指南の文書よりも・・・
原作:御伽屋艶楽 現代語訳:樋水流布「畸神譚ご指南書」より
「異世界の文書が上がってきたので、早速、読み下そうと思っているのだが・・・」
天護は、いよいよ、流れ着いた文書の巻き物を、手に入れた。たまに、島の浜に打ち上がるものや、時の淵から風に乗って、吹き上がってくるものがある。これまでも、この惟月島以外の世界からの古物に違いないと、代々の文官の家では、これらを、他の世界の事柄を知る資料として、大切に保管してきた。しかしながら、最近では、これに興味を示すのは、この天護か、親友の薬師の椎麝ぐらいだ。
天護にしてみたら、全てが不思議で、興味深く、異世界の遺物は、それを知る為の良い証拠であり、材料である。喉から手が出る程の貴重な遺物として、珍重すべきものとしている。
「これは、少し、歌としては、長くはあるが、これにて、終わっているが故、恐らく、『ヨロズノハ』という、歌の仲間に入るものであろうな・・・」
文字で何かを書き、記録を遺すこと、それ自体は、この惟月島でも、太祖伽畸神様の統べていた、千年前からあったようだ。太祖様により、『惟月島神書』という文書が遺され、代々、文官の家に伝わっている。天護としては、これをいずれ、後世の時代の者が読めるようにと編纂することが夢であり、それを目標ともしている。
しかしながら、この古文書たち、『惟月島神書』にしても、かなり、その読み解きが、難しい。朽ちかけて、読めない所もある。異世界の文書も同様である。こうなると、これまでの読み解きを参考にし、知識を総動員し、字引きし、推測したとしても、限界がある。その時に、助けてくれるのが、巫女姫の力である。現在過去未来に於ける、物事の真意の正誤判定ができ、優秀な巫女の場合は、その正しい文字や、読み方、読み手の心持ちまで、感応することができる。つまりは、古物の鑑定には、文官と巫女が協力するのが、手っ取り早いと、古来からされてきたのだ。
「はあ・・・、やはり、我だけでは、限界か・・・」
「巫女姫様をお呼びしたら、よろしいのではないですか?・・・クスクス」
「神官の姫の、天照様にお尋ねされたら、いかがでしょうか?島で、最も優秀な巫女姫様ですから、何でも、お解りになられるのではありませんか?・・・うふふふ」
家の側付の采女たちは、聞こえよがしに奨めてくる。
違うのだ、意味が。文書や、古物と顔を突き合わせてばかりの我に・・・余計なお世話だ。文書の読み解きに、巫女姫は要らぬ、というのに、余計なことばかり言う。最近では、特にそうだ。皆が、娶りに搦めて、聞こえよがしに、急かしてくるのだ。天照殿程のお力のある巫女姫が、我の所に来る筈がない・・・。止めて欲しい。滅相もない話だ。
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「天護、今宵もまだ、あの異世界の歌を読み解くのか?」
「はい、父上」
「少しは、読み解けてきたのか?」
「推測では、恋物語かと・・・まだ、ちょっと、難しい所が多くて・・・」
「・・・なんと、まあ、心浮き立つものじゃ・・・読み解き、整ったら、この母にも、教えてくだされ、天護」
「『七夕歌』と題名が付いておりますが・・・」
「まあ、それは、愉しみなこと・・・」
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その宵、既に、読み解きされ、意味を解した歌と見比べてながら、字引きをしつつ、内容の推測を立てていると、人の気配がした。采女がまた、差し入れの十六夜草の握り飯を設えてきたのだろうと思った。
「ああ、すまない。そこに置いておいてくれ」
「いかがですか?文書の読み解きは、進んでおられますか?」
「いや、・・・『七夕歌』ということだから、他の文献でも見たことがあるもので・・・最初の節辺りは、その牽牛と織姫という夫婦が別れる時のことだと言っているようだが・・・」
「そうですか?失礼致します。僭越でございますが、拝見しても、よろしいですか?」
「そなた、興味があるのか?・・・見ない顔だが・・・」
「お初に、お目もじ致します。私は、奥の宮より参りました。狭霧と申します」
「・・・采女ではないのか?新しい采女かと思ったが・・・奥の宮とは・・・巫女姫様か?」
あああ、やられた。また、父上と母上が、手を回したのだな・・・はあ・・・
「突然のことで、失礼致します。ご両親様より、ご依頼があり、今宵は寄せて頂いております。何やら、難解な文書の読み解きを手伝ってほしいと・・・」
「いや、こんな夜遅く、来る必要はない、それなら、昼間で足りる御用ですから、申し訳ない、奥の宮といえば、山中からではありませんか・・・遠路、申し訳ない」
「いえ、ご依頼がありましたので、今宵、こちらで過ごすのが、私のお役目でございます。少しでも、お手伝いができればと思いまして・・・よろしかったら、そのお歌を見せて頂けませんでしょうか?」
何となく・・・、昼間、父上も母上も澄ましてらしたが・・・、また、目論んでいるんだな・・・。あああ、文官の仕事と、女性のことは、全く、別のものであるからして・・・。気が進まないが、・・・まあ、ひとまず、せっかく、来て頂いたのだから、見て頂こうか。
「あら、これは・・・幾重にも意味が、というか、誤解されるよう、わざと書かれておりますのね。歌われた方は、さぞや、ご聡明な方のようですね。ひょっとしたら、天護様のような文官の方かもしれませぬ・・・これは、『ご指南書』に見えます」
「『ご指南書』?何の?」
「二つの国の言の葉を絡み合わせて、見事に、ご夫婦が解れる時の辛さを表現しつつ、その裏に、そのお別れの時に、どのように交わされたかを、巧みに・・・、見事な仕掛けの織物の様でございますね。普通に見ていたら、ただの美しい模様ですが、角度や、光の当て方を変えると、細やかな文様が浮かび上がるような・・・本当に、伝えたいことは、少し、見えづらくなっているようですね」
「やはり、今回もそのような複雑な・・・異世界では、高度な書き言葉による文化が花開いておるのじゃな・・・しかし、そのようなこと、どうして、すぐお解りになるのでしょうか?」
「これが、政のことが下敷きになっておりましても、私には読み解けなかったかもしれません。『ご指南書』だから、解ったのですよ」
「・・・何の指南を?」
「ですから・・・」
クスクスと、口元を袖で隠されて、笑い出した。
「天護様は、おいくつになられましたか?」
「先頃、十七になりました」
「私のことは、ご存知ありませんか?」
「・・・申し訳ございません。どちらかで、お会い致しましたか?」
「今日はね、私、一人ですのよ。双子の妹に、狭土という者がおります」「あ・・・!?」
「うふふ、やっと、お解りになられましたのね。私は、天護様より、五つ年上です。『指南役』の双子の巫女の、姉、狭霧と申します」
「・・・はあ・・・」
「いきなり、二人でお伺いしてもね。必要ならば、そう致しますし、まあ、最初は、交替にお伺いするのが、普通ですね。二年前に、一度お声がかかりましたが、確か、病に罹られたとのことで・・・」
「ああ、そうでした。あの時は、咳が出て、熱が上がり・・・」
「今回は、よろしかったですね。お元気そうで、何よりでございます」
そうだ。嫌で、仮病をした。椎麝の所から、わざと薬をよこしてもらった。嘘の見立てをしてもらった憶えがある。あの時も、とぼけて、寝所で、文書を読み漁っていたのだ。のらりくらりと、以来、何か理由をつけ、逃げて回っていた。いよいよ、予告もなしに、父上と母上は、騙し討ちに・・・
「はあ・・・あの、ならば、本当に、文書の読み解きのお手伝いをお願いしても、よろしいのでしょうか?」
「ええ、構いませんよ、よろしいですか?いきますよ」
「え?あの・・・」
「読み上げましょうか?」
「え、そんな風に、もう、お解りに?」
「ええ、ただ、その、まずは、表の意味、後世の多くの方が、この誘導で読み下されるという方と、裏の意味と、二通りでできます」
「恐らく、ざっと見て、表の意味というのが、大体の粗筋のように、浮かんではおりますが・・・」
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「他の文書などからの通説で、七夕とは、牽牛と織姫が年に一度、天の川を渡って逢うという話のようですね。これは、いよいよ、別れて、川の互いの岸に離れた後すぐ、また会いたいというもののようですね」
「そのようです。大意はそうなりますね」
「逢って、また、一夜と言わずに、幾夜もと、そもそもが、叶わぬ望みのような」
「綺麗に纏まっているようですが、引っかかる所がありますよね。それに気づけば、他に意味が潜んでいる、ということになるのかもしれませんね」
「なるほど・・・」
「選択する言語が変わると、意味合いは、少しずつ、変わってくるようです。この言葉一つ一つの音を、そのまま、読んでいくことができるので、私達も読めますね。それについては、日女の書き文字とほぼ同じですからね。しかし、同じ文字を使って、違う言語の地域が存在するとしたら、これは、上手くやれば、一度描くことで、二つ以上の意味を乗せることが可能になると思われますね」
「なるほど・・・確かに、今までの短い歌は、そのような解釈が可能のようでしたね」
「過去のものも、先達の巫女が読み解いてるものが多いのは、ご存知ですよね?」
「・・・まあ、そうですね」
「私たちは、言葉の意だけではなく、書かれた方のお心持ちまで映しますから。本意に近づくことができるのです」
「・・・やはり、文官の力だけでは、不足のようですね」
「いいえ、文字が読めるという部分は、文官の方のお力です。私、殆ど、文字は読めませんのよ」
「え?」
「でも、事柄というか、真実は解るのです。ですから、その言語を理解すれば、きっと、天護様でも、読み下しは可能かと思いますから、もう一つの言語の読み方というか、そういうものを纏められたら、きっと、今後、上手くいくかもしれません」
「なんと、狭霧の巫女様、流石でございますな・・・ありがとうございます。これはすごい、目から鱗だ」
「ですから、これがこうだから、こう読んでいるという、言語上の説明はできないのです。映ってくるものが、私どもの全てですから」
「わかりました。そのもう一つの言語の文法を、体系づけることができれば、今後、上がってくるものも、全て読めるかもしれませんね。・・・なんて、素晴らしい・・・!!」
なんて、目を輝かせて、この方は、こんなに文書がお好きなのだ・・・狭霧は、目を細めて、天護を見つめた。
「・・・で、これは、何の『ご指南書』でしょうか?この牽牛と織姫の互いを求める歌の裏には、何が、隠されているのでしょうか?」
「ですから、先程も申し上げました。会いたいと言っているのが表面ですが、お別れ前に、交わし合った、ご様子が克明に描かれています」
「あ・・・そんなことが、本当でしょうか?」
「言語そのものの読み解きは、先程も申し上げましたようにできませんが、ここではこう言っているというのは、ゆっくりなぞると解りますよ。読み上げましょうか?指をさしながら、いきましょうか・・・驚かないで、聞いて頂けると幸いですが、大丈夫でしょうか?」
「そんな、すごいことが、書かれているのですか?」
「まあ、熟れておられないなら、そうですね。でも、これは、そういう、初めての方々への『ご指南書』なのです。解り易いものの筈ですから」
「あの、・・・よろしくお願い致します」「わかりました」
内容は、まさに寝所での取り交わしの方法の説明のようになっていた。その時の男女の身体の変化、反応、交接の形の種類、避妊の方法にまで、その説明は至っていた。あまりに、あからさまなのだが、狭霧の巫女姫は、ある部分はさらりと、ある部分は含みも込めて、読み下しの、説明を始めた。
「はあ・・・この短い中に、というか、だから、歌にしては、長くなるわけだ・・・」
「まあ、お解りになりましたか?」
「あの、」
「はい」
「大変、申し訳ございませんでした。女子である、狭霧様に、このようなことを読み上げて頂くなんて、大変、失礼なことを・・・確かに『ご指南書』のようではありましたね」
「今、これが、お手元にあるのというのは、丁度、天護様も、知って頂いてもよろしい頃だからかと、存じますが・・・」
「あ・・・知識としてはですね・・・」
そう、来たか。これでは、大人たちの思惑通りになってしまう。
「ああ、あの、なるほど、この表意の文字で、誘導されるから、綺麗な心情の解釈になるのですね・・・。でも、実際は、・・・なるほど、違う言語では、その単語や、文法が解らないと、読み解きは、難しく、解りかねますね」
「・・・本当に、文書がお好きなのですね?」
「はあ、すみません。でも、今宵は、素晴らしい発見ができましたから・・・、ありがとうございます」
「・・・伺っている所では、神官の本家の天照様とのお話が、そろそろという頃と・・・?」
「・・・すみません。父上と母上が、躍起になって、その娶りの話ばかりをするので・・・」
「うふふふ、文書もよろしいですが、きっと、天護様なら、お優しいから、天照様もお喜びになるのではないかしらと考えますが・・・」
狭霧の巫女は、神官の一族の、つまりは、同族であり、親戚の筆頭家の姫、天照の心持ちは、とっくの昔に、伺うことができていた。つまりは、天護と天照の婚姻に向けての準備に関わろうとしているのだ。天護は、当然、それを、疑ってかかる。
「つまりは、貴女も、両親の差し金と、考えてしまいますが・・・」
「・・・すみません。でも、私も、お役目ですから、一応、お勧めしなければなりません」
「説得に来られたということですね?」
「違います。天照様のことは、ひとまず、置いておいて頂いて構わないのです。・・・解らない振りをされてらっしゃるのですか?」
「・・・ああ、その、なんていうか・・・我はまだ・・・」
「『七夕歌』ほどのことならば、恐らく、初冠の頃には、知っていくことかもしれませんね。細かいことはとにかくとして・・・正直、遅い程かもしれませぬが。お早い方では、民草の中では、お父様になられてらっしゃる方もおいでですよ」
皆、そんな、急かしてくるが・・・。
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狭霧の巫女は、ゆっくりと動き、当然のように、穏やかに、天護の手から、文書を取り上げ、傍らに置く。その文書の中にも出てきた、領巾を床に敷き、その上に腰かけ直す。
「私がお気に召さないのであれば、明日、妹の狭土の巫女が参りますが」
「・・・そんな、あの、気に入らないとか、そういうことではなくて・・・」
「このままでは、帰れません。お役を果たさなければ・・・奥の宮の上の者に叱られてしまいます」
「・・・」
困ったな・・・、そういうつもりが全くない、と言ったら、嘘になる。天照のことだって、なんというか、まだ、自分より、幼い巫女姫で、幼馴染ではあるが、そのような対照とも思えず、ピンとこない、といった感じが、天護の本音である。
その内に、狭霧の巫女は、天護に縋りつく。温かく、柔らかいその身が、天護の身体に添うように抱きついてきた。腕を背に搦めて、狭霧の巫女は、その顔を、天護の胸に擦りつける。その後、上目遣いに見上げてきた。
「私を織姫とお思いになってくださいませ・・・この『ご指南書』の通りに」
牽牛者 織女等 「ひこぼしと たなばたつめありき」
「お相手が愛おしいと思ったら、互いを求めたくなるというのです。そんな風に、お考えになられた、女性はおられないのですか?それが、この後の件となります・・・」
巧みな指南役の巫女姫だった。流石に、惹きが上手く、天護を誘う。いつの間にか、肌布一枚の姿で、天護の腕の中にいる。首にしがみ付いて、美しい顔が、天護に近づいてくる。
如是耳也 伊伎都枳乎良牟 「いきなり、息作りしようか」
「クスクス・・・」
されるがままに、その重さに耐えかね、狭霧の巫女を抱えたまま、倒れ、仰臥する形となってしまう。
「私がお嫌いですか?嫌なら、仰って頂いて結構ですよ」
「そのようなこと、言う男が、この島にかつて、おられたのですか?」「・・・おりません、自慢ではございませんが・・・」
代々、指南役の巫女姫の家系なのだろう。奥の宮の巫女姫には、筆頭家の天護の家は勿論、各豪族の子息たちは、この指南を通って、娶りに入っている。
如是耳也 恋都追安良牟 「いきなり・・・」
「あああ、承知致しました。その、綺麗な唇から、気ぜわしく、何度も聞かずとも・・・」
「無理矢理というのは、好みませぬが故」
「すみません。不調法者です。お導き下され・・・文書の説明は、もう、よろしいですから・・・」
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何の事はなく、天護は、その宵、狭霧の巫女の指南を受けた。
「七夕歌」は、その世界での当時の、若者の指南書だったという説がある。この頃の惟月島と同様、大らかな人々の命の息吹を感じられる、微笑ましい「ご指南書」と言えるかもしれない。
その数年後、遅まきながら、天護は、天照を妻と向かえる。島主筆頭としてだけでなく、陰の畸神として。地味で、堅実な文官の総領は、しっかりと民草を支える統治者に、そして、伽の畸神である、日女美伽の父となるのである。後に、妻の天照が、この穏やかで優しい夫と共に、生涯過ごさせたことは、何にも代え難いことと、「艶歌乃書」の中に記している。
みとぎやの短編小説・ラベイユ 「指南の文書よりも・・・」
「惟月島畸神譚~monogamy」より
読んで頂きまして、ありがとうございます。
いよいよ「惟月島畸神譚」のスピンオフのご紹介となります。
「みとぎや版記紀」という、この伽世界の成り立ちのお話からの一話です。重ねての設定説明で行くと、御伽屋艶楽という武家の時代の作家の遺したものを、現代語訳で、樋水流布が書いているという設定でもあります。
こちらが、御伽屋艶楽のお話です。
そして、こちらが、樋水流布のお話です。
今回の内容は、畸神譚の設定は、あまり、関係ないので、その辺りの説明は、省略させて頂きます。必要になりましたら、ご説明をさせて頂こうと思っています。純粋に、二人のやり取りをみて頂ければと思っています。