「満願」で若い妻は何を禁じられているのか? 〜齋藤孝の研究2〜
齋藤孝の《怪物性》については、前回の講義にて、簡単に触れた。
要するに文筆生産におけるマシンのごとく、類書を生み出し続ける力、これが孝の《怪物性》だ。本論は、その《怪物性》の源泉についてではなく、その様態に焦点を当てて記述していく。
齋藤孝の《怪物性》を例証するテキストとして、私は『太宰を読んだ人が迷い込む場所』(PHP新書)を挙げることにする。このテキストは、太宰を人生論的に読む、というスタイルで一貫しているが、本来太宰を読みながら立ち止まるところをスパッといいのけてみせる孝の《怪物性》が、顔をのぞかせている。
この『太宰を読んだ人が迷い込む場所』を以後『ダザマヨ』と略すことにするが、この中の「満願」論に、「タカシ!いい加減にしなさい!」と私ならずともツッコミを入れたくなるような箇所がある。
先日太宰治の「満願」を読み終えて、大変に感動した。さわやかな短編と思ったけれども、一方で、「医者の妻」の存在が、微妙にそのさわやかさにノイズを与える。そんな短編と思った。根拠はない。妙に、医者の妻のエロチシズムが気になった。
そんな私の疑問をあっさりと、孝は踏み越えた。
いやいや、確かに、結核患者と性行為をする、と罹患する危険があるから、禁じているだろう、ことは推測できた。そういう想像というか推測を、私もした。その解放感について、最後の最後で医者の妻が、太宰によってきて、耳元でアレコレ言う。そこに、吐息のようなエロティシズムを感じた。
ただ、そういう読み方は、穿ち過ぎだと思った。
実際、『満願』の記述を見てみよう。
私が、気になったところは、「固く禁じた」のは何か、であり、「言外に意味をふくめて」の部分だ。それはなんとなく言いにくいこと、すなわち性交渉なのだろうと、ある程度の年齢になると自然に推測できるものだ。ただ、昭和10年代という時節柄、はっきり言うことはままならず、そして、太宰はそうした性の様態を描写することは抑制的だった。太宰らしい、性の表現である、というところも評価の対象であり、いい短編でありながら、教科書に載せられないのは、こうした部分にあるだろう。
でも、孝はそれを「性交渉を禁じられている」と、言っちゃっている。ここに、孝の《怪物性》がある、と私は思った。
えっ、えっえっ。「満願」は、夫の肺病が回復すること、ではないのだろうか。夫の肺病が回復して、夫婦の営みができること、まで言っちゃうと、身も蓋もないじゃない。そもそもそうした献身性のようなもの、が、太宰の見た美しさではないのか。
確かに、そうした読解は、夫に抑圧される妻の忍耐を美化することにつながる。性交したいという欲望をあらわにできる、という欲望に対する率直さに太宰は美しさを感じていた、とする方が、フェミニスト太宰、という印象に繋げられる。ただ、孝は、そこまで言いたいわけではなく、「幸福感に満ちた若い女性の一瞬の美しさ」を、提示することが目的だったろう。
でも、「幸福感に満ちた若い女性」ならば、夫の病気が治ったことで、これから自由に色々振る舞える、ということでよくないか?どうして、明示されてない「性交渉」の禁止や「夫婦の営みをガマンするのはつらかったろう」という一文を加えて、深堀りのヒントを与えてしまうのだろうか。
この短い評論の末尾は、こうだ。
ところが、このエッセイをまとめる章のタイトルは「七つ目の穴 太宰を読むと、女性がますますわからなくなる」であり「太宰を読むと、女性がいかに複雑な存在であるかがわかり、女性に対する見方が深くなる」という一文が加えられている。だから、「満願」には、女性の複雑さ、が表現されている、と孝は理解しているはずで、その理解こそが、性的存在としての女性、ということだろう。その女性性については、加藤(2024)論文が示しているように思った。
孝の《怪物性》は、本来複雑な議論になりかねないような部分を、サクッと飛ばして、「心が、豊かになるに違いない」と、話を人生の方向にもっていって、何の衒いもない部分である。太宰が「あれは、奥さまのさしがねかもしれない」という最後に書きつけた一文の謎なんて、すっとばして、「モネの名画」ときたものだ。
気にしてはいけない。気にするふりをしてもいけない。でも知っていることは必要である。齋藤孝の《怪物性》の様態の一つを剔抉できたように思う。
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「満願」という小説。冒頭に次のような文章がある。
私は、四年前、三島、二階、一夏という数字の連続性に心を奪われた。そういえば『ロマネスク』も、太郎次郎三郎といった、数字について、奇妙なほどに律儀に書き込まれている小説ではなかったか。
太宰は麻雀をやったのだろうか。
私は、内容の良さと、形式の分離を、ノンシャランと生きている太宰が好きだ。
これを論じる力量は、私にはないのだけれども。