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御相伴衆~Escorts 第二章 第120話 青天の霹靂5~「月城歌劇団②」

 貴賓館から戻ると、慈朗シロウが、ベッドに、横になっていた。

「あれ?帰って、・・・来れたんだね?」
「うん、何の事はなかった。東国の大人は、こっちの大人と違う。未成年の子どもを護るスタンスなんだ」
「じゃあ、話、ずっと、話できたんだね?」
「うん、まあ、そうだね」
「良かったね、数馬。あの人、数馬の憧れの役者さんなんでしょ?うふふ、愉しかった?」
「うん・・・」
「あれ?どうしたの?」

 何となく、数馬は口籠った。

「あー、なんか、緊張しちゃったんだよねえ。やっぱり、月城先生はすごいなあって」
「ああ、お芝居のこと、なんか、言われたの?」
「『よくできたお人形さん』って、言われたよ」
「えー、どういう意味?」
「うん、まあ、やっぱ、プロは違うな。いいんだ。アドバイスを頂いたようなもんだから」
「ふーん、・・・上手って意味でしょ、それって?」
「んー、周りのリクエストに応えるのは上手い、ってことだな」
「それ、やっぱ、褒め言葉じゃん?僕もよく、お人形さん扱いされたけど。ああ、意味、全然違うよね。解ってるって」
「いや、同じかもしれない。『よく言うことを聞くお人形さん』ってことだろ?ステージでも、寝所でも、俺たちに求められていることは、ここでは、一つだからね」
「なるほど・・・」
「外の人から見たら、やっぱり、ここは、異常なんだ。国際社会の批判、って、たまに聴くけど、当たり前なんだな。中にいるだけだと、頭で解ってても、麻痺してしまってるんだろうな・・・」
「でもさ、とにかく、良かったじゃん。数馬、知り合いができたんだね。自分の生まれた国のさ、しかも、お芝居の関係の人だから、これからも、遊びに来て貰ったりすればいいね」
「・・・そうだな」

 数馬は、慈朗に、引き抜きの話をすることができなかった。

 せめて、慈朗だけでも、一緒に連れて、と思うと、耀皇子は、一人になってしまう。今の俺の役目に、穴ができてしまったら、と考えると、ゾッとする。

 ・・・いくら、自分にとって、良い話でも、こんなのは、ダメなのかもしれない。明日、月城先生に会ったら、やっぱり、はっきり、お断りしよう。

 そう、数馬は思った。


🏹

 翌日の午後、数馬は中庭で、芸事の練習をしていた。

 木から飛び降りながら、また、蹴りあげての宙返りなど、アクロバティックな技の練習をした。的当て、ジャグリング、大道芸的な体力勝負の芸を繰り返した。

 片手の逆立ち、とんぼ返りなど、広い所を飛び回ってやるのは、学校の体操部の床運動の大会の時に、飛び入りで参加することになり、少し覚えた。「審美系の表現力がある」と顧問から褒められて、真剣にやったら、皇華大学の体育学部に推薦するとまで言われていた。結構、学んだことは多い。

 学校では、あまり、利点はなかった気がしていたが、体育の授業が、理屈込みで受けられたことは身になった、と、数馬は思った。

 ・・・そして、今日は、その実、断るつもりではあるが、月城に、自分の芸事の実力を評価してもらう機会にしよう、数馬は、そう、思っていた。

💫🏹

「相変わらず、すごいな」

 やってきたのは、月城ではなく、耀アカル皇子だった。皇子は、数馬の芸事の練習を観るのが、どうやら、気に入ったらしく、部屋の窓から庭園を覗いて、数馬が練習をしていると、下りてくるようになった。

「皇子、また、観てらしたんですね」
「ああ、本当に、すごいよ。僕なんか、何もできないから」
「スキー、スケートはお上手、と伺いましたよ」
「ああ、普通にできるだけだよ。ちょっと、噂に聞いたんだけど、お芝居の演目も上手いそうだね、数馬は」
「あ・・・はい・・・」

 ヤバい、・・・接待の時のこと、バレたのかな・・・?

「あの、掃除とかをやっている、下働きのルナという子が教えてくれた。一度しか、見たことがないそうだけど」

 あ、あの時のことだ。ここに来た日、桐藤とやり合ったやつ。それしかないな、月が見たのは。ああ、良かった。それだったら。

「やはり、数馬の身体能力は、すごいと思う」
「うーん、思うに、何か一つ、人より誇れるもの、それを身に着けるべきだと思いますよ。何でもいいんです。皇子も、好きなこと、得意なこと、それを極めて行く。それが身を援けると、俺も、育ててくれた人から、よく、言われたんですよ。俺の場合は、こういう芸事で・・・」

 耀皇子は、数馬のその言葉に、深く頷いた。

「確かに・・・そうかもしれない。僕には、何もない。皇子という立場以外に・・・あ、誰か来たね。じゃ、僕は退散するよ。また、話そう、数馬」
「あ、皇子、お気をつけて・・・」

🏹

 月城先生が、昨日の女優さんと、もう一人、男の人を伴ってやって来た。耀皇子は、その方向を避けて、裏の方から、回廊に戻って行った。

「おっ、やってるな。誰か、ギャラリーがいたんじゃないのか?」
「あ、こんにちは。月城先生、昨日は、ありがとうございました」
「こんにちは。数馬君、昨日、自己紹介しませんでしたね。私は、艶肌ツヤキと申します」

 艶肌さんか・・・。いかにも、芸名って感じだけど、この人に似合ってるなあ・・・。

「ああ、今回も、ナミ役をやって貰ったんだけど、彼女が大体、主演女優なんだ。うちの劇団は」
「あ、とても、綺麗でした。存在感があって」
「ありがとう。君も、すっごい、色っぽかったよ」
「あああ・・・」

 数馬は赤くなって、頭を掻いた。
 東国語の女性の言葉、やっぱり、いいな。懐かしい。

「まあ、昨日言った通り、評価は、まず、それだ。数馬、お前の狙い通りということだろ?」
「え、いや、その・・・」

 すると、同行者のもう一人、小柄ではあるが、屈強そうな男性が、数馬に話しかけた。

「また、先生、そういう言い方するんですよね。俺は、アクション監督の黒東風銀クロコチギンです」
「あ、はじめまして、よろしくお願いします」

 数馬が、三人に向かって、深々と頭を下げた。

「さて、数馬、早速だが、見せて貰おうか。何からでもいい」
「どんな感じのものをお見せしますか?動きのあるものとか」
「黒東風、お前、見たいだろ?」
「そうですね。ウォーミングアップになるものから、ハードなものに移行して貰えばいいかな?ああ、殺陣たて、できますか?後で、手合わせしてやってみたいのですが」
「はい、親爺や、兄者がいた時は、多少」

 数馬は、弾むような声で、すかさず答えた。

 殺陣が演れるのか・・・、一人じゃできない演目だからな。

 瞬間的に、心の奥底から演りたい、という気持ちが溢れてきた。

「心強いな。じゃあ、軽い所から、見せてくれないか?」
「じゃあ、始めます」
「演目として、見せて貰えるのね、楽しみだわ」

 中庭の白いベンチに、月城と艶肌が腰掛けた。
 黒東風は、その場で、腕組みをして、様子を伺っている。

 数馬は深く一礼した。
 次に、頭を上げた瞬間、その顔は、おどけた表情に変わっていた。
 芝居の始まりだ。

「さあさ、皆さん、ご覧あれ。ここにあります、こん棒一つ、高く投げれば、二つになります。ほおってみますと、一つ、二つ、あれ、三つ・・・こちらがドンドン、速くなります。あれ、こちら、背中の方から、飛び出して・・・」

「古典芸ですね。なかなか、観られないんじゃないですか。今だと」
「若い彼が、この古い調子でやってるのが、面白いね」
「時代劇で、使えそうね」

 数馬が、その芸の一通りを遣り熟し、頭を下げた。
 三人は、拍手を送った。
 まるで、オーディションのようだと、数馬は思った。

「はい、ありがとう。次は、何かな?」
「的当て、やってもいいですか?」
「弓矢なの?」
「はい。そこの木、奥の木と、あちらの木に下げた的に当てます。走りながら行きます」

 数馬は、弓矢をたずさえ、まず、走り出し、構えて、立て続けに、言った通りの場所を射る。一同から、拍手が起こる。満面の笑みで、ギャラリーの所に戻り、数馬はまた、頭を下げた。

「久しぶりだったんですけど・・・なんとか、失敗せずに、できました」
「これは、すごいね。常に、鍛錬していないと、できない芸だな」
「マジの大道芸だ、ははは、流鏑馬やぶさめみたいだな、馬なしの」
「カッコいいね。大劇場でもいいけど、その場合は、一発かな?」
「芝居としてはね、でも、映画とかの中でも、使えるかもしれない」
「冒険活劇ね。羽奈賀はねながが悦びそうだ。描きたがるんじゃないか」
「本当ね、シュウが好きそう」
「観て頂いて、ありがとうございます」

 三者のプロが、数馬を褒め称えた。すると、黒東風が数馬に歩み寄った。

「相当、身体能力高いね。何か、身体一つでできる、そのアクションみたいなの、できるかな?」
「解りました。ちょっと、また場所、使います」

 いわゆる、例の床運動的な動きで、数馬は走り飛び回った。ハンドスプリングで、地面を押し、連続で、それを繰り返し、最後に、空に向かい、高く飛距離を出す。そのまま駆け出し、大木を蹴り上げて、宙返りをし、着地した。

 艶肌は、ベンチから立ち上がって、拍手をした。
 黒東風も、腕組みのまま、微笑んで、頷く。
 月城は、拍手をしながら、言った。

「おー、体操選手顔負けだな。どうかな?」
「良い感じです。これなら、すぐ、ハーネスつけて、フライング、行けそうですね」
「サーカスっぽいのもできそうね。空中ブランコとか」
「やったら、できそうだね。腕の力はどう?空中で、小さいバーに頼って、鉄棒のように身体を回したり、あー、イメージわかるかな?数馬君」

 数馬は、言われたことに、嬉しくなり、ワクワクしてきた。

「ああ、はい、見たことあるので、はい」
「じゃあ、行けそうかな。・・・んで、次は、黒東風の見たいやつ」
「最初に言った、殺陣ですが、経験はありますか?これ・・・」

 黒東風が、木刀を投げてよこした。咄嗟に、数馬は、身体を動かす。

「はいっ」

 艶肌が、大笑いした。

「もう、大サービスね。回転して、後ろ手で受け取って」
「俺が投げる時の、間合いが解ったんですね。ものすごい、筋がいいです」
「いいね、独壇場どくだんじょうだな。数馬」

「いや・・・!!!・・・はぁっ!!」

 木刀のぶつかり合う音が、突然した。黒東風が、数馬に、奇襲をかけた形となった。

「お見事、・・・ごめん、試させて貰ったよ」
「はあ、びっくりしました」
「今度は、石が飛んでくるかもよ、うふふ」
「その時は、けます!」

 全員が大きく笑った。
 その後、黒東風が言った。

「じゃあ、これから、ちょっと、打ち合わせして、それを、短時間で再現する。こちらの意図通りの組手で、1分ぐらいの動きだ」
「はい」
「じゃあ・・・」

 ここまでの様子を見て、月城は、やはり、数馬を連れ出そうと決めた。本人の中に、ここに来た経緯や、様々な、ここでのしがらみなどがあるのだろうが、それにとらわれる必要など、全くない。ましてや、他国でのことだ。恐らく、報道にあった、拉致された子どもの一人なのだろうと、月城は推測していた。こんな逸材を、辺境の地に、埋めさせる手はない。

「彼がいたら、芝居の幅が、ぐっと、広がりそうですね」
「まあ、そうだな。後は、本人次第。この後、あいつから、話を聞いて、説得する。チャンスは、俺たちが、ここをつまでの間だ。それで、連れ出せなければ、残念ながら、難しいだろうな」
「・・・」

 黒東風と、数馬の殺陣が始まった。先程の奇襲ではなく、芝居の筋のあるものであり、間合いを合わせ、雰囲気を出さなければならない。意図する動きをこなす。最後は、黒東風が、数馬に切りつける、翻筋斗もんどりを打ってからの、派手な斬られ方で倒れた。

 月城と、艶肌は、満足気な表情で、拍手をした。

「はい、アクションオーディションは、合格だね」
「台詞とか、歌とかも、行ってみる?」

 数馬は、起き上がって、驚いた顔をしている。

「黒さんと、これだけ、初対面でできるなんて、すごいのよ」
「愉しかった。数馬君」

 黒東風は、数馬の肩を叩き、手を差し伸べた。
 ハッとして、数馬は、握手に応えた。

「ありがとうございます」

 その後、艶肌が、数馬の傍にやってきた。

「クスクス・・・いいわね。礼儀正しいし、武士みたいね」
「あー、・・・」
「数馬、モテるでしょ?」
「ダメだ、劇団内、恋愛禁止だから」

 月城が、ベンチから、首を振って見せた。

「あら、残念ね・・・うふふ」

 東国のお姉さんが出てきてしまったのか・・・。
 ちょっと、ランサムの踊り子の彼女を思いだした。
 艶肌さんも腰が細いけど・・・。ああ、ダメだ、もう、りた方がいい。

シュウに怒られるから、いい加減にしないとな。俺が怒られるから。数馬、まずは、今回の客演に関しては、合格したんで。役そのものには、台詞はない。ハーネスを付けて、フライングしてほしい。時を駆け巡る風の神の役だ。スーッと飛んで、数分間、音楽に合わせて宙で、舞い踊ってほしい。中性的な存在で、先日の巫女舞のイメージで構わない。もう少し、西向きの雰囲気が入る。指先と足先に、気を遣うことができれば、完璧だ」
「それは、私が教えるわ。バレエとかやってたら、完璧なんだけどね。流石に、それはやってないよね?こう、背筋を伸ばしてね」

 艶肌さん、やって見せてくれてる。指の動き、本当に綺麗だ。

 ああ、成程、柚葉になればいいのか・・・、イメージは柚葉だ。
 慈朗が悦ぶかもしれない、・・・なんてね。


青天の霹靂6~月城歌劇団③につづく


御相伴衆~Escorts 第二章 第120話 青天の霹靂5~「月城歌劇団②」

 お読み頂きまして、ありがとうございます。
 
 数馬としては、自分の芸を、憧れの劇団のスタッフに見てもらうのは、実に、絶交のチャンス、タイミングの筈・・・なのですが💦

 話の中にだけではありますが「萩くんのお仕事」の萩くんが出てきています。時系列的には、こちらの話の方が、かなり前です。たまにある、外の話のキャラクターが登場するパターンです。

 次回をお楽しみになさってください。中庭でのやりとりが続きます。

 

 
 

 

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