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御相伴衆~Escorts 第二章 第128話 北からの救出3 I'll come and get you ~クォーレ

 その年のうちに、女美架メミカは、その北の古宮にて、男児を出産した。このことは、絶対に、皇宮本殿のシギノ派に知られないようにと伏せられた。それには、揮埜キリヤ中佐が協力した。

 揮埜は、息子の桐藤に、自分が父親だと名乗り出ることもできず、軍族の中で、その様子を、遠くから伺い見ていた、という経緯がある。
 揮埜にとって、三の姫の立場は、子を国に奪われ、結果的に殺されてしまったという、自分の経験に重なり、それは既視感を持ち、心に響いていた。

 同様な辛い思いをさせてはならない。
 二度と、こんなことがあってはならない。

 揮埜は、姫たちとその子を護る決意をする。

 密やかに、誕生した、二つの国の王統・皇統を引き継ぐ王子に、母の女美架は、スメラギ語表記に、ランサム語を宛てた「久遠(クォーレ)」と名付けた。アーギュ・久遠(クォーレ)・ランサムの誕生である。


 話は、その三年後となる。季節は夏になり、周辺の雪は融けていた。

「クォーレ、お散歩行くよ」

 二の姫がクォーレを連れ出して、宮の側を散歩する。

 クォーレは三歳となっていた。母に似た丸い顔、金の瞳、父の濡烏の豊かな髪、そして、二の姫がずっとついて、育てた所為か、そもそもの運動神経の良さが際立った。

「お父様に似て、良かったあ」

 運動神経ゼロに近い、母の女美架は、この点において、とても喜んでいる。

「なんかなあ、お猿さんみたいだよねえ、クォーレは」

 二の姫のアスリート仕込みの鍛え方もあってか、幼い割に、脚も早く、少し教えた木登りも得意になり、ついついと木に登る。そして、下りれなくなり、大騒ぎになった。揮埜中佐が、たまたま、来た日だったので、梯子を渡し降ろすことができたが、とにかく、やんちゃぶりが目立った。

(女美架には判っていたのかもしれない・・・大きな瞳で笑った顔。飛び回るような身体の熟し方。そのまま、大きくなったら、誰が見ても・・・)



 ある日、アカツキが、パントリーで、食糧の整理をしていた時だ。

「イチゴをお持ちしました。こちらに置きますね」
「はい、ありがとう・・・ございます?!」

 振り向くと、箱入りのイチゴを抱えた、日焼けした男が、そこに立っていた。

「・・・え?・・・あの」

 見た感じは、日焼けをして、褐色の肌となったが、整髪料で撫でつけられた、プラチナブロンドの髪、何よりも、懐かしい、銀縁の眼鏡の・・・ジェイスが、そこに立っていたのだ。服装は、流石に、スーツというわけにはいかない。サスペンダー付きのスラックス姿ではあったが。

「ご無沙汰しております。暁様」
「ジェイス様・・・」

 暁は、思わず、ジェイスに抱きついた。

「本当に、お元気で・・・何よりです。ずっと、お会いしたかった」
「私もです。ランサムを王子と共に、お国を出奔されたと、ニュースで見ました」
「随分、お迎えに参りますのに、時間がかかってしまい、申し訳ございません」
「王子は?」
「女美架様の所にいらしてると思いますよ」
「あの、実は・・・」
「若王子の事ですね。もう、お会いしましたよ」
「・・・若王子様、というお立場なのですね。クォーレ様・・・」


 クォーレは、宮の側にある、この地への外海からの入り口である、メイル川に繋がる、小さなはしけの傍まで、伯母の美加璃ミカリと散歩に来ていた。

 すると、そこに、一艘の古い商業用とみられるクルーザーが着けられた。
 珍しい船の姿に、二の姫は慌てて、クォーレを抱き上げる。

「え?・・・王子?」

 手を振る、アーギュと、ジェイスの姿だった。

「ちょ、ちょっと、待ってて、っていうか、・・・女美架、女美架、・・・」

 その時、クォーレは、二の姫の手を擦り抜けて、艀の方に走り出した。
 艀に着いた船からは、二人の大きな男たちが降りてくる。

「おふねにのってきたの?」
「そうですよ」
「えっと・・・お父様?・・・おふねできたの?」
「・・・?!・・・ジェイス、イチゴは?」
「あ、ここに」
「一つ」
「はい」

 アーギュは、その子にイチゴを一つ渡す。
 ロイヤルベリーは、三歳の子の両手で抱える大きさである。

「ありがと、お父様」

 クォーレは、ニッコリして、その大男に、そう言った。
 女美架そっくりの丸顔と笑顔に、濡烏の髪と、金の瞳・・・この子は・・・。

「こんにちは、お母様は?」
「宮にいるよ」
「お名前は?」
「クォーレ」
「なんと・・・良いお名前です」

 ジェイスの目頭に涙が光る。
 その後、ジェイスは、先にイチゴの箱を持って、宮に向かう。
 暁を探して。

「私は、王子にどこまでもついてまいります。それが、私の役目ですから」
「俺は、これから、公人である、ランサム王太子の立場を捨てる。一人の民間の人間として、国を離れ、女美架たちを援けに行くつもりだ。しかし、お前は、王家を支えるクライスト家の人間だ。できれば、残って、お父上を支えてほしい」
「・・・しかしながら、私の主人は、王子お一人でございます。小さい頃から、ご一緒に育てて頂き、お仕えしてきたのですから、離れるなんてことは、考えられません。王子が、国をお捨てになるなら、私も同じでございます」
「・・・というか、俺は、一人の男として、女美架を援けに行く。お前が立場を捨てる意味が、俺と同じようにあるならば、それなら、ついてきても良い」
「つまりは・・・」
「暁殿を援けに行くということであれば、ということだ」
「・・・はい、その所存、覚悟でございます」

 宮の入り口に、美加璃が、女美架を連れてくる。

「王子・・・?本当に?」

 日焼けした、ブラウス姿のアーギュ王子が、イチゴを抱えたクォーレを抱いて、こちらに向かってきた。

「あああ、女美架、これで親子が揃ったね」

 美加璃も、涙を浮かべている。

「アーギュ・・・」
「クォーレは賢いね。きちんとご挨拶もできたよ。お母様の躾がよいのだね」
「あああ、王子」
「お待たせしました。女美架。・・・クォーレ、お父様は、迎えに来ましたよ」

 大きなアーギュが、息子のクォーレを抱え、それに女美架が縋りつく。美加璃も、瞳を潤ませた。二人が離れてから、約四年の月日が流れていた。

「お母様、お父様ね、おふねできたの」
「そうなのね。クォーレ・・・」
「・・・この子は、どうして、私が父親だと・・・?」

 慈朗の描いた、結婚式の絵が、クォーレの目線の高さで、室内の壁に貼られていた。

「・・・慈朗殿だね、こんなことをするのは」
「はい・・・」


 第二皇妃と桐藤キリトが、皇帝暗殺の汚名を着せられて、処刑されたこと。一の姫がそれを追うように、病で亡くなったこと。その後、クォーレが誕生したこと。この四年間、色々なことがあった。

「女美架、本当に、このさびれた場所で、クォーレを産み、育ててくださったのですね。本当に、感謝します。貴女に似た、可愛らしい若王子だ。後、母上からの伝言です。貴女の荷物、財産は、無事、ランサム王宮で、お預かりしていますから、ご心配なさらないでください、と」
「いいなあ、私なんか、身体一つで、拉致られてきたようなものよ。・・・会えて、本当に良かったわ」

 女美架は、ふと、姉の一の姫が、泣いていた事を、思い出した。
 こちらに連れて来られる時に、身に着けていた、桐藤から貰ったネックレスを、シギノ派の軍族に奪われたと。

 ・・・お姉様は、桐藤との赤ちゃんも欲しかったのに、それも得られずに・・・。

 自分は、恵まれているのだ、とつくづく、思った。

 女美架は、アーギュに抱きついて、声を上げて泣いた。
 クォーレも、母を真似て、父親のアーギュの足元に抱きついていた。

「お母様は、とても頑張られたのだね。・・・女美架、もう泣かないで。クォーレが心配している」
「はい、王子・・・」


 アーギュとジェイスは、姫二人と、暁、そして、若王子のクォーレを、この北の古宮から、助け出し、ランサムへ連れ帰る計画を話した。

「事実、これで、クォーレがいることにより、スメラギ皇統だけでなく、ランサムの正式な王統を持つ、若王子がいる以上、帰還の権利は、当然ある。父上も、母上も、大変、お喜びになって、お迎えくださるだろう」

 女美架は、アーギュの言葉に、また涙が浮かびかける。

「クォーレの存在が・・・」
「良かったね、女美架」

 ジェイスが、これからのことを話し始めた。

「潮などの関係もありますから、出発までの間、少しの間、こちらに滞在させて頂けないでしょうか?ここは、潮の満ち干を上手く利用し、メイル川を下っていくしか、船での脱出方法はありませんから、そのタイミングを計らねばなりませんので」
「今は、皇宮からは、こちらに味方してくれる軍族が来てくれてるのよね。協力の要請をしてみます」

 美加璃は、数日後に、揮埜中佐が来ることを、アーギュとジェイスに告げた。

 女美架は、アーギュに目配せをした。

「王子・・・」
「ああ、そうだな、ジェイス、数日間、休んでくれ、いいな」
「・・・あ、はい」
「暁もね」
「姫様・・・」


 ジェイスと暁は、自分たちの時間を持つ事を許された。

「スメラギを出ましょう。王子と女美架様、クォーレ様に、ランサムに、ご帰還頂くのです」
「それは、とても、嬉しく思います・・・でも」
「でも?・・・ああ、勿論、二の姫様も、ご一緒です。もう、輿入れとか、亡命とか、形は後から、しつらえればいいのです。国王陛下のお考えでもあるのですよ。必ず、皆様をお連れして帰ることを条件に、陛下は、在位の期間を延ばし、王子の出奔という行動に、目を瞑ったのです」
「・・・」
「ですから、勿論、お姫様付きの暁様も、ご一緒です」
「・・・よろしいのでしょうか?」
「あのクォーレ様を、このさびれた地で取り上げてくださったのは、貴女だそうですね」
「必死でした。もし、クォーレ様を亡くしてしまったら、もう、姫様方は、先に、希望を持てないかもしれない、と」
「僭越ながら、よくやって頂けたと、私も思います。王子も大層、貴女に感謝し、お喜びですから・・・本当に、ありがとうございます。・・・こんな寒い所で、この長きに渡って・・・暁様に於かれましては、お元気でいらしたのでしょうか?」
「実は、・・・私の話をさせて頂いて、よろしいでしょうか?」

 そして、暁は、無謀な、志芸乃シギノ家の縁談の話、阿目玖アメクに襲われたことを、ジェイスに告げた。

「ああ、もっと早く、お迎えに来るべきでした。本当に、怖い、辛い思いをさせましたね」

 阿目玖から、渡されたジェイスの写真を、暁は、懐に持っていた。

「ああ、こんな、いつ、撮られたのでしょうね」
「でも、貴方のお写真は頂いてなかったので、くれた方は大嫌いでしたが、これだけは、持ち続けておりました。申し訳ございません・・・」
「いえ、嬉しかったです。僕は、きっと、貴女に忘れられてしまった・・・と、思っておりましたから・・・」
「そんなこと、・・・ずっと、ご無事か、気になっていたのです」
「ああ、暁様・・・よろしいでしょうか?」
「・・・はい」

 ジェイスは、暁を抱き寄せた。


次回、北からの救出~家族 へつづく


 御相伴衆~Escorts 第二章 第128話 
         北からの救出3 I'll come and get you ~ クォーレ

 お読み頂きまして、ありがとうございます。
 ああ、やっと、会えた~~~💖と
 よかった、よかった、と、手前味噌にも、みとぎやも思った回です。

 実は、アーギュは、このメイル側を遡ってくるのに、何度も失敗してきました。トライアンドエラーの繰り返しで、現役の船乗りに指導を得て、ここに辿り着きました。実は、骨折したりなど、色々としています。

 そのお話は、こちらで発表するかは検討中なのですが、存在しています。
 ジェイスもアーギュにずっと付き従い、信じて、ついてきています。
 アーギュが、骨折した時は、男泣きに泣いています。

 という裏話もありで・・・いつの間にか、クォーレが登場しています。
 この子は、言わずもがな、とても良い子です。

 さて、次回はいかなりますか、「家族」というタイトルです・・・
 実に、お楽しみになさってください。

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