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椿 堂 その一  舞って紅 第三話                   

 サライとアカは、戻ってきた男衆の間を縫って、アグゥの所に行く。アカは、ばれないように、唇を舌で舐め、蜜を拭い、更に、口元を、上着の袖でも拭いた。丁度、合図があり、アグゥの面前に、帰還してきた、取り纏め役のイブキが、挨拶を始めた。イブキは、サライの父である。

「皆、よく頑張ってくれた。珍しく、今回は、大きく怪我をする者、命を落とす者がなかったと聞く」
「まだ、流れの一部分が、都に入り込んだままだが」
「ヤエか」
「しばらく、流連いつづけらしいな」
「ヤエもやるな。いい女になったな、キチ」
「・・・いや」
「それは、心配だろう。殿上人てんじょうびとのお相手をする可能性が出てきたと聞いておるからな・・・」

 ヤエは、今、売り出し中の流れ巫女だった。いよいよ、文官様の指示により、とうの中核へと間者として、入り込むことに成功したのである。実は、先般、キチとは、夫婦となった所だった。キチは、サライの兄であり、ヤエは、ウズメの一人娘である。

「大丈夫じゃ。あの娘のことじゃ。如才なくやる。東のクォモがついておると聞いた。大丈夫じゃ」
「山の間者か?信頼できるのか?名からすれば、薹の手の者ではないのか?」
「白太夫様の片腕じゃ。間違えない。あたしは、会ったことがあるの、クォモに」
「ならば、大丈夫だろう。さあ、今夜は、好きなだけ、飲んで、食って、休んでくれ」

 アグゥが、男衆たちに声をかける。しばらく、酒席に興じると、褒美を分け、それぞれの小屋に戻る。妻と子との邂逅は、宴より、大切な時間となるのだ。

「おとなしくしとったな、サライ、アカ」

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 アグゥは、末席で、黙ったまま、正座をしていた二人を、呼び寄せた。アグゥとアカも、親子の時間となった。それに、サライが加わる形だった。

 先程の集まりで、兄のキチの後ろで、今、流れで都に留まったままの嫁のヤエの話を神妙な面持ちで、サライが聞いていたのを、アグゥは見逃さなかった。アカは言えば、大人しくはしていたが、何やら、サライの様子を、チラチラと見遣っていた。落ち着きがない。アグゥには知れていた。サライが気になっているのではない。サライの懐の土産、早晩、巣蜜辺りを、アカが待ちかねているのも、見抜いていたのである。

「随分、お役を果たしてこられたようじゃな。暗闇で、背中に引っ掻き傷を作ったそうじゃが・・・あははは、名誉の負傷じゃ・・・」
「初のお役が、このようなこととは・・・意外にも・・・」
「いや、そなたの獲ってきた、情報が何よりの、次への糸口となり、ヤエの活躍に繋がっている。何よりじゃ」
「あの・・・これについては・・・」

 サライを手招きで呼びよせる。耳元で、アグゥは、サライに小声で答えた。

「安心せよ。まさか、寝所での活躍を、いはけない、アカの前で話すわけにはいかぬ」

 いはけない・・・幼い・・・あああ、なんか、牽制されてしまった気がする。これでは、この先の話がしにくいではないか・・・どうしたら・・・。そこへ、アカが口を添えてきた。

「サライは、戦で大活躍したそうな」
「そのように聞いているぞ。今、褒めてやった」
「あ、ありがたき幸せ・・・」

 サライは、アグゥに頭を下げた。

「んで、男振りを上げて、戻ったようで、何よりのサライ。報告以外に何がある?」
「・・・あ、あの、それは・・・」

 アカは、サライの顔を覗き込んだ。目が合う。サライは、耳まで赤くなり、顔を上気させている。

「アカを、嫁に欲しいそうじゃ」

 言い出せないサライに変わって、アカは何の外連味けれんみもなく、言って退けた。そして、驚くサライに、ニコニコと笑って見せた。その後、うふふと笑いながら、その様子を見ている。

「・・・なるほど・・・、サライ、子どものアカは、意味が解っていない。それで、雁首並べるとは、ちと、早急すぎではないか?幼き飯事ままごとを見えるようじゃが・・・」

 アグゥは、無邪気な様子のアカと、神妙な顔つきのサライを見比べている。

「・・・ああ、いえ、俺は、本気です。師匠」
「まあ、待て、サライ・・・アカ、これ、どこを見ている。そんなにサライが気になるか?」
「あ、ああ、そうじゃ」
「サライの懐の中じゃろうが、お前の気にしとるのは」
「あ、バレたか、さすが、アグゥ」
「これ、アカ、父者ててじゃ殿に、そのような・・・あ、申し訳ありません・・・」

 いつもそうなのだが、この親子のやり取りが、あまりにも、アカの父への敬いの無さに、周囲が戸惑ってしまうことがあるようだ。

 あああ、もう、ダメだ。アカは・・・。

「すまないな、サライ」
「ああ、いえ、そんな・・・とんでもございません」

 サライは、地に伏せ、頭を擦りつけるようにして、アグゥに対した。

「アカ、よく聞け。サライがどんな思いをして、戦場に行き、仕事を上げて、命懸けで戻ってきたか。どの男衆、流れの女子おなごたちとも変わらぬ。大人と同じ、それ以上の仕事を遣って退けて戻ってきたのだ。こら、お前は、その懐の蜜の一滴も頂けないぞ、そのままでは・・・」

「ああ、それなら、もう、さっき・・・」

「アカっ・・・あああ・・・」

 もう、ダメだ。アカ・・・、なんで、言っちゃうんだ。アグゥは呆れるように、アカを見ている。あれ・・・?サライは、自分に、アグゥの咎めが向いていないことに気づいた。

「サライ、本当にすまない・・・、こんなに生真面目で、幼い時から、何一つ手を抜かず、自らを鍛え、父や兄に恥じない程の精進と成果を上げている、優秀なサライに望まれてるというのに、アカ、お前は、ダメだ。・・・サライと、約束したことを、何故、守れない?約束一つ、口一つ、軽ければ、流れは任せられない・・・アカ」
「だって、蜜が欲しかったのだから・・・」
「サライにねだったのだろう。帰還して、いち早く、こちらに顔を出すより、お前の所に土産を渡すのは、その気持の現れなのに・・・男の気持も解らぬなど、流れは務まらぬ・・・正座を崩すな、アカ」

 その時、小屋の外から、女の笑い声が響いた。

「いいかい?お邪魔するよ」

 流れの元締めのウズメが、アグゥの小屋に入ってきた。サライは目を逸らした。出陣の前に、サライの初めてを施したのが、彼女だった。今回の仕事に関わるに辺り、それが必定なのは、目に見えていたからだ。

「アグゥ、あまちゃんのアカに、今は、何を言ってもダメね。身体だけが女性になっても、流れはできず、ご夫婦になるのも、まだ早急。ふふふ。まあ、サライ、ガッカリだねえ」
「あああ・・・」

 全部、バレている。大人たちは、御見通しだ。でも、・・・でも、見通して頂けてるなら、約束に繋げやすいのではないのか?サライは、思った。

「アカ、東の蜂の子は、どのくらい大きかったかい?」
「・・・」
「・・・」

 男二人は、この問いに目配せをして、黙っている。

「アグゥの指ぐらいじゃったか?」

 アグゥと、ウズメは大笑いをした。その後、サライは、下を向いて、少し吹き出した。これは隠語だった。同時に、流れの仕事の成果を聞く意味でもある。

「まあ、微妙・・・クスクス」
「ばか、ウズメ、引っ張るな・・・」
「あはは・・・」

 当然、アカには、意味も解らない。真価のある行為もない。そのことすらも解らない。

「アカ、お前が、その蜂の子入り巣蜜を頂くには、あまりにも、お粗末だよ。お子ちゃますぎて。サライの命懸けの仕事、命懸けの男子おのことしての決意が、勿体ない。解るね?サライも」
「あ・・・はい、そうなのかもしれませんが・・・でも・・・」

 サライは、何もかも御見通しの大人二人の前で、また、頭を床に擦りつけた。

「まあ、いい。サライ、顔をあげなさい。アカがもう少し、大人になってから、アカ自身のこととして考えられるようになるまで、待ってほしいのだが・・・」
「・・・師匠・・・」
「良かったじゃない。サライ」
「あ、はい、ありがたき幸せ・・・」

 恐る恐る、サライが、アカを見やると、アカは、拗ねた顔をしている。

「蜂の子は?」
「すまぬがアカ、乳をやっている赤子の母の所に分けてもらえぬか?」
「あ、そうじゃ、それなら良い。というか、それが良い」

 ウズメの申し出に、アカの顔がたちまち、明るくなった。

「では、あたしが届けて・・・」
「いいの。アカ。あたしが、姉妹たちに届けるからね。いいね?今回は、サライ?」
「はい」
「どうせ、もう、良い感じで与えてるんでしょうから、じゃあ、行くからね、お邪魔さま」

 ウズメは、さっと、蜂の包みをサライの懐から出させ、受け取り、アグゥの小屋を出て行った。

「・・・ん?・・・なんだ、良い感じ、とは?」
「あああ、先程、二人で一つを分けて・・・すみません」
「まあ、いい・・・、アカ、なんで、こんな目に合ったか、よく考えろ。サライ、もう少し、戦場が大変だという話を、アカにしてやってくれ。実感が持てない分、子どもですまない」
「わかりました・・・」
「構わんぞ、この後、連れ出してやれ。蜂の子なしで」
「・・・え?」

 サライは、瞬間、また、赤くなった。本当に、全てがバレていたことが解った。アグゥは、笑って言う。

「アカを頼むぞ、朝には戻せ」
「はい・・・」
「なんぞ?戦場の話なら、きちんと聞くから」
「うん、行こう」

 サライは、アカの手を引いて、二人は、アグゥの小屋を後にした。

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 つまりは、お許しが出たということか?

 ・・・戦場では、どんな酷いことが起こっているのか。

 文官の御方様の下でお働きになるのは、我らの御館様の白太夫様。その手助けを、我ら漂白の者たちが引き受けているということだ。本来は、俺たちの国だった、この東の国は、北の大陸から来た、亜素という一族が、国を侵略して、穢されてきた。それに抵抗しているのが、今の帝と御方様だ。今更、アカだって、この話は知っているだろうな。流れ巫女は、特に大切な仕事を請け負っている。この国の始祖である、畸神様の伝説を口伝で受ける。本来なら、婆様ばばさまから、アカの母者のチシオ姉が受ける筈が、亡くなってしまった為、今は、あの、チシオ姉の妹の、ウズメ姉が受けた。その跡取りとして、目されているのが、娘のヤエ姉。俺のキチ兄の嫁さんだ。今一人、もしも、ヤエ姉の命に何かあった時にと目されているのが、アカ、お前なんだ。

 知っている。記憶力がいいんだ。海の民の女子はうたいで覚える。いつだったか、心地好い謡を、アカが口遊くちずさんでいたことを。あれは、チシオからの直伝だったともいう。つまりは、子守歌として、聴いていたのが、物心ついた頃には、そらんじていたというのだ。アカには、口伝の素質が大いにあると、当時の長老たちが驚いていたものだ。だから、アカには、流れとともに、その口伝の役割が当てられることとなっている。

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「すまなかった、サライ」
「ああ、もうよい。蜂の子、少し食べておいて、良かったのかもしれぬな」
「うん、美味かった。でも、あれ、全部、独り占めは、心が痛かった」
「そうか。ならば、良かった」
「赤子の母者のものになって良かった」
「優しいな、アカは」
「でも、バレた。ごめん」
「ああ、いいさ」
「サライも優しい」

 サライは、嬉しくなり、頭を掻いた。

「戦で、背中を引っかかれたと聞いたが、痛くないか?」
「大したことはない」
「猫のような敵だな」
「まあ、そうかもしれぬが」
「軽い傷で良かったな」
「ん・・・まあな」

 ・・・いっそ、寝所での事、と言ってしまおうか。サライは、空を見上げる。

 二人は、草原の土手に腰かける。海の傍の川だ。

「帰って来れて、良かった。アカと、こうやって、ゆっくり話せる」
「うん、サライが無事で安心した。キチも、イブキ殿も、他の男衆も、姉さん方も」
「ああ、ヤエ姉の一行が心配だな」
「うん、・・・でも、ヤエ姉さんは、強いし、美人だから、貴族も気に入る。美味いものをくれるかもしれない。沢山、食べてくればいいね」
「それだけじゃない・・・命懸けなんだ」

 サライは、アカに向かい合い、その両肩に手を掛けた。

「ヤエ姉が失敗したら、命がない。場合によっては、白太夫様の手の者と解ったら、白太夫様まで、お手打ちになるかもしれないんだ」
「・・・聞いたことあるよ。その場で首を斬って死んだ流れの姉さんがいるのも・・・、母さんの話も・・・」
「アカ・・・」
「でも、大丈夫。アカは」
「・・・アカ」
「強いんだって。アカは。ほら、サライと訓練もしてるし」

 確かにそうだ。男並みに、武具もいくつか熟している。走りに、崖登り、なかなかの強肩だ。流れだけではダメだと、アグゥ殿が、アカに仕込んでいるのは、知っている。

「そうだな。アグゥ殿と、チシオ殿の娘だ」
「そう。だから、大丈夫。戦える。もう少し、口を気を付けて、舞と寝所の訓練をすれば、流れもできる・・・舞の訓練は、ウズメ殿と始めたんじゃ、筋が良いって」
「訓練って・・・あああ、アカ、それなんだが・・・」
「今度、アグゥとするから、大丈夫じゃ・・・」
「え?」
「だから、アグゥと訓練する」
「・・・アグゥ殿は、アカ、お前の父者だ」
「うん、だから?」
「アカ、それは、違う。普段の闘いの訓練と違う。・・・父者とはできない」
「何故じゃ?」
「何故って、実の親子だから」
「解らぬ」
「・・・そんなの、ダメだ、アカ」
「だって、それは、一番、好きな男とするものじゃ」
「それは、そうだ。それが一番良いが、・・・父者ててじゃではない。血の繋がりのない男とだ」
「我の一番、好きな男は、アグゥ一人じゃ」

 サライは、驚いた。アカの瞳には、何一つ、疑いがなかった。蜂の子を求めた時のように、キラキラと輝いていた。

                             ~つづく~


みとぎやの小説・連載中 「椿堂 その1」~ 舞って紅 第三話

お読み頂きまして、ありがとうございます。

このお話も、三話まで漕ぎ着けました。
設定が、少し特殊で、どうかなと悩んではいるのですが、
実は、もう一つの連載と絡んできますので、
敢えて、一般の記事として、進めることにしました。
ファンタジーでありますので、ご理解頂けたらと思います。

ある程度までお話が進んだら、解説記事などを出そうと思っております。
よろしくお付き合い頂けたら、嬉しいです。
このお話は、こちらのマガジンに纏めてあります。
ちょっと、複雑な歴史調のお話です。読み直して頂くと解りやすいかもしれません。


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