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私のフェロモンはロキソニン。

このところ、毎月のように体を痛めて、整形外科に通っている。

腰、背中ときて、今月は首。
首と背中の境目のあたりが痛い。

私は元々腰痛持ち。仕事の疲労がたまると、腰に来るタイプだ。今もそれは変わらず、体に負担がかかるとまず腰が痛む。

しかし、年齢を重ねたからか、日ごろの運動不足がたたっているのか、今年はやけに体のあちこちが順番に痛くなる。

まるで、至るところの筋肉や関節たちによる「次に痛むところを決める会議」が、私の体内で開催されているようだ。会議内で「次、オレの番な!」と順番を決めて、毎月のように痛んでいる気がする。

私の勝手な思い込みなのはわかっている。でも、そう思わずにいられないほど、現に私の体はあちこち順番に痛む。

先日、毎月のように通う整形外科で、担当医からとうとう言われた。

「今月はどこが痛いの?」

カルテとレントゲンを見れば、毎月来院しているのが一発で分かる。もしかすると、担当医は心の中で、「あぁ、またやらかしたな」と思っているかもしれない。

恥ずかしさを抱えつつ、私は答えた。

「今月は、首です」

担当医は、私の首を触って動かしながら診察をする。

その後、先月に続いて、今回もレントゲンに案内された。検査技師に指示されたポーズを取り、何枚も撮影された。

私の診断名は「頚椎症」。
経過観察のため、1週間後の来院を勧められた。

先月や先々月と同様、薬は、痛み止めのロキソニンと貼付薬のロキソニンテープが処方される。きっと今回も、痛み止めでそのうち良くなると診断されたんだろう。

これで3か月連続、ロキソニンシリーズにお世話になることが決まった。

待合室で私を待っていた夫に報告すると、夫は処方箋を見て少し笑いながら言った。

「また、ロキソニン?毎月もらってるよね。湿布もたくさん」

そう言われたところで、私だって、好きでロキソニンを処方されているわけではない。と言いたいのをこらえて、苦笑いで夫に応じた。

会計が終わり、夫は私を車に乗せて薬局へ向かった。

薬局までの道路は渋滞していた。帰宅ラッシュにはまって、車はのろのろとしか動かない。

ゆっくりと進む車の中で、ふと思った。

私は、毎月のようにロキソニンを服用したり、ロキソニンテープを貼布している。もう体の中は、ずいぶんロキソニンに支配されているのではないか。体のいたるところにロキソニンの成分が浸透し、まるで私の細胞みたいな顔をして、体内で幅を利かせているのではないか。

いいえ、そんなわけない。万が一、ロキソニンが体内に蔓延しているなら、薬の効果が発揮されて首の痛みはとっくに治っているはずだ。口には出さず心の中で、自分にツッコミを入れる。

私たちは薬局に寄り、スーパーで買い物をして帰宅した。

その日の夜、風呂上り。
夫が私の首に、ロキソニンテープを貼ってくれた。ロキソニンテープ特有の香りがほんの少し漂う。香水や服の柔軟剤とは違い、ほのかに香る程度だ。匂い立つと言ったほうが的確か。体臭とも違う。これは何と言ったっけ。記憶の糸を手繰り寄せる。

あ!

「フェロモンみたいだね」

思わず私は口走った。
驚いた夫が聞き返す。

「は?なんて言った?」

「フェロモンだよ。ロキソニンの香り方。こんなに常用してるから、今や私のフェロモンみたいじゃない?」

「フェロモン?何言ってるの?」

「ほら、3か月連続ロキソニン飲んでロキソニンテープ貼ってるから、身体がロキソニンに染まったっていうか、支配されちゃったんじゃないかと思って。体臭もロキソニンになっちゃったんじゃないかと思ったの」

「確かにロキソニンばかりだけど、さすがにそれはないんじゃない?」

「そうかな。意外と一理あるかもよ」

ここで一息ついた私は、閃いたことを夫にぶつけた。

「私のフェロモンはロキソニン。なんちゃって」

昭和の香りすら漂う謎のキャッチフレーズ。私は夫に自信をもって発表した。爆笑は取れなくても、多少は笑ってくれるはず。

しかし、私の思惑と違い、夫の食いつきはイマイチだった。

「フェロモンって言ったって、ロキソニンじゃ全然色気ないじゃん」

「もともと色気なんか求めてないもん。ロキソニンだから」

冗談で言ったのに全然ウケない。それが悔しくて仕方ない私は、言い返すのがやっとだった。

「そんなアホなこと言ってないで、早く治してね」

夫は冷静にそう言い残すと、さっさと寝室に引き上げて行った。

(ちょっとぐらい、笑ってくれてもいいのにな)

残された私は面白くない。
渾身のギャグがウケなくてショックを受ける芸人のごとく、うなだれた。しかも、うなだれたら首が痛んだ。痛んだ箇所に、ロキソニンテープの成分がしみわたってスーッとする。患部がひんやり感じるのと一緒に、私も冷静になった。

「私のフェロモンは、ロキソニン。そりゃウケんわ」

誰もいないリビングでそっとつぶやいた。当然誰からも突っ込まれない。ただ、空気清浄機の音しかしない室内に、ロキソニンテープの香りがほんのり漂うだけ。

すっかりつまらなくなった私は、寝室に向かい、床に就いた。

その夜は、ロキソニンテープの冷涼感が、心の奥深くまでスーッと浸透した気がした。

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