クリスマス🎄特別企画 竜ヶ崎幻想
「君の声」×「樋水の流布」キャラクター対談
東都大学演劇学部劇作家専攻二回生。東都大って聞こえがいいけど、一番下って、言われてる学部だからね。学力的には。
今は、演劇理論の講義中。これは必須だから、来てる学生も多い。舞台役者だった、案外、声のでかい教授だし、よく聞こえるから、席は、一番後ろの方にした。人垣のような塊がある、その後ろ辺り。そう、前からは目立たない位置だ。転寝してたって、解りゃしない。
・・・そうなんだ。今日は眠い。昨日、映画見過ぎた。ランサム語のやつを、字幕付きで見て、その後、字幕なしで見て、台詞を書き換えるやつ。実技試験で出る。10作品ぐらいのどっかから出るって言われていて、結局、全部、やっとくしかない。翻訳家のを、そのままではダメらしい。丸写しは点にならない。これは、実技で、その場で、実践的に取り組むらしいが。まあ、好きな方の課題だ。
俺は、昨日の、その辺りの台詞を思い出していた。この講義は、テキストがあるから、どうってことはない。たまに、教授が脱線するといい話になることがある。小ネタにへえと思ったり、完全な雑談で面白かったりするが、まあ、100分が一コマだから、結構長い。
実は、妄想好きだと、自覚した。妄想好きだと、話は作りやすいらしい。こないだ、別の講義で、ベテランの劇作家先生が、そのように話をしていた。現役時代、本来のことをしなければならない時こそ、妄想に走りたくなったそうだ。俺も同じかもしれない。
そうだ。昨日の映画、あの続きがあるなら、と、俺はやっていた。なんか、イライラするやつで、恋人同士が、というのか、あれは微妙で、恋人なのか、友達なのか、みたいな感じで、だらだらとやっているやつだった。俺だったら、あんなの、もう、あんな感じなんだから、良い所で、手を引いて、まずは、人気のない所へとか、思う。ああ、俺がするんじゃない。あの主人公なら、そうするって、意味なんだけど・・・。
もやぁと、薄目を開けて、ノートをとるフリをしながら、そんな風にしていると、誰もいない筈の俺の右隣に気配を感じた。ああ、半分寝ていたんだ。いい匂いがした。瞬間、女の子が来たのは解った。荷物が隣に置かれた。ああ、講義に遅刻してきた。この教授ならいいよ。レポートしっかり出せば、平気だから。その辺、解ってるんだな。
なんとなく、視界の右側に、その子が見切れている。長い髪なのは解った。チラリと隣の荷物を見たら、それは、彼女の上着で、その上にA4の封筒が置かれていた。珍しい紫色の封筒だ。どこかで見たロゴだな、と、つい、それを、二度見した。
「知ってるの?」
ゆっくりと、穏やかに、少し声を抑えて話している。あ、演劇学科の子だな、と思った。発声のコントロールができてる女優風だった。・・・というか、この時、彼女は既に女優だったのだが。
「知ってるんだね」
その時、初めて、彼女を見た。つい、小さく頭を下げた。彼女も下げ返す。
「これ、面白い?」
これって?・・・ああ、講義のことかな?首を捻って見せた。
「じゃあ、出よっか」
え?
言うや否や、その封筒と上着(見るとフワフワした生地の)を抱えて、俺の手を引いた。
「あ、待って」
周囲の学生が振り返った。
「すいません」
慌てて、俺は、荷物を持って、彼女を追った。あああ、教授に見られてしまったに違いない。
でも、この時、断って、講義に居座る方を取ったら、今の俺はいなかった。
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妄想では、男が女を連れ出すべきだと思っていた。
現実では、俺が、彼女に連れ出された。
「さてと・・・、うーんと、どうしよっか。広いねえ。さすが、東都大学」
どうしよっか、って、・・・俺は映画の続きと重ねた。え、そゆこと?まさかな・・・。
「んー・・・どうしよ、ねえ、講義バックレちゃったから、怒られるよねえ。目立たない方がいい?」
もう、それ、あんまり、関係ない、けど・・・目立たない方、がいいのかな?
カツカツと、ブーツの音を立て乍ら、少し前を歩く彼女は、いつの間にか、臙脂色のベレー帽を被り、フワフワの生地の白い上着を羽織り、帽子に似た色の、小さなリュックを背負っていた。センスがいい。大学にはいない。別の短大とかの、服飾やモデルとか、そういう専攻の子みたいにも見えた。手には、さっきの紫の封筒があった。
「声出してよ。いい声だったね、君」
「あ、そう、かな?」
「うん、うちの先生が気に入る感じ」
「先生?」
「うふふ、内緒、ちょっと、その前に、私に個人的に時間頂戴」
「え?」
「就職斡旋。もう、決まってるの?」
「あ、いや、まだ、二回生だから」
「ってことは、何歳?」
「二十歳」
「ああん、私の一個上だ、良かったあ。少しでも上で」
なんだ、今の。と、その時思った、「ああん」は、彼女の口癖だ。それは、この後の長い付き合いで、何度も聞かされることになる。
「あのねえ、あんまり、人がいなくて、ゆっくり話せるとこない?外でもいいよ、座れるとこ、ベンチみたいなの」
「あー、じゃあ、あっちの」
小さなメイズになっている薔薇園が設えられている。昔、農学部が設えたとか、誰か言ってたっけ。・・・あああ、そういう感じに使ってるのが多い。でも、ここからだと、一番近い。今は、バラは咲いていないが。案の定、講義のないカップルが、手前のベンチで、早めのランチかなんかしてる。
「ふーん、いいじゃない、大当たり」
顔を覗き込まれた。何が、大当たりなんだ・・・?・・・やっぱ、あれか?
「意図が通じたんだ。じゃあ、ここで名前、教えあっとこ」
彼女は、俺の目の前で、パッと、踵を返した。真正面に対峙し、両腕を抑えられて、立ち止まらされる。よく見ると、見える範囲のベンチがランチタイム風になっていた。ああ、女の子同志で三人とか、こんな時に、衆目のチェックを自然にしてしまった。なんなんだろう。・・・って、やっぱ、そうなのか?
「私、ツヤキっていうの、君は?」
「あ、羽奈賀です」
「はねなが君?・・・珍しい名前」
ツヤキって、苗字だよな。きっと。どう書くのかな?あまり、聞いたことない苗字だよな・・・。
「下の名前は?」
「萩(シュウ)・・・あ、草冠に秋で、萩っていう字なんだけど」
「珍しいね。かっこいい。作家みたいね。そのまま行くつもり?劇作家志望でしょ?」
まあ、妄想好きだから、それと、高校の時、演劇部に頼まれて、台本書かされて、その芝居が良かったから。それが、案外、楽しかったし・・・。単純な志望理由。
それより、周囲から見たら、カップルに見える、んだろうか?
「先生からね、適当に、良さそうな若い人、探して来い、って言われたの」
先生?演劇学科の課題だったりして、これ。突拍子もない課題って、あるからな。それで、学科の棟に連れて行かれて、自己紹介させられて、晒されて、って感じかな?
「でもね、適当になんか、してないよ」
すると、封筒を目の前に振りかざしてみせてきた。さっき、斡旋とか言ってた気もするが。
「なんだと思う?これ」
「え、ひょっとして、何か、課題で?」
「ああん、私のこと、同じ大学の学生だと思ってるんだ?」
「勿論、まあ、ここで会ったら」
「さあ、どうでしょう?」
うふふふ、というと、彼女は、迷わず、バラ園のメイズに入っていく。
「ああ、ここ、迷う?」
「知らない。入ったことないんだ」
「えー?・・・じゃあ、もう少し、奥、次の角まで行ってみたい」
「・・・いいけど、多分、それ以上は、・・・解んないよ」
手を引かれた。熱い手の平だ。女の子の手って、冷たいのが相場、だよな。・・・まあ、俺だって、手ぐらい、握ったことはある。
「はいっ」
角を曲がった途端、また、踵を返され、俺は、彼女自身にぶつかった。
「あっ、・・・ごめん」
「結構、ドン臭いね。萩くん。舞台俳優向きじゃないね。やっぱ、裏方なんだねえ・・・」
え?
意図も簡単に、距離詰めしてきた。俺とは、頭一つ以上違う彼女が、かなり、小柄なのが、これで分かった。首に両腕を回して、ぶら下がるようにしてきた。仕方ない・・・から、倒れないように、彼女の腰に手を回す。自然と顔が近づく。
見ろ、簡単じゃないか。俺は、昨日の映画を、瞬間、思い出していた。
うわっ・・・。
俺は、この感じをこういう風に描く。
「最も雄弁な唇、そして、能動的な・・・」
長い。嘘だろ。映画だって、芝居だって、こんなにしないだろ。
・・・やば・・・。
頭ん中が真っ白になった。そうなった瞬間に、解放された。うっとりした顔で、見つめられた。・・・あああ、こんな子だったんだ。今まで、見たことないタイプの・・・女の子だ。
「合格」
「え?」
「萩は、今日から、私のね」
「は?」
「んじゃ、これは、おまけ。えっと、ベンチって、あっち・・・あああ、ちょっと、ラメってる」
「え?」
「はい、ティッシュ、拭いてあげるね」
んー・・・、自然と屈んでしまった。このまま行ったら、全部、バレるってことだったか。・・・それにしても、こんな・・・やっぱり、女優か、モデルか、そんな属性の気がする。口紅、薄いピンクのラメで、・・・バラの香りだったのか。
「ベンチ、空いたかなあ」
運良く、さっき埋まっていた、メイズを出た所のベンチが空いていた。素早く座ると、封筒から、何か書類を出した。後、原稿用紙のコピーか、これは、あああっ、・・・俺のじゃないか?これ。
「うちの先生ね、知ってる?月城紫京って?」
「え、だから、この封筒・・・ああ、月城歌劇団って、こないだ、演劇関係の雑誌で見た」
「うん、学生の青田買いしてるの。有望な座付き作家になる人、探してるの」
「へえ・・・で、俺?」
「そう。この本、気に入ったみたいよ」
「で、君は・・・えっと、なんだっけ?」
「ひどーい、名前、憶えてないの?」
「ああ、えーと、ごめん・・・ああ、つやきさん」
「そうよ。私の名前なの、艶に肌で、艶肌」
「えっ・・・」
すごいインパクトのある芸名だ。これ、本名じゃないよね。なんか、まんまじゃんか。この子。俺より、一つ下?なんか、すごい感じだ。
「これね、小さい劇の本。あと、翻訳劇の本でしょ。君が書いたやつ」
「ああ、そうだ。これ、課題の・・・」
「今回、何人か、優秀な人の見せてもらったらしいのよ。ここの教授の中に、先生のお友達がいるんですって、で、萩は、合格なの」
「は?」
さっき、何した後、それ、言ったんだっけ?
「私の恋人兼、座付き作家」
なんだ、これ。俺は、まだ、月城先生にもお会いしていないんだけど・・・。
「騙してないよ」
「え、あ・・・聞く前に言うんだ・・・」
「だって、先生が選んだ、何人かのうちの一人、艶肌の気に行った奴を連れてこいって」
「はあ?・・・」
「他の大学の人は、ダメだった。先生にね、演じるのは私だから、私が、この人の書いたものがいい、って思えなきゃ、意味がない、って言われたの」
月城紫京、往年の名俳優、だったよな。テレビドラマは勿論、映画に舞台、現代劇から、時代劇、何をやっても決まる俳優だ。その人が、数年前に劇団を立ち上げたのは聞いていたけど・・・この封筒は本当っぽいけど、なんか、凄い、変わってる感じがするんだけど・・・。
「芸術活動的な仕事って、齢とか、立場関係なく、成立するから。私も先生に、一本釣りされたんだよ」
「そうなの?」
「その話は、また、今度してあげるね」
「えっと、俺、まだ・・・」
「断るの?まさか?」
「・・・というか、返事というか、」
「ここでして。艶肌の合格が、先生の合格だから」
「・・・」
なんなんだ。これ。というか・・・
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「まあ、随分、強烈な出会いと、進路決定ねえ、うふふふ」
「笑い事じゃないんですけどね」
「でも、この彼女のお蔭で、月城先生の所で、こんなに色々と、良いお仕事されてきたのでしょう?」
「びっくりしましたけど、その後は、ブレずに来ましたね。学生時代、その後は大変でした。両立しながらの仕事ですからね。課題と、実際の仕事の分は、勿論、別じゃなきゃ、ダメだったし」
「可愛いわね。強烈で、直情径行な彼女ね。好い女優だったもんね。艶肌さんって」
「この話、頂いた時、若い時の、流布先生は、艶肌がいいんじゃないか、って思ったんです」
「うーん、私はね、もうちょっと、ボーッとしてた。あの時の貴方側だと思うよ。で、すごい猛攻を仕掛けてきたのが、竜ヶ崎の方よ」
「はあ、言いますね」
「先に、貴方が話したんじゃない。艶肌さんとの事・・・でもね、私も学生時代からの一本釣りだったのよ。やっぱり、論文とか見られててね。だから、羽奈賀先生の気持ち解るわあ、・・・もう、嵌められたのよねえ」
「そんな感じだったんですか?」
「そう」
「そう言えば、お身体の方は、大丈夫ですか?」
「ああ、黒墨ね。うん、小康状態よ。今の所、動けるし、取材も行けるし、キーも叩けるから。作家活動は、何とかね、乗り切ってきたけど。でもね、いつ、どうなるか、解らないじゃない。今のうち、できることやっておきたくって、まあ、今回の企画にね、オッケー出したの」
「そうだったんですね。成程・・・解りました」
「竜舌庵に、実際来て、過ごしてもらったら、イメージ湧くと思うし・・・」
「お身体に負担がかからないようにと、その方がいいなら、そうさせてもらいます」
「ありがとう。その辺はね、流動的にしましょう。貴方もこの仕事だけではないと思うし」
「ありがとうございます」
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「竜ヶ崎幻想」
昨年亡くなった、歴史小説家 竜ヶ崎淳三郎の自叙伝的な部分にスポットを当てたもの。二時間枠の劇場版で、40分毎のオムニバス形式にした三作品の予定。最後のパートを、妻の樋水流布と劇作家羽奈賀萩の合作で描く。この度、脚本と監督を羽奈賀萩が務めることとなった。
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・・・という感じで、樋水先生と長話をした。飯が上手かった。好い酒、貰って。料亭の個室とかって、いつもなら、きっと、月城先生がやってた感じのことだったんだろうけど。
俺が思う、ベストキャストは、竜ヶ崎先生役が月城先生、樋水先生役が艶肌なんだ。ばっちし、がっぷり四つに組んでという感じがするんだよなあ。でも、ちょっと、流布先生って、艶肌みたいじゃないんだな・・・俺と同じで、冷めてる所がありつつ、書くんだろうな。第三者の目なんだ。それは、すなわち、視聴者の目で、まあ、リクエストにお応えする、ということなんだろうけどな・・・。まあ、その二人とも、もうこの世にいないからなあ。キャスティング、どうしたら、いいかなあ・・・。
チャンネル18バックで、神崎さん相変わらず、プロデュースだしね。映画だから、観客の対象年齢とかは、また、こっちで調整だから、
「お解りですね?」
ばっつり、R指定、やっちゃってください、っていう意味だもんな。神崎さん。縁が切れない。そろそろ、劇団の新作もなあ、やんなきゃいけないし、「エスコーツ」以来、まだやってないし・・・。
流布先生、大事にしなくちゃ。黒墨で亡くなる女性を見るのは、もう、勘弁だからな。
艶肌、夢にでもいいから、出てきてほしいんだけど。忘れちゃいそうだよ。全部。
みとぎやの小説・コラボ企画 「樋水流布×羽奈賀萩 スペシャル対談」
二つのお話の主人公、実は、その仕事で、繋がっていました。
先日、最終回を迎えた「樋水の流布」の彼女のあの頃から、時は、既に、30年以上経っていました。
そして、「君の声」の恋人の死の、その時点から、数年後、彼は執筆を再開し、ドラマのシナリオでバズった後、初の映画シナリオの話をもらった形です。
それぞれの主人公が、それぞれの時を経て、ここに接点ができたというお話でした。
萩くんは、恋人の亡くなった時に思い出した、出会いのシーンを回想していました。流布は、もう、50歳を超えて、大人のベテラン作家です。
実は、このお話は、来年、連載予定「萩くんのお仕事」のスピンオフです。なので、萩くんサイドで語られています。中年になった流布も、例の病、「月鬼症候群」に罹患していたのです。この時期の流布は、別のお話にも、登場予定です。関連のお話は、こちらになります。
いくつものお話が生まれ、一つの世界の中で、交錯している「伽世界」ですから、みとぎや的には、普通にあることなのですが・・・。
また、このようなコラボ企画が、出てくるかもしれません。その時は、よろしく、読んで頂けたら、嬉しいです。