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御相伴衆~Escorts 第二章 第133話 新天地ランサムへ4~皇帝になるためのノート②

 それは、桐藤キリトという、次世代の皇帝候補だった人のノートだ。
 そして、彼は、もうこの世にいない。
 考えるに、俺が、皇宮に戻ったから、・・・なのではないのか?

「恐らく、命を狙われると思います」

 俺は、ノートを見つめた。それは、使い込まれたものだった。

「中佐、ひょっとして、俺自身が、一番、解っていなきゃいけない事なんじゃないですか?これって。・・・つまりは、皇位継承権の争いがあったっていうことですか?」
「その通りです・・・皇帝陛下は、クーデターにより、毒殺されました」
「?!・・・ご病気で亡くなられたと聞いていますが、そのような形だったとは、皆、その辺りの話は、俺に気を遣って、しないようにしていたとは、思ってましたが・・・」

 揮埜キリヤ中佐は、ゆっくり頷いた。

「知らせないように、という、当局側の考えだったと思います。そして、その首謀者が、このノートの持ち主、ということにされています」
「・・・されています、って?」
「・・・彼は、嵌められたのです。当時の皇帝の側室に当たる、第二皇妃様も同様、濡れ衣を着せられたのです。お二人は、弾劾裁判にて、有罪となり、国家反逆罪で、死刑に処せられました。当時、彼は、今の貴方の齢と同じ、19歳でした。もう、3年近く前の話になります」
「そんな・・・、じゃあ、俺が、この人に取って代わる立場だと・・・嵌められた、ということは、現政権の者に、ということですか?」
「そうですね。形の上では、対抗勢力のトップが、第一皇子の耀アカル様ですから、そのようになります。しかし、今の貴方のお立場をご覧になってください。いかがですか?」
「・・・」
「この対抗勢力に勝ったのならば、貴方は、他国で勉強をなさってる場合ではありません。今頃、第7代の皇帝陛下として、スメラギを統べていなければならない筈です」
「・・・そうだ・・・、ならば、きっと、そういう事になるのだろうから・・・」
「今のスメラギ皇国は、統治者不在です。そして、実質の統治を行っているのは、誰だか解りますか?」
「・・・」
「貴方が戻られた時には、志芸乃シギノ派に、派閥がとって変わったように見えましたが・・・」
「・・・素国、なのですね。志芸乃殿に頼まれて、俺は、紫統シトウ大佐にも会って・・・」
「・・・それについては、お護りすることができずに・・・本当に、我々軍族の、力と認識不足で・・・申し訳ございません」
「でも、そんな事で、国一つの事が収まるとは思わなかった。それは、俺にだって解る・・・訳が解らなかったんだ。誰も、俺に教えてはくれなかった。恐らく、数馬や慈朗シロウも、皇宮の内情を知っていたのだろうが、俺に気を遣って、これまで、矢面に立っていてくれたんだ・・・」

 中佐は、目線を落とし、再び、顔を上げた。

「このノートの持ち主は、きっと、素国の食い物にされつつある、スメラギの今の状況を、ご覧になって、さぞ無念で、草葉の陰から、歯噛みしてらっしゃることと存じます。是非、これをご覧になって、先々の事をお考え頂ければと存じます」
「・・・わかった。読んでみる・・・必要ならば、大学を中退して戻ろうとも思うが・・・」

 でも、俺に、何ができるんだろうか・・・ここまでも、誰を信じて、何をすればいいのかも判らずに来た。意志を示さない事、それが、求められていた、自然と、そのように育てられてきた、我ながら、そう思う。皇子なんて、本当に、名前のみなんだ・・・。

「物には、タイミングがございます。一先ず、これをお渡しできたことで、故人との約束を果たせたことになります。恐らく、大学でのご勉学は、貴方の力になると思われます。時期を見ます。本当に、心あるものを集め、貴方を正式に擁立し、お迎えに上がれるよう、準備を致しますので、どうか、皇子、今は、ご勉学に励まれて、力を蓄えて、お心積もりをして頂きたい」
「わかりました。・・・では、早速、そのノート、見せて頂いても、いいですか?」

 まず、目に飛び込んできたのは、綺麗な文字だった。解り易く、箇条書きで書かれている。まずは、大きな課題、そして、それに対する細かい課題、皇宮の中のこと、市井への統治のこと、そして、国際社会に対する対応と、細かく・・・付記することが多いと、ノートは、紙を足して、貼り付けてある。PCで作成すれば、済むのに・・・。俺には、彼が、歴史上の人物のように思えた。そして、これが、100年以上前の資料とも・・・しかし、その次の瞬間、これが、自分と齢のそう変わらない、同胞ともいうべき者が書いたことを思い知らされた。

 ヒラヒラと二枚、小さな紙が落ちた。

「あっ・・・これは・・・?・・・写真?」

「・・・?!」

 揮埜中佐は、それを、それぞれ、拾い上げた。その写真を持つ手が震えている。俺は、それを覗き込んだ。すると、彼は、その内の一枚をまず、俺に渡してくれた。

 それは、俺の知っている人間も映っている、皇宮の中庭での写真だった。
 数馬と慈朗が、一緒に映っている。他に、二人の同じ齢ぐらいの男性、そして、後、知っているのは、下働きのルナの姿だった。月は女官服を着ている。何故だろう?今の方が格下だ。後は、着飾った姫らしき女性が二人と、もう一人、背の高い女官がいる。

 揮埜中佐が持っている、もう一枚の写真は、男性と女性の並ぶアップのものだった。中庭の写真でも、このお二人は、ベンチに並んで、座っている。美しく微笑む女性、恐らく、姫なのだろう、それに寄り添う男性と写っている。中佐の目に、涙が光っていた。

「揮埜中佐・・・、大丈夫ですか?」
「どうやら、聞いた話では、このノート、本人はコピーと言っていたようですが、取り間違えたのか、これはオリジナルだったようですね。大切な写真が挟まれたままだとは・・・」
桐藤キリト様というのは・・・」
「この方です。その隣が、貴方の義理のお姉様の、一の姫柳羅リュウラ様、もう御一方、こちらの中庭のお写真に映ってらっしゃる、幼い感じの方が、妹様に当たられます、三の姫女美架メミカ様です」
「・・・数馬と慈朗は、この人達を、知ってるんだ。一緒に過ごしてきたから」
「数馬様と慈朗シロウ様は、この時代から、クーデターを経て、生き残り、なんとか、皇宮に残ることができた、お二人でした」

 ・・・髪色とか、似てるよね・・・これって、多分・・・

「中佐・・・あの、実は、ここに来た時に、少し、美亜凛ミアリンと、お二人の話を聞いてしまいました・・・ひょっとして、彼は・・・」
「お察しの通りです。・・・私と美亜凛の息子です」
「・・・だから、美亜凛には内緒で、という・・・」
「とても言えません。だから、赤子の時、名前も付けられる前に亡くなったと伝えてあります」
「なんてことだ・・・、俺は、皇子と呼ばれながら、何故、自分が北の古宮にいるのかすら、その理由も知らされずにいました。急に戻る、と言われて、戻る場所がある、という意味すら解らずに、皇宮に連れて来られました。その裏には、こんな事があったなんて・・・」
「私と美亜凛の子は、皇子を設けることができなかった、第二皇妃様の目に留まり、養子のような形で育てられました。彼は、自分が皇帝になるということを、教え込まれて、育てられてきた子でした・・・」
「中佐は、それをずっと、軍族として、お近くで見て来られたのですね?」
「・・・そうです。・・・名乗ることは許されませんでしたから・・・陰で見守るしか・・・。この子のお蔭で、私は死刑にならずに、未だに、スメラギ軍族として、生きているのです・・・軍族の立場で、他国の女と通じること自体が、重罰の対象でしたから・・・」

 見れば、そのようだ。髪色と口元は、揮埜中佐に似ている。
 目元は、切れ長で、いつも潤んでいるような、綺麗な瞳。
 これは、美亜凛に似ている。
 どちらかというと、母親似の印象で、線が細く、繊細な感じがする。
 西と東のハーフというイメージが強く感じられる。・・・俺の両の目の色が違う、というのとは、また違った意味で、異色な印象がある方だ。

「誰よりも、スメラギのことを考え、スメラギ礼讃のナショナリストと言われていました。皇帝批判のあるものに対して、許すことができず、記載図書や、学校の教科書の内容にまで言及し、出版元や、教育庁まで出向くようなこともされていました。正義漢で、スクール内では悪事を働く不良たちを押さえつけ、犯罪被害に遭いそうになった女学生を援けたということもあったようです。小さい時は、正義感と、自分の立場の誇示が相俟あいまって、弱い者を押さえつけるような行動に出がちでしたが、亡くなる直前には、皇帝に相応しい自分になろうと懸命に学び、統制をとっていたと思われました。第一皇女様付きとなり、婚約も近づいていた矢先・・・今回のクーデターが発生し、全てを失うことになったのです・・・」

 そうだったんだ・・・。本当は、俺が正当な父上―――皇帝陛下の子であったとしたら、こんなことが起こらずに済んだのかもしれない。

「起ってしまった過去のことは、もう、言っても仕方ありません。でも、この子の遺言ともいうべき、このノートを、正当な皇統の貴方にお渡しすること、まず、今日、それが果たされて、良かったと思っています。ずうずうしいようですが、因果なもので、生き遺った、私のできる事、それが、今後の貴方をお支えすることです。ノートのこの部分、最後の方は、日記のようになっている所があります。見てください」

「・・・皇后陛下というお方が、ご存命である以上、皇統はそこに存在していると思われる。一の姫様との縁組で、自分に、皇位継承権を設けて頂いたとしても、まずは、皇后陛下の所から、それは数えられて行くことになる筈だ。古宮をお出になられないのは、恐らく、そうなのだろう。きっと、第一皇子は生きておられる。何等かの理由で、死んだとされ、出られないのだ・・・。しかし、その然るべき時が来た時、正式な皇帝となる権利は、その方のものだ。それがはっきりとするのならば、俺は、臣下に下り、お支えするつもりだ。出自について、皇帝一族の遠縁と言われていても、俺には誰も、親の名前を教える者はいない。そういうことなのだろう。俺は、第一皇子の代わりに過ぎないのだ・・・」

「素国は、全てを把握し、これらのことにつけ込み、スメラギの弱体化を図ったのです。女だてらに、政治的に矢面に立っていた、如才ない第二皇妃に皇帝暗殺の濡れ衣を着せ、御しやすい、皇后陛下を北から連れ戻した。貴方と皇后が何故、幽閉されていたか、その理由だけが、素国にも解らなかった。でも、それがここに来て、露呈した・・・」
「証拠の写真ですね・・・瞳の」

 慈朗の撮った写真だ。それが、志芸乃の頭越しに、紫統の手に渡った・・・。

「それが、素国の狙いを推し進める好材料に、確かに、なってしまったのかもしれません。・・・でも、私は思います。このような状態に陥ったとはいえ、スメラギが素国の自由になっていい、ということはありません。国民はどうなりますか?属国扱いされるということ、素国がスメラギの領土を、国民を、母国と同様に扱うか、それは判りません。恐らく、さしあたっての、素国の最大の狙いは、ウミヴィ砂漠のコンビナートです。石油に関する、全ての権益を、意のままにする。今のこの、中途半端な状態が、素国にとっては、丁度いい。スメラギの権益を吸い上げられる、今の皇帝不在状態をできるだけ、長引かせようと考えているに違いありません。そこに支援という言い方で、国際的には認められる形をとり、スメラギの過去の蛮行を全面に出し、それを正す如くに進めている。誰も、素国を止めることができなくなってきました。頼みのランサムも、三の姫様との縁組の件を起因とした、王太子の出奔により、これ以上、スメラギに良い顔ができません。国際社会は、素国を正しいとし、誰もスメラギが侵攻されていくことに、疑問を感じえないのです」

 ・・・誰も助けてくれない・・・、

 皇宮での、俺を護ろうとしていた、数馬や慈朗も、俺の知らない所で、追い詰められていたのかもしれない。そのことと重なって感じられた。

「ご存知でしょうか?こちらの、一の姫様も、お亡くなりになられたことを・・・」
「お名前とそのことだけを、聞いておりました。母上が、祖先の霊廟に安置することを申し仕入れたのですが、妹姫様方が、頑なに反対されたと聞いています」
「私は、月に一度、北の古宮に物資を運ぶ、お役目も請け負っています。つまりは、遺された姫様たちとも、今、お話できる立場でもあります。要は、一手に、こちらに皇宮の皇統のある方々を、私に見させることにしたのでしょう。このことの意味ですが、残酷ですが・・・彼らの狙いは、終局的には、私に後始末をさせることだと想定できます」

 揮埜中佐は、語気を荒げる。

「ならば、この立場を逆手に取ろうと。・・・恐らく、このスメラギから追い出された皇統をお持ちになる方々と、連絡を取り、動くことができるのは、私だけなのですから。私は、先程も申し上げたように、本当に、スメラギ再建の為に、志を共にする者を集め、貴方を正式に擁立し、お迎えに上がる準備を致しますので、どうか、今は、こちらでご勉学とお心積もりを、お願いしたいと思います」
「解りました。・・・その、北にいる、義理の姉と妹は、今、無事なのですか?」
「このお写真には写っていませんが、もう一人、貴方の義理の姉に当たる、二の姫美加璃ミカリ様という方もいらっしゃいます。こちらの方は、ウィンタースポーツの金メダリストです」
「お噂は聞いています。では、今は、この二人の姫が幽閉されているのですね?」

 揮埜は、少し考えた。
 北の古宮で、三の姫にランサム王太子の王子である、クォーレが産まれたことは、まだ、知らせるべきではない。いずれ、アーギュ王太子が迎えに来る筈だ。そして、北の姫たちを、ランサムに亡命させた後、それから、耀に話をした方がいいだろう。そう思った。

「ええ、お付の女官、ああ、この背の高い暁という女官が、姫付きで付いております」
「では、北には、女性三人で・・・一の姫様を亡くされて、どれだけ、心細い思いをされているか・・・」
「そうなのです。いいでしょうか?ここで、姫様方の為にも、奮起して頂きたいのです。耀皇子。皇子と姫たちには、罪はなくとも、素国にすれば、スメラギ皇統そのものがもう、殲滅の対象なのです。これは大袈裟な話ではありません。桐藤が、『命を狙われる』と、このノートを残した当時は、まだ、クーデターの気配すらなかった頃のことです。彼の勘のようなもの、それが今、彼の命を賭した、その後でも続いている。まさに、今、スメラギ皇国、皇統の危機なのです」

 揮埜中佐は、俺の手に、ノートを再度、握らせた。

「これ以上、物事が進み、スメラギ皇国の消失を食い止めなければなりません。先人の、果たされなかった無念が、積み重ならないように、・・・皇子」
「わかりました。できることを、俺も考えます・・・準備をお願いします」

「どうか、息子の無念を、共に、・・・」

~新天地ランサムへ5につづく


 御相伴衆~Escorts 第二章 第133話 
           新天地ランサムへ4~皇帝になるためのノート②

 お読み頂きまして、ありがとうございます。
 揮埜中佐の持ってきた、桐藤のノートが、いよいよ、持つべき人間、次の皇帝となる耀の手に渡りました。

 国を思い、治める役割である皇帝としての自覚を持ち、この後、過ごすことになります。

 そして、揮埜にしてみても、息子の悲願が一つ果たされたということなり、いよいよ、国に戻り、体制作りをすることを決意しました。

 次回、この国に居る間、耀は、会わなければならない人物を訪ねることになります。お楽しみになさってください。

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