敵もいるけど友人もいるよ / 「グラン・トリノ」
クリント・イーストウッドはハリウッドで1955年からキャリアを築き上げてきた男なので、数々のくだらない映画に多数出演し、監督もこなしているのだが、たまにものすごい名作を撮ることがある。そのひとつが2008年の映画「グラン・トリノ」だろう。
朝鮮戦争の退役軍人ウォルト(クリント・イーストウッド)は頑固な性格であり、アメリカに住む白人の代表格のような男として描かれている。舞台となったミシガン州の町は自動車産業の盛んな地域であり、ウォルトはフォードの工場を退職し、妻にも先立たれた孤独な男である。一方、そうした自動車産業の働き手としてミシガン州の周辺に増えてきたモン族の移民たちがウォルトの隣人となる。中国大陸の南部を起源とするモン族は主にラオスの内戦をきっかけにして周辺諸国やアメリカに大量に移住した。ちなみに、ラオス国内のゴタゴタにもちろんアメリカは介入していた。おそらくアメリカの主要な映画でモン族に着目したものは本作が初めてだろう。
さて、この隣人の若者タオが、ギャングに絡まれ、ウォルトと関わりを持つキッカケとなったアイテムが、フォードの名車トリノである。Get off my lawn! という性格のウォルトがやがてタオの世話をしてやるようになり、それにあわせてタオも成長していくという、いわゆる成長物語(coming-of-age story)である。
政治によってひどい立場に置かれてしまったモン族の人たちがウォルトの心の中にあった罪悪感を刺激し、タオとその家族のために自分を犠牲にするという、アメリカの軍隊で美徳とされる行動に至るストーリーだ。ウォルトが胸から取り出したジッポーは、First team と呼ばれる陸軍の第一騎兵師団のものである。つまり、米軍を代表するような師団の兵士とは、このような美徳を持つべきであるし、この行動こそ軍隊から生まれるものだというメッセージになっている。
つまり、この映画はミシガン州の町を舞台にした、一人の兵士の話として受け止めることもできる。頑固な老人が移民と仲良くなって云々という物語として観ればよいのだが、しかし同時に、退役しても軍人はこのように軍人であるべきだという力強いメッセージである。男の生き方、と言ってもいい。
ウォルトは Get off my lawn! と言いつつ、その芝生に友人のタオ一家を入れてやり、そこから敵を排除するために己を犠牲にした、という話である。