心太#1 (短編小説)
水、自然、命、この世は絶妙なバランスで保たれている。
人間が作った時間という概念は実は自然の中にも存在している。
一年、一月、一日、一時間...これらの単位も自然の、宇宙の法則にのっとって成り立っている。
時間というものの発案者がそれを考慮していたかはわからないが、自然とそうなっているのだ。
エネルギーはこの世が作られたそのときから増えたり減ったりせず、常に循環している。
今日、やっと夏休みに入った。
夏休みは暇なようで忙しいようで、忙しいようで暇なよう。
今年の夏は何をしようか。どこへ行こうか。宿題ははやく終わらせよう。
色々考えて、結局特に変わったこともせず、遠くへも行かず、平凡な1か月になる。夏休みってそういうもの。
宿題はぎりぎりになる。そういうもの。ぎりぎり終わらない。どうにかしてごまかす。そういうもの。
だと思っていたのに、今年の夏休みはいつものように平凡で、何か変わっていた。
夏休みに入った初日、僕はクラスの友達とカラオケに行った。
夏休みに入る前から約束していてずっと楽しみだったんだ。親友のしんたも一緒だった。
それからその週はそのメンバーのみんなと、時にはそのうち何人かと、サッカーしたり、野球をしたり、入れ替わりで遊んでいた。
しんたはいつも一緒だった。
二週目、お盆に入ったこともあり、みんな家族旅行などであまり一緒に遊べなくなった。僕の家は両親の休みが被る日はなく遠出することはなかった。
でも、夏休みの最後の方に家族でキャンプに行く予定がある。だから今は我慢。
面倒くさいけど宿題を進めることにした。
ちょうどしんたも旅行の予定がなかったらしく、毎日一緒に勉強をした。ちょっと嘘ついた。ほとんど遊んでいた。
三週目、旅行に行っていた友達も帰ってきて、またみんなで海に行ったり山に行ったりして遊んだ。クラス内で同じグループのしんたも当然一緒に遊んだ。
四週目の前半、家族で行くキャンプをモチベーションに宿題を少しずつ進めた。
しんたの家に行ったり、僕の家でやったり。基本勉強する時も毎日一緒にやっていた。しんたは頭がいいから助かる。
家でテレビを見ながら勉強をしていた時、いや、勉強をしながらテレビを見ていた時、ふと、テレビで流れた事故のニュース。
隣のしんたの目からはなぜか涙がこぼれたような気がした。
そして、四週目後半、とうとう来たキャンプの日。
車で家を出ると向かった先はしんたの家。
え?聞いていなかったがキャンプはしんた一家と行くらしい。
しんたもうちの車に乗り、一緒にキャンプ地へ向かった。
その後の話によると、しんたの家も同じ日にキャンプを予定しており、ちょうど良いとのことで合併したらしい。
夏休みがあけ、一日目、しんたは学校を休んだ。得体のしれない胸騒ぎがした。
二日目、しんたは学校に来た。僕の心配も取り越し苦労だったらしい。でも、しんたと仲良くないクラスメイトでも心配するほどに目の周りがすごく腫れていた。
しんたはクラスメイトに「彼女に振られたのか」とからかわれると「まあな」と笑っていたが、俺の記憶では、毎日一緒にいてしんたに彼女がいるようには見えなかったし、そんな話をしてくれたこともない。
もしかして、毎日俺と遊んでいたせいで...?いや、でもしんたから誘われることが多かったし、不自然なくらい執拗に誘われた日もあった。
もしかして、彼女から逃げるために...?だから俺にも彼女のことを話したくなかったのかもしれない。変な気を使われるのを嫌がって。
でもやっぱり様子が変だったから、帰り道、いつもの分かれ道ではぐれた後もこっそりついていった。
しんたはまっすぐ家に帰った。でも帰り道も元気がなさそうだったからお母さんと話すために尋ねようか、角に隠れながら迷っていた。その時、玄関が開き、しんたが暗い顔をして出てきた。
彼女と喧嘩かな。
他人の恋愛事情には首を突っ込むべきではないとも思ったがやはり好奇心もあったためこっそりついていくことにした。
しんたが訪れたのは花屋だった。小さな花を持って出てきたしんた。
仲直りでもすんのかな。
しんたは歩いて山のほうへ向かっていった。
山から下りてくる大きな川。夏は肉やお酒の匂いでいっぱいで、子供のはしゃぐ声や大人が騒ぐ声で溢れるその川も、今は草のにおいと川の流れる音しか聞こえない。
そんな川の近くに花束やジュースの入ったままのペットボトルが集まっておかれているところがある。
もしかしてしんたはそのために花をもってここまで来たのか。
知り合いの不幸...?彼女ってもしかして...。
何度も振り払おうとしたが頭を振れば振るほどその嫌な妄想は膨れ上がっていく。
頭を振っていたからか、突然頭の片隅に隠れていた記憶が飛び出してきた。
あの日二人でテレビを見ていた時にたまたま流れていたニュース。
あの時のしんたの顔。本当にしんたは泣いていたのか。
でも、あのニュースによると、事故に遭ったのは遠くの街から遊びに来ていた少女だったはず。
考えれば考えるほど謎が大きくなってくる。わからない。
いっそのことしんたが帰るときに偶然すれ違ったのを装って聞いてみることにした。
でも、しんたは花束をもって川のそばへ行ったきりなかなか戻ってこない。
心配になって見に行った先で僕は後悔した。嫌な予感が当たっていたようだった。
川に向かって土下座するような形になってうずくまり、僕のいる橋の上までぎりぎり聞こえてくるほどの声で泣いていた。
川の静けさが余計にそれを引き立たせる。
もしかしたらこういう時、慰めに行くのがいいのかもしれない。
あの面倒見のいい、僕らの学級委員だったら走っていくだろう。
学校で手をつないでトイレへ向かうあの女子たちは、友達が泣いていたら、自分のことのように一緒に泣いたりするんだろう。
でも、僕にはそれができなかった。誰かがきたらたまっている涙を流しきれないだろう。何も知らないやつに一緒に泣かれても変な感じになるかもしれない。何より、もし、僕があいつだったら、こんなところ友達には見られたくない。
臆病者の僕は、自分の中でそんな言い訳を並べて川を離れた。
なんだか煮え切れない思いのまま家に向かっていると、偶然しんたの母親と出会った。
「こんばんは」
「あら、あの子はもう帰った?」
「え?」
「あれ、すけおくんと遊ぶって出ていったんだけど」
「あ、はい!僕は用事で先に帰ってきたんですけど、あいつももうすぐ帰ると思います。」
「あ、そうなのね。いつもありがとね。夏休みなんて毎日のように遊んでもらって。」
「いえ、こちらこそ。」
「あの子、毎年おばあちゃんちに行くの楽しみにしてるのに、それすら行きたくないっていうくらいすけおくんと遊んでたかったみたい。」
そう言ったしんたのお母さんの屈託のない笑みをみて、全く嫌味は込められていないことがわかった。
その言葉に、なのか、その顔に、なのか、僕は照れてしまい言葉が出ないまま、僕のターンの持ち時間は無くなった。
「お母さんにもよろしく言っといて」
「はい!」
二回連続のしんたママのターンで王手をかけられ会話がひと段落ついたところで、(参りました)の代わりに会釈をして家へ向かうことにした。
だがそこであることが気になり、再戦の申し込みをした。
「あの!あいつ今学期初日に休んだのって何かあたんですか?」
「あー、私もわからないんだけど、朝調子が悪いっていってから部屋にこもりきりだったんだよね。起きてきて朝ごはん食べてるときは調子が悪い風には全く見えなかったんだけど。どっちかっていうと何か吹っ切れたような感じだったのよね。朝起きたときもあの子の部屋から嬉しそうな声が聞こえたような気がして。」
ん?
「そうだったんですね。夏休みの最後の日にあいつとちょっと喧嘩しちゃって...そのせいだったのかもしれません。あ、でももう仲直りはしたので!」
嘘をついた。
「そうだったんだね。じゃあよかった。これからも仲良くしてやってね!」
「はい!では!」
ん?
その場を離れた僕の中には、それまでより大きな謎が渦巻いていた。