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note内で自分と関わった人たちには幸福になってほしいと願うことは自然な感情ですよね?

日本には「人の不幸な蜜の味」という残念な表現があります。これは、1994年1月にTBSで放映された『ひとの不幸は蜜の味』(ひとのふこうはみつのあじ)というテレビドラマが由来のようです。

このような感情は、相手が大大大嫌いな人ならば多少許されることかもしれません。しかし、note内で自分と関わった人たちには対してはむしろこれとは逆の感情が湧くものではないでしょうか。

もちろん、現実社会の日常生活において出会った人たちに対する感情としては、言うまでもありません。あくまでもネット上の出会いの話です。

今回は、note内で出会った仲間たちの幸福も心から願いますよね、というテーマで記事を書きます。

なお、今日はあまりにも時間がなくて、相当焦って記事を書きました。記事内でおかしいところがあった場合、あとで加筆修正します。




<参考>人の不幸は蜜の味の由来について

本題に入る前に、最初に気になったことを書いておきます。

「人の不幸は蜜の味」とは、子どもの頃から日本のことわざだと思っていました。これが日本のことわざにしてはあまりにも汚い表現なので、数十年間不快に感じていました。

しかし、ネット上で調べるとその由来や語源はなく、TBSの造語でした。

私はマスコミ(マスメディア)の多くは反日だと判断しています。そして、現時点では日本人を不幸にする団体だと考えています。

ですから、このような日本人を貶め、日本人の評価を下げるような造語を作り出したTBSという会社に対して、嫌悪感と憎悪感しかありません。

なお、マスコミ(マスメディア)は、生粋の日本人、そして、公正で中立的な立場で仕事ができる人たちに運営していただきたいと心から願っております。昨今のフジテレビの問題は、もしかしたら時代が変わる先駆けになるかもしれません。

<参考リンク先>「人の不幸は蜜の味」は日本古来のことわざではなかったよ💦

note内における仲間の不幸を喜ぶことはないですよね?

私は感受性が高い方なので、身内や他人の苦しみや悲しみで胸を痛めることが多いです。私の心臓病(急性心筋梗塞)の原因も、このことが多少関係しているかもしれません。

ですから、note内における私の仲間が大変な状況にある時に、それらの苦境や苦難な状態にある人たちに対して、絶対に「人の不幸は蜜の味」のように人の不幸を喜ぶような心情にはなれません。

これは多くの皆さんが同じではないでしょうか。

現実社会で人々の不幸を喜ぶことはありますか?

私の過去半世紀に及ぶ出会いの数が、仮に10,000人だったとします。その場合、その中で「人の不幸は蜜の味」として喜ぶ人がどれほどいるか、試しに思い出してみました。

すると、「やはり、私の予想通りの悪い結果になったね」と思った人たちは数名いました。また、「ざまあみろ!そのまま地獄へ行け!」と心から喜んだ人も1名だけいます(笑笑笑)。

ちなみに、この人は前職時代の上司(社長)です(笑)。この人は現代日本人の中では最低の人間で、ポンコツ中のポンコツ中のポンコツでした。私は数名のやくざとの出会いもありますが、彼はやくざ以上の悪人だったと思います。本人は自分のことを善人だと思い違いしているようでしたが、世の中には法律には抵触しない悪人もいるものなのです。

上記のように、私の例では、全体の0.1%もいませんでした。ですから、現実社会で人々の不幸を喜ぶことはめったにないと思われます。

恵まれない環境や悪環境で育った人たちは、自分の憎しみの感情と向き合う期間が長期的で、そのことで苦しみ思い悩むこともあるかもしれません。

しかし、数十年生きていますと、過去の憎しみに勝るような憎しみが次々と湧いて来て、その憎しみの感情が最後は数名やたった1名に集約されれることが多いのではないでしょうか。憎しみの対象が絞れますと、かえって心の負担が軽くなる実感が私にはあります。

また、人間として優秀な人は、相手を許したり憎しみの感情を浄化・昇華したりできるようです。

私は、noteで記事を書き続けている内に、その浄化と昇華ができつつあります。まだ、完全ではないのですが、記事で何度も対象を取り上げている内にそのような悪しき感情が薄まっていることを日々感じています。

そのような点でもnoteとの出会いに感謝しています。日記やエッセイ(随筆・随想)には、自己カウンセリング(?)の効果・効用があるようです。

最後に ネット上の出会いだからと言って相手を軽視する人は薄情である

私が嫌いな人は、ネット上の出会いで相手を軽んじる人です。そのような人たちは、たいていの場合、コメント欄のコメント内容でわかります。

このようなタイプの人間は、薄情かつ自己中心的で、優しさや思いやりに欠けます。

そのため、そのような人物を見かけた時は、無視するかブロックするようにしています。

note内で数年間活動をしている人の中で相変わらず人生が上向かない人は、付き合う相手を選ばないこともその一因と思われます。ですから、自分の価値観と合わない人、特に、人を大切にしない人との関係は、あらかじめ切っておいた方がいいのです。これは自信を持って言えることです。

ちなみに、前職(学習塾)時代の私は、お客様を選んでいました。要するに、第一印象の悪い顧客や入会前から問題行動の目立つ人たちの入会をお断りしていたのです。

この人たちの中には、いわゆる優等生の生徒と親御さんもいました。学校の成績が優秀だからと言って人間性が優れているわけではないのです。このような親子は学校の人間関係もうまく行っておらず、多くの人たちに嫌われています。ですので、最初に切った方がその後の紹介者が多くなります。

<今日の3行日記>

最近身近で起きた問題がほぼ解決しました。今回もまたネット記事が参考になりました。インターネット内の情報は人類の叡智の結晶ですので、悪用しなければ私たち人類が幸福になるために大きく貢献してくれるはずです。

昨日の記事

note内で退会を宣言していたり辞めそうな雰囲気の人を見かけたりした場合、可能な限り引き留めていただければ幸いです。実は私もそのような引き止めのおかげで現在noteを継続できています。

そのようなコメントを下さって皆さんには、感謝の気持ちしかないです。ありがとうございます。今でも忘れずにその人たちのことを思っています。

イラスト素材:手作りチョコパンダ

私が子どもの頃は、バレンタインデーのチョコレートで大騒ぎしている男女はほとんどいませんでした。数十年前の地方ですので、流行するほどの大きなイベントではなかったです。

私自身が最初にチョコレートをもらった学年は、中学2年です。大きなハート💛型の入れ物に、たくさんのチョコレートが詰まっていました。

これは直接いただいたものではなくて、朝学校へ登校したら机の中に入っていました。多少毒入りを疑いましたが(笑)、ありがたくいただきました。美味しかったです。相手はわからないのですが、予想は出来ています。

ちなみに、ダークチョコレートは健康に良いそうです。私の心臓や血管にも良い影響をもたらすそうなので、安い時に試しに購入してみます。最近はチョコレートも高いですよねぇ💦

今日の記事はここまでです。
最後までご覧いただきありがとうございます。

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