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頼まれごとは生涯一の仕事 その八 艶楽師匠の徒然なる儘~諸国漫遊記 第八話

🌸前回までのあらすじ🌸

 武士の栄えし、戦のない時代。庶民の文化も華やいできた頃、東国の中心部、東の都の城下に、御伽屋艶楽(みとぎやえんらく)という、黄表紙の恋物語や、浮世絵を描いていた女流作家がいた。艶楽の住んでいる長屋には、幼き頃から面倒を見てきた研之丞(けんのすけ)という役者が、その妻のお雪と住んでいる。実は、艶楽、その大昔から密かに蔓延る、女性特有の難病「黒墨(くろずみ)」と言われる病に罹っていた。それをずっと診察してきたのが、聖川庵麝(ひじりかわあんじゃ)という医者で、彼は密かに艶楽とその作品の「気に入り」として、惚れこんでいた。

 その艶楽には、かつて、15年前に昵懇の仲であった恋人、栗源仙吉(くりもとのせんきち)という発明家がいた。その仙吉が、東の都の城下から、西の都に戻る前に、艶楽に言い残したことがあった。

この文書の伝説を辿り、きちんと書き起こし、後世に伝えてほしい

 この時、艶楽には、一巻の朽ちかけた巻物の古文書が手渡された。

 艶楽は、仙吉と別れた後、その「黒墨」が酷くなり、臥せって過ごすことが多くなり、物語や絵を描く筆を折っていたが、ふと、そのことを思い出し、自らを鼓舞し、身体を癒すことができた。そして、東の都を出て、その伝説の場所を回り、その古文書の物語を書き起こすことに。

 その物語の名は「惟月島畸神譚《いつきじまきしんたん》」———それは、当時、発禁の書とされていた。それを追究する為の端緒となった資料の古文書を手にしたことで、国の上の方に知れてしまった艶楽は、もう東の城下を出るしかなくなった。それならいっそ、その伝説を追究する旅に出ようということで、研之丞の芝居の一座「真菰座」に身を寄せ、隠れ蓑としながら、研之丞、お雪、庵麝と共に、東の城下から旅立った。

 東の城下を出て、最初に辿り着いた、初めての小さな港町、埜真淵にて、ひょんなことから、西の都で板看板酒屋をしている錦織と、その錦織の傍付である到津という少年と知り合い、艶楽と庵麝は、その船に乗せてもらい、紆余曲折を経て、最初の目的地、「漂白の浜」辿り着くに至ったが・・・。




 小舟を付け、浜に降り立った、艶楽と庵麝、そして、錦織と到津の四人は、その浜の岩場に、おじいさんと女の子の姿を見つけていた。

「・・・まぁ、禁域と言えども、あちらの山里の者が、たまに浜に降りてきてるんやなぁ。でも、この険しい山で囲まれてる地やさかい、するとしても難しいはずや」
「なるほど・・・うっ」
「まだ、臭うんかい?」
「なんというか、酷い・・・火事で焼け死んだ者を見た時の感じだ・・・」
「へえ、・・・あたしには、何も臭わないんやけどねぇ・・・」

 錦織と庵麝は、艶楽と到津が歩く、何十歩も後ろから、進んでいた。
 どうも、足が重くなる。その様子に気づいたかのように、到津は声をかけた。

「お二人はここでお待ちください。あの方々に話を聴いてきますから」
「まあ、先生、本当に医者の癖に、また、青白い顔して、だらしないんだからねえ。行ってきますから、お待ちくださいな」

 艶楽は、大きく手を振って見せた。

「ああ、すまない・・・」
「あんたあ、本当にだいじょぶかいな、」

 ついには、うずくまる庵麝を、錦織が支えるような形となった。

「まあねえ、あんたが気分害するのも解るんやけど、あれ、・・・普通やないわ。見て御覧な」
「あ、なる、ほど、それでは・・・もう、ここで」
「そやな・・・」

 大の男二人は、何かに気づいて、そこから動かないと決め込んだ。

🌸

 艶楽と到津が、その二人の人物のいる場所に近づくと、女の子が気づいたのか、こちらへ走ってきた。

「・・・わあ、人が来たのは、いつぶりかなあ、こんにちわあ」
「おやおや、こんにちわ。元気なお嬢ちゃん・・・でも、随分、服が古い布だねえ・・・なんていうか、これは、この地方の衣かい?」
「こんにちわ」
「ああ、久しぶりぃ」
「え?お知り合い・・・なのかい?」
「まあ、ちょっとね・・・」

 女の子と到津の会話に、艶楽が驚いていると、少し離れた所に居た、初老の男が近づいてきた。

「これはよう、来なさった」
「ああ、ちょっと、お伺いしたいことがございましてね。あたしは・・・」
「あんたが、エンラクさんじゃな」
「え、あー、はい、まあ、ご存知だったのですねえ。仙吉さんから、聞いてたんですかい?」
「センキチ?・・・ああ、そうじゃったかもしれませんなあ・・・まあ、よう来なさって。小さな所じゃが、我が小屋へ」
「うん、おじいちゃんの家にいこ」

 初老の男が、艶楽と到津を誘うと、女の子は艶楽の手を握った。

「お母さん、みたい」
「あ、そうかい?・・・そお・・・」

 この様子から、母親は、とおに居ないのだろうと、艶楽は思った。

 その岩場を抜けると、大きな洞窟のような所に案内された。

みたことあるような風景が・・・

「何もないところじゃが、まあ、座っておくんなさい」

 焚火が焚かれた後のような、いくらか、座れるように、小さめの岩と石で囲まれた場所だった。周囲を見ると、何か、祭壇のようなものが、やはり、これも、岩や石が集められたものが積み上げられ、設えられていた。海辺に咲く昼顔が供えられていた。

「これは、お嬢ちゃんが飾ったのかい?」
「うん、そう・・・エンラクさん?」
「そうだよ」

 艶楽は勧められるままに、その岩の椅子に腰かけた。すると、その女の子が膝にスッと乗ってきた。それを見て、到津が微笑んだ。

「あら、まあ」
「だめ、かな?」
「いいわよぉ。お母ちゃんより、おばあちゃんだと思うけどねえ」

 すると、その右隣に、到津が座り、その後に、その男は、艶楽の前に座った。

「用向きは、それじゃな」

 男は、艶楽の懐にある、先ほど、海に落ちた古文書の巻物を指差した。

「ああ、そうなんですよ・・・実は・・・」
「わかっとる」
「え、あ、はい・・・では、これを・・・」

 艶楽は驚きながら、その男に、巻物を手渡した。その時に、先ほどまで濡れていた、その巻物が綺麗に乾いていたことに気づいた。

「うん、・・・これで、後を頼んだぞ・・・この子も頼みます・・・」
「え?・・・あ、はい・・・あっ・・・」

 瞬間、到津が、何か手を動かし、最後に手を合わせた。

「・・・消えちゃった、ねえ・・・おじいさん」

 膝の上の女の子は、艶楽を見ると、首を横に振った。そして、その祭壇のような所に指をさした。そして、艶楽の膝から降り、その手を引いて、祭壇の所まで連れて行った。

「あああ、そういうことだったんだね・・・」
「この下に、あの方は眠られています」

 到津が言った。すると、女の子は頷いていた。

「慈毘《じび》、ありがとう。よく頑張ったね」
「うん、あたしにもこれぐらいできるよ」
「うん、助かりましたよ、本当に」
「到津も、よく連れてきてくれたね。でも、この人はお母ちゃんじゃないね」
「そうですね」
「おじいちゃん、の娘が、あたしのお母さん、あたし、昔、違う名前だったの」
「うん、忘れちゃった。到津もだよね?」
「ああ、そうだけど・・・大事な人を護るのには、今は必要ないんだ」
「うん・・・」

 二人の会話に、艶楽は聞き入った。不思議とも思わずに。

「じゃあ、これからは、ジビちゃん、あたしと一緒にいこうね」
「本当?いいの?・・・あ、エンラクさん、それ見て」

 その初老の男が座っていた場所に残された文書を見て、艶楽は驚いた。

「ああっ、これ、また、綺麗に戻ってる・・・しかも・・・最初から少し後の・・・『第二代畸神御伝(おつたえ)』『第三代畸神御伝』・・・この段がしっかりと戻ってるよ、この部分は、書き起こしができるねえ」
「・・・良かったです。見せて頂けますか?」

 その文書を受け取った、到津は、懐かしそうに、それを見た。

「そうですか。このように、描かれていたのですね・・・」
「待っていてくださったんですねえ、あのお方は」

 艶楽は、その祭壇のようなものに手を合わせた。到津が続くと、その女の子、慈毘も同じように手を合わせた。

「慈毘、これから、僕は、今ついている錦織様の所に戻らねばなりません」
「あ、そうなんだね。うん、大丈夫。あたしが、エンラクさんについていくんだね」
「そう。次の場所まで、お連れしてくださいね」
「もう、ここには、悪い人はこない?」
「そうですね。来ませんよ」

 そういうと、その周りの空気が変わった。
 ふと、艶楽が見やると、そこにあった、祭壇すらなくなっていた。

「あれ?ジビちゃんは?」
「その巻物の中にいますよ」
「え?」

 慈毘の姿もなくなっていたのだ。

「これで、艶楽さんには、僕らが普通の人ではないことがお分かりになったでしょうね」
「ああ、まあ、そんな話があるってぇのは、よく話で読んだし、仙吉さんがねえ、よく寝物語に聴かせてくれてたからねえ、本当のことだったんだねえ」
「驚かないんですね」
「うん、まあねえ、・・・はいはい、わかりましたよ。これからの旅も、こんな感じになるのかねえ?」
「そうだと思います。僕の代わりに慈毘が、艶楽さんをお連れすることになると思いますから」
「あ、そうだったんだねえ、到津さん、ありがとう。だから、水神様が助けてくれたとか・・・」
「まあ、そうですね」
「なんか、呆気なかったけど・・・これでまずは、一つ目の場所での話が、手に入ったってことだね」

 その後、艶楽と到津は、例の男二人の所まで戻ってきた。

「はあ・・・ようやっと、臭いが消えた・・・これで息がつける・・・」
「この地であった悪夢が消えてなくなりました。艶楽さんのお蔭です」
「・・・艶楽、大事ないか?」
「ありませんよぉ、庵麝先生ったら、本当にもう、いっつも大事な時に何もできないんだからねえ」
「まあ、でも、無事に、目的は果たせたという顔やな」
「はい、錦織様、到津さんをお借りして、無事に、ありがとうございました」
「いいや、これで人のお役にたったんやなぁ、到津」
「左様でございます」
「なら、よし、やなぁ」

🌸🌸

「で、文書が綺麗に、その部分が埋まったと・・・?」
「まあ、嘘みたい。まるで、この部分は新品みたいに・・・」

 錦織の船で、無事に戻ってきた、艶楽一行。この日の芝居の興行を終えた、研之丞とお雪は、びっくりしてその文書に見入った。

「艶楽・・・もう、こういうのはいいんだが・・・その子、連れてきたのか?」

 振り返ると、慈毘が、宿の部屋の隅に座っていた。

「あ、あらあ、この子は?」
「ああ、そうだったわ。これからね、旅についてきてくれることになった、ジビちゃんだよ」
「まあ、変わったお名前だねぇ・・・」

 お雪が微笑むと、慈毘はまた、お雪の膝に乗った。

「はじめまして、よろしくお願いいたします」
「可愛いわあ、女の子、艶楽さん、どうしたんですか?この子」
「うん、家がなくなっちゃったんだよねえ、旅の仲間が増えたってことで」
「また、俺ん時とおんなじっすねぇ」

 研之丞が、慈毘の頭を撫でた。

「いや、艶楽、この子は、その・・・」
「まあ、いいじゃないの、庵麝先生、何も都合悪いことなんてないんだからね」
「いや、しかし・・・その、この子と一緒にいた老人は・・・」
「何?」

 艶楽が睨みつけると、庵麝は黙った。

🌸🌸🌸

 皆が寝静まった後、庵麝はなかなか眠れず、厠に立つ研之丞を引き留めようとした。

「ああ、ちょっと、待って下せえ。嫌ですよ、こんなとこまで、ついてこないでくださいってば、先生」
「ああ、わ、わかった、私も用を足すので・・・」

「で、なんですかい?」
「いやあ、その、あの浜で見たんだが・・・あの子を連れていた、老人っていうのが、頭が、その、首から上が、無かったんだ・・・」
「は?・・・なぁにまた、わけわかんないこと言ってるんですかい?先生、お疲れなんですよ。お医者様なのに、船酔いが酷かったと、艶楽師匠が言ってましたからねえ」
「いや、この目で見たんだよ、本当に」
「幻でも見たんですかい? 師匠によると、自分が高齢だから、面倒見てほしいって話でしたよ」
「じゃあ、文書がこうなったのは?・・・どういうことなんだ?」
「それは、到津さんが、天使だから、話を付けて直してくれたって寸法だって」
「研之介、お前は、それは、そのことは、信じるのか?」
「へえ、艶楽師匠が、本気でお話下すったことですからね」
「・・・」
「お疲れなんですね、庵麝先生、よくお休みになってくだせえ」

 承服できずに、庵麝は、結局、ふて寝を決め込むしかなかったのだが。

 確かに見たんだぞ。俺は・・・。

🌸🌸🌸🌸

 この話は、遥か昔、この時代より、九百年近く前に由来するらしい。
 この浜に、当時の奴婢に当たる者たちの村落があったという。
 その村ごと焼かれ、その村の長であったものが、最後に首を切られたという伝説が、密かに伝わっていたという。

 庵麝の見た、首なし老人は、その村の長だったかは、定かではないが。

 ひとまず、一つ目の伝説に辿り着いた艶楽一行でしたね。さて、次回は、その次の伝説の地に向かって、旅立ちます。また、お時間を頂くことになりますが、お楽しみにお待ちください。

                            🌸つづく🌸


みとぎやの小説・連載中 頼まれごとは、生涯一の仕事 その八
            艶楽師匠の徒然なる儘~諸国漫遊記篇~ 第八話

 大変、お待たせ致しました。
 艶楽師匠ご一行様、お戻りになりましたね。
 
 この話の件を書くにあたって、まさに感覚再生を利用しています。
 不思議なこと、見えたり、匂ったりは、経験的にあるので、その辺りの感じが面白いかなと、設定に取り入れています。鼻の利く庵麝先生は、その実、昔のその村の焼かれた臭いを嗅いでいました。昔の真実を、目と鼻で感じ取っていたのは、その実、動けなくなった庵麝先生だったんですよね。

 それにしても、艶楽師匠は、度胸が良くて、怖いもの知らずというか。

 この時に、一度旅を共にした、錦織と到津とはお別れして、次の旅には、慈毘が加わることになりました。さてはて、この後は、どうなることやら。
またお時間を頂きますが、お待ちくださいませ。

 ちなみに、浜の村の長が、首を切られた話は・・・こちらにありましたね。

 申し添えますが、このお話の纏め読みはこちらからです↓


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