身を護る嘘 その2 舞って紅 第二十話
その集まりが終わると、多くの者は、真夜中の闇の中へ、慌ただしく、自分の使命の為に旅立っていった。アカや、クォモなど、白太夫の側近である者たちは、その場に残り、敢えての顔合わせとなった。
「ご苦労だった。既に、遠方の者は、地元や、赴任先に向かい、一早く、ここを発った。さて、帝都組の我らは、帝の影の側付として、我の下で務めることとなる。寛算を筆頭とし、クォモ、キチ、ロクの四名は、帝の側にて、見えない影として、お護りすることとなる。人前に出ず、常に影として、この四名は、その存在を消しつつも居続けることとなる。そして、今一つ、大切なお役目、アカ、そなたは、公の下、更に、学生の方々に、謡を伝えておる所じゃな」
男衆が、アカに注目した。
「ほお、もう、謡を見せたのか?・・・安行に、だな」
「ええ、まあ、少しずつ」
寛算は、アカにそう投げかけながら、聞こえよがしに、学生の貴族の名を出した。
「だそうだ、クォモ」
「・・・」
「お務めにて、しっかり、されておるのだろう?アカ?」
キチが、アカに尋ねた。それは、寛算の当て擦りのような言い方を、打ち消そうとしているのが、アカには感じられた。アカは、周囲に解るように、首を大きく、縦に振って、頷いた。
「ここでの話は、アカも聞くことになるが、約定の通り、これ、でな」
白太夫が、口元を閉じる、仕草をした。
「解ってます。殺されても、言いません」
「さても、多くの犠牲を出した、海の里の者が、これまで、沢山の情報を集め、残してくれていた。様々な者の話から、どうやら、薹の漂白狩りの首魁は、ご存知の通り、呪詛を使う」
「こうなる前に、海の里では、仲間がこれに取り込まれ、無事に戻った様に見せ、土産物に毒を使うなどの手を使われたが、その時は、寸での所で、それに気づくことができたが・・・」
キチが語り始めたが、ロクが、気遣うように声を掛けた。白太夫や、他の者も同様だった。
「キチ兄」
「恐らく・・・」
「これは、聞くに辛いと思うから、キチ。よいか。事の真実を」
「多分、予想通りだと思うが」
あ、多分、あのこと、サライのことだ。・・・アカも、きっと、そうだろうと感じた。白太夫が、寛算に目配せをした。寛算は語り始めた。
「海の里だけではない。あまりにも、手慣れた動きと、倣いの所作を繰り出す。こちらの手の者に違いないと思うが・・・つまりは、取り込まれた者の仕業だ。諜報の後の者が、危うく捕まりそうになった所を、命からがら、逃げ戻ってきたという報告もあった・・・」
「つまりは、こちらの里の者が、向こうに捕まり、寝返ったと」
「アカや、キチ、ロクには、辛い話じゃが、それが真実じゃ」
あの、宿と名乗った男が、つまり、サライだということ・・・。
「身内から、そんな錆を出すとは・・・解っております。あの時、ここを離れていたのは、他ならぬ、我が弟・・・、あれなら、あれ程の事が、できる頃だと・・・」
「キチ兄・・・」
「アカ・・・良かった。お前と夫婦の口約束をしていたが、サライではなく、クォモと、そういうことなら・・・」
「いいのじゃ。あれは・・・子どもの頃の戯言にすぎぬから」
そして、キチは、頭を床に擦りつけて、白太夫に、詫びを入れた。
「本当に、こんな身内の恥を晒すようなことになり、申し訳ございません。捉えられて、自刃することもなく、命汚く、敵地に取り縋り、薹に魂を売った者など、もう、兄弟ではございません」
「キチ、それは・・・、そなたの咎ではない」
「まあ、死ねないのじゃ。恐らく、それこそが呪詛だろうなあ」
アカは、サライに捕らえられ、窟の中で、被った一連のことを思い出した。
真っ白な能面のような、感情を失った、サライの顔。普通ではなかった。確かに、あれは呪詛だ。指令を受けて、意のままに操られているに違いない、そう思い返した。キチは、悔しそうに呟いた。
「見つけ次第、この俺の手で、あやつを・・・」
その場で、このやり取りを見ていたクォモは、冷静に、それぞれの様子を見ていた。
・・・・・・・
「アカ、よく、黙っておったな、そのサライに、直接、会ったことを」
その後、二人は、元の部屋に戻された。一応、夫婦ということで、その方が自然と見做されたらしい。
「うん・・・」
「解ったと思うが」
珍しく、声を掛けてきたのはクォモだった。楽しい話ではないのは、アカも百も承知だ。
「幾重もの約定が、自然と交わされ、取り巻いておったが、解ったか?」
「うん・・・多分、だから、口は挟めないと思うたし・・・」
「それでいい・・・つまりだ。お前が、御館様に話した身の上話。そこから、既に問題らしい」
「そうなのか?」
「海の里の者は、お前の傍の者だけが、お前の『流れの証』を与えた相手を知っている筈だが、どうやら、生き残った者は、それを把握していないらしい」
「そうじゃ・・・、それが・・・?」
「二度と喋るな。その為に、俺がいる」
「うん」
「意味は解るな?」
「うん」
「身内である、海の民のキチとロク、もしくは、山の里で休んでいる、イブキ殿にも、これで通す。このことが、お前を護る。約定を犯していること・・・白太夫様は許しても、里の民は、お前を裏切り者と取りかねないからだ」
「・・・サライが、その役目の筈だったからじゃな」
アカが、そういうと、クォモは、頷くでもなしに続けた。
「後、その、薹の手下に成り果てた奴が死ねなかったのは、執着があるからだと思う」
「そうなのか?・・・じゃあ、サライは、あたしの所為で・・・?」
「聞いたことがある、この世に執着がある者程、自刃することができない、それが呪詛に込められている。しかも、嵌まりやすいと・・・」
「ごめん、・・・あたしは、夫婦って言われて、つい、嬉しくなってしまって」
クォモは、いつものように、少し、俯いて、黙った。そして、言った。
「とにかく、お役目を果たさねば、あとは、その通りにすればよい。何も、これまでと変わらぬからな」
「わかった」
「仲間内でも、二度と言うな」
「うん」
~つづく~
みとぎやの小説・連載中 舞って紅 第二十話 「身を護る嘘 その2」
お読み頂きまして、ありがとうございます。
呪詛は怖いもののようですね。
そして、漂泊の民の約定も。
この後、アカと、クォモ、そして、漂泊の者たちは、どうなっていくのでしょうか?・・・侵略者との戦いは?・・・お楽しみに!
このお話、少し複雑な背景です。これまでのお話はこちらのマガジンから読めます。よろしかったら、是非、纏め読み、お勧めです↓