漫画みたいな毎日。「懐かしさと共に、新しい記憶を紡ごう。」
隣の空き地の木々が、伐採された。
我が家の敷地は、家屋の建っている隣が畑、反対側の隣は樹が沢山生えた隣家の土地で、空き地となっていた。
子どもたちが日々、騒がしい、いや、にぎやかな我が家にとっては、隣家の家屋が隣接していないことがどれだけありがたいことか。
マンションで暮らして居た時は、常に上下階やお隣への騒音になっていないだろうか、と冷や冷やしていたことが懐かしい。
畑は借家に付属した、大家さんの土地なのだが、我が家でここへ越してきた時からずっと、隣の空地は放ったらかし状態で、持ち主の方にはお会いしたことがなかった。
それを良いことに、勝手に大きな木々にロープを括り付け、ブランコを架けたり、鳥の巣箱を設置したりもした。長男がキャンプのシュミレーションをしていたこともあった。土地の端っこでアスパラを育てたりもした。二男はこの土地に自生した大きな木に登り、木登りがどんどん上手くなった。
うちの裏庭
そう呼んで、勝手に使わせていただいていたのだが、先の三連休の初日、見知らぬ車が空き地に横付けされた。どうやら、地主さんらしい。
鋸で木の枝を払っている。
ご挨拶をと思い、作業の邪魔にならないタイミングでと外に出る。
地主さんは、今はこの土地からは車で20分くらいの所に住んでいらして、
「この所、殆ど訪れることがなかったのですが、この前通りかかった時に、木が生い茂っていて、台風が来る前にどうにかしなくては、電線にかかったり、木が倒れて、他のお宅に迷惑がかかったら大変だと思って。」と伐採にいらしたとのことだった。
「この土地は、先代が購入したもので、昔は畑にしていたんです。自分も手伝ったりして、今田さんのおばあちゃんにお菓子食べさせたりしてもらって。」
今田さん、というのは、私たちがお借りしている家の大家さんのご両親である。今はご高齢になられ、そのお子さんたちが家を管理している。
「最初は声が大きくて、怖いおばさんだと思ってたんですけど、『ほら、終わったら、あがってお菓子食べていきなさい』って声かけてくれたりしてねぇ。」
地主さんは、眼鏡の奥のちょっと小さな目を閉じて微笑んだ。決して長いとは言えない睫毛がくるんと可愛らしくカールしている。「お菓子食べていきなさい」と声を掛けたくなるような、可愛らしい子どもだったのだろうなぁ、とその笑顔に地主さんが子どもの頃の姿を重ねて想像する。
その日は、鋸で切れる範囲を伐採し、翌日はお知り合いがチェーンソーで太い木を伐採し、薪ストーブの薪に使ってくれることになりましたので、とのことだった。
翌日には、チェーンソーであっという間に大きな木が切り倒され、一面に陽の光があたるようになった。こうなると、木々が生い茂っていた時にはわからなかった土地の広さがよくわかる。我が家に西陽が直射するようになり、午後の時間帯には2階は蒸して息苦しく感じる程である。
「来年の夏は西日がかなり暑くなるかもしれないね。簾が必要になるかもね」と夫が呟く。
2階の窓から西側の土地を一望すると、驚くほど、がらん、としてしまっていて、さっぱりとした景色のはずなのに、私の中には寂しさが込み上げてくる。
二男が木登りが上手になった木も、末娘がブランコをした木も、
長男が鳥の巣箱をかけた木も、無くなってしまった。
どんなに日差しの強い夏も、木陰のおかげで涼しく遊ぶことができた。
新緑の季節は陽の光が細やかな葉脈を透かし、美しかった。
地主さんは、「これからも、お子さんたちが好きに遊んでいただいて結構ですから。」と笑顔でおっしゃってくださった。
2年程前から農地から宅地になったらしいが、お子さんたちもおられるので、将来的に譲ることも考えてか、暫くは売却などは考えていらっしゃらないとのこと。
基本的に草刈りすら、「虫が居なくなるからやらないで」という長男だが、今回は、持ち主である地主さんの決断だったので、珍しく?文句を言わず、傍観していた。
「これからも使っていいですよ、って言ってくれてたよ。」と話すと、「うん、聞こえてた。木がないのは寂しいけど、広くなったから、何して遊べるかね?大きいイグルーとか作る?テント張ってキャンプしてもいいかなぁ。」
前向きである。
「大きいトランポリン置いたら駄目かね?」
ちなみに、長男の言う大きいトランポリンとは、このようなものである。
・・・それは、流石にお伺いを立てる必要があるであろう。
二男も末娘も寂しがってはいるが、「広くなったね~!何して遊ぶ?」「トランポリン欲しい!」と何か楽しいことが出来るだろうかと考えているようだ。何にしても、トランポリンが好きな我が家の子どもたち。
40年くらい前は、畑として前代の地主さんとその息子さんが耕していた土地。
少し前までは、私達が子どもたちと沢山遊ばせてもらった木々の茂る土地。
木々が切り倒され、陽の光が溢れるようになった土地で、今度はどんな記憶を重ね、紡いでいけるのだろう。
快く土地を使わせてくださる地主さんには、感謝するばかりである。
ありがとうございます。