公の御目もじ 舞って紅 第十一話
翌日、アカはクォモと、白太夫に連れられて、京の北の方にある、菅様の隠れ家に連れて行かれた。すぐに、アカとクォモは、その部屋の中に入ることは、許されなかった。襖が開いた時、アカは、少し、その方のお姿を見た。
白太夫が、その方の前で、平伏したその時、お顔が少し見えたようだった。白太夫が、五十代の中年といった所であるならば、菅様は、少し若く、四十代ぐらいの齢と見えた。しかし、白太夫のみが、部屋に入り、襖はすぐ、閉じられた。
「クォモ、見たか?・・・菅様とは、いかにも賢き、文官様という感じのお方じゃな」
「静かにしろ。口を利いてはならぬ、と言っただろ」
「・・・わかった」
小一時間程すると、部屋の中から、白太夫の声がかかり、クォモが襖を開けた。
「御許しが出た。入れ」
クォモとアカは、部屋の中に、素早く入り、襖を閉じると、平伏した。
「傍付きの奴と婢、クォモとアカにございます。まずは、クォモ、顔を上げて、菅様に、拝謁仕れ。こやつは、山の民の間者でございます」
クォモが、まず、顔を上げる。菅様が目を合わせ、頷くと、また、平伏した。
「そして、この女子が、アカ、海の民の流れ巫女でございます」
「アカにございます」
「こら、口を聞いてよい、とは言っておらぬぞ」
「いや、良い。白太夫」
「よろしい、アカ、顔を上げて、拝謁仕れ」
「アカ、畸神の謡は諳んじておるのか?」
「はい・・・口伝にて」
アカは、ゆっくりと顔を上げた。穏やかで、落ち着いた雰囲気のその方がいた。先に、一瞬、襖のこちらから、伺った時の感じに、間違えはなかった。聡明なお方、というのは、こういうお顔をなさっているのか。頭が良い貴族様というのは・・・。アカの知っている人の中では、やはり、白太夫が一番近く、サライが都振りをして、戻ってきた時の感じも思い出した。しかし、確かに、間違えなく、このお方は、殿上人と言われる、貴族様なのだろう。これまで侍ってきた、地方役人である国司とは、全く風格が違っていた。
「定子院帝様の御世となり、私も、西の島から戻され、御所に配されることとなった。忙しくなる。いよいよ、真実の、この東つ国の成り立ちについて文書を仕上げたい、と思っている所であったが、何しろ、政を任させるようになりそうじゃ。定子院帝様はお若く、気性がおとなしい。文書編纂には意欲的だが、政にかけては、藤殿の一族と渡り合っていかねばならないが、今一つ、及び腰でおられて・・・」
「柔らかく仰いますが、要は、藤殿の後ろ盾の一族(薹)との鬩ぎ合いですからな・・・」
「先頃も、橘殿が役職を与えたことに気に入らないと、あちらの筆頭方が大騒ぎされてな。ここを収めた。それ以来、帝は、我を宛てにするようになられてな」
「西の島では、受領となられ、よくよく民草を治められた、その実力も買われての、当然のお役目への抜擢なのではないでしょうか?」
なにやら、政に関する、難しい話だ。アカには、解らない。しかし、アカは顔を上げたまま、菅様と白太夫のやりとりを見ている。これに、クォモが合図する。慌てて、アカも平伏した。
「白太夫。この二人をここに呼んだのは、意図があろう?」
「場合によりましては、この者たちを、薹の本拠に、あるいは、帝のお傍に、とお役立て頂けるかもしれないと思いまして・・・」
「ほお・・・、我は、裏の策略には長けてない。全て、そなたに任せるが、白太夫」
「有り難き幸せ」
「・・・ならば、帝の影の警護と、畸神の謡に関しては、我の下でということになるがの、いずれにしても、白太夫、そなたの慧眼が必要じゃ」
「はっ」
この言葉に、クォモも更に、頭を床に擦りつけた。アカもそれに倣う。今の話でいくと、クォモは、帝の裏の警備につき、アカは菅様の下で、謡を伝えることになるのかもしれない。二人の奴婢は、それぞれ、そのように思っていた。
「白太夫の引き上げじゃ。恐らく、この二人は手練れということじゃな。そなたの優秀な雌雄の部下ということじゃ」
「恐れ入りましてございます」
菅様が、向かって、左側を見やると、スッとそちらの小さな襖が開いた。一人の清しい、中年女性が、ゆっくりと入ってきた。
「宮命婦じゃ。ここで過ごす以上、今日から、こちらにつき、ここでの仕来りを、アカには身に着けてもらうことになるが、よろしいか」
「これは、白太夫、ご苦労でございます・・・その娘が?」
白太夫は、その女性に頭を下げた。慌てて、アカが続けた。
「アカにございます。よろしくお願い致します」
「そして、奴の方、クォモは、白太夫につき、御所の側へ参れ」
菅様の言葉を受け、白太夫が平伏すと、クォモとアカは、また、床に頭を擦りつけた。
アカとクォモは、出る時に、手荷物を全部持参して、ここに来るように、と言われた意味が解った。ここで、一度、二人は、配属が離れるということになる。
「では、そのように、よろしく頼む」
「はっ」
菅様の言葉に、白太夫、そして、クォモとアカはまた、平伏した。
「では、アカとやら、お前はこちらに、私の下のお務め、という形になります。立場は、表向きは、炊女としますが、こちらで、御館様の下の学生たちに、その謡の内容を伝え、記させるのがお役目となります」
「よろしくお願い仕ります」
宮命婦の言葉に応え、白太夫が、また、頭を下げた。
「では、アカ、しっかり、務めよ」
「はい」
すると、白太夫と、クォモは部屋を出ようとした。ふと、アカとクォモは目が合う。しかし、クォモは、スッとそれを逸らした。そのまま、二人は、アカを残し、出て行った。
「では、これから、我と命婦が、塾に、そなたを連れて行く」
「塾?」
「文官であらせられる、御館様の元に、学びに来られる公達、学生たちがお勉強されている所です。ここを伝って、少し行きますが、外に出ずに行ける場所です」
「では、参るぞ。命婦の後に、着いて来るのじゃ」
「はい」
みとぎやの小説・連載中 公の御目もじ 舞って紅 第十一話
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いよいよ、アカとクォモは、それぞれの役割に分かれ、その命ぜられた任に就くこととなりました。それぞれの役割の場所で、果たしていくことが変わっていきます。アカには、大きな、この東国の大元の神である、畸神についての伝説を護り、伝えていくという大きな使命が課せられています。最後の海の民の女子、流れ巫女であり、謡巫女であるアカは、これからどうなっていくのか?今後のお話をご期待ください。
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