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御相伴衆~Escorts 桐藤追悼特別編 黒茨の苑へ3~異国の舌② (第143話)
志芸乃派が、第二皇妃を支持する、亥虞流派の対抗派閥であることは、解り切った事だ。「皇后派」とも言われている。生まれてすぐ、第一皇子を亡くしたショックの気の病で、皇后様は、北の古宮でお過ごしになられていると聞いている。その第一皇子の代わりなのだと、俺は、皇妃様に育てられた。
しかしながら、派閥の存在、それこそに、意味がある。
つまりは、俺としては、こう考える。
聞いている範囲では、皇帝陛下は、皇后様との間には、第一皇子しか設けてられていないという。皇后様を、ただ擁立しているというのは、あまり、意味がないことなのではないか。つまりは、俺の予想では、第一皇子は生きておられる、と。
しかしながら、こちらにお出ましになれない、何か、理由がある。存在そのものを否定しつつ・・・。最近は、そう思う。
つまりは、その理由が解除されれば、その第一皇子が、皇宮に返り咲くことになる筈だ。
そして、皇宮では、皇妃様が、俺を立てるぐらいだから・・・、今、順調に見えている、皇妃様のお考え、俺を新皇帝として、擁立する事。それ自体が、全く、正反対のことで、意味をなさないこととなる。もしも、皇后様と、本来の第一皇子が皇宮に戻るよう、志芸乃派が台頭してきたら・・・。俺という存在は、どうなるのだろうか?
恐らく、俺は・・・ここに、いられなくなるに違いない。
「酒にはお強い、と聞いていますよ、桐藤殿」
「嫌、それ程でも、嗜み始めた所です。シュメルは好きですが」
「いい酒ですから。我がスメラギの誇る、名品です」
「なかなか、このクラスのものができないのだ、と聞いたことがあります。流石、スメラギのものですね」
「本当に、貴方は、この国が、お好きなのですね」
「ええ、我が国こそ、この世界の中心であり、リーダーシップを持って、各国と手を取り合って、進んでいくべき国家だと思っています」
「流石だ。皇帝陛下もお喜びでしょう。優秀な跡継ぎに恵まれて」
本当に、そう思われておられるのでしょうか?・・・志芸乃殿。
「つまりは、素国語の習得だけのお話ではない、ということですかな?桐藤殿、嫌、桐藤様と、もう、お呼び致しましょうか?」
居住まいが悪い。持ち上げられているのだろうが・・・。
何等かの嫌な思いをするだろうと思って、ここに来た。それで良い。今は、彼が、この反対派閥のトップである以上、ここと話を詰めていけるようにしなければ、とっかかりが作れれば・・・。しかし、志芸乃殿、好機とばかりに、まさか、ここで、酒に仕掛けをして、俺を嵌めて・・・。
「時に、高官接待では、大変、ご好評を頂き、紫統様には、お喜びの言葉が寄せられて来られました」
来た。覚悟はしてきたのだ。やはり、周知か。しかし、それで、石油の価格が、跳ね上がったのだから。やり方は納得できないが。その事は、もういい。
「お蔭様で、素国高官の間では、貴方のファンも増えたみたいですね。柚葉殿とセット扱いです。しかしながら、次回以降はもうないとのことで、残念がられてますがね。可愛らしいと、大層、人気です」
どういうことだ?あの席は、紫統大佐と、その部下二人のみ、だったと思ったが・・・?
「そんな、驚かれた顔をされて・・・。大丈夫ですよ。素国には、流れてませんから。ここで、御止めしておりますから、特別に、我が国にご厚情のある、一部の方だけに、こちらにて、ご披露させて頂きました。お渡しなどしてはおりませんから」
部屋の角に、小さな金庫がある。彼の視線が、そちらに向けられた。
「上手く、仕込めればね、もう少し、残せたのですけれどね・・・、ご安心ください。何、写真が、数枚だけですから。・・・次世代の皇帝候補ですからね。貴方は。・・・ご覧になりますか?よく、撮れてますよ」
「・・・」
「でも、困りますよね?こちらとしても。これが外に出たら、困るのですよ。どちらの国もね。だから、私の権限で、こちらに保管させて頂いておりますから、ご安心ください。桐藤様」
つまりは、そういう事か。あの時のことが、遺されているのか。撮影をしていた者は、見当たらなかった。ということは、予めの仕掛けがあったということだ・・・。聞いたことはある。どこかに、ブラックボックスがあると。敵の弱みとなる証拠が隠された重要機密を収めたものがあると。・・・だが、これは、身内の話ではないのか?
「脅しですか?」
「いいえ、そのようなものは、『御相伴衆』の皆様にとっては、日常茶飯事のことでしょうから、珍しいものではございませんが・・・、しかし、その皆様が、今後、どのようなお立場をとられるかによって、この情報の価値は変わってくると・・・」
「何を、何の為に、このようなことを?」
「チャンスは、最大限に利用したい、と思っておりますから、皇妃様が、私ども志芸乃を、蚊帳の外にしたからです・・・でも、この、ファン垂涎の貴重なお写真は、痛み分けです。もうお一方も写ってらっしゃる」
「・・・柚葉か?」
「彼は、全てご存知で、被写体になられてます。お守りするお約束ができているからです」
「まさか、・・・そんな」
「まあ、貴方のファンも、柚葉殿のファンもおいでなの、ご存知でしょう?本当に、高官方のいくらかは、いわゆる『翡翠』の方がお見えで・・・お忘れでないでしょう、貴方も?アルバムを、柚葉殿から、事前に見せて頂いておられる筈ですよ」
「アルバム?・・・ああ、酌婦の写ったやつか?」
「まあ、そうですね。大方は、そのようなものになっておりますが、特別な方には、巻末にスペシャルな情報をお載せして・・・」
「・・・まさか、」
「ご覧になってなかったのですか?巻末のホルダーは、『翡翠』枠。つまりは、『御相伴衆』の皆様のページです。その時に、ご担当となられる方の。これは、ひな形です」
あの時、ざっと、彼が手元で、ページを捲って、見せてくれただけだった。あまりにも、下らない代物だと、俺は、手にすることもなかった。だから、そのアルバムの巻末までを見ることはしなかった。
アルバムを開く。巻末のホルダーの部分を見る。大きなポケットに4つ切りサイズで、4人が写されているものがあった。昨年の皇妃様の誕生日の記念の写真だ。撮影されたきり、見ることもなかったが、こんな所にあったとは・・・。
皇妃様の周りを全員が囲む形で、中庭で撮ったものだ。この時のことは、よく覚えている。皇妃様の好む服装をさせられそうになり、俺はいつものマント姿で、と申し出たら、許して貰えた。柚葉も、決まりの白いブラウスにベストで、いつもの姿だったが、数馬は舞巫女の衣装を、渋々させられていた。慈朗は、肩が出た、胸の大きく肌蹴たブラウスをお仕着せされていた。その癖、シフォンのスカーフを付けられている。「天使の肖像画みたいにしましょう」と皇妃様が言っていた気がする。そうだ。あの時、慈朗は、皇妃様に、甘えるように、少し困った顔をして見せていた。
その後、一人や二人ずつで、写真を撮られた。
あの時、柚葉が、慈朗と二人きりで撮られるのだけは、拒んでいた。今なら、理由は解る。個人的な関係を、興味本位で見てとられるのを避けたかったのだろう。『翡翠』のことは解らないが、柚葉にとって、それが大切なことだ、ということは、間違えなく解った。
察していた数馬が、気を遣って、より多く、皆と写っていたようだ。数馬は「俺は慣れている」と言っていた。「気に入り(ファン)が一緒に写真を撮りたがることがあるから」今思うと、数馬は、何となく、撮影の意図が解っていたのかもしれない、と思う。
捲ると見開きに、案の定、その時に、複数で撮られたものだった。まさに、タレントのブロマイドのようだ。我ながら、馬鹿らしいと思った。こんな時だが、学校で、女生徒に取り囲まれた時の事まで、思い出した。写真の上手さなのか、加工されているのか、花園での撮影の記憶もあるが、合成で背景を割り増ししているものもある。枠が華やかなものなどもあり、楽しそうにしているように、不思議と見えるものだ。
「この後は、いよいよ、一人ずつのページですよ。総集編です。皆、可愛らしい・・・」
気づくと、志芸乃は、俺の背後から、それを覗いている。よく解った。
つまりは、・・・そういうことだ。
「いいです。この先は」
俺は、パタリと、アルバムを閉じて、ソファに投げ捨てた。
その後は、想像に足りる。俺の知らない所で、それぞれが遣われて、その姿が収められているに違いない。俺自身だって、それについては、恐らく、同様なのだろう。
気づくと、足元に一枚、写真が落ちていた。それを、志芸乃は拾い上げて、俺に見せる。
「ああ、ほら、いけません。大切なお写真が一枚、落ちました」
ベッドの上で、横臥したまま、顎が上がった、よく知った、ブルーグレーの髪の同胞の顔だった。カメラ目線で、素肌を晒していた。かなり前、風呂で、維羅と絡んでいた彼を思い出した。
「綺麗な柚葉殿だ・・・素晴らしい・・・」
巧妙に躾けられただろう、優雅な仕草の延長線上に、こんな姿を晒す役割を負わされているのか・・・。本当に、いいのか。違うだろう・・・平気な筈がない・・・いくらなんでも、こんな・・・。俺も、お前を苛んだが、今は、違う。
解った。あと少しだ。
俺の時代が来たら、采配で、全て、変えていくから・・・。
「この金庫の権限は、貴方のものなのですね?」
「ええ、そうです。これが、どこで、どのように、使われるかは、私の胸一つなのですよ。桐藤様・・・お解りですね?」
「紫統大佐が、彼を抑え、貴方が、俺を抑える、そのお心算か?」
「やはり、皇統を司らんとするお方は、賢く、潔い・・・私と手を組んで頂ければ、良いのですよ。桐藤殿」
本当だろうか?
こんなことで、どうにかできることじゃないのは、百も承知だ。
「大丈夫です。私を抑えておけば、貴方もそのようにお考えで、こちらに来られたのでしょう?外交について、学ばれにね。あくまでも、第二皇妃様には、ご内密に・・・ということで」
次回、黒茨の苑へ4 へつづく
御相伴衆~Escorts 桐藤追悼特別編
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