御相伴衆~Escorts 第一章 第114話番外編④「個人レクチャー」柚葉編「初恋」より
それからの一年間、俺は、学校から宮殿に戻ると、相変わらず、所作のレクチャーを受けながら、紫統様から、素国の国内外の状況、そして、政治や軍事のことなどを教わった。教わるというのか、結果的には、彼の考え方を伝授される形となったのだが。
素国は周囲の小国を吸収し、大きくなってきた国だ。その方針は、未だ、変わってはいない。先の大戦で、多くの小国を従え、大国が成立した。未だに従わない、西南臨海部の小国が、次のターゲットだという。
「スメラギ皇国という、小国をご存知ですか?」
「はい、教科書では」
「近いうちに、そちらに視察に伺おうと考えております」
「異国の地・・・ということですね」
「まあ、地続きではありますがね。あそこには、小さいながら、石油という原資を持っています。それが狙いです」
紫統様は、淡々とその話をした。石油の為に、国毎を従えようというのだ。今一つ、ピンとこないが・・・。素国にも、開発中を含めて、油田が沢山あるというのに・・・。
「とはいえ、行って、すぐ、どうこうする、ということではないのですがね。視察です。友好的にお付き合いをして、素国の庇護を受ければ、他国からの脅威から護って差上げることができますしね。皇帝陛下に謁見し、まずは、石油の輸入交渉からと考えています」
「いずれは、配下に、ということでしょうか?」
「そのようにできれば、よいですね」
こちらが、本来の紫統様の仕事であるから、当然なのだが、この時、俺は、紫統様が軍部でも力があることを知った。彼は、常に堂々としていて、各国の高官たちと、晩餐会などで、話しているのも見たことがある。通訳を遣わずに、ランサムや、スメラギの高官と、直接、話している。それは、相手の国の言葉でだ。
スメラギに行く、と聞いたので、その日から、スメラギ語の通訳をしている者を教師につけてもらい、毎日、学んだ。語学ができれば、連れて行って貰える。これで、俺も紫統様の側で手伝うことができる。そう思ったのだ。
その後のレクチャーの日に、紫統様は、それ程、頑張って、語学まで学んでいるのならば、スメラギに連れて行ってもよい、と約束してくださった。
ある日、時間はもう、約束より遥かに過ぎ、夕食をご馳走になることになった。
やはり、マナーが中心だと思われたが、その時は、あまり、気負わずに、沢山食べなさいと、勧められた。侍従がセッティングをし、メインの食事が済み、紫統様は、少し、お酒を召し上がりたいとのことで、俺は、ソーダ水を頂きながら、お付き合いをすることになった。
意外だったのが、紫統様は、マヨネーズがお好きだったことだ。いわゆる手作りのものが、何種類か用意されていて、野菜を細く切ったものと、海老の揚げ物が用意されていた。お気に入りの、酒のつまみなのだという。俺が、海老の揚げ物を好きになったのは、やはり、紫統様の影響に他ならない。
「どうぞ、召し上がってください」
「はい、いただきます」
「どうですか?」
「大変、美味しいです・・・この組み合わせ」
「そうでしょう?取りすぎると太りますから、たまのお酒の時の愉しみにしているのですよ。自分へのご褒美ですよ」
こんな嬉しそうに、穏やかというより、少し、リラックスした感じになった、紫統様を初めて見た。気を許して頂いているのかもしれないと、この時、子どもながらに、嬉しかったことを、記憶している。
「紫統様とご一緒に、海老の揚げ物を頂いた」
そういえば、あの淑喜や、先達のお兄様方が言っていた気がする。・・・まあ、そうなのだ。これは隠語で、本来の意味は、お酒の席にお付き合いする、から転じて、その後のことをも意味していたらしい。単純に、より幼い頃は、優秀な者が、海老の揚げ物をご馳走して貰えるのか、羨ましい・・・と思っていたことだ。
その時は、そんなことも、忘れていた。俺は、その時、賢明に、紫統様に、何かして差し上げられないか、を考えていた。
「あの、お酒の作り方、教えてください」
「・・・王族の貴方が、そんなことはなさらなくて、よろしいのですよ。それ以前に、学ぶべきことがあります。でも、お気持は、とても、嬉しいですよ。・・・ああ、このマヨネーズ、全部、味が少しずつ、違うのですが、召し上がりましたか?」
「えーと、一番手前のもので、海老を頂きました」
「そうですか。では、あと二種類・・・」
そういうと、紫統様は、人差し指で、その一つから、掬われた。
意外な動きに・・・あ、でも、所作は、何と言うか、指先が相変わらず、綺麗な動きで、ハンドクリームか、何かを取るように、それを掬っている。
その長い指が、俺の口元に運ばれてきた。まさか・・・
「どうぞ、お味見を」
「え・・・あ、よろしいのですか?」
「ええ、遠慮なくどうぞ」
この場合は、どうしたら、いいのだろうか?
品良く頂くには・・・、難しい。
まずは、その、唇を開いて、指を咥えてしまっていいのか?
舌で舐めとればいいのか、どっちがいいのかな・・・?
溶け行くアイスキャンディーに戸惑ったのと似た葛藤だ。
「はい、口を開けて、そう、少し大きくないとね、私の指は太いから、そう、お上手です。残らずに、吸い取って・・・、よくできました」
戸惑って、指示されて、事が済むまでの間を、紫統様は、ずっと、俺の表情と、口元をご覧になっていたようだ。指が口元から、外れた時に、それに気づいた。
途端に、顔が上気してきた。見られているのは、所作のレクチャーでは、当たり前のことなのに・・・。
「いいですよ。大変優秀です。お味はいかがでしたか?」
・・・それどころじゃなかった。しかし、お応えしないと。
・・・えーと、何が入っていたかな・・・?
「・・・玉ねぎと胡椒が入っていて、すこし辛いです」
「そうですね。貴方には、大人の嗜好でしたね」
今、思えば、言い得て、妙だ。その時は、
もう一つのフレーバーも、試さなきゃ、だめなのかな?
・・・と、何とも言えない感じになった。
ドキドキしてきた。顔や耳が熱い。
・・・俺のそんな感じを、紫統様は、当然、お気づきだったろう。
「最後の一つも、味わってみますか?」
「えーと・・・」
「こちらはね、少し違う種類の辛味です。わさびという東国のフレーバーになります。これは、強いと鼻にツーンと来ますね。召し上がったことはありますか?」
「ないです。美味しいのですか?」
「好き好きですね。大人は、お好きな方が多いですが、たまに、苦手な方もお見受けしますね。ちなみに、辛味というのは、女性の方が、お強いようですね」
えーと、試食のそれは、避けられたようだけど・・・この間も、紫統様は、俺から、目を離さずにお話されている。女性の・・・って、わざと言ってらっしゃるのかな、この辺りになると。
「一般論ですね・・・クスクス」
「あの・・・」
「どうしました?・・・紫颯殿は、女性という単語が出ると、ちょっと、変な反応になりますね。どなたかを意識されているというより、ちょっと、不機嫌になっていませんか?」
「・・・はい、すみません」
「いいのですよ。でも、どうしてでしょうか?」
「それは、・・・どうも、私には、女の子とか、どうでもよいというか、気にしない、というか、よく解りませんが、そう感じるので、紫統様が、そう言われると、何故か、変な気持になります・・・」
上手く説明できたか、解らないが、そのように、話してみた。
紫統様は優しく、頷いた。変なことを言ってしまったと後悔したが、それについては、それ以上、何も仰らなかったので、気に留められなかったようで、安心した。
「随分、遅くなりましたね。南の離宮に、お戻りになるには、少し遠いですね。いいでしょう。そちらには、ご連絡入れます。私が直接、お父様の紫央陛下に、お話を致しますから、今夜は、こちらに、お泊りください」
あ、まだ、ご一緒にいられる・・・。思わず、顔が綻んでしまった。
「そのように、良いお顔をして頂けるのは、私としても、嬉しいことです。もう少し、お話もできそうですしね」
次回、「俺は『柚葉』になった」に続く
御相伴衆~Escorts 第一章 第114話
番外編④「個人レクチャー」柚葉編「初恋」より
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次回は、第一章番外編の最終回、柚葉がスメラギに行くことになった話になります。
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