守護の熱 第二章 第三十六話 事の真相② 最終回
その日、清乃は、前の週の水曜日と同様に、カレーを作っていた。
先週は、普通に豚肉のカレーを作った。今日は、シーフードに決めていた。一緒に食べる人間がいる。その料理は、楽しみとなる。清乃の純粋な喜びであり、その為に作る料理の時間は、彼女の心を満たしていく。
ピンポーン
あら?約束の時間より、随分早い、お昼にはまだ早いけど・・・気が急いているのかしら、・・・清乃は、クスクスと微笑みながら、カレーの鍋をひと混ぜし、火を止めて、玄関の戸を開けた。
「・・・早いじゃない・・・あ、あなた・・・?」
「こんにちわ、いい匂いだな・・・懐かしいね」
「・・・何の御用ですか?」
「まあ、ちょっとね、ご機嫌伺いにでも・・・上がらせてもらうよ」
「・・・どうぞ」
「ふふ、随分、素気ないんだなあ、昔の男には・・・」
清乃は、その男を部屋にあげた。男は、慣れた感じで、靴を脱ぎ、当然のように上がり込んだ。
「何の御用・・・ですか?返済なら、契約通りにしてますから」
「変わんないなあ。あの頃から、家具の位置も・・・津田山、あいつが居なくなって、悲しんでるかと思ったら、・・・何?・・・『青』やんないって、あれだけ言ってたのに?・・・どういうこと?」
男は、部屋のちゃぶ台の前に腰を下ろした。スーツの上着の奥のポケットから、煙草を取り出す頃には、目の前に灰皿が置かれていた。
「・・・何年経っても、習慣って抜けないもんだね・・・嬉しいよ」
男は、煙草に火をつけて、軽く口から煙を吐いた。
「・・・っていうか、あいつもそうで、地主の坊やにも、煙草仕込んで?『青』は慣習だけど、煙草の方は、むしろ、不味くないか?高校生だろ・・・いいなあ、流石、清乃さんは。公私共に、男が切れなくてね・・・」
男は、鼻で笑って見せた。
清乃は気づいた。この男がここに来た意味を。
雅弥とのことが、雇い主の側にバレている・・・。
「・・・石津さん、もう彼とは会いませんから」
「へえ、そう?・・・本当に?そしたら、俺がまた来てやろうか?・・・なんで、さん付け?冷たいね・・・」
「・・・で、何の御用ですか?」
「うん、まあね、・・・このことは、社長にはまだ・・・」
清乃は溜め息をついた。
これは質が悪い。良くない展開になるのは、解っていた。
恐らく、このことをネタにして、契約外の客を取らされて、上がりをせびられるか・・・まあ、前のあの人も似たようなものだったけど・・・私としては、それとは違う。少なくとも、あの人は、津田山は、ここを抜け出す為に動いていたはずだから・・・
あの人、津田山は、なんで死んだの、殺されたんでしょ?
「コーヒーぐらい、出してくれても、いいんじゃないの?カレー出して、とは言わないけどね・・・、先週と同じメニューなんだね・・・」
石津は、そういうと、また、背広の懐に手を入れ、ゆっくりと、数枚の写真を取りだした。
「・・・お嬢さんがね、彼、俺に似てるって、言ってましたよ」
「・・・?!」
「何気に、街ですれ違ったでしょ?・・・副社長に似てきましたよねぇ」
傘の日のお嬢さん・・・彼女が、荒木田社長の娘さんだった、ってこと?
「これは・・・?」
つまり、この写真を撮ったのは・・・そうだったのね。
清乃は、全てを悟った。
社長の娘、つまり、実紅が撮った写真が、石津に渡ったということが。
「まあ、ガラスが邪魔だけど、大事な所は撮れてる・・・その、まあ、問題はこれね・・・」
石津は、後から、もう一枚の写真を出した。
それは、雅弥が、清乃自身に、封筒を渡している時のものだった。
「ダメじゃん。契約外の『青』でしょ。これ」
清乃は黙った。
「どこにあるのかなあ?・・・素直に出したら、まあ、全部、社長には黙ってるし」
「・・・ないわ。知らない。それは手紙よ」
「へー、じゃあ、それはどこにある?」
「ないわよ、すぐ捨てたのよ」
「・・・嘘をつくな」
そういうと、石津は、煙草を灰皿で磨り潰し、立ち上がった。
「・・・止めないのか?」
「いいわよ、家探しすればいいわ」
石津は、ふんと、鼻で笑った。徐に、引き出しを開け、衣類を片っ端から引っ張り出した。茶箪笥の中身も、覗き込み、掻き混ぜた。食器がぶつかり、激しい音がした。
清乃は、部屋の片隅で、腕組みをして、それを見ていた。
「どこだ?・・・辻の地主の坊主が、お前に血道を上げてるなんて、良い噂の種にもなるよな・・・」
「だから、お金なんて、鼻から受け取っちゃいないのよ、」
石津は、ちゃぶ台を蹴り上げた。清乃は、慌てもせずに、それを引いて、見ている。
「どこだ?銀行にも預けても、解るようになってるからな」
「だから、ないものはないわ」
石津は、台所に行き、引き続き、家探しを続けた。
「ふん、涼しい顔してやがんな・・・」
そういうと、次の瞬間、石津は、カレーの入った鍋を床にぶちまけた。
そして、部屋に戻り、畳に転がった黒電話を取り、電話をかけ始めた。
「ああ、山賀ちゃん?うん、俺、ちょっと、例のもの持って、そう、そう、そこに書いてある通りに、30分後ぐらいに来てもらえる?・・・」
清乃は、何を思ったのか、この隙に部屋を出ようと玄関に向かおうとした。
「おいっ、待て、どこ行くんだ」
石津は、清乃の髪を後ろから掴み、部屋に引き戻そうとした。その時、清乃はバランスを崩し、倒れた。鈍い音と共に・・・。
・・・・・
清乃は、料理が上手い。俺が一番好きなのは、カレーだ。小さな、ランサム製の酒の小瓶を垂らすそうだ。何か、家や、他の店で食べるより美味かった。多分、この味は、忘れない。
一生、・・・忘れない。
長箕沢には、それから、しばらくは戻らなかった。
していたことは、話せないが、5年後には、東都のマンションに住み、そこから、また、指示されたことを熟した。そして、数年・・・。
「ねえ、まぁや、ここからの星の眺めは、どんな感じ?」
何年振りか、羽奈賀が訪ねてきていた。
「懐かしいね、また、寒空の下、ココア飲みながら、っていうのは、どうかな?」
「・・・何しにきた?」
「冷たい言い方・・・」
「要件は?」
「・・・実はね、君に仕事を頼みたくて、Mr.J」
これからも、俺の、為すべきことは、続いていく。
~守護の熱 完~
みとぎやの小説・最終回 守護の熱 第二章 第三十六話 事の真相②
いきなり、終わっちゃいましたね。作者もびっくりなのですが。
でも、雅弥は言っています。
これからも、俺の、為すべきことは、続いていく。
ということは? ということですよ👍
種明かしをしますとね、この話が、スピンオフだったのですけどね。
だから、雅弥が、その他のキャラクターたちが、また、いつか、どこかに出てくるかもしれません。
しばらく、お休みを頂くことになりますが、きっと、戻ってくると思います。その時はまた、お知らせさせて頂きます。
長い間、お読み頂きまして、ありがとうございました。
みとぎや的には、長年付き合っているキャラクターの少年時代を描かせて頂いた作品となりました。お付き合い頂きまして、ありがとうございます。
このお話の纏め読みは、第一章、第二章、こちらからです。