儂の直属ということで、ご面識を頂くのじゃ。少し、お見知りおき頂いておくだけじゃ。儂の報告に同席する。そなたは、儂の側女として、クォモは護衛の御付ということじゃ」
「そういうことだったか・・・わかりました」
「今宵は、クォモと、元の部屋に戻り、ゆっくり休め。何かあったら、クォモに聞くがよい」
「白太夫様、・・・クォモは、何故、いつも、怖い顔をしておる?」
「そういうたちなんじゃろう。・・・いい男じゃろう?」
「うん、アカの好みじゃ」
「これまた、はっきり言うな」
「色男と一緒にいられて、嬉しいものだ」
「アグゥも、サライも、クォモも色男じゃな」
「あ、白太夫様は、床上手じゃ・・・いい男じゃ」

「クォモ、・・・アカを連れて戻れ」


 スッと襖が開くと、いつもの鉄面皮で、クォモが、平伏し、現れた。

「はっ、わかりました」

・・・・・・・・・・・

 また、小さな部屋に、クォモに連れられ、アカは戻された。

「よいか、喋っても」
「・・・なんだ」
「あの・・・ずっと、あたしと白太夫様が交わしてる間、番をしていたのか?」
「交替はあるが、基本、誰かが番をする」
「・・・わあ」
「今更、流れが驚く話でもなかろうが」
「まあ、よい。さっき、白太夫様、怒ってた、と思うか?」
「何がだ?」
「さっき、色男の中に入れなかった。でも、いい男と付け加えた」
「馬鹿な。どうでもよい話だ、くだらん。そんな戯言ざれごと、白太夫様は、気にされない筈だ」

 アカは、クォモと一緒にいて、見たことないものがあった。クォモの笑顔だ。

「・・・クォモ、あたし、寝所のお客なら、殆ど、怖い顔を緩めることができる。ほっといてほしい男はそうするけど、夜半には慰めるし、面白い話をしたり、くすぐったり、勿論、お酒を勧めたり、うたいや舞もするけど・・・、なんで、そなた、いつも、眉間に皺を寄せているのじゃ・・・痛いとこでもあるのか?」
「・・・こういう顔だ。元々が。構うな、ほっとけ」
「ちょっと、似てる。・・・サライに」
「・・・」
「聞いていたんじゃろう?白太夫様と話してたこと」
「さあ・・・」
とぼけ上手なんじゃな、そなたは」
「都言葉はやめろ・・・まあ、明日は、上手く使い分けることだ。しかし、基本、菅様の前で、俺たちが、声を発するようなことはないだろう」
「そうなのか。ご挨拶は?」
平伏ひれふせばよい」
「そうなのか・・・」
「まさか、お前、馬鹿なことを考えていたのではあるまいな」
「侍るのだと思ってたら、違うのだと、白太夫様に言われた」
「当たり前だ。馬鹿」
「馬鹿、だなんて、酷い。二度目だ、クォモ」

 クォモは、溜息をついた。アカは、その様子を見逃さない。クスクスと笑って見せた。

「お前が上の方の前で、粗相をすると、俺が、白太夫様に怒られる」
「怒られたのか?何か?」
「今の所は、大丈夫だが・・・」
「なーんだ。なら、良かったじゃないか」

 アカは、満面の笑みで、クォモに取り縋ろうとする。

「待て、近寄るな。必要以上に触れるな。漂泊の民の取り決めは、解ってるだろうな?」
「ああ、基本、海の民は海の民、山の民は山の民・・・あー、クォモ、そうかあ」

 アカは、ニヤついて、腕を組む。

「クォモは、アカが気に入っている、のじゃな。眠ってる時、お世話してくれたのだし・・・」
「・・・馬鹿な。同胞の中での、男と女のことは取り決めがある」
「クォモは、奥方がいるのか?」
「そんなこと、どうでもいいだろう」
「東の山の里に置いてきてるのか?・・・里が焼かれないといいな」
「そんなのはいない」
「でも、家族はおるのだろう?」
「俺は、天涯孤独。一人だ」
「・・・クォモ、でも、白太夫様の腹心じゃ。我も、焼き討ちで、天涯孤独になった。同じになった」
「・・・」
「まあ、いいや。ずっと、クォモとご一緒じゃ。うふふ」
「よせ。そういう言い方は」
「普通のことを言ったまでじゃ。クォモが、気にし過ぎとるのじゃあ・・・うふふ」
「・・・そうだ、白太夫様の用事があった。外すが、ここから出るんじゃないぞ」
「はいはい。大丈夫、いってらっしゃいませ、旦那様」
「・・・糞、」
「酷いっ・・・クォモ」

 障子を、タンッと音を立てて閉め、クォモは、部屋を出て行った。アカは、先程の戻りの折、いくらか、身の回りのものを白太夫から譲り受け、持ち帰っていた。手鏡や、紅と紅筆、櫛も頂いた。そのことを思い出し、部屋の角にそれらを設えた。

「殿上人の方とお会いする時、・・・サライのように、女子として、綺麗なおべべで着飾るのかのう・・・?・・・何枚も重ね着るらしいと、ヤエ姉から聞いたが・・・」

 アカは、ふと、明日、菅様にお会いするのに、紅を指した方がよいのか、クォモが戻ったら、聞いてみよう、と考えていた。


みとぎやの小説・連載中 「仙の施し」 舞って紅 第十話

 お読み頂きまして、ありがとうございます。

「アカは目覚め、『仙』とも呼ばれている白太夫に、その焼き討ちの時の記憶を辿り、語った。そして、腕の中で、抱かれながら、アカは白太夫に、寝所での術を施される。アカは『女の中の女』になった。どの男も、アカを抱けば、まるで自分が色事師になったような感覚を覚えるようになるという・・・アカ自身は、まだ、このことに気づいていないのだが・・・。畸神語りの謡巫女の一人であるアカは、流れ巫女としての最高の資質をこれで手に入れたことになる。以後のアカの活躍、その動きは如何なることに、こう、ご期待」

 なんか、旧い時代劇みたいな告知になってしまったので、括ってみました。このお話は、こちらのマガジンから。マガジンフォローを頂いた方、実にありがとうございます。


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