見出し画像

国営精子バンク (1分小説)

【2080年】

容姿端麗で、頭脳明晰な男性の遺伝子を、経済力のある未婚女性に、無償で提供する法律が可決されてから、50年。

少子化問題は改善され、街は、優秀な美男美女であふれ、日本経済は、バブル期なみに回復している。

【息子】

ボクは、7歳。

会社経営をしている母親と、40年前に国営精子バンクに登録した、心理学博士との間に生まれた。

博士の父親に会ったことはないが、バンクによって生まれた友達も周りにいるから、特殊な家庭だとか、寂しいと思ったことはない。



動画には、父親が出演し、大学までの勉強方法と、学校や職場での人間関係の構築の仕方を、分かりやすく教えてくれる。

両親が、恋愛や結婚を経て、エロいことをして生まれた友達もいるが、ボクらより容姿は劣るし、頭も悪い。リアルな父親は、いろいろ口出してくるらしい。

ボクは、父親が、動画で良かったと思っている。


ある日、ボクは、優れた能力で、パスワードを解読。一番、最後に用意された動画を見てしまった。

父は、母親のありがたみや、仕事に就く意味を、切々と説いていた。

「最後にお願いがある。社会人になったら、必ず、精子バンクに登録してくれ。約束だよ。さよならだ」

映像はプツリと消え、砂嵐になった。



【母親】

冒頭から、ダーリンは笑顔。
「息子を、育ててくれて本当にありがとう」

話したことも触れたこともないけれど、あなたは、私と息子に、惜しみない愛情を注いでくれている。

実社会の男性より、私の気持ちを汲み取ってくれる。生活に何の介入もしてこない。理想的だわ。



【国営精子バンク】

「動画の男性が、愛について一言も語らないのに、男性に恋してしまう母親が、続出しているらしいですね」

新人女性職員が、先輩職員に言った。

「経済力のあるシングルの女性には、もう一人、産んでもらうよう、政府が動画を使って、上手に仕向けているのよ。サブリミナルとかね」

『息子用動画』にも、恋愛についての項目はない。

「優秀でイケメンの遺伝子が、一人の女性に集中してしまうとマズいわけ。息子たちには、一人でも多くバンクに登録して、遺伝子を拡散してもらわないと」

「『娘用動画』は、どうなんですか?」

「父親が恋愛について話さなくても、若い娘さんたちは、自然に人を愛するようになるわ。あなたもそうだったでしょ?」

新人職員は、まっすぐな目をして答えた。

「ええ。私の父は、職人で、学歴もないしカッコよくもありません。父から、異性を愛することについて、教わったこともありません。

私の彼氏は、父によく似て無骨な人です。

そういう不器用な男性たちを、人間らしくて魅力的だと思う女性だけが、誰にも操作されない恋愛を、楽しめる世の中になってゆくのでしょうね」

































いいなと思ったら応援しよう!