『終わりの国のトワ』について語る。
突然ですが、最近「僕は女となり兄の子を産む」という、ちょっと衝撃的な一文から始まる一連のツイートがTwitter上でバズったのをご存知でしょうか。
これは、マンガハックというアプリで連載されている『終わりの国のトワ』の帯文、そしてそれを引用した作者・土田完先生の販促ツイートです。私はこのツイートのおかげで『終わトワ』を知り、現在とてつもなく夢中になっています。
ファンとして新参もいいところですが、布教したい。めっちゃ布教したい。布教できなくてもとにかく語りたい。それでこんな記事を書き始めた訳ですが、布教するのがあまり得意ではないので、とりあえず私の独自解釈やただの感想が記事の大部分を占めています。長文書き散らして息絶えそうな私を見て、なかなか奥が深そうな作品だなと感じてもらうのが目的です。
この記事の中には単行本第1巻の内容について容赦のないネタバレがあります。なので布教目的としては、未読だけどネタバレを全く気にしないという人か、まだ購入を迷っていてもう少し詳しく内容を知りたいという人向けの記事となっています。もちろん、既に読了したした人も大歓迎! もうちょっと注意して読みなおしてみよう、と思っていただけたら幸いです。
■読まず嫌いしなくて良かった話。
さて、この「僕は女となり兄の子を産む」という文字列を目にした時、どんなストーリーを想像しましたか。女体化? BL? 近親相姦? と思った私みたいな人。間違ってはいません。たぶん。
こんな風に書くと、女体化やBLや近親相姦が苦手な人はギョッとしてしまうかもしれません。というか私はギョッとしました。性転換ものやBLは苦手なのです。試し読みをする前に「果たしてこの漫画は私が読んでも大丈夫なものなのだろうか、もしかしなくても地雷じゃなかろうか」とかなり迷いました。(オタクへの伝わりやすさを優先して「地雷」という言葉を使いましたが、もちろん作者に害意があるわけではない。)
ですが、結論から言うと、読めました。そして大好きになりました。好きすぎて、「なんであと2ヶ月早くこの作品に出会っていなかったんだああああああ!!!!! 知ってたら絶対クラウドファンディングに参加してたのにいいいいい!!!!!」と壁に頭を打ち付けんばかりの勢いであります。特典色紙の写真をツイートして下さるクラウドファンディング参加者のおこぼれをいただいて、なんとか命を繋いでおります……。
もしもあなたが「繊細なアナログ作画」「本格冒険ファンタジー」と聞いて興味を持つような人なら、十分この作品のファンになる素質があります。
ファンタジーは私の大好物です。子供の頃に読んだ『ハリー・ポッター』や『指輪物語』をきっかけにファンタジーに興味を持ち、『ネシャン・サーガ』と『セブンスタワー』でファンタジー好きが大爆発。大人になってからは『夜の写本師』を読んで乾石先生のファンになり、今は創元ファンタジイ新人賞を推しまくっているような人間が私です。
私の趣味趣向と近い方は、多少苦手な要素があっても『終わトワ』を楽しめる可能性大です!
そもそも私が何故地雷かもしれないなと思いながらも『終わトワ』を読んでみる気になったかというと、ツイート画像1枚目のカラーイラスト(単行本の表紙)が、アナログタッチで、ファンタジーか歴史ものっぽかったからです。
最初はスルーしようかなと思ったんですよ。でも、「ツイート本文だけ見ると私の苦手な系統のような気がするけど、絵柄からは私の好きそうな匂いがプンプンするぞ! こういう絵のやつは大体世界観も私好みなんだよなぁ! 読まなくていいの? 本当にいいの?」と野生の勘が私に囁きました。迷った結果、読まない後悔より読む後悔と思って、合わなかったら自己責任だと割り切ることにしました。まあ、覚悟決めた意味とは? ってくらいすぐにのめり込んでしまったんですけど……。
『終わトワ』の作画からは、開始数ページを読むだけでも良質なファンタジーの空気を感じ取ることができました。最近の漫画でいえば、『クジラの子らは砂上に歌う』とか『とんがり帽子のアトリエ』とか、そういう類の作品から感じる空気です。土田先生のツイートによると、枠線以外は定規を使わずフリーハンドなのだそうです。機械的でないアナログ感を押し出した作画なのですね。好き。フリーハンド大変すぎて若干後悔する瞬間もあるようですが、とても素晴らしいので無理しない程度になんとか頑張っていただきたい。
ストーリーも簡単に紹介しておきましょう。『終わりの国のトワ』はポストアポカリプス的な世界観です。私たち読者が生きる現代の遺物が遥か先の未来で発掘され、家電製品などはろくに用途も分からないまま、骨董品として売られています。本はそのほとんどが失われ、本に記された文字を読める者は、世界全体でも片手で数えられる程しかいません。
さらに、この時代には女がほとんど存在しません。女というものは竜や悪魔と同じような伝説上の生き物で、実在しないと考えられています。男たちは「宿り木」と呼ばれる樹と交わって子を成し、命を繋いでいます。男しか存在しないので、当然この世界では同性愛が圧倒的マジョリティです。もし空想上の「女」にしか欲情できない人が出てきたとしたら、それは『終わトワ』の世界では相当なマイノリティだと言えるでしょう。
そんな中、自分は母から生まれ、自分も女となり、母を継いで兄の子を産む使命があるのだと主張している少年が、本作の主人公・トワです。女が子を産む、というのは私たちにしてみれば至極当然のことですが、『終わトワ』の世界ではとんでもなく異端な考え方であり、まともに信じてくれる人も少なかったり……。トワ自身も、使命を果たしたいけれどその方法が分かっていません。そこで、古の時代の智が集まる図書を訪れ、本から手がかりを得ようと新たな土地へやってきたところが、この物語の始まりです。
こうしてあらすじを知ってしまえば、「僕は女となり兄の子を産む」という言葉も第一印象よりずっとマイルドに感じられるのではないでしょうか。もっとも、言葉通りの意味であることに変わりはないのですが。「この世界で男が女になろうとしてるだけでもびっくりするのに、お相手まさかのお兄さんなの?」という気持ちは30回くらい読み返してもまだ消えません。マジでマジのお兄さんなの???
どうでしょう。少しでも興味を持ったら読んでみませんか。大丈夫、ここまでブラウザバックしてない人を待ってるのは地雷じゃなくて沼です。
『終わりの国のトワ』は最初に引用した土田先生のツイートから第1話を試し読みすることができます。また、マンガハックStoreの特設ページにも同じものが掲載されています。
マンガハックStore:
https://store.mangahack.com/comics/towa/#trial
マンガハックのアプリや、noteのマンガハック公式アカウントでも第一話は無料で読めるのですが、こちらは単行本や土田先生のツイートしたものとは微妙にセリフが異なっています。私はこのアプリ版と単行本の微妙な差異が結構面白いなぁと思っていて、この記事の中でもその点に触れています。できれば単行本バージョンを先に読むのがおすすめです。
■虚飾の王 セン
スクロールバーを見てはいけない……。ここからはとっても長いです。そしてネタバレだらけです! 最初はネタバレに配慮して書こうと思ったけど無理でした。
ところどころ台詞の引用がありますが、読みやすいように適宜句読点を追加しています。また、特に記載がなければアプリ版ではなく単行本からの引用です。
世界観の紹介で、この世界には文字を読める人間がほとんど存在しないと書きました。5人もいないということですから、もはや識字率とかそういうレベルではないですね。私たちが使っている平仮名や漢字やアルファベットが、『終わトワ』の時代には「古代文字」と呼ばれ、今で言う線文字Aみたいな存在になりかけているのです。(この時代の「現代文字」のようなものがあるような気もするのですが、一旦それは無視して後の方で語ります。)
現存する図書も数少なく、そのうちの一つ、世界最古の図書がセンの国にありました。センの国は領土が広く、王の経済政策のおかげで交易も盛んです。この国の王はセンという名の青年で、そこそこ真面目に王の務めを果たしているようですが、彼は大きな憂いの種を2つ抱えています。
1つは、図書の価値を理解する者が少なく、世界中で図書が失われつつあること。センは自分の血統が、神から滅びゆく文明の智を託された「智の王」であることに責任感を持っています。しかし、父である先代の王はまるで図書に興味がなく、センが図書を想う気持ちを理解しようとしません。
2つ目は世継ぎのこと。センの国の王は伝統的に、宿り木と交わって10人の子供をもうけ、そのうちの9人を様々な方法で殺してゆきます。そして最後まで生き残った強運の持ち主が次代の王になる決まりなのです。センは、命を軽んじるようなこのやり方を良く思っていません。
宿り木との交わりでは「十日眠り十の鐘を聞けば子を成せる」そうで、女性が子供を産む時には十月十日かかるところを、宿り木の場合は十日と十時間しかかからないんですね。先王の言い分は、簡単に子供を作れるのだから簡単に殺しても構わない、といったところ。
樹というものは毎年沢山種子を作って落としますが、日照条件などが揃わないと簡単には発芽しない仕組みだし、発芽しても若いうちに動物に食べられてしまったり、病気になったりして、ちゃんと成長して次の世代に命を繋ぐことのできる種は何千分の一とかだったりするんですよね。一般市民が宿り木で成した子は基本的には大切に育ててもらえると思いますが、センの王家の子供の育て方はまるで野生の樹のようです。
私勝手にセンは30歳手前くらいかなと思ってるんですけど、多少前後するとしても結局はそろそろ子供作ることを考えなければいけない時期なのではないでしょうか。男だし宿り木での子作りは簡単だから40代とか50代になっても平気かもしれないですけど、意識しなければいけないというだけでセンにとってはプレッシャーじゃないかなと思います。
そのような感じで、先王は図書を「読めもしない紙切れ」扱いして関心を示さない上に、掟だからといって我が子の命を蔑ろにする。センはそんな父親を理解することができず、憎んでいました。
そうした悩みを抱えて生きてきたセンは、ある日トワという少年と出会います。お忍びで市場視察に来ていたセンは、店先でトワが本を「本」と呼んだのを見て、トラブルに巻き込まれた彼を助けることにしました。本が本であると認識できることですら、この時代では特別なことなのです。
言葉を交わしてみると、トワは先王とはまるで間逆の人でした。
トワ「どうして… それではいけないのだろう。命は等しいのに…」
セン「……?」
トワ「命は等しく愛しく尊いと、皆が知っているのに」
セン「そうだな――… 命は美しい。君も…美しいな」
(第1話「母なる少年」pp.28-30)
セン「トワではない。命と本の価値を知る者が、本を燃やし司書を殺すような愚行を犯すわけがない」
(第2話「トワを呼ぶ声」p.54)
トワがいちゃもんをつけられて請求された大金をセンが肩代わりしたのは、単にトワを可哀想だと思ったからではないでしょう。一冊の本とその価値を知る者に、金一枚の価値を見出したからこそです。もしトワが、自分が助かりたいばかりに「こんなものはガラクタだ」と言って店主に本を突き返していたら、センはトワを助けなかったかもしれません。
本と命。自分が大切に思っている2つのものを同じように尊んでくれて、その上容姿も申し分なく美しいこの少年を、センはすっかり気に入ってしまいました。
セン「君、私の弟にならないか?」
トワ「は? 仰ってる意味がわかりませんが…」
セン「つれないなぁ。もう少し迷ってくれても…」
(第1話「母なる少年」p.30)
今日出会ったばかりの人に「私の弟にならないか?」と聞かれたら、トワでなくとも思わず「は?」と返してしまいますね。読者としても、初めてこのシーンを見たらセンの言葉に引っかかりを覚えるのではないでしょうか。
先程述べた、アプリ版と単行本で違っている部分がこの箇所です。アプリ版ではセンの台詞が次のようになっています。
セン「君、私の妾にならないか?」
(第1話「母なる少年」(アプリ版))
これなら意味がわかりやすい。王様、ナンパしてたんです。
話が進むごとに、センの国では「兄弟」という言葉が「恋人」「愛人」といった意味で使われていることが示唆されていきます。「兄」が攻、「弟」が受のこと。「弟」には「男娼」の意味もあります。若くて見目の良いトワは、街を歩けば「決まった兄はもういるかい?」などと声をかけられることも。さらに、トワにすっかり惚れてしまって、別の兄がいても構わないとまで言う人もいるくらいです。
ですが、トワの頭の中の辞書にある「兄」という言葉の項には「同じ親から生まれた年上の男」以外の意味はないようです。そのことは単行本に収録の番外編①ではっきり描かれています。
センの台詞の修正により、アプリ版ではセンの言う通りつれない態度で断った風に見えるトワが、単行本では本当に意味が分からなくて聞き返していると分かります。けれどセンはまさかトワが「弟」の意味を知らないとは思わずに、「つれないなぁ」とこぼしているのです。
ちなみに、この会話のすれ違いは副産物で、「妾」を「弟」に変えたかった理由は別にあったのではないかと思います。おそらく、「めかけ」という概念はあっても、この世界でそれは女でなく男だから、「めかけ」を表現するのに「女」が入った漢字を使いたくなかったのでしょう。春を売る商売に関しても「娼婦」や「男娼」といった言葉を使えないので、全て「弟」と表現することにしたと。考えたなぁ。
トワにつれなく断られてしまった(と勘違いしているだけだけれど、トワは実の兄の子を産むことしか考えてないから「弟」の意味を分かっていても多分あっさり断られていたであろう)セン。しかし、まだ諦めたわけではないようです。
トワ「センさん…」
ヒル「どうした赤くなって… 惚れたのか?」
セン「それは嬉しいな」
(第2話「トワを呼ぶ声」p.46)
トワはセンに惚れたというより、センの美しさに見惚れた、という方が近そうですが。
セン「それにセンの王の私室に入ろうというのだ。それなりの格好をせねばな」
トワ「シュウシさんはいつも通りですが」
シュウシ「私が着飾ってどうするのだ」
(番外編「センの国のトワ――②」p.165)
これはトワがセンの私室にある本を読みたいと言うので、その条件として美しくて動きにくい格好に着替えさせたシーン。この後センが眠るまでトワが本を読み聞かせするのですが……それ「夜伽」っていうんだよ。ただお話するだけかもしれないけど押し倒されてもおかしくないやつだよ。おまけにセンの付き人のシュウシが、邪魔が入らないよう扉の外で人を制している描写まである。気づいていないのはトワだけだ……。
さておき。センは美しいものが大好きで、自らも美しく着飾り、度が過ぎて「虚飾の王」と呼ばれるほどです。しかもそれに慣れきっていて、周りから見れば派手すぎる格好でも、派手だという自覚がありません。そして彼は「美しい」と褒められると嬉しくなっちゃいます。店舗別購入特典の4コマ漫画では、センのこの少しナルシストっぽい部分が面白おかしくネタにされていますね。喜久屋特典……欲しかった……山梨寄り都民には最寄りの店舗(千葉)も遠かった……。(アニメイトとゲーマーズでポチポチしました。)
一方で彼は、美しく輝いて見えるのは装飾品のことではないのかと卑下することもあります。実はこのセンという青年は、着飾った自分が好きな単なるナルシストなのではなく、着飾って目立たなければ誰からも簡単に忘れ去られてしまうのではないかと恐れている、自己肯定感の低い人間のようなのです。
先王「あれが着飾るのは死を極端に恐れているからだ。自分を遺そうと必死でな。九人の死の上にあれは立っている」
(第5話「最初の三人」p.135)
「虚飾の王」と呼ばれる彼が、なぜ国と同じ「セン」という名前なのか不思議に思いませんか。私は、彼が王子でも王族でもない、現役の「王」だからではないかと思っています。
先王「読めもしない紙切れを、命を賭して守れと言うのか?」
(第4話「王の箱庭」p.126)
王の10人の息子たちは、王位を継ぐたった1人になれなければ生まれてきた意味がありません。先王のような「意味をなさないものは残しておく価値もない」という考えのもとでは、王になれなかった9人のことをわざわざ個別に語り継ぐはずもない。語り継ぐ必要のない存在に、果たしてまともな名前が与えられていたでしょうか。10人の子供に対して「セン」という1つの名前しか用意されていなかったのでは?
さらに、「セン」という名が現役の王を指すもので、彼固有の名前ではないのだとしたら、口承される歴史にセンの功績が遺っても、後の世の人々が彼個人を思い浮かべることは難しいでしょう。よほど賢いか、愚かであるか――それこそ「虚飾の王」といった二つ名がなければ、一人ひとりの個性は語り継がれずに消えてしまいます。
p.60でセンが広げた地図の中に、「オクの国」という地名が記されています。センの国に関しては紋章などから「千の国」であろうことが明らかですが、オクの国はこれに対して「億の国」なのだろうかと連想できるような名前ですね。このオクの国は無数の小国による巨大連邦だそうです。
センの国もオクの国同様、多数のものの集合体であることを意味する国名なのだとしたら。歴代の王、そして歴代の、王になれなかった候補たち――何十何百の命が「セン」の概念を作っている様こそが、「セン」という国名の由来なのではないでしょうか。
よく「人は二度死ぬ。一度目は肉体が滅びた時、二度目は誰からも忘れ去られた時」などと言いますよね。センが本当に恐れているのはこの二度目の死なのでしょう。しかし、彼の二度目の死は一度目の死を迎えるどころか王の位を退いた瞬間から始まるのかもしれません。跡継ぎを作るのはますます気が重いですね。
トワ「でも、あなたは綺麗だ。あなたを一目見たら、きっと永遠に忘れない」
(番外編「センの国のトワ――②」p.168)
センは自分が王でなくなっても、自分が死んでしまっても、ずっと誰かに覚えていてほしいわけですから、こんなことを言われちゃったらトワに惚れるしかないですね。完全に心を掌握されてしまっている……。
赤ん坊が眠いと泣くのは眠ることと死ぬことの区別がつかないからだそうですが、センが眠る時に怖いと感じるのもおそらくそれが原因でしょう。とすると、センはトワにバブみを感じているのかもしれません。……「バブみ」という言葉を自分で使うことになるとは思わなかった。
いやぁ、こんなどシリアスな考察しておきながら間違っていたらめちゃくちゃ恥ずかしいですね。合っていたらそれはそれで胃が痛い。セン推しなので。
第1巻の登場人物で、センが特に心を許していると思われるのは3人。主人公のトワ、司書のヒル=アンドン、城付のシュウシです。彼らの共通点は、センのことをセンの王としてというよりも、セン個人として見ている節があるということ。トワはセンが王だと知ってもセンに対する態度を全く変えないし、ヒルはセンを呼び捨てにするわタメ口使うわで完全に友人のノリです。シュウシは国に対する忠義の他に、セン個人に対する敬愛の念も抱いているようです。
シュウシ「私は幼少の頃から「本」にあなたを取られてばかりでしたので」
セン「そんな理由か?」
シュウシ「それは先王と同じです。ガラクタだらけの過去の遺物に価値があるとは到底思えない。しかし… あながたそれを信じるのなら、私はそれを全力で守りたい」
セン「シュウシ…」
(第2話「トワを呼ぶ声」p.62)
シュウシはセンが幼い頃、おそらく彼がまだ王になれるかどうかも分からない頃からずっとセンを見てきた人物です。センの考えることを理解できず、自分自身の考えがむしろセンと対立する先王の意見に近くても、センの心を信じて選び従ってくれているのです。
仮にセンが王になれず死んでいたとしても、シュウシなら彼のことを忘れずにいてくれたでしょうし、センが王位を退き、民が虚飾の王について話題にしなくなっても、シュウシはセンの収集癖に小言を言い続けるのでしょう。センがシュウシに対してどれほど心強く思っているかは、p.63・2コマ目のセンの表情を見たただけでよく分かります。シュウシが「終始」でセンの人生を終始支える人的な意味だったら熱いなぁなどと考える。
しかし、シュウシもセンのためなら何でもできる、というわけではないんですよね。忠誠心が足りないとかではなく、国に縛られた臣下の立場では、どうにもならないことがあるからです。
先王の言葉に腹を立てて出ていったセンに対し、シュウシは「セン様…」としか言えていません。安らぎの場を失って見た目以上に傷ついているであろうセンには、下手な慰めは効かないと分かっているのでしょう。カコの国の図書を守るため派兵することが、センにとってはしばしの安堵に繋がるけれど、先王の了承が得られなければ兵を出すことはできないようです。センの権力をもってしてもできないのだから、当然シュウシにはどうすることもできません。
そこでシュウシがセンのためにしてあげられることといえば、トワとの関係のお膳立てなのだと思います。元気のないセンがトワと一緒にいると嬉しそうだから、トワのことを「我が王に敬意を払わないクソガキ」と思っていてもセンの気持ちを優先しているわけです。その結果あんなに執拗にトワを追い回していたと。結局トワを着替えさせることに成功したのはセンでしたが(笑) シュウシは着飾ったトワが美しいことに驚いているし、これでトワがもう少し常識的で礼儀正しかったら主の相手をするのに申し分ないのになぁとか思っているのではないでしょうか。
今後トワとヒルがカコの国へ行くのは間違いなさそうですが、六角塔をなくしたセンはトワとは離れがたいのではないかなぁ。「兵が出せないなら私ひとりでも行く!」みたいなこと言い出すんでしょうか。それでヒトトキもちゃっかりついてきちゃうんでしょうか。そういう場合にセンが留守を任せられるのがシュウシなのかなと思います。あとセンは兵を伴わないでカコに行くならちゃんと地味な格好しないとだめですよ。盗賊の餌食だよ。
■歩く図書館 ヒル=アンドン
センについて語りたいことがまだまだあるのですが、追々語れそうな箇所で語ることにして、このあたりで他の重要人物についても話していこうと思います。既に少しだけ名前を出しましたが、センの国の図書「六角塔」に住む司書・ヒル=アンドンです。
ヒル単体の画像がなかったのでこのツイートを引用しました。こちらから見て一番右がヒル=アンドン。センさえいなかったら文句なしにこの人が最推しでした。飄々としたおっさん大好き……。そして『終わトワ』のヒロイン枠は今のところこの人です(笑)
「昼行灯」という言葉の意味を調べてみると、検索結果には「間の抜けた、ぼんやりした人をあざけって言う言葉」とあります。しかし彼は六角塔の蔵書目録に記載がある本の内容は何でも暗唱できるという、天才的な頭脳の持ち主です。すごい。
ヒルはほとんど読める人のいない様々な古代文字を読むことができます。背景に描かれた本棚をチェックしてみると、ギリシャ語、英語、日本語、フランス語、ドイツ語、イタリア語、サンスクリット語などのタイトルを見つけることができました。確証はないけれどアラビア文字らしきものも。わざわざ描写されていないだけで、他の言語もあるでしょう。それを全て読むことができるヒル=アンドン、恐ろしい男。
司書は生涯、図書から出ることを許されません。ヒルは隠し通路を使ってこっそり出歩いているのですが、それでも都の外まで出ることはなかったでしょう。六角塔にこもって山ほどの本を読んできたヒルは、この世に自分の知らないことなどないと思っていた――というより、そう思い込もうとしていたのでしょうね。しかし、女になる術を求めてやってきたトワは、博識なヒルにさえ多くの未知をもたらす存在でした。
トワ「あなたはこの世界をその目で隈無く探したのですか。竜も悪魔も女も――…いないという証拠はない!」
(第2話「トワを呼ぶ声」p.45)
要するに「お前は井の中の蛙だ」と言われちゃっているのですが、図書から遠く離れることのできないヒルにとって、トワに言われたこの言葉は反撃し難い痛烈な一撃だったのではないでしょうか。
ヒルはマヒルの国の図書が焼け落ちたと聞いた時、一瞬呆然としています。どうせ叶わないからと諦めかけていたものの、ヒルの心の奥底にはいつか他の国の図書を巡りたいという思いがあって、けれど、マヒルの図書が永遠に失われたことでヒルの夢がまた一つ絶たれてしまった。これはそういうシーンじゃないかと思うのです。
トワに言われたことをすぐには納得できなかったような表情のヒルですが、トワの言葉は図星でした。
ヒル「信じるよ、トワ。俺が知らないことがこの世にあるなら、俺はそれを知りたい」
(第3話「図書炎上」p.82)
いわゆる「無知の知」というやつですね。えらい。
マヒルの国の図書を焼いた疑惑に加え、王に対して無礼をはたらいたとして牢に囚われてしまったトワ。下手すれば首が飛ぶかもしれない彼を逃すため、隠し通路を通って助けに来たヒル。トワを信じてとったこの行動が、ヒル自身の命をも救うことになります。
新興宗教「終わりの教え」を信仰する者たちが本を葬り、司書を殺すため六角塔に火を放った時、ヒルはトワと共に外にいました。ヒルがトワを助けに行かず六角塔の中にいたならば、マヒルの国の司書同様、火に巻かれて死んでいたでしょう。
また、これらの敵は、いつもより厳しかったはずの警備をものともしない、手強い連中です。ヒルが単独で外にいたとしても、見つかったら最後、味方が駆けつけるまで生き残ることは難しかったはず。実際、敵に狙われた瞬間のヒルは腕で自分の体をかばうことすらしていません(大事な目録を盾にはできなかったのかも)。剣術に秀でたトワが守ってくれたからこそ、ヒルの命は助かったのですね。
そしてヒルが無事だったことで、センの国の図書も守られました。蔵書は形こそ燃え尽きてしまいましたが、ヒルの頭の中にあるそれらの内容までは、消えずに済んだのです。
トワ「新たな図書を得るためカコの国へ! ヒル…あなたは解き放たれた! あなたは自由だ!」
ヒル「ああ…!」
(第4話「王の箱庭」pp.117-118)
ヒルはこの先、六角塔に囚われていた頃には縁のなかった都の外の土を踏むことになるでしょう。そうして自分の目で、本当に竜や悪魔や女が存在しないのか、あるいは存在するのかを確認するのです。
そしてこの記事が完成に近づいた頃こんなツイートが投下されて夜中なのに変な声が出ました。ヒルのこと40歳くらいかなと思ってたのですがもう少し上だった! 司書は生まれた時から図書に軟禁されているのか、つまり司書の子が司書になるのかどうかはまだはっきりしていませんが、仮にそうだとしたらヒルは半世紀近く六角塔に釘付け状態だったんですね。この歳になってなお知識欲が旺盛とは素晴らしい。そういう人大好き。
トワが15〜17歳くらいに見られているので、ヒルとトワはおおよそ30歳差ということになり、そうすると図書炎上後の会話などは完全に叔父と甥が喋っているみたいに見えてきます。親って感じではないですよね。個人的には『バクマン。』の川口たろうみたいな印象です。
ところで、センはこの国のことを「自由と智を愛するこの世で最も豊かな国」と呼びましたが、センにとっての自由とヒルにとっての自由はある意味対照的です。ヒルにとっての自由は六角塔を出た先にありますが、センにとっては六角塔や私室で本に囲まれて過ごす時間こそが自由でした。
六角塔の火災はヒルにしてみれば結果オーライです。しかし、彼が全ての本を暗記しているからといって、センの愛した六角塔という空間の代わりに成り得るかといえば、難しいのではないでしょうか。何故なら、ヒルとセンでは同じ「本好き」でも種類が違うからです。ヒルが「読書」が好きなのに対し、センは物理的な「本」が好きなタイプでしょう。
現代的に例えてみます。ヒルは紙でも電子書籍でも、読めるならフォーマットにはあまりこだわらない人間です。ただ、入手したからには乱雑には扱いません。センは絶対に紙で手に入れたい派で、手に入れたことで満足して積んでしまいがちです。あと、よく表紙買いしていそうです。ついでに先王についても考えてみます。彼が本を読むなら実用書や新書を好みそうです。大してためにならないと思ったら、売ったり捨てたりすることをほとんど躊躇しないでしょう。
ヒル「お前も物好きだな、センよ。先代は図書など見向きもしなかったのに」
セン「父上は――…目に見える物を好いているからな」
ヒル「それはお前も同じだろ」
セン「ん?」
ヒル「そのキラキラだよ!」
(第1話「母なる少年」p.37)
つまり、ここでセンが先王について言っているのは「目に見えて成果が現れるものしか評価しない」という話であり、ヒルがセンについて指摘しているのは「物理的に愛でられるものが好きだね」ということなんですよね。
要するにセンと先王の諍いって、オタクの息子とオタクに理解のない親の喧嘩じゃねーか! 一生かかっても平行線なやつだ! シュウシはオタク趣味理解してくれるわけじゃないけどコレクション勝手に捨てたりもしない比較的良心的な親みたいな感じですかね。
話を戻します。歩く図書館だけではセンにとって不十分だというのなら、センが命じて塔を建て直し、ヒルが記憶の中の文章を全て紙に書き起こせば良いのです。そうすれば、ほとんど元通りに六角塔を再建することができるでしょう。しかし、今のところそういったプロジェクトが発足した様子はありませんし、センはカコの国の図書を「現存する唯一の図書」と言っています。
ここで一つの疑問が浮かび上がってきます。果たしてセンはヒルが図書の内容を全て暗記していることを知っているのでしょうか? ヒルはこの能力をトワに披露してみせた時、「秘密だぞ」と口止めをしています。そして、少なくともシュウシはそのことを知らないようです。
シュウシ「図書が燃えた今、貴様は”元司書”だ。せいぜいお伽噺に花を咲かせるがいい」
(第4話「王の箱庭」p.105)
もしシュウシが知っていたら、こういう言い方にはなりません。
セン「六角塔なき今、私の安らぎの場はここしかない」
(番外編「センの国のトワ――②」p.167)
私ははじめのうち、ヒルとセンの仲ならセンは当然知っているだろうと思い込んでいました。しかし、知っていたらセンの口からこのような弱音は飛び出さなかったのではないでしょうか。
センにとっても友人に再度不自由を強いるのは好ましくないはずですが、彼が国の宝と思っている図書と比べたらどうでしょう。命を取るわけでなし、とヒルをまた図書に閉じ込めてしまうかもしれません。というかこれまでも「そういう決まりだから」と六角塔から出さなかった。センとヒルは友人ですが、国王と食客の関係でもあります。センに命令されたら、ヒルは逆らうことができないのです。
そうなることを予想し、ヒルがセンにも黙っているのだとしたら、それはセンにとっては酷い裏切り行為と感じられるかもしれません。逆に、そういう関係であることを分かっていてセンがヒルに命じるなら、それはヒルにとってあまりにも酷です。今のところヒルとセンは良き友人で互いの数少ない理解者であるかのように見えますが、その実互いの求めるものは相容れないのです。
ヒルとセン、双方の自由を両立するには、もっと根本的な解決が必要でしょう。その鍵を握るのがトワなのかもしれません。
そう考えてみると、第1巻に収録されている2つの番外編は、自由を得たヒルと自由を奪われたセンの対比に他なりません。
番外編①では、ヒルが以前からこっそり六角塔を抜け出し、「レイメイ」と名乗り、弟宿に行ったこともあるということが判明します。トワについていかなければバレることもなかったのですが、好奇心の方が勝ってしまったのですよね。
一方で、第2話ではシュウシの小言から、センが弟を買うより六角塔に籠もる方が好きらしいと示唆されていました。そして、番外編②では改めて「六角塔なき今〜」の台詞があり、センにとって弟宿屋は決して真の安らぎの場ではないことが分かります。
ちなみに、第1話でヒルがセンに珈琲を出してますよね。でもトワには出していない。飲むかどうか聞いてすらいません。つまり二脚あるカップの片方は来客用というよりセン用に置いてあると考えられます。やっぱりセンは六角塔に通いつめていたんですね。
センとヒルが対比されていることに気づくと、トワに司書が図書から出てはいけないのは何故かと問われた時の反応にも2人の違いを見出すことができます。
セン「図書の者は生涯、図書から出ることを許されないからな」
トワ「なぜですか?」
セン「なぜってそういう決まりだ」
トワ「なぜ?」
セン「………………」
(第1話「母なる少年」pp.33-34)
ヒル「俺は図書を離れちゃいけないんだからな」
トワ「なぜ」
ヒル「なぜって――…ああ、めんどくせ。そういう決まりなんだよ。智を求める者には智を与えるが、自ら広めてはならないと先代からの教えでな。智は思想になり、思想は迎合を生み、やがて否定に至る。…智は武器に成り得る」
(第3話「図書炎上」p.78)
中身のある答えを持たないセンと、答えようと思えば答えられるヒル。同じ「智」を大切にするスタンスでも、それを集めるだけ集めてただ飾っておくのか、読み込んで自分のものにするのかでこういう差が生まれるのでしょう。
先王がセンの想いを理解しないのは、センの言うことが上辺だけに聞こえているからではないでしょうか。センは幼い頃から六角塔に通いつめているのに、おそらく古代文字は一つも読めないようです。「智を求める者には智を与える」のが司書の役割なのですから、センが積極的に文字を学び、自力で本を読んでみたいと思っていたら、ヒルから平仮名の読み方くらい教わっていてもおかしくはないはずです。(もしかしたら、図書を継ぐ者以外には文字を教えてはいけないという決まりがあったり、血筋的な問題で司書以外は絶対に文字を覚えられないという可能性もありますが。)
先王はきっとセンに対して「お前は実際に読んでみたこともないのに、何故本は重要だと言えるのか」と思っているのでしょう。司書はその性質上、六角塔から出てきて図書に興味のない王に本の重要性を説くことはありえません。司書以外の者が文字を学び、本を読んでみて、その素晴らしさを外に向けて語らなければ、先王のような人に図書の重要性を理解させることは難しいのです。
「虚飾の王」という二つ名は、センの外見のキラキラを指して呼ばれているものですが、センが必死に抱え込もうとしている智の中身のなさも、なかなか「虚飾」っぽいですね。センは決して馬鹿で無能なわけではないけれど、どこか危うくて、賢王と愚王の間からどちらに転んでもおかしくない感じです。
でも役に立たないかもしれないものを、それでも保護しようとするセンの方針は、たとえば研究職の人たちにとってはすごくありがたいことのはずなんですよね。役に立たないかもしれない研究が思わぬ形でたまたま役に立ったことの積み重ねが現代の文明ですから、センみたいな人も確かに必要なのです。だから彼ももう少し何か変わることができたら……もっと良い形で彼の想いが活きるようになる気がします。
ヒルはヒルで先代の教えを破って外に出ないではいられない性格なので、これが災いを呼ばないと良いのですが、きっと一波乱あると思います。
「レイメイ」という偽名は、彼がいつも夜の間に六角塔を抜け出していたからつけた名前じゃないかなぁと私は思っています。もうそろそろ夜が明けるから帰らなければいけないという時に名前を聞かれて、とっさに「黎明」と答えたとか。メタ的に考えればもっと何か意味のありそうな名前です。「終わりの教え」が辿り着こうとしている「真の朝」と関係があるかもしれません。あと、夜中に街で遊んで帰ってきて寝不足で昼間ぼーっとしていたらまさに昼行灯ですね(笑)
ヒルがセンの格好を見てお忍びにしては派手すぎると苦言を呈するのはきっと、ヒルもお忍びで歩き回った経験があるからでしょう。センは身バレしても無駄に目立って後でシュウシから小言を言われるだけでしょうが、ヒルの場合は下手すると司書の務めを放棄したとして首が飛ぶかもしれません。
セン「今…私を”オンナ”のようと言ったのか?」
トワ「はい! 一目見た時からずっと――…”女”のようだと!」
ヒル「トワ! ちょ…おまっ、やめろよ! 首が飛ぶぞ!」
(第2話「トワを呼ぶ声」p.47)
ヒル「やっと見つけたぞトワ! お前に何かあったらセンに八つ裂きにされる…」
(番外編「センの国のトワ――②」p.156)
前者は比喩ではないですし、後者も意外と比喩ではないかもしれません。センを本気で怒らせた人が過去にいたのでしょうか。ヒルは平気でセンを呼び捨てにしている割に、センを怒らせたら洒落にならないと本気で恐れている感じがします。これまでずっと危ない綱渡りをしてきた自覚が、ヒルのこの言動に多少なりとも影響しているのかもしれません。
だから、ケントたちに捕まってトワにいろいろバレちゃって冷や汗ダラダラ。でもトワには告げ口する意志がなさそうだからか安心したようです。トワってちょっと天然だから口を滑らせないといいですけど……。
■母なる少年 トワ
ようやく主人公・トワのターンです。何故最初にトワの話をしなかったかというと、いきなりトワについて語ろうとすると荒唐無稽で掴みどころがないからです。なのでひとまずセンとヒルを通して少しずつトワについて触れてきました。
第1話では、トワが金砂という背黒狼と一緒にセンの国の都に辿り着くところからストーリーが展開していきます。それ以前には、トワはずっと砂漠で一人暮らしてきたとのこと。さらにもっと幼い頃は、兄であるソラと一緒に暮らしていたようです。冒頭でトワとソラの母親も登場しますが、彼女とは一緒に暮らしていなかった可能性が高いです。
ソラ「ああ… 二人で母さんに会いに行こう」
(第2話「トワを呼ぶ声」p.67)
普段から一緒に暮らしていたら「会いに行こう」とは言いませんよね。冒頭では母親と一緒にいるのでいろいろ状況が変わっている可能性もありますが。(ところで幼いトワが着ている服の模様、「ん」ですね。単行本表紙のトワの服の帯も同じ模様ですね……。)
トワはヒルのように図書を継いだ司書にしか読めないはずの古代文字を、いくらか読むことができます。トワ曰く、これは母から教わったのだとか。……トワのお母さん、司書だったのでは?
トワの回想の中で、トワとソラは何かの襲撃に遭い、ソラがトワを暖炉のような場所に隠して戦いに行く様が描かれています。この襲撃が、マヒルの国の図書やセンの国の図書を襲ったのと同じ「終わりの教え」によるもので、司書とその後継を狙ったのだとしたら……六角塔でトワとヒルの遭遇した襲撃者が、トワの名前を聞いて驚いたような顔を見せたのも辻褄が合うのではないでしょうか。
ヒル「トワ!!」
襲撃者「トワ…?」
(中略)
襲撃者「また会おうトワ… 必ず」
(第3話「図書炎上」pp.92-97)
彼は、あの時見つけられなかった最後の一人がこんなところにいた、と思って笑みを浮かべたのかもしれません。顔の傷跡は、ソラにつけられたものでしょうか。トワはこの襲撃者とはなかなかに因縁が深そうですね。
トワは今でも兄の子を産むと言い切っていますから、幼いトワが隠れていた場所から出てきた時、兄の死体はなかったのでしょう。なので、ソラは死んだのではなく誘拐された説が有力かなと思います。
襲撃時、トワはソラと一緒に戦おうとしましたが、当時のトワはまだ幼かったために叶いませんでした。兄の力になれず離ればなれになってしまったことが悔しくて、いろいろ猛特訓したのでしょうか。この子今の所作中人物の中で一番強そうなんですよね。その強さたるや、特典ペーパーでネタにされるレベル。力ずくで手枷を砕いたり、初めて人を殺した時も動きに全く躊躇が見られなかったり、心臓一突きで殺してたり、可愛らしい見た目に反してクレイジーな成長ぶりです。こえー。
センの都で訪れた商店にて、主人と一悶着あって兄の剣を手放そうとしたトワですが、センの助けが入らずあのまま手放していたとしても、トワなら無事に人攫いから逃げおおせたかもしれません。城門から入れなかった金砂も、壁を越えてトワを追ってきていたことですし。
金砂が人攫いの男たちに飛びかかった時、センも驚いていますが、狼に人が襲われる様は彼のトラウマだったりしないのでしょうか。王の候補を絞る過程で飢えた狼が放たれたこともあったはずですよね。商品以外の生物の出入りが禁止されているのはセンがその時のことをトラウマに感じているからかなぁとちょっと思いました。あと、トワが金砂とお別れした次のページにいきなり家畜(牛?)がいるの、巧いなぁと思います。こいつは売り物なんですね。
それからセンがトワの手を引いて逃げる時の手の掴み方が雑で好きです。本当に急いでいる感があります。Twitterでなんかそういう雑な手の掴み方が好きっていう人のツイート見たことある。というかセンって割と雑ですよね。大事な本投げたり、テーブルに地図叩きつけて飲み物こぼしそうになったりね。
無事高台まで逃げ切ったところで、景色を眺めながらセンがこんなことを言います。
セン「城付きの者も含め二百人以上が暮らしている。屋上からの眺めはさらに美しいぞ」
(第1話「母なる少年」p.27)
金一枚ポンと出せる上に、城の屋上に行ったことがあるという時点でほぼ確実にこの人は王族だと分かるのですが、トワは鈍いので全く気づきません。センの身につけている装飾品は耳飾りや首飾りも「千」の形をしていて、喩えるなら天皇陛下のお召し物に菊紋がついているみたいな感じですが、やっぱりトワは気づきません。
ちなみに千の国の紋章は三日月と剣を組み合わせたような模様で、兵士の制服にも描かれていますし、センが店の主人に渡した金貨にもこの刻印があります。ヒルがもっている目録の表紙もこれですね。「千」をモチーフにしたデザインはあちこちにあって、隠れミッキーみたいです。
対してトワが身につけている装飾品らしいものといえば、「q」みたいな形のペンダントぐらいですが、これは子宮や卵巣といった女性生殖器の片側半分でしょう。p.29の2コマ目が一番わかりやすいです。多分もう半分がどこかにあって、両方揃わないとトワが目指す「子宮の庭」に入れないのではないかと思います。
トワは初めのうち、センの顔をちゃんと見ていません。トワがしっかりセンと顔を合わせるまでは、センの顔は曖昧に描かれていて、読者にもセンの顔が見えません(この演出すごく好きです!)。私たちはセンの登場から13ページ目にしてようやくセンの美しいかんばせを拝むことができます。この時トワはセンのことを美しいと褒めちぎりますが、……どうもトワはセンを見て母のことを思い出しているようです。
セン「トワ。中々面白い見解だが、あまりそのようなことを言ってはいけないよ」
(中略)
トワ「センさん――…あなたはまるで女のように美しい!」
(第2話「トワを呼ぶ声」p.46)
トワ「センさん、あなたは母のようだ… 気高く美しい。僕はあなたのような女になりたい」
(第2話「トワを呼ぶ声」p.54)
センは確かに美しく着飾っていますし、顔も若々しくて整っていると思いますが、彼が私たちの知る「女」のように見えるかと言われたら、ものすごく微妙だと思うんですよね。だって、背は高いわ肩幅あるわ首もしっかり太いわ、手つきも明らかに男ですよ。(あとものすごく個人的な印象ですが中村悠一さんみたいな声がしそう。)
第4話の扉絵です。私が初見時「薄々気づいてたけどやっぱりこの人体でかいな!」と思った絵。あと、番外編①の扉絵も是非チェックしてみて下さい。そっちはセンも軽装なので服の分を差し引いても体付きがしっかりしているのが分かります。3人の身長差も分かりやすい。ということで、私から見てセンを女みたいだと思える要因があるとしたら、普通男はホルモンバランスのせいでこんなに髪の毛を伸ばせない、という点だけです。センの美しさに対する執念が並じゃない証ですね。
ならどうしてトワがこんなに「女のようだ」と言うのかを考えてみた時、トワだって女のことそこまで詳しく知らないんじゃないか、と思い至るのです。トワにとっても「女」といえばおそらく自分の母親しかいないはず。つまりトワの言う「女のようだ」は全て「僕の母のようだ」と言い換えても良いことになります。「トワはセンを見て母を思い出している」と考えてみると、思い当たる節があります。
冒頭に出てくる母の髪の毛はとても長く、三つ編みにされています。ちょうどセンと同じような髪型です。また、小柄なトワが背の高いセンを見上げた時の視界は、幼いトワが母を見上げた時の視界とよく似ているはずです。センの「あまりそのようなことを言ってはいけないよ」という言葉に関しても、母に優しくたしなめられた時のことを思い出したのではないでしょうか。
コミックナタリーの画像のチョイスがまさに私の見てほしいところピンポイントでした。トワ、めっちゃ見上げてますよね。
トワの言う「美しい」が一体どんな意味なのか、ちょっと分からなくなってきました。もちろん私たちの知る「美しい」の意味もあると思うのですが、トワが抱く母への想いが全て「美しい」の一言に凝縮されている感じがします。トワの中では「母」と「美しい」が必要十分条件の関係にあるような……。
しかし、センが思い出の中の母に似ているというだけで「一目見たら永遠に忘れない」とまでトワに言わせられるものでしょうか。何かもっとトワがセンに美しさを感じる理由がありそうです。
ちなみに、センは女のようだと言われて怒りましたが、トワがキラキラした憧れのまなざしでそんなことを言ったので、貶す意図はなかったのだとすぐに分かったようですね。本来打ち首でもおかしくない不敬にもかかわらず、本を投げつけるだけで許してしまうあたり、やっぱりセンはトワのことをすごく気に入っているのでしょう。
というかセンは単に「女」が忌語だから怒ったというより、いつも先王から「女のように着飾って」と小言を言われてきたせいで反射的にキレた可能性もあります。センが声を荒げて怒るのは、普通に腹立たしい案件に加えて父親の胸糞悪い部分を無意識に思い出した瞬間なのではないかと私は思っています。第4話でトゼツから「仮初の命」「真の命」といった言葉を聞いた時も、王位継承のことを思い出してキレちゃったんじゃないでしょうか。センは2回とも怒った後で冷静に考え直していますから、基本的に理不尽に怒るタイプではないはずなんですよね。
話が変わりますが、トワは作中でよく歌っています。ヒルによると、誰でも知っている「森と智の歌」のようだけれど、違う歌なのだそうです。単行本には『森と智と命の歌』として三連の詩が載っています。
連の最後はそれぞれ「我が名は森なり。」「我が名は智なり。」「我が名は命なり。」と締めくくられています。おそらくこれは第5話のタイトルにもなっている「最初の三人」を表していると思われます。「終わりの教え」の人々が信仰する、宿り木に呑み込まれた男が「終わり」と呼ばれているのと対照的ですから、何か関係がありそうです。
「三人」というと、トワとセンとヒルに対応するのかなぁと安易なことを考えてしまいますが……。それが合っているという前提で考えてみると、「命の歌」には母のことが語られていて、トワと「命」が結びつくのは間違いなさそうです。
第5話の最後にトワは宿り木を介して「終わり」の男と通じ合ったような描写があります。この時トワは何かに導かれたのか、それとも合言葉のようなものを知っていたのか、「我が名は命なり」と口にしています。私にはなんとなく後者のような感じに見えますが、続きが出ないと正確なところは分かりません。続きが出ても分からないかもしれない……。
「智の歌」には父親のことが歌われていますから、対応するのはセンでしょうか。
セン「センの国の図書は我が祖が神から滅びゆく文明の智を託されたもの。焼かせてなるものか!」
(第2話「トワを呼ぶ声」p.61)
先王「この宿り木は「最初の三人」が神より授けられた宿り木の根をわけたもの。この世界の成り立ちを知る宿り木の一つだ」
(第5話「最初の三人」p.139)
これらの言葉から考えると、センの祖先は最初の三人のうちの一人で、「智」を司った人物だと考えられます。
すると消去法的にヒルは「森」にあたることになります。ことばを「言の葉」と言ったり、写本の紙の一枚を数える単位も「葉」であったりするので、その集合である図書を「森」と表現したのでしょうか。であれば「やがて集いし人々」は智を求めて司書のもとへやってくる人々のことでしょう。ただし、この考え方だとヒルである必然性がないんですよね。他の国の司書でもいい。なのでこの説にはあまり自信がありません(汗)
「三人」といったらトワとセンとヒルだろうと勝手に思い込んでいますが、もう一人すごく重要そうな人がいるんですよね。城門前にいた警備兵のヒトトキです。
ヒトトキはほとんど一目惚れのような形でトワを好きになってしまって、牢に囚われたトワを逃がそうとしたり、トワが釈放されてからは「俺以外の兄がいても構わない」と追いかけ回したりしています。でもトワには全く相手にされていなくて、今のところ共感性羞恥の塊みたいなキャラクターです。
しかし「永遠」の対義語である「一時」を名前に持つからには、ただの脇役で終わるはずがない。ストーリーが進めばトワのお相手になるかもしれないし、もしかしたら敵になるかもしれない。名前が対になっているってそういうことでしょう?! とにかくものすごい可能性を秘めたキャラクターがヒトトキです。クラウドファンディングのお礼の色紙でヒトトキをリクエストしていた方、絶対に先見の明がある。
ヒトトキ、間違いなくトワとヒルの旅についてくると思うんですけど、センがやっぱり兵を出せなくて少人数の旅になってしまったらものすごくシュールなパーティになりそうです。道中トワを守ってあげようとするけど、多分トワの方が強いでしょ。第1話以来出てきていない金砂も、街の外に出たら合流すると思います。金砂も強い。頑張れ。
■智を愛する
ここまでで大体2万字くらいだそうです。こんなに長くなるはずではなかったんだけど、おかしいなぁ。記事を分けたほうが読みやすいかもしれませんが、なんとなく分けるのは違うなぁと思ったのでこのまま突き進みます。もうしばらくお付き合いください。
ここまでは3人のメインキャラクターを中心に見てきましたが、ここからは背景に注目していきます。
ダジャレみたいな話ですが、「終わりの国」は平仮名にしてしまえば「尾張国」と区別がつきません。尾張国といえば現在の愛知県北西部にあたります。愛知――「知を愛する」と書いて「愛知」。偶然かもしれませんが、偶然だったら逆にすごいなぁと思うくらいには『終わトワ』とマッチした言葉ですね。
「愛知」と聞いて大多数の日本人が思い浮かべるのは地名の方だと思いますが、これは哲学用語でもある、というか哲学そのものです。英語で「哲学」は「philosophy」といいますが、語源となった「φιλοσοφία (philosophia)」にはギリシャ語で「知を愛する」「智を愛する」といった意味があるのです。
ギリシャ語といえば、六角塔に所蔵されていた本は、確認できる限りではギリシャ語タイトルのものが最も多いようです。私たちの生きる時代で発行部数が多いのは英語や中国語の書籍ですし、物理的な面で考えれば日本のハードカバー本などは世界的に見ても頑丈なつくりで長い時を経ても残りやすいでしょう。ですが、ギリシャ語が一番多いというのはかなり不自然です。
作者の趣味かなぁとも思ったのですが、折角なのでもう少しだけ真面目に考えてみます。といってもほとんどこじつけに近いので、話半分に聞いてくださいね。
きっちり数えたわけではないので間違っているかもしれませんが、『終わトワ』の背景で最も頻繁に登場するのはプラトン関連の本です。単純にプラトンの名前が書かれているものだけで、少なくとも『Πλάτων』『PLATON』『PLATO』『plato』の4種類が確認できます。『Πλάτων』『PLATO』は特に何度も見かけたと思います。同じ棚が映っている可能性もありますが、確実に違う方向の棚にそれぞれ『Πλάτων』が置かれていることも確認済みです(p.44の1コマ目と2コマ目)。マヒルの国の図書が焼け落ちたと聞いて、ヒルが思わず取り落としてしまった本も『PLATO』。しかもそれを入れようとしていた棚にも『Πλάτων』と『plato』がある。これだけ出てくるなら絶対センの部屋にも一冊か二冊プラトンについての本があるだろうと思ってチェックしたら、やっぱりありました(p.62)。
これほどしつこくプラトンが出てくるということは、この話の根底にプラトンの思想が関わっているのではないか、と私は考えました。作者が締め切りに追われて無意識にプラトンを量産してしまった可能性もありますけど(笑)
プラトンについて語るには、「イデア論」「想起説」という考えがとても重要です。――と偉そうなことを言っておきながら私は哲学については素人もいいところなので、できれば私の説明を鵜呑みにしいないでちゃんとした解説に目を通してください。とりあえず今は、私の『終わトワ』考察に必要な部分だけ、素人なりに説明してみようと思います。明確な誤りがあれば教えてください。
まずイデア論。イデアというのは、分かりやすく言えば言葉の概念みたいなものです。多少欠けていても三角形っぽい石や、フリーハンドで描いたよれよれの三角形を見た時、それが完全な三角形でなくても、ほとんどの人はそれを「三角形だ」と認識することができますよね。プラトンはその理由を次のように考えました。それは人間が皆、理想的で完全な共通のイメージ、即ちイデアを生まれながらに知っていて、「三角形っぽいもの」を目にすることで、「三角形のイデア」を連想しているからである、と。これが「イデア論」です。
そのイデアというものは、私たちが生きるこの世界ではなく、イデア界という別の世界に存在しています。もし私たちの生きているこの世界から「三角形っぽいもの」が全て滅んでしまっても、イデア界に存在する「三角形のイデア」が消えることはありません。
想起説によると、人の魂は不死であり、輪廻転生を繰り返しています。人は生まれてくる前にイデア界であらゆるイデアを目にしていますが、赤ん坊として産まれてきた時に、今まで見てきたイデアを全て忘れてしまいます。しかし、生きていくうちに様々なきっかけによって、忘れていたイデアを少しずつ思い出して(想起して)いきます。たとえば、三角形っぽい石を見つけたら、三角形のイデアを想起し、「この石は三角形だ」と考えるようになります。つまり、知識の習得とは、忘れていたイデアを想起することである。これが「想起説」の考え方です。
実物がなくても人々が共通のイデアを抱きうるという状況に似たことが、『終わトワ』の中でも起こっています。女を見たことのないはずの人々が「女」について語る瞬間です。センの国の人々は「女」を忌語だと教わり嫌っていますが、トワが言うように女が美しいものであることも知っています。そして彼らは、トワというきっかけと出会うことで、女のイデアをより明確に想起しつつあるのではないでしょうか。
プラトンを絡めた考察は私の独自解釈ですが、少なくとも「思想」というキーワードは『終わトワ』の今後のストーリーに大きく影響しそうです。
ヒル「智を求める者には智を与えるが、自ら広めてはならないと先代からの教えでな。智は思想になり、思想は迎合を生み、やがて否定に至る。…智は武器に成り得る」
(第3話「図書炎上」p.78)
メタ的に考えて、ヒルの言葉が示唆しているのは、この台詞のすぐ後に登場する「終わりの教え」のことですね。
トゼツ「それはこの世界の始まりから在るという「彼」を仮初の命の象徴と仰ぎ、「終わり」と呼び、真の命はこの世に非ずと――…」
セン「仮初――…真の命?」
トゼツ「この世の全ては仮初に過ぎず、先の時代から繋がれた黄昏の遺物を全て焼き捨てた先に真の朝が来る、と」
(第4話「王の箱庭」p.123)
死んだ後に極楽浄土があったり天国があったりするという考えはいろんな宗教で似たようなパターンがあるので、正直、プラトンと全く関係ない可能性の方が高いと思います。ですが、イデア論と想起説も穿った見方をすれば、「イデアを目にするためには一度死ななければならない」という風に解釈できてしまいます。つまり、私がこの考察で言いたいのは「もしかしてこの人たちイデア界に行こうとしているのでは?」ということです。イデアを見ている状態こそが真の命だと考えている可能性が微レ存。
なんかいろいろ言いましたが、私は高校でも倫理ではなく政治経済を取りましたし、大学時代にも教養科目で哲学の授業を取ったけれどさっっっぱりついていけなくて単位落とした人間なので、こういう観点からの考察はもっとちゃんと詳しい人にお任せしたいです……。
あとギリシャから連想するワードとしては、「父殺し」も関わってくるかもしれません。父を殺して母を手に入れる……。センに関係ありそうですよね。むしろプラトンよりこっちの方を真面目に考えた方がいいんじゃないか? という感じもしますが、これはもう少しストーリーが進んでからちゃんと考えてみようと思います。
それと、蔵書の中でプラトンに負けず劣らず見かけたのが神話関連でした。特に『ΜΥΘΟΛΟΓΊΑ』と書かれた本、いっぱいあります。もちろんセンの部屋にもあります。というかセンの部屋にあって炎上を逃れた本が何らかの伏線なのかも。なのでできれば神話もチェックしたいところです。宿り木や最初の三人の話で「神」というワードが何度か出てきていますから、既存の神話にも何か参考になるような話があるかもしれません。
あとこれは蔵書について考察というより事実確認です。
ヒルがトワの前で暗唱してみせたのは、鴨長明の『方丈記』、宮沢賢治の『春と修羅』、スティーヴンソンの『宝島』でしたが、この『宝島』に少し注目してみましょう。
p.99の2コマ目、燃え盛る書架を背景に、上から落ちてきた本が『宝島』です。p.113の1コマ目、トワが回想する燃える前の書架の中にも『宝島』があります。さらに、表紙でトワの周りに舞っている紙切れの中にも『宝島』の一部が見て取れます。作者の『宝島』推しがすごい。Twitterで作者の別垢のつぶやきを見るとだいたい察しがつきます。両方とも内容をチェックすべきか……。
作者の趣味かなというものの中には、宮崎駿、富野由悠季、伊藤悠、寄生獣、岩明均、聖闘士星矢、といったワードもアルファベット表記で見つかったので(ただし一部文字が欠けたりしています)、良かったら探してください。近眼でもつらかった。
番外編②でトワがセンに読み聞かせるのは、アルチュール・ランボーの詩ですが、その直前のページ(p.169)に描かれた本の表紙には「Arthur R」の文字があります。さらにその前のp.168でトワが手にしている本も、同じくランボーの『Une Saison en Enfer (地獄の季節)』です。
表紙の参考にしたのはこれですかね。
この『Une Saison en Enfer』はp.114でトワがヒルに見せてもらった目録にも載っています。センの部屋にある本が確かに六角塔にも所蔵されていたことが分かる場面です。少なくとも第4話執筆時点で既に作者の頭にはランボーのあの詩を使おうという計画があったのですね。
ヒルが記憶しているという「よくわからん料理のレシピ」は、p.36の4コマ目に書かれているものでしょうか。料理とは言えないかもしれませんが、カップに珈琲を注いでいるシーンで背景にレシピ本があるのはちょっと面白いです。
ちなみに表紙カバーの紙切れは『宝島』の他に『不思議の国のアリス』『クックロビン』『方丈記』など。トワの顔の横にある三角形っぽい紙だけ文が細切れで特定できませんでしたが、「her」「little sister」「she」などの単語が見てとれます。「rough dirt road (悪路)」かな? という文字列もあり、これが一番ヒントになりそうなのですが、検索してみても目ぼしいものは引っかかりませんでした。引用元が分かる人いたら教えてください。
p.146の紙切れは『宝島』『不思議の国のアリス』と、番外編でトワが読み聞かせた例のランボーの詩です。
■文字っぽいもの
最初の方で古代文字に対して現代文字のようなものがあると書きました。確実に文字として読めるものが1つ、文字なのではないかと推測できるものが1つあります。
1つ目の確実に文字として読める方は、カコの商店の『ガリヴァー旅行記』が入っていた箱のラベル(p.16、7コマ目)、センが広げた地図(p.60、3コマ目)、ヒルが持ってきた城の抜け道の地図(p.76、2コマ目)、六角塔の蔵書目録(p.114、1コマ目・3コマ目など)、そして土田先生の落書きでヒルが手にしている本に記載があります。
勘の良い人はすぐに気づきそうですが、この文字の読み方はとても簡単で、基本的には「右半分だけ見ればカタカナ」です。
赤い部分だけ読むと「ハテノカワ」と書いてあるのが分かるでしょうか。カタカナを左右反転させて元の字とくっつけたものがこの文字の基本形です。
これは「ガラクタ」です。濁点をつける場合は文字の上に横線が入ります。半濁点は不明。
これは「モクロク」ですが、「モ」と「ロ」は元の字と鏡文字の重なり方が激しくてちょっと分かりづらい。「ム」なんかも傾いた状態で重なってるので読みにくかったです。それにしても「ロ」と「コ」はどうやって見分けるんだろう。日本語学習者が「ソ」と「リ」と「ン」の書き分けに苦労するみたいな話ですか。
また、センが見ていた地図には北を示す「N」もこれと同じ方法で表記されていたので、カタカナだけでなくアルファベットの場合もあるようです。
これを読んでみると、ヒルの目録の中には書名や著者名の他に「ミギ」「ダリ」「タナ」などと書かれており、本がどの棚に入っているかの一覧になっていることが分かります。抜け道の地図は細かくて完全な解読が難しいのですが、やはり道順が示されているようです。さっき引用したツイートでは、……エロ本読んでんじゃねー! しかも真顔とかめっちゃリアルだから!
問題は先程例に出した「ガラクタ」。これはカコの商店の木箱のラベルに書かれていたものです。
客「他の客にはあの箱の中はガラクタだって言ってたぞ!」
(第1話「母なる少年」p.17)
あのラベルは過去の遺物として意味なく貼られていたものではなく、ちゃんと意味が通っているんですよね。
目録や抜け道の地図はヒルが使っているものなので彼には読めて当然ですし、世界地図も国の紋章が入っているからセンにも使えている可能性が考えられえます。しかし、カコの店の人は一般市民なのだから文字を扱えるはずがない。
もしこれがこの時代で一般的に使われている「現代文字」で、皆が読めないといっているのが平仮名やアルファベットなどの「古代文字」だけなのだとしたら、それはそれでこの時代のの言葉で書かれた本が流通せず、本を本と呼べる者が少ないのはおかしいです。
ヒルは備忘録を記すのに漢字仮名まじりの日本語を使っています。例の文字が「現代文字」として使われているのなら、わざわざ古代文字で書く必要はないはずです。彼は備忘録がいつか誰かに読まれることを想定していますから。
例の文字はセンの城が建てられた300年前頃には現役で使われていた、比較的新しい文字であることはほぼ間違いないと思います。けれどそれも読める人がほとんどいなくなってしまった、と考えるのが妥当でしょうか。とするとこれは便宜上「近代文字」とでも呼んだらいいのかな?
どちらにせよカコの店の主人がこれを扱えるのは普通ではなさそうです。実は単なるモブではなく超重要人物で、近代文字どころか古代文字も読めていて、電気スタンドのことも照明器具だと分かっていたのにわざと「硝子の実がなる魔法の枝」と嘘をついた可能性も。でも、それだったら本をガラクタ扱いはしないかなぁ。それか、古代文字は読めないけれど近代文字は分かるような人が、少数でもそこそこ存在するのかもしれません。だとしたら世界地図を読めるセンもそのうちの1人なのでしょうか。すっきり納得できる答えが欲しいですね……。
もう1つ、漢字のようなものも使われているような気がします。p.12の1コマ目、トワの頭上に見える布です。ただの模様にしては随分漢字っぽすぎる。しかも、なんとなく「男娼」が変化したような字に見えます。「女」は忌語ですし、この世界ではそもそも水商売も全員男ですから、男娼を一文字で表す漢字が存在したのかもしれません。p.160の左上にもなんかそういう系統の漢字のようなものが見えますが、こちらは今の所意味を推測できていません。
ただしこれは文字そのものとして残っているというより、「千」が三日月(?)と剣で表されているように、漢字が象形文字に退化しつつある過程で生まれた記号なのか、一度文明が滅んだ後で再び漢字の原型が生まれたかどちらかかなと思います。p.65の薄墨で書かれた線なんかは完全に「女」の元になった甲骨文字です。
調べてみるまではこれが「女」の原型だとは知らなかったのですが、p.65を見てまさに跪いた姿を想像したんですよね。女を表す何かだろうと分かっていたにしても、象形文字の表現力すごい。
ちらっと「千」の話をしたついでに、他の国についてもここで言っておきたいことがあります。「カコの国」と「ヨミの国」は、いかにも「過去の国」「黄泉の国」と変換したくなるような響きだし、お国柄もどうやらそんな感じなのですが、実はそれぞれ「書」と「読」なのではないかということをぼんやり考えていました。
センが見ていた世界地図にはそれぞれの国の紋章が記されています。ヨルの国は閉じた目、ヨミの国は開いた目で兄弟国なのも納得です。
ここで一番気になるのは、カコの国の紋章が何を模したものなのかです。ハートの上に何か刺さっているような模様ですが、発掘都市だからスコップ・シャベルのような採掘道具なのかなぁとも思いつつ、私にはこれがペン先に見えなくもないんですね。つまり「カコ」が「書」である説です。
するとヨミの国の見開いた目も何かを読んでいる状態を表しているのではないかと思えてくる。「ヨミ」が「読」である説です。
第4話の会議からは、ヨミの王は「終わりの教え」を放置している、図書にはあまり関心のない王であろうと予想できます。しかしこの国にとっても焼失以前の図書はとても重要なものだったのかもしれません。そもそも図書が存在したこと自体、図書のない国よりは本を重要視していたことの表れじゃないかと思うんですよね。現王一代限りの方針は別として。ヨミの国、とても気になります。
これからトワたちはセンの都を出て、カコに行ったりヨミにも足を運ぶと思いますが、都の外について気になったことを1つ。第1話冒頭のトワが都に入る前、電柱・電線や廃墟など、古代文明の名残が見えます。その中に道路標識も残っているのですが、アルファベットが書いてあります。最初の2.5文字くらいしか見えませんが、おそらく「NIGHT」なんちゃらと書いてあるようです。
何かと日本語の影響を強く受けていそうな世界観ですが、道路標識を信じるならば、地理的には未来の日本ではないのかもしれません。また、植生や人々の服装からするとあまり寒い地方ではなさそうですね。(交易が盛んとはいえ)普通に珈琲を飲んでいることを考えると熱帯気候の方が近そうです。
古代と比べて地形も気候も変わってしまった可能性が高いのであまり深く考えてはいないのですが、海岸線だけ見ればタイやミャンマーの辺りに似ていなくもないですね。だとしたら近隣から日本製のものが発掘されるのも割と納得ですが、あまり自信はありません。雰囲気的には中東っぽくもある。
また、ムイの海が「巨大な砂漠」とされているのに対し、オソロシの海は「終わりなき砂漠」とされていて、オソロシの海の方がより大きそうです。オソロシの海は太平洋や大西洋レベルの大きい海洋だったのかなという印象を受けます。
センの国、どこにあるのだろう……。
ところでセンの部屋にも車両通行止めの道路標識ありますよね。掃除機とかもありますね。正直私もあれはガラクタだと思う(笑) センが前時代の遺物を「美しい形の物が多い」と言うのは、機械的に精密に作られた形のことを言っているのかなと思います。土田先生が大変な思いをしながら全てフリーハンドで描く意味も分かるような気がします。違ったら恥ずかしいけど。
■終わりに
今ちょうど上限字数3万字のアンソロ原稿を抱えているのですが、なるほど3万字ってこれくらいかぁと思ってます。せっかくだから宣伝しておきますね。久遠マリさん主宰の『民族・無国籍風ハイファンタジイアンソロジー』です。確かマリさんがリツイートしてくれたおかげで『終わトワ』を知った気がするんですよね。ありがたや……。
本格的にキャラ萌えを語りだすと意味のない絶叫ばかりになりそうなので、できるだけ真面目な考察中心にお届けしました。でも結局ずっとセン贔屓ですみませんでした。2巻か3巻でセンが表紙になったらどうしよう。生きて現物拝めるかな。
……私の心の故郷たる某メインジャンルはとても考察しがいがあって、発売から10年経ってもなお誰も気づかなかった新しい解釈が出てくるようなところです。でも底なし沼みたいに、どこまでいっても公式から明確な答えが提示されることはない。そこにいて、年に一回とかのレベルで、これはこういう意味なんじゃないかと私の頭の中からも新しい解釈が湧いて出ることがあります。しかも唐突な思いつきなのに結構辻褄があっていたりする。普段から難しく考えているわけではないけれど、脳が勝手に情報を整理し続けているんでしょうね。
『終わりの国のトワ』を読んでいて、最初はとにかくセン様めっちゃ好みだわ〜と思って読み返していたのですが、5回目くらいから解釈の泉が少しずつ湧き出して、10回目くらいからドバーッとあふれ出てきました。ちょうどメインジャンルでたまに経験するあれみたいに。
それでこれを誰かに向けて語りたいなぁと思って、思いつくままTwitterでつぶやいていこうか、土田先生にファンレターを書いてみようか、といろいろ考えた結果、こうしてブログ記事にまとめることにしました。書き始めてからも台詞等を確認するために読み返していると、次々にいろんなことを思いついてしまって、結果こんな文章量になりました。
記事の最初の方で30回ぐらい読んだと書いてありますが、書き終わろうとしている今の時点では50回ぐらいに更新されていると思います。途中サラッとアニメイトとゲーマーズで買ったとか書きましたが、特典目当てで複数購入したんじゃないんですよ。1冊目はもちろん読むために買いました。試し読みの時点からセンが好きだったので、イラストカードのつくアニメイトで。
買ってすぐにビニールのカバーをつけて保護しましたが、ああ! 隅の方がほつれてしまったぁ〜(棒読み) いや、まだほつれてないですけど(笑) でもこの記事を書いているうちに、このまま読み返していたらとんでもなくボロボロになっちゃうなと思って保存用に2冊目を買うことにしたんです。それでどうせ買うなら特典つく方がいいよなと思ってゲーマーズを選んだので、実は特典は二の次なんです。特典目当てじゃなくて、間違って2冊買ったとかでもなくて、保存用として2冊目を買ったのは人生で二度目です。ちなみに一度目は私がメインジャンルに本格的にハマるきっかけとなったムックでした。
文字が多すぎて読者に優しくないから、少しは絵がほしいなと思って、主に土田先生やマンガハック公式のツイートを引用させていただきました。丁度良いツイートがないかなと探している途中で、マンガハックのBLイベント用のセントワを見つけて、なんか吐きそうになりました。悪い意味じゃなくて、尊みを感じ過ぎちゃったんです。
この記事を書いていて、センとヒルの自由が相反している、そして今回センは自由を失ってしまった側であるということを一日中ずっと考えていてしんどさMAXのタイミングだったので、トワと一緒にいて心からリラックスできているような表情のセンを見て私の中で何かが決壊してしまったんですね。一晩中悶えてました。
いつかセンが本当に智の王としてふさわしい何かを身につけて、見た目の美しさに頼らなくてもこんな風に笑える日が来たら良いなぁ。そしてその時まで一緒に気が狂ってくれる仲間が欲しいなぁ(笑) 心からそう思います。
ちなみに、ツイートの引用は公式系のアカウントのみにとどめ、クラウドファンディングに参加した方のツイートを引用するのは控えたのですが(転載には当たらないはずだけど嫌がる人もいると思うので)、兄弟みのすごいソラとトワや、爽やかさあふれるヒトトキと金砂の色紙もTwitterに載せて下さっている方がいらっしゃるので、気になったら是非土田先生のアカウントを遡ってみて下さい。
Twitterで『終わトワ』の感想を検索していると、『マージナル』や『風の谷のナウシカ』っぽいというツイートをよく見かけます。ナウシカの影響があるのは間違いないんだろうなととらのあな通販見ながら思っているのですが、「似ている」という先入観を持つと作品の捉え方が全く変わってしまうだろうと思って、あえてちゃんと履修しないまま(ナウシカは映画だけなら子供の頃に何十回も見たけど)考察を進めてきました。でもその辺詳しい人の視点からの考察ももっと聞いてみたいです。
些細なことでもいいから、私と違った視点からこの作品に触れた人の感想を聞いてみたいんですよね。私からすれば思ってもみなかった見方で『終わトワ』を読む人がいるはずだし、実際に何人かいらっしゃるし。考察しがいのある作品って、他人の解釈を知るのもすごく楽しいんです。ソースは私のメインジャンル。Sound Horizonっていうんですけど……。そして『終わトワ』もそれだけの奥行きがある作品だと、私は思います。1巻だけでこんなにいろいろ考えられるのに、続刊が出たら一体どうなってしまうんだろう?!
だから、まだ読んだことのない人も、既に読んだことのある人も、『終わりの国のトワ』を読もう。そして『終わりの国のトワ』についてどんどん語りましょう。
追記1(2018/12/5)︰
投稿した翌朝さっそくマンガハック公式にRTされたので土田先生に伝わるのも時間の問題と思っていましたが、編集さんがわざわざLINEで(!)先生に伝えたらしいです。めっちゃ恥ずかし〜! でも公式に見つかるようにわざと「終わりの国のトワ」って正式名称を書いてタグまでつけてツイートしたので「計 画 通 り」なのですが(笑)
いくらTwitterで好きと言っても、それを作者が見てくれても、編集部に熱意が伝わらなければ打ち切りになるかもしれません。だから作品に金を積んだ上で編集部を通してファンレターを送るのが一番の応援になると思うのですが、正直この記事の内容をそのままファンレターに書いたところで的はずれな考察ばかりだったら先生を困らせるかなという気がしたのと、やはり考察はオープンにして皆で語り合いたいという気持ちからブログという媒体を選びました。
幸いマンガハック公式はめちゃくちゃエゴサしているので、「オンラインだってこの文章量で殴れば熱意が伝わるだろ」と自信を持てるだけのことをやりました。結果、編集部にもちゃんと伝わったようで安心しています。ファンレターは改めてもう少しおとなしいテンションで書こうと思います(笑)
これから年賀状の季節ですが、年賀状は普通の手紙よりも手軽に「ファンレターを送るレベルのファンがここにいますよ!」と編集部に主張できるアイテムです。『終わトワ』ファンの方は、既製のイラスト付き年賀状でもいいので、一言添えて先生に送ってみませんか。
追記2(2018/12/07)︰
ゲーマーズから保存用が届きました。わーい! 宅配便しか選べず送料高めですが、ゲーマーズ特典だけでなく展開協力店特典もつけてくれたので実質タダです。ゲーマーズ特典の方、サンプル見たときは気づかなかったんですが、3コマ目のセンの顔にヒルの返りおっと誰か来たようだ。
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