川端康成『山の音』14「蚊の群」

雨である。

寒い。

こんな時に読む川端康成は大変に物悲しくて、先日アップされた坂本龍一さんのMerry Christmas Mr. Lawrenceの音を聴きながら、感想文をしたためている。

若い頃あんなに尖っていた坂本さんもすっかり痩せちゃったなあ、と思いつつ、自分の演奏を最初の聴衆として聴きながら、嬉しそうに弾いている坂本さんの姿をみると、何とも言えない気持ちにさせられる。

以前書いた理由によって、コンサートにはあまりいかない私だが、坂本龍一さんのコンサートには行ったことがある。まだ、アクティビストとしての側面が打ち出される前の、カメレオン的ミュージシャンの姿が特徴的だったころだ。

実は、あと3章で、『山の音』も終わる。

いつまでもこの形式で、一つの家族の終焉をつづっていけるのではないかと思わせるほどの、筆力を川端康成に見た。それが、終わってしまうのか、と思うと、不思議な気持ちになる。川端は、終わるはずのものが終わらなかった、ということに対して、三島とは違う形で反応しているのではないか。

特に、房子の夫の相原について、その意識を込めている気がした。

相原は房子に離婚届を郵送して、その直後に、心中した。女の方は死亡が確認され、男の方は生死不明である。まさか太宰にあてつけたわけでもないだろうが(発表年代的におかしい)、死んだとも生きたともわからないまま、事が続いていき、時間は過ぎ去っていく。この姿が、終わったようで終わらない戦争の姿の、相似的形姿なのではないかと思わされた。

最後の章で修一は

「今も新しい戦争が僕らを追っかけて来ているのかもしれないし、僕らのなかの前の戦争が、亡霊のように僕らを追っかけているかもしれないんです。」

p.311

と、述べている。家族小説に似つかわしくない発言だけれども、この『山の音』が実のところ社会小説の影をキチンと踏まえて書いているとすれば、こうした発言は、川端がどこに注目していたかをはかるキーフレーズになるのではないか。

信吾は、絹子の家に向かう。産まないでくれというつもりだった。

絹子の家を尋ねると、池田がいた。もう少しで絹子が帰ってくるからと家で待つことになる。家の中を観ると、子どもの写真があった。池田も戦争によって、子どもと引き離されて、出稼ぎしている人間の一人であった。

絹子は産むつもりなのか、と信吾は池田に尋ねたが、それは絹子に聞いた方がいいと言われる。やがて絹子が帰ってくる。

絹子は、信吾が待っているとわかって、なお不機嫌さを隠さなかった。浮気のことを切り出すと、絹子は食って掛かったように、自分も被害者であり、何も話すことはないと突っぱねる。

信吾は妊娠のことを問いかけるが、その子ども修一の子どもではないと涙ながらに訴える。そして、妊娠がわかったとき、修一はおろせといって二階から引きずり降ろされ、なぐったり、ふんだり、蹴ったりされたという。

信吾は、小切手を出した。そして、絹子はそれを受け取った。

信吾は、飲んでいる友人と合流した。芸者と遊んでいたら、一人の若い芸者が信吾の胸で寝てしまった。それを信吾は眺めていた。

信吾は終電車で帰った。そして寝た。

信吾はまた夢を見た。若い陸軍の将校になっていて、木こりと一緒に夜道を歩いていた。懐中電灯をつけると、目の前に蚊のかたまりがあって、信吾は自分の持っている日本刀でそれを切りまくった。

いたるところで火事が起こった。信吾の軍服にも火がついたが、もう一人の信吾がいてそれを眺めている。そして、自分の家についた。それは子どものころの信州の田舎の家らしい。

一緒にいた木こりもほどなく家に帰ってきた。その体から蚊がたくさんとれた。

最後に信吾が見た夢。

ふしぎな夢だが、諏訪湖の湖岸に住んでいたときには、時期になるとユスリカという血を吸わないやや大きい蚊が大発生した。そのイメージと重なりあうので、起こらない不思議なことではない。

蚊をとって、それを固めて揚げて食う文化もあるという。あるYoutuberが、それをユスリカでやってみていたが、苦いといっていた。もしかしたら、日本にもかつては昆虫食の一種として、蚊を食う文化があったのかもしれない。あ、でもユスリカの大量発生は、諏訪湖の富栄養化が問題か。

信吾も絹子も子どもという存在に強いこだわりがある。我々からみると、この感覚は不思議である。今であれば、絹子の状態で子どもを背負うのは、極めてリスクの高い選択だと言われかねない。信吾は信吾で、産む産まないは絹子の選択肢だと思うが、そこにアレコレと容喙していくのは、(信吾の好きな)菊子が子どもを流産しているのに、なぜそっちで出来ておるんじゃ!いかんじゃないか!という変なおせっかいでもある。

この『山の音』は出産をめぐる小説でもあるように思えた。

「メリー・クリスマス!ミスターローレンス!」

たけしはまだ生きてるじゃないか。坂本さん、あなたももっと長生きしてくれよ。

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