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学校に行かないという選択。「人間は多様性の初心者だ。」

世の中の夏休みが終わったのを見図り、北海道博物館の第8回特別展「世界の昆虫 -昆虫を通して、生き物の多様性を知る-」を訪れた。

こちらの昆虫展は、いつも長男が昆虫の事でわからない事があるとメッセージをやりとりさせていただいている、学芸員であり昆虫の先生でもある北海道博物館の堀繁久先生の学芸員生活最後、退官直前の企画展でもある。

雨の水曜日。

雨の平日にも関わらず、駐車場が混雑している。お、これは館内もそれなりに混雑が予想される状態だろうか?とやや身構える。

我が家の人々はマイペースだ。

美術館だろうと、博物館だろうと、科学館だろうと、ゆっくりゆっくり、それぞれのペースでその場を味わう。

出来るだけ人が多くない方が、展示に集中できるのでありがたい。

館内に入ると小学生の団体が博物館学習で訪れており、常設展示室は混雑している様だった。ゆっくりと家を出てきたので、到着するとお昼に近い。

先にチケットだけを買い、混雑している間にお昼を食べてから展示を見ようということになる。特別展示のチケット購入に年間パスポート割引があると受付の方が教えてくださり、年間パスポートを持っている我が家は、お得な気分である。

博物館の総合展示室への入館料は大人は1回600円。大学生や高校生は300円。中学生以下は無料だ。年間パスポートは、1100円である。嬉しい価格設定である。中学生以下は無料というのも、子どもたちが博物館をもっと利用できる場となったらいいという配慮だと思う。公的な施設のありがたさを感じる。博物館の敷地は贅沢な広さで、周りは森に囲まれている。私はこの建物の雰囲気も、周囲の環境も好きだ。とても落ち着く。散歩にくるだけでも楽しい。もし、もっと家から近ければ、毎日の散歩コースになっていただろうと思う。

何度も訪れている場所なので、何処でお弁当を食べられるか、何処にトイレがあり、何処でお土産を買えるかを子どもたちは熟知している。

いつもお弁当を食べることができるラウンジが団体貸し切りとなっていたので、半地下のカフェテーブルを使わせてもらうことにする。たまには違う場所で食べるのも良いものだ。お弁当を食べていると、博物館学習に来ている小学生が列になって半地下のホールへと行き来する。何か学習の説明を受けるのだろう。

その子どもたちからの「この人たち、何やってんだろう?」という視線をビシビシ受けつつ、お弁当を食べる。おそらく5年生くらいだろうか。

う~ん、我が家の子どもたちも学校に行くという選択をしていれば、あの列に入っていたかもしれないんだよな、と思うとなんとなく不思議な気持ちになった。列をなしている子どもたちからしたら、平日の昼間にプラプラしている小中学生が含まれる私たちの方が不思議なのだろう。

お弁当を食べ終え、常設展示室を通り抜けて、特別展示室へと向かう。常設展示室はまだ混み合っていたので、あとから観覧しようということになった。

いよいよ、「世界の昆虫展」の展示室に入る。

「巨大昆虫の森」という実物の50倍という大きさの昆虫模型の展示からスタートだ。

エゾハルゼミ、ミヤマクワガタ、ベニシタバ、ムネアカオオアリ、ダイコクコガネ、ヒラタシデムシの幼虫が展示されている。まるで「風の谷のナウシカ」の蟲の世界に迷い込んでしまったかのような錯覚に陥る。

そこから北海道の昆虫の展示コーナーへと足を進める。ここには、堀繁久先生の個人所蔵が所狭しと並んでいる。裸眼ではよく見えないほどの小さなチビゴミムシ、宝石と見間違うようなオオセンチコガネ、北海道の中のあらゆる場所で採取した虫は、種類は同じでも、個体としてはそれぞれの個性があるのだろう。素人の私には、同じに見えるが、プロからしたらきっと「全く違う個体です。」ということになるに違いない。

長男は、「見てみたいと思ってたのが沢山ある・・・」と無言でこのコーナーで1時間以上を過ごしていた。

じっくり味わう長男をそっとしておいて、私と二男、末娘は、次の展示を観に行くことにする。

「オサムシトンネル」

トンネルを入って出るまで、何処を観ても、オサムシ、オサムシ、オサムシ・・・オサムシのトンネルである。
何故、オサムシ?の疑問が湧いた。ここまで、オサムシをコレクションする理由はなんだろう?と長男に尋ねた。

すると、
「羽根が退化しているから、飛ばないで歩いて移動するんだよね。だから、地域で種類が固定化しやすいんだよ。他の地域のと交配する可能性が低いから。だから、地域ごとに違うオサムシが生息する可能性が高いから、いろんな地域で採取するんじゃないかな。」
とのこと。な、なるほど。

飛ばない生活に進化したオサムシ
 昆虫が大繁栄した理由の一つは、飛ぶことができるからだと言われている。しかし、飛ぶためには大量の熱量を消費する。オサムシは、歩いてエサをとり、配偶者を探す方向に進化した代表種である。だから飛ぶための筋肉はいらないので、飛翔筋をもっていない。オサムシは、雑木林の地面を歩く。飛べない代わりに歩くのが速い。夜行性で、落ち葉や石の下に潜んでいる。飛ぶことができないので、他の地域との交流がない。だから地域的な変異が大きく、「歩く宝石」と呼ばれる美麗種も意外に多い。だから地域固有の細かな色や形の違いに着目して、飼育したり、標本をつくったりして楽しむオサムシ愛好家も多い。

森と水の郷あきた あきた森つくり活動サポートセンターより抜粋

おぉ。長男の解説と同じだ。長男がいつ何処でこの様な知識を得たのか、私は知らない。

二男も末娘も展示でわからないことがあると、長男に「これどういうこと?」と尋ねる。長男は、小さな人にもわかりやすい言葉を選んで説明してくれることが多い。自分の中で理解していないと、この様に言葉を言い換えることは難しいだろうな、と彼の理解の深さに思いを馳せる。

他にもツノゼミの展示、壁一面の蝶や蛾の展示、海外で採取された昆虫も展示されていた。

『ツノゼミ ありえない虫』などの本を手掛ける九州大学総合研究博物館の准教授である丸山宗利先生の個人所蔵であるツノゼミを観て驚いた。図鑑でみたことは、あったが、実物はこんなにも小さいのか!

丸山宗利先生は、「昆虫こわい」という本も書かれているのだが、アフリカでの採集の際にツェツェバエに刺され、眠り病にならないだろうかと心配したそうだ。展示の中に、「丸山宗利先生を刺したツェツェバエ個体」の標本が展示されていて、子どもたちと、「なんだか、大変なことなんだけど、面白いね。」と顔を見合わせて笑ってしまった。自分を刺した昆虫を標本として展示する〈転んでもただでは起きぬ〉というプロ根性のようなものを垣間見た気がする。

会場には、「標本の作り方」も丁寧に展示してあり、採集に使う捕虫網やトラップも展示されてあった。

「これ、K(長男)も持ってる!」と末娘は見慣れた道具を見付け、親近感を覚えたようだ。
プーターと呼ばれる小さな昆虫を吸い上げる吸虫管という道具である。

志賀昆虫普及社 吸虫管(硼珪酸ガラス) 二重式 長男はこれを手作りしている。
画像の下のキャプションがなんだか面白いのは私だけだろうか。代表、なんだね。


何故、人は標本を作るのだろうか、と考えることがある。
標本を作る理由もそれぞれだろうと思う。

標本と一口でいっても、長い年月その状態を保つ為には繊細で工程の多い作業だということだ。正しい保管方法で保存されれば、100年以上も残すことが可能だそうだ。もし100年前のクワガタムシの標本が残されていたとすると、その標本は、100年前にその土地にクワガタムシが生息していたこと、そしてそこにはクワガタムシが生息できる雑木林があったという証拠になる、ということなのだ。最近では、標本からDNAの採取も可能とのこと、ジュラシック・パークの中の研究も架空のものではないのだ、と感じる。「標本は、過去の自然環境を知る重要な証拠」という言葉に深く納得した。

他にも、バイオミメティクスや、昆虫食についての展示もあった。

バイオミメティックス」とも》生体のもつ優れた機能や形状を模倣し、工学・医療分野に応用すること。ハスの葉の撥水はっすい効果、サメ肌の流体抵抗の低減効果、ヤモリの指の粘着力などが材料開発などで実用化されている。バイオミミクリーバイオインスピレーション。生体(生物)模倣技術。生体(生物)模倣科学。

コトバンクより。


地球には、これまでに170万種類の生物が確認され、名前(学名)が付けられているそうだ。そして、170万種類のうち、100万種類は〈昆虫〉だという。

〈100万種類〉と口で言っても、書いてみても、ピンと来ない。

しかし、この特別展を観覧し、「人間って、偉そうにしながら地球上に居るけれど、170万種類の中の一種でしかないんだよね。」と、人間の存在の小ささと170万分の一の種として、もっと謙虚に生きたいという気持ちが私の中に、静かに湧き上がるのを感じた。

人間社会でも、多様性を認めようということが常々言われており、実際に人間界も多様であると思う。生き方も思考もそれぞれだ。

でも、それも狭い〈人間社会〉の中での多様性。

地球上には、170万種以上の生物種が存在し、さらにそれぞれの個体ごとの生き方がある。

この展示会場で圧倒される数の虫たちに囲まれていると、人間の語る多様性がなんとも薄っぺらいものに思えてきてしまった。

昆虫たちは、「認めて欲しい」とも「認め合おう」とも主張しない。

しかし、彼らは確かに存在している。

ただ、互いにそこに在る。

人間は、私は、多様性を語るには、多様性を認めるには、まだまだ初心者なのだ。

そんなことを思いながら、昆虫たちの生きていた場所や時間に思いを馳せる。彼らの生きていた場所は一体どんな所だったのだろう。私の心と思考は一気にタイムスリップする。


こちらは、特別展の冊子に書かれた北海道博物館・学芸員である堀繁久先生の〈あとがき〉である。

小さな子どもたちは動くものが大好き。外で遊べるようになると、最初に興味をもつものは、アリやバッタ、ダンゴムシなどの小さな虫たち。昭和の子どもたちは、時間があれば草原でのキリギリス採りや川や池に入って小魚を捕るなど、刺激に満ちた日々を過ごすことができた。ノーベル賞を受賞した科学者の中にも、昆虫好きから科学の世界に入った方も多い。
 自分の子どもの頃を思い返してみると、家にあった昆虫図鑑は表紙が剥がれ、装丁もほつれてバラバラになるほど熟読する子どもだった。少年期、虫ばかり追いかけて息子は将来どうなるのだろうと母親は心配していた。それを止めさせることだけはしなかったことを感謝している。
 1976年に小樽市博物館で開催された「北の昆虫」という昆虫展を見に親に連れていってもらった。古い建物のやや薄暗い展示場に配置されたたくさんの標本箱。そこにはまだ生きた姿を見たことのない、オオイチモンジの標本が並んでいたのをおぼろげに憶えている。自分が自然や昆虫に興味をもって今まで歩んでくることのできた原点の一つが、博物館で開催された昆虫展を見たこととつながっていると思う。
 今回の特別展「世界の昆虫」で多様な昆虫標本を見た子どもたちの中から、一人でも昆虫や自然に興味をもつ子が育ってくれることを願いたい。

「世界の昆虫」あとがきより。

40年以上前に〈子ども〉だった先生が、今こうして、未来の子どもたちへ贈ってくれたもの。それが、今回の「世界の昆虫展」であったのだ!と、このあとがきを読ませていただいて、胸が熱くなった。

人間の世界も、昆虫たちの世界も、ひとつながり。

私たちは、昆虫から、まだまだ学ぶことがたくさんあるのだ。

170万分の一の種として、謙虚に生きていこう。


☆ここから昆虫の画像がたくさんあります。苦手な方はご注意ください!☆

「巨大昆虫の森」右から、エゾハルゼミ、ヒラタシデムシの幼生、ダイコクコガネ、ムネアカオオアリ、頭上はミヤマクワガタ。
ベニシタバ。足でスイッチを踏むと動いて羽根が開く。実物の50倍サイズ。
食い入るように展示を観る長男。
個人所蔵の展示
オオセンチコガネの標本箱。実物はもっと美しい!
オサムシトンネル
左もオサムシ。
右もオサムシ。
オオルリオサムシ
色々なナナフシ
蝶と蛾の標本展示。圧巻。
コガネムシの一種。・・・こういう包装のチョコレートがあった気がする。
学芸員・堀繁久先生が偶然、展示室にいらっしゃり、記念撮影。
先生の胸元には、ベニシタバのフェルト細工が。これは実物の2倍だそうです。笑
我が家では堀先生は「仙人」という説あり。宮崎駿氏にも似ている・・・?


学校に行かない選択をしたこどもたちのさらなる選択肢のため&サポートしてくれた方も私たちも、めぐりめぐって、お互いが幸せになる遣い方したいと思います!