御相伴衆~Escorts 第一章 第六十八話 東屋での秘蜜~お見送り①
翌朝、朝食会は、予定通り行われた。昨日の歓迎会の次に、改まった席になり、多くは、皇帝陛下と第二皇妃が、アーギュ王子と話をしながら、という形になった。姫以下、他の者たちも、その場で、歓談しながら。
テーブルには、ランサム風と、スメラギ風の朝食が、程良く、並んでいた。スメラギの雑穀スープを気に入った王子は、ランサム風の卵料理と合うと言った。「まるで、両国の良い所を合わせたような朝食」と、皇帝と皇妃に告げた。これには、二人とも喜んだ。
その席でも、アーギュ王子の隣は、三の姫であった。食後、姫は王子に、約束していたクッキーを手渡しする。皇帝と皇妃は、その様子を、穏やかな笑顔で見守っている。
「王子、出立まで、もう少し、ゆっくりされても、良いのではないでしょうか?」
第二皇妃が、王子に、声を掛ける。
「こちらの中庭、薔薇が、沢山、咲いておりましてね、見頃ですのよ。ね。一の姫」
「そうなんです。お庭歩きに、良い季節ですわね」
「ああ、あの、奥の東屋ね、野薔薇が絡んでいてね。とても、いい香りの頃ですわね」
「誘導始まったな」
柚葉が、小さな声で囁く。隣の慈朗には、その言葉が聞き取れた。その隣の数馬にまで、聞こえたかは、解らないが。
🦚🍓
その後、出立までの二時間、アーギュ王子と三の姫は、皇妃と姉姫の勧めるまま、中庭の散策をすることにした。
「お話通り、素敵なお庭ですね。本当に、薔薇が見頃で、美しいですね」
「褒めて頂いて、ありがとうございます。庭師がいつも、手入れをしてくれていて、優しいお爺さんなんです」
「・・・貴女らしいご紹介ですね。その庭師の心尽くしを感じる庭ですよ。確かに、とても、落ち着きますね。良い設えですね」
アーギュ王子は、三の姫の手を取って、進んでいく。薄いオレンジ色のワンピースの三の姫。母の皇妃と、姉姫の肝入りのコーディネートである。デコルテを綺麗に見せる、胸元のカットは、本人も気に入っているものだ。
「昨日は、遅くまで、かかったのではないですか?沢山のお土産のクッキーを頂いてしまいましたね。ジェイスも、あれでいて、甘党なので、喜んでいますよ。本当に、ありがとうございます」
アーギュは、ますます、三の姫を気に入っている様子だ。ゆっくり、散策をしながら、奥の東屋に向かう。
奥止まりにある東屋は、最近、外出ができるようになった一の姫の為に、桐藤が設えたものである。外ながら、快適に過ごせるように、ソファなどが用意されている。
昨夜、三の姫が頑張って作った、二種のクッキーが並べられているテーブル。味は、プレーンとイチゴの2種で、彩良く、三の姫らしい設えとなっている。ポットやティーカップも、程良く温めて置いてある。暁が先回りし、準備をし、タイミングを見て、席を外した。暁が出ていくことで人払いの合図となる。
「こんな所に、可愛らしい、野薔薇の東屋ですか」
「わあ・・・」
「おや、姫も、初めて、来られるのですか?」
「えっと・・・ここは、特別な場所なので、勝手に来てはいけないんです」
「成程、今日は、特別だから、許可が出たんですね」
「そう、なのかも、しれないです」
「特別扱い頂いて、とても、嬉しいですよ」
「あ、お掛けください。女美架がお茶をお入れします」
「ありがとうございます」
皇妃と一の姫から、くれぐれも、粗相のないようにと、言われ続けてきた三の姫は、東屋についたら、王子に座って頂き、お茶を勧めなさい、という言葉通りに行動する。その様子を、穏やかな微笑で、アーギュは見つめている。
「はい、どうぞ。このお茶は、こちらの薔薇のジャムを入れても、美味しいんですよ」
「素国式ですね。柚葉のお国では、そのようにされますね」
「ああ、そうかもしれないですね。時々、イチゴジャム、入れてるかも」
「イチゴというと、もう、貴女のイメージになってしまいました」
「・・・なんか、恥ずかしいです。小さい子みたいですよね、女美架」
女美架は、アーギュの隣に、トンと音を立てるようにして、ちょこんと座った。・・・つい、いつものように・・・。
「あ、こんなのも、『幼い』と言われます。おしとやかにって、お母様にも、言われるんですけど、ダメですね。つい、こんな風に・・・」
「クスクス・・・座り方ですか?今のですか?」
「はい・・・」
「貴女らしくて、好い、と思いますよ。齢が重なると、仕草なんていうものは、自然に変わってきますからね。今は、それが、等身大の貴女ですから、気にせずに・・・、というか、私の前では、伸び伸びと、貴女らしくしてらしてください」
「いいのですか?」
「はい、勿論」
アーギュは、腕時計を外し、テーブルの上に置く。
「見てください、あと、1時間半ですね。カウントダウンです」
「え?」
「出立までの残り時間ですよ。とても、貴重な時間です。一応、これでも、仕事があるんです。国に帰って、父の補佐をしなければなりませんからね」
「お忙しいのに・・・なんか、お引き止めしてるみたいで、ごめんなさい」
「そうですよ。惹き止められてます。貴女に」
「えっと・・・」
タイムリミットを示し、言葉尻を捉える。
・・・解るかな。いいんですよ。解らなくても。今は・・・。
「あの、クッキー、お味見していってくださいね」
「可愛らしいですね。色々な形ですね。型抜き、時間がかかったのではないですか?」
「・・・ちょっと、ズルをしました。暁と月に手伝って貰いました。あと、お土産のラッピングのリボンは、慈朗が、朝早くから、手伝ってくれて、工夫してくれました」
「成程、芸術家の彼の手なのですね。素敵な設えと見受けられました」
「女美架一人じゃ、あんな綺麗なの、思いつかなくて」
「いいえ、スメラギの皆様の心尽くしが込められていて、この上ないお土産です」
「国王様や、王妃様や、お城の方たちにも、召し上がって頂いてください」
「ありがとうございます。じゃあ、お味見もさせて頂きましょうか。ピンク色のは、イチゴですね。ん・・・香りがいいですね。ちょっと、マーブルになってますね」
「イチゴジャムを入れたんです」
「成程、可愛らしくて、甘酸っぱくて、香りもいいですね。手作りの良さが出ていますね。貴女のイメージそのものですね」
三の姫は、目を丸くして、アーギュ王子を見る。
「そんなに褒めてくださる人、いないから、びっくりです」
「貴女の心が込もっていますから、それが、何よりものスパイスですよ」
「・・・嬉しいです」
素直で、天真爛漫、家族の愛情を、沢山、受けて育ったであろう三の姫は、やはり・・・。
アーギュの感じた、昨日の感覚は、今朝も裏切らず、ここでも、確認できるものであった。
つくづく、可愛らしい方だな・・・。
5年待つと言いながらも、アーギュは、熱烈なアプローチを仕掛けようとしていた。
このまま、帰国してしまったら、お互いの立場上で、なかなか、会う算段をつけるのは難しそうだ・・・これが、婚約という形で、即答できれば、話は別だが、表面的には、あくまでも、保留なのだから。
・・・そう、あくまでも、表面的にはね・・・。
「昨日から今朝、クッキーのことで大変だったのではないですか?お休みになられましたか?」
「疲れていたので、よく寝られたと思います。でも、朝は早起きできました。寝坊したら、ラッピングできないから」
「そうですか。お疲れでないですか?」
「大丈夫です。クッキーも、ラッピングも、上手く行って、王子が、褒めてくださったから、女美架は、今、元気です」
「ははは、そうですか。本当に、可愛らしい方ですね、貴女は」
「なんか、また、『幼い』感じでした・・・ね」
三の姫から見れば、アーギュは充分、未知の大人の男になるのだろう。自分が子供っぽ過ぎるのではないかと、それが、気がかりになっている。
一のお姉様みたいに、おしとやかに、綺麗な立ち居振る舞いや、仕草ができればな・・・。
「気にしないで」
何気なく、アーギュは、大きな手で、三の姫の髪に触れ、頬を軽く撫でる。
「そのままの貴女が、とても、いいのですよ」
今のは、ポンポンと頭を軽く叩く、お兄さんのような数馬の仕草でもない。遠くもないけど、ものすごい近くもない、この距離・・・
女美架は、この東屋の中が、特別な空気に包まれているような気がした。
そして、その言葉の後から、アーギュがずっと、自分を見つめていることに気づく。
社交界でいくつもの恋を繰り返してきた、洗練された彼の仕掛けが、少しずつ、繰り出されているようだ。
「この東屋の柵に絡んでいる野薔薇。まだ、咲かけの、花びらに朝露を湛えて・・・、今朝の貴女のようですね。スメラギの小薔薇ですね、貴女は」
昨日と同様の、開きかけた小さな薔薇と例えられた表現は、まさに、三の姫そのものだった。
アーギュ王子は、全て目算できていた。
昨日のバルコニーでの話を素直に受け止めていた三の姫。
どこをどうすれば、どのようになるか。見抜いているかのように・・・。
「いつまでも、お待ちしますからね・・・」
「・・・昨日のこと?」
「そうですよ。・・・でも、今は、私がどんなに頑張っても、貴女の心は、大好きな彼のものだから・・・」
アーギュの狙いは、そうは言っておきながら、三の姫を煽り、早急に惹き寄せることだった。軽く、頭を横に振り、また、見つめ返す。
「・・・それは、辛いです。あんまり、言わないでください」
「すみません・・・でもね、しばらく、お会いできないかと思うと、つい、そんなことをね。お恥ずかしいです」
「・・・なんていうのか・・・ちょっと、昨日、姫も考えてみました」
「・・・何をでしょうか?」
「上手く、お話できるか、わからないんですけれども」
「いいですよ。貴女の言葉で」
三の姫は、真面目な表情で、賢明に話し始める。
「姫は、姫の立場と役割があって。周りの人達が、その為に、色々と準備したり、頑張ってくれているのが解ったんです。だから、それに応えなきゃならないと思いました。でも、姫の気持もあるから、・・・その、王子が、昨日『保留』と言ってくださった意味が解ったような気がするんです。合ってるといいのだけれど・・・時間が必要なんだって」
王子は、多少驚きつつも、頷きながら、これを聴き、受け答えをする。
「そうですよ。仰る通りです。合っていますよ」
「本当ですか、はぁ・・・良かったです」
「・・・ご理解頂けて、嬉しいですよ。よくお考えになりましたね。そうですね。お役目のことは、私も同じです。しかるべき、お立場のお姫様方の中から、お妃になる女性を選ばなければなりません。でも、僕にも気持がありますから。好きな方でなければ、難しいのですよ」
はぁ、と大きく溜息をついて見せる。
「昨日、その条件に合う方に、ついに、お会いすることができたのですけれどもね」
それが、女美架なの?
「それが貴女です。でも、僕の片思いです。残念です」
アーギュは苦笑いをしながら、俯く。
どうしよ、気まずい、っていうのは、こういう感じなのかな。
「ごめんなさい」
「謝らないでください。そんな、終わってしまう。『保留』だと言ったでしょう?」
「王子、姫はどうしたらいいですか?」
「・・・そんなこと、聞いてはダメですよ」
「だって・・・」
「じゃあ、ここで僕が跪いて、懇願したら、このまま、ランサムに来てくださいますか?」
「それは、・・・できません」
「じゃあ、少しだけ、お願いを聞いて貰えますか?」
ゆっくりと近づき、王子は、先程の続きのように、そっと、三の姫の頬に触れる。
「貴女に僕を憶えておいてほしいです。少しだけ、貴女に触れてもいいですか?」
~次回「東屋での秘蜜~お見送り②」につづく~
みとぎやのメンバーシップ特典 第六十九話「東屋での秘蜜~お見送り①」
~隣国の王子編 御相伴衆~Escorts 第一章
お読み頂きまして、ありがとうございます。
いよいよ、アーギュ王太子と、三の姫女美架が、二人きりになる時がきました。
では、次回をお楽しみになさってくださいね。
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