御相伴衆~Escorts 桐藤追悼特別編 Family Editionより「Iron Rose」① (第137話)
紫煙が立ち込め、色の滲んだ光の点滅が、店内に溢れていた。異国の歌が、バンドの生演奏に乗って、流れている。
「広いフロアに、とんでもない人の数だ。知る限りでは、皇宮の貴賓館のクラブぐらいだが、このような、派手で、贅沢な設えとは、ランサムらしい」「酒と煙草と、脂粉の匂いかぁ・・・はぁ、自由の香りだな・・・」
「スメラギにいたら、まずは、味わえない感じだ。何もかも、垢抜けてる」
目の前を、スリットの入った赤いドレスを纏った、大柄な金髪の巻き髪の女が、傍を通る。舐めるような視線は、見慣れないであろう、異国の鈍色の軍服姿に注がれる。
「こっち、見てるぞ、おい、・・・揮埜、声、かけてみろよ」
「・・・プライベートの通訳は、申し遣っていない」
「堅い奴だ、こんなの暗黙の了解じゃないか、素国だって、うちに来た時は、接待を受けている」
「それにしても、女も大柄だな・・・皇妃様ぐらい、じゃないのか、あれ・・・クスクス」
「スメラギと東国は、ブルネット(黒髪)の場合、勘違いされるらしい。背格好が変わらないせいらしいが」
「一緒にしないでもらいたいねえ、蛮族と・・・東国の輩は、ランサムでも、愛玩犬扱いだろう?」
「揮埜、あの辺り、声かけてこいよ、お前なら、面も好いから、引っかかるだろう」
「ほら、あの女、お前を見てるぞ」
他国では、尚のこと、このような席であっても、話題に気を付けなければならないと思うが・・・。今夜は、色々と言われて、仕方なく、同輩の尉官に、連れて来られた。任務に慣れてきたとはいえ、これは頂けない・・・
下士官である俺たちは、自由時間と称し、このPerfume Fountain Town(香水街)と呼ばれている、ランサムの歓楽街に出向いていた。上位の将校たちは、向かいのホテルで、接待を受けている。
あまり、気は進まなかった。本来なら、上位の将校付き通訳官として、そちらに着くことになっていたが、ある理由で、俺はその配属ではなくなっていた。思えば、恐らく、俺はもう、この時点で、上の仕事を、させてもらうことができなくなっていたのだろう。
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「揮埜少尉、第二皇妃様から、お声が掛かった。直々に、お話があるそうだ。夕食の席に、同席を求められているが」
ある日、上層部から、声がかかった。志芸乃少将から、内密にと、呼び出されたので、特務業務命令かと思っていた。俺のような、多少の語学の心得がある、下位の下士官が、他国に潜入し、スパイ要員で使われることがある、と聞いたことがあったからだ。
「特務業務以上のお役目だ。皇妃様付きの通訳官としてのお召しだ」
「はっ」
しかし、皇妃様は、国内におられるのが、常のお方だ。通訳が付くなどと、これまで、聞いたことがないが。
「人には、適材適所の役割というものがある。・・・お前は、お前の特出すべき点で、思し召しを頂いた」
「お伺いしても、よろしいでしょうか?」
「なんだ?」
「特出すべき点とは、どういう意味でしょうか?」
「皇妃様が、お前を必要としている。揮埜大尉」
周囲の上位士官から、クスクスと、小さく、笑いさざめく声が聞こえた。
志芸乃少将の取り巻きとも言える士官たちだ。畳みこんで、言葉が投げかけられた。どうやら、いわゆる、「特務」ではないようだが・・・。
「安心しろ。表向きは、あくまでも、通訳官としてだ」
「同時に、二階級特進との褒章の栄誉が与えられる。良かったな、揮埜の家にとっても、光栄ではないか」
「何、お声掛かりのない時は、通常任務に籍を置ける。大丈夫だ。このことを知るのは、この特務担当の我らのみ」
「18時に、皇宮にて、皇妃様と共に、お夕食のお相伴に与るよう」
これは・・・、
「返事は?・・・揮埜少尉」
「・・・はっ」
「良かったな。亥虞流派でもないのに、皇宮に入り浸れる・・・羨ましいな」
最後に、志芸乃少将は、俺の肩越しに囁いた。
「・・・是非、朗報を・・・」
「つまりは、情報を、ということでありますか?」
「何、皇妃様のご機嫌をとってくればいい」
それぞれの士官が、薄ら笑いを浮かべていた。
とにかく、頭を下げて、退室した。
「親孝行になるのではないか、揮埜は代々、大尉止まりだからな」
参謀室のドアを閉める瞬間、それは、聞こえた。
俺の家は、元々は、中産階級だった。そもそもが、貴族階級である、軍族の家ではなかった。その実、先の戦争で、硝子細工の職人であった祖父が徴兵され、武功を上げたことで、軍族の位を頂いた家だった。
以来、祖父、父とスメラギ陸軍に尽くしてきたが、新興の家として、貴族階層の住む中でも、一番下と見なされている。
いくら、武功を上げたとはいえ、当時の祖父と父は、尉官止まりだった。
俺もこの家の嫡男である以上、軍族として、生きていかなければならない。それは、中産階級より、待遇も、世間的に見ても、遥かに良いのだと、祖父は言った。
その後、志芸乃派の一派として、取り上げられたことを、父は喜び、誇りにしていた。俺は、学問ができた方だったので、兵役の傍ら、特別枠で、皇華大学本科に進学するチャンスを頂いた。藍語と素語を学び、通訳官となった。その為、特務局に配属となった。これは、破格の出世なのだと、生前、祖父が、そして、負傷により退役した父も喜んだ。
第二皇妃様とは、ハイスクール卒業後、その皇華大学の語学習得科への特別進学枠の選抜時にお会いしたことがあった。軍族の子息は、士官訓練科に自動的に入学となるが、俺は、通訳官としての進路を認められ、いわゆる本科に行くことが許された。
「優秀と伺いましたので、こちらからも、推薦をさせて頂きましたのよ」
立場的には、優先順位は、上位階級の子息からと言われていた中での合格だったので、両親が、殊の外、喜んだのを憶えている。
これまでも、ランサムや素国との公式行事の折、SPに混ざり、第二皇妃様の通訳官をさせて頂いたことはあった。気になる程ではなかったが、いつも、配置が傍付きとなり、手を取るように指示されていた。
「素国王が、王宮広場にお出ましの時、狙撃犯に狙われて・・・撃たれたのは、王を庇った、通訳官だったそうですね・・・」
心配そうに、お顔を近づけて、仰ったので、その時は
「大丈夫です。そんな、ご心配はなさらないでください」
とお応えした。
瞳を潤ませて、震えてらした。香水の臭いがきつかったのを憶えている。
・・・つまりは、意味合いは、・・・しかし、お話をして、解って頂くしかない。
皇宮には、裏門があり、広い敷地を軍の専用車で入った。奥殿と呼ばれる、第二皇妃様の私室に当たる所へ、直接、案内される形となった。女官数人に案内され、他の者には会わずに、その部屋へと辿り着いた。俺は、皇帝一族に対する、叩頭をし、跪いた。
「失礼致します。揮埜にございます」
「まあ、ご無沙汰しておりますね・・・少し、遅かったですね」
「申し訳ございません」
約束の18時に、5分過ぎていた。顔を上げるや否や、第二皇妃様は、駆け寄って、俺の両腕を掴んだ。あの通訳官でついていた日と同じく、瞳が潤んでいた。
「本当に、幾久しくにて、お待ちしておりました。よく、来られましたわね。ささ、お座りなさい。こちらへ」
テーブルの上には、沢山の料理の皿と酒が、用意されていた。
贅沢な設えは、信じられないレベルものだった。
「実は、この後、まだ、任務がございまして、一先ず、ご挨拶に伺いました。本日は、お招きを頂き、ありがとうございます。お心をかけて頂いたということに、深謝致します」
俺は、ソファに掛けることを進められたが、その場に、再度、叩頭してみせた。
「・・・ご丁寧なご挨拶ね、織目正しく、生真面目で、・・・それと、なんて、端正なお顔立ち・・・。いえね、この後の御振舞如何では、今までにない程の光栄を、そなたに与えようと、・・・解りますね。確か、下の名前は、藤護と仰ったかしらね」
「はい・・・ありがとうございます。しかし、明日一番に、提出しなければならない、翻訳の仕事が遺されておりまして、大変、申し訳ございません。恐縮ですが、今宵は、これにて、失礼させて頂きたいと存じます」
「そんなこと・・・、他の者に任せるか、納めを伸ばして頂けないものかしら?」
「それは、難しゅうございます。軍事的機密の内容にてございますが故、ご容赦頂きたく存じます・・・全ては、このスメラギの為に、でございます」
「・・・頭がいいのね。如才無きお応え、ますます、気に入りました。解りました。今夜は、お会いできただけで、嬉しく思います。そのように、ご自分の価値を引き上げにかかってらして・・・」
「そんな、価値などございません。一介の尉官などに、そのような、勿体ない」
「・・・うふふふ」
何だろうか。話せば話す程、ご満悦の体だ。
予測はついていたが・・・躱しが、それになっていない。
「全く、得難いこと・・・よく、解りました。行ってよろしい。但し、次、私がお前を呼んだ時には、皇帝陛下の命として、何よりも優先に・・・お前の時間を、私に・・・ね」
「申し訳ございません。失礼致します」
その後、帰宅すると、既に、使者が家に訪れた後だった。武功を上げた者に与えられる栄誉を示す勲章と、二階級特進の褒章の証である、陸軍大尉の章が、届けられた後だった。これらには、両親は、大層喜び、祖父の遺影の前に備えていた。―――これは、恐らく、逃げられない。今日の、皇妃様の御対応の柔らかさの裏には、これがあったのだ。
しかしながら、何度もお声掛かり頂いても、お応えできるわけでもなく―――要は、夜伽のお相手を、というのが、実質の意味だった。
こんな話は聞いたこともなく、申し訳ないが、こんなことで、褒章が動くとは、思いもよらない・・・また、下らないと思った。親は、任務での功績と信じている。公には、通訳官としての実績にての昇進とされているが・・・。
ランサムの領事館への勤務の枠があるとのことで、これには、そもそも、希望を出していた。俺は、希望通り、通訳官として、公使につくこととなっていた。・・・皇妃様を躱し続けることは、恐らく、難しいだろう。一先ず、逃げるわけではないが、海外に出れば、物理的には、お会いすることができなくなるので・・・。選ばれない可能性が高いが、・・・これに乗っていくしかない。
そして、意外にも、俺は、ランサムに赴任することとなった。配属された者たちと、専用機で移動してきたまでは良かったが、蓋を開けてみたら、公使には、亥虞流派の別の尉官が、既についていた。俺は、一般の雑用を行う、兵士たちを取り纏める役目に、配置が換えられており、門番の部隊の小隊長の立場となっていた。
年齢的にも、下士官としては、若い方だったので、よくある体に見え、周りにも、不思議には思われなかったが、俺は、明らかに、その立場が操作されたのが解った。聞かされていた予定とは違い、周囲には、所属の志芸乃派の者はおらず、全員が、亥虞流派の兵士たちだった。事実上、公の通訳官としての仕事は皆無となったが、日常には、必要だったようだ。俺の部隊は、その為の苦労がないと、部下たちには重宝がられた。お蔭で、アウェイの扱いをされずに済んだが、配属と対応については、微妙に、皇妃からの指示が入っていたのかもしれない。
今、この職務の後、その横並びともいうべき、尉官たちで、出向いてきているという寸法だった。
言葉を買われて、こんな役割をさせられている。本当は、気が進まない。もう一人の通訳官である、志芸乃派の寛喜大尉が、酌婦たちを呼び寄せた。
「好きな所へかけていいぞ」
途端に、周囲に脂粉の香りが立ち込める。途端に、ソファテーブルは、倍の人数で、賑やかに、ごった返す様となった。
それぞれ、派手なワンピースを着た女たちは、尉官の間に、身体をねじ込むように座ってきた。端に掛けていた俺の両隣にも、それはやってきた。
「・・・ご機嫌いかが?」
「あらあ、なんか、浮かない顔」
両側から、顔を覗き込まれる。至近距離というか、初対面で、こんな風に、他人に近づくものじゃないと、常々、思うので、ずっと、下を向いている。時間が、早く過ぎればいい。
「そいつと、俺だけが、藍語が解る・・・解り易いだろう?」
「どういう意味かしら?」
「ふふふ・・・」
「何、喋ってんだ?寛喜は?」
「また、自慢だ。恐らく」
「ちょっとばかし、面がいいからって・・・まあ、いいって」
不思議と、言葉が通じなくても、こういうことは伝わりやすいらしい。
寛喜の隣にいた、オレンジの服の女に、ウエイターが肩を叩いて、合図をした。すると、彼女は、スッと立ち上がって、周囲に目配せし、言った。
「ステージに上がるから、見てらしてね」
彼女は歌い手で、踊り子だった。一瞥された感じに、目が合った。大きな瞳は、自信に満ちたように輝いていた。金色の瞳と髪に、皇妃を想い出したが、それは、似て非なりだ、と感じた。
次回「Iron Rose」第二話につづく
御相伴衆~Escorts 桐藤追悼特別編
Family Editionより「Iron Rose」① (第137話)
これまで、それぞれの御相伴衆のメンバーの、家族などの関わりの話が出てきました。
数馬は、スメラギに流れ着いた時の話。
慈朗は、祖父の写真家スゥォード・ナヴァリの話。
柚葉は、幼い頃からの紫統との話。
桐藤の話は、これまで、所々に、少しずつ出ていましたが、お話の大切な部分に関わるので、ご紹介が最後になりました。二編、お送りしますが、今回からは、その一編、両親の話になります。
続きをお楽しみになさってください。
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