頼まれごとは生涯一の仕事 その八 艶楽師匠の徒然なる儘~諸国漫遊記 第八話
小舟を付け、浜に降り立った、艶楽と庵麝、そして、錦織と到津の四人は、その浜の岩場に、おじいさんと女の子の姿を見つけていた。
「・・・まぁ、禁域と言えども、あちらの山里の者が、たまに浜に降りてきてるんやなぁ。でも、この険しい山で囲まれてる地やさかい、するとしても難しいはずや」
「なるほど・・・うっ」
「まだ、臭うんかい?」
「なんというか、酷い・・・火事で焼け死んだ者を見た時の感じだ・・・」
「へえ、・・・あたしには、何も臭わないんやけどねぇ・・・」
錦織と庵麝は、艶楽と到津が歩く、何十歩も後ろから、進んでいた。
どうも、足が重くなる。その様子に気づいたかのように、到津は声をかけた。
「お二人はここでお待ちください。あの方々に話を聴いてきますから」
「まあ、先生、本当に医者の癖に、また、青白い顔して、だらしないんだからねえ。行ってきますから、お待ちくださいな」
艶楽は、大きく手を振って見せた。
「ああ、すまない・・・」
「あんたあ、本当にだいじょぶかいな、」
ついには、うずくまる庵麝を、錦織が支えるような形となった。
「まあねえ、あんたが気分害するのも解るんやけど、あれ、・・・普通やないわ。見て御覧な」
「あ、なる、ほど、それでは・・・もう、ここで」
「そやな・・・」
大の男二人は、何かに気づいて、そこから動かないと決め込んだ。
🌸
艶楽と到津が、その二人の人物のいる場所に近づくと、女の子が気づいたのか、こちらへ走ってきた。
「・・・わあ、人が来たのは、いつぶりかなあ、こんにちわあ」
「おやおや、こんにちわ。元気なお嬢ちゃん・・・でも、随分、服が古い布だねえ・・・なんていうか、これは、この地方の衣かい?」
「こんにちわ」
「ああ、久しぶりぃ」
「え?お知り合い・・・なのかい?」
「まあ、ちょっとね・・・」
女の子と到津の会話に、艶楽が驚いていると、少し離れた所に居た、初老の男が近づいてきた。
「これはよう、来なさった」
「ああ、ちょっと、お伺いしたいことがございましてね。あたしは・・・」
「あんたが、エンラクさんじゃな」
「え、あー、はい、まあ、ご存知だったのですねえ。仙吉さんから、聞いてたんですかい?」
「センキチ?・・・ああ、そうじゃったかもしれませんなあ・・・まあ、よう来なさって。小さな所じゃが、我が小屋へ」
「うん、おじいちゃんの家にいこ」
初老の男が、艶楽と到津を誘うと、女の子は艶楽の手を握った。
「お母さん、みたい」
「あ、そうかい?・・・そお・・・」
この様子から、母親は、とおに居ないのだろうと、艶楽は思った。
その岩場を抜けると、大きな洞窟のような所に案内された。
「何もないところじゃが、まあ、座っておくんなさい」
焚火が焚かれた後のような、いくらか、座れるように、小さめの岩と石で囲まれた場所だった。周囲を見ると、何か、祭壇のようなものが、やはり、これも、岩や石が集められたものが積み上げられ、設えられていた。海辺に咲く昼顔が供えられていた。
「これは、お嬢ちゃんが飾ったのかい?」
「うん、そう・・・エンラクさん?」
「そうだよ」
艶楽は勧められるままに、その岩の椅子に腰かけた。すると、その女の子が膝にスッと乗ってきた。それを見て、到津が微笑んだ。
「あら、まあ」
「だめ、かな?」
「いいわよぉ。お母ちゃんより、おばあちゃんだと思うけどねえ」
すると、その右隣に、到津が座り、その後に、その男は、艶楽の前に座った。
「用向きは、それじゃな」
男は、艶楽の懐にある、先ほど、海に落ちた古文書の巻物を指差した。
「ああ、そうなんですよ・・・実は・・・」
「わかっとる」
「え、あ、はい・・・では、これを・・・」
艶楽は驚きながら、その男に、巻物を手渡した。その時に、先ほどまで濡れていた、その巻物が綺麗に乾いていたことに気づいた。
「うん、・・・これで、後を頼んだぞ・・・この子も頼みます・・・」
「え?・・・あ、はい・・・あっ・・・」
瞬間、到津が、何か手を動かし、最後に手を合わせた。
「・・・消えちゃった、ねえ・・・おじいさん」
膝の上の女の子は、艶楽を見ると、首を横に振った。そして、その祭壇のような所に指をさした。そして、艶楽の膝から降り、その手を引いて、祭壇の所まで連れて行った。
「あああ、そういうことだったんだね・・・」
「この下に、あの方は眠られています」
到津が言った。すると、女の子は頷いていた。
「慈毘《じび》、ありがとう。よく頑張ったね」
「うん、あたしにもこれぐらいできるよ」
「うん、助かりましたよ、本当に」
「到津も、よく連れてきてくれたね。でも、この人はお母ちゃんじゃないね」
「そうですね」
「おじいちゃん、の娘が、あたしのお母さん、あたし、昔、違う名前だったの」
「うん、忘れちゃった。到津もだよね?」
「ああ、そうだけど・・・大事な人を護るのには、今は必要ないんだ」
「うん・・・」
二人の会話に、艶楽は聞き入った。不思議とも思わずに。
「じゃあ、これからは、ジビちゃん、あたしと一緒にいこうね」
「本当?いいの?・・・あ、エンラクさん、それ見て」
その初老の男が座っていた場所に残された文書を見て、艶楽は驚いた。
「ああっ、これ、また、綺麗に戻ってる・・・しかも・・・最初から少し後の・・・『第二代畸神御伝(おつたえ)』『第三代畸神御伝』・・・この段がしっかりと戻ってるよ、この部分は、書き起こしができるねえ」
「・・・良かったです。見せて頂けますか?」
その文書を受け取った、到津は、懐かしそうに、それを見た。
「そうですか。このように、描かれていたのですね・・・」
「待っていてくださったんですねえ、あのお方は」
艶楽は、その祭壇のようなものに手を合わせた。到津が続くと、その女の子、慈毘も同じように手を合わせた。
「慈毘、これから、僕は、今ついている錦織様の所に戻らねばなりません」
「あ、そうなんだね。うん、大丈夫。あたしが、エンラクさんについていくんだね」
「そう。次の場所まで、お連れしてくださいね」
「もう、ここには、悪い人はこない?」
「そうですね。来ませんよ」
そういうと、その周りの空気が変わった。
ふと、艶楽が見やると、そこにあった、祭壇すらなくなっていた。
「あれ?ジビちゃんは?」
「その巻物の中にいますよ」
「え?」
慈毘の姿もなくなっていたのだ。
「これで、艶楽さんには、僕らが普通の人ではないことがお分かりになったでしょうね」
「ああ、まあ、そんな話があるってぇのは、よく話で読んだし、仙吉さんがねえ、よく寝物語に聴かせてくれてたからねえ、本当のことだったんだねえ」
「驚かないんですね」
「うん、まあねえ、・・・はいはい、わかりましたよ。これからの旅も、こんな感じになるのかねえ?」
「そうだと思います。僕の代わりに慈毘が、艶楽さんをお連れすることになると思いますから」
「あ、そうだったんだねえ、到津さん、ありがとう。だから、水神様が助けてくれたとか・・・」
「まあ、そうですね」
「なんか、呆気なかったけど・・・これでまずは、一つ目の場所での話が、手に入ったってことだね」
その後、艶楽と到津は、例の男二人の所まで戻ってきた。
「はあ・・・ようやっと、臭いが消えた・・・これで息がつける・・・」
「この地であった悪夢が消えてなくなりました。艶楽さんのお蔭です」
「・・・艶楽、大事ないか?」
「ありませんよぉ、庵麝先生ったら、本当にもう、いっつも大事な時に何もできないんだからねえ」
「まあ、でも、無事に、目的は果たせたという顔やな」
「はい、錦織様、到津さんをお借りして、無事に、ありがとうございました」
「いいや、これで人のお役にたったんやなぁ、到津」
「左様でございます」
「なら、よし、やなぁ」
🌸🌸
「で、文書が綺麗に、その部分が埋まったと・・・?」
「まあ、嘘みたい。まるで、この部分は新品みたいに・・・」
錦織の船で、無事に戻ってきた、艶楽一行。この日の芝居の興行を終えた、研之丞とお雪は、びっくりしてその文書に見入った。
「艶楽・・・もう、こういうのはいいんだが・・・その子、連れてきたのか?」
振り返ると、慈毘が、宿の部屋の隅に座っていた。
「あ、あらあ、この子は?」
「ああ、そうだったわ。これからね、旅についてきてくれることになった、ジビちゃんだよ」
「まあ、変わったお名前だねぇ・・・」
お雪が微笑むと、慈毘はまた、お雪の膝に乗った。
「はじめまして、よろしくお願いいたします」
「可愛いわあ、女の子、艶楽さん、どうしたんですか?この子」
「うん、家がなくなっちゃったんだよねえ、旅の仲間が増えたってことで」
「また、俺ん時とおんなじっすねぇ」
研之丞が、慈毘の頭を撫でた。
「いや、艶楽、この子は、その・・・」
「まあ、いいじゃないの、庵麝先生、何も都合悪いことなんてないんだからね」
「いや、しかし・・・その、この子と一緒にいた老人は・・・」
「何?」
艶楽が睨みつけると、庵麝は黙った。
🌸🌸🌸
皆が寝静まった後、庵麝はなかなか眠れず、厠に立つ研之丞を引き留めようとした。
「ああ、ちょっと、待って下せえ。嫌ですよ、こんなとこまで、ついてこないでくださいってば、先生」
「ああ、わ、わかった、私も用を足すので・・・」
「で、なんですかい?」
「いやあ、その、あの浜で見たんだが・・・あの子を連れていた、老人っていうのが、頭が、その、首から上が、無かったんだ・・・」
「は?・・・なぁにまた、わけわかんないこと言ってるんですかい?先生、お疲れなんですよ。お医者様なのに、船酔いが酷かったと、艶楽師匠が言ってましたからねえ」
「いや、この目で見たんだよ、本当に」
「幻でも見たんですかい? 師匠によると、自分が高齢だから、面倒見てほしいって話でしたよ」
「じゃあ、文書がこうなったのは?・・・どういうことなんだ?」
「それは、到津さんが、天使だから、話を付けて直してくれたって寸法だって」
「研之介、お前は、それは、そのことは、信じるのか?」
「へえ、艶楽師匠が、本気でお話下すったことですからね」
「・・・」
「お疲れなんですね、庵麝先生、よくお休みになってくだせえ」
承服できずに、庵麝は、結局、ふて寝を決め込むしかなかったのだが。
確かに見たんだぞ。俺は・・・。
🌸🌸🌸🌸
この話は、遥か昔、この時代より、九百年近く前に由来するらしい。
この浜に、当時の奴婢に当たる者たちの村落があったという。
その村ごと焼かれ、その村の長であったものが、最後に首を切られたという伝説が、密かに伝わっていたという。
庵麝の見た、首なし老人は、その村の長だったかは、定かではないが。
ひとまず、一つ目の伝説に辿り着いた艶楽一行でしたね。さて、次回は、その次の伝説の地に向かって、旅立ちます。また、お時間を頂くことになりますが、お楽しみにお待ちください。
🌸つづく🌸
みとぎやの小説・連載中 頼まれごとは、生涯一の仕事 その八
艶楽師匠の徒然なる儘~諸国漫遊記篇~ 第八話
大変、お待たせ致しました。
艶楽師匠ご一行様、お戻りになりましたね。
この話の件を書くにあたって、まさに感覚再生を利用しています。
不思議なこと、見えたり、匂ったりは、経験的にあるので、その辺りの感じが面白いかなと、設定に取り入れています。鼻の利く庵麝先生は、その実、昔のその村の焼かれた臭いを嗅いでいました。昔の真実を、目と鼻で感じ取っていたのは、その実、動けなくなった庵麝先生だったんですよね。
それにしても、艶楽師匠は、度胸が良くて、怖いもの知らずというか。
この時に、一度旅を共にした、錦織と到津とはお別れして、次の旅には、慈毘が加わることになりました。さてはて、この後は、どうなることやら。
またお時間を頂きますが、お待ちくださいませ。
ちなみに、浜の村の長が、首を切られた話は・・・こちらにありましたね。
申し添えますが、このお話の纏め読みはこちらからです↓