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(うつ病・復職日記)楽しめるって嬉しい

 2度目の復職直後に書いています。

 体調不良に陥り、通院、休職、休養、場合によってリワーク通所、復職/社会復帰まで。
 置かれている状況、要する時間、使う制度、支援してくれる人、環境。全てが誰ひとりとして同じことはないと思います。私の場合、2度の休職を経験してますが、その2回ですら何もかもが違った。
 その中で、印象に残ったことを振り返ります。

スポーツは"する派"だった

 子供の頃は運動が得意でした。走るのも、球技も好きでした。夕方、暗くなるまで近所の上級生と一緒にドッジボールで遊んでいる幼少期を過ごしました。

 そして、部活動に熱心な中高生時代でした。陸上競技部・短距離。授業中、ずっと練習メニューをノートに書いていた。良い思い出です。

 そんな経験からか、大人になってもスポーツは "する派" で過ごしていた。とはいえ、何かサークルに入ったりとかではない。人付き合いが上手な方ではなかったので。

 それでも、機会がある毎に好んでスポーツをしていました。

義務に感じたランニング

 良い年齢になってきて体力の衰えを感じてくる。

 健康診断では、この年齢によくある血液検査の結果が出るようになる。"バランスの良い食事と運動を心がけましょう" なんて指導欄に書いてある。

 そう書かれちゃ、元・陸上部員としては黙ってられない。早朝、ランニングをして運動不足解消だ。と走るのを再開した。これは休職前のことです。

 心地良く走っていた頃は良かったのですが。

 徐々に義務に感じるようになってしまったランニング。それでも、ストイックに毎日、こなしていく。そして、ランニング後は、隙間なく朝から夜までリモートワーク。この時は、まさか自分が休職するとは思っていなかった。

 いま冷静に考えれば、
 「休むことも大切だよ。楽しく走れる程度で良いんだよ。仕事だって、休憩しっかり取ろうよ」
と自分に言ってあげると思う。
 だけど、当時はできなかった。客観視できなかった

 健康のための運動も、誰も見てない環境でのリモートワークも。休むことが悪だとすら感じていたのかも知れない。極端な考え方のクセが強く出ていた時期だと思います。

 そして無気力状態になった。初めての休職。2度目の休職。

 何も楽しめなくなっていました

テレビでスポーツ観戦を楽しめている今

 2度目の休職から、1年以上をかけて復職した今。

 この夏は毎日、スポーツ中継でテレビが賑わっている。その賑わいに誘われるがままにテレビでスポーツ観戦をしています。

 自分が全く知らない競技も、普段は観ることがない競技も。遠く離れた地で今、まさに行われている競技なのだ、と思うだけで引き寄せられる。

 個人競技、団体競技。関係なく観入ってしまう。サッカー、柔道、スケートボード、BMX、バレーボール。フェンシング、卓球。何かを狙って観ているわけでなくて、テレビをつけて映っている競技を楽しんで観ている

 陸上競技ならルールが分かるのだけれど、正直、観ている競技のルールさえ分からない。解説の方の一言に「あー、そうなんだー」と言いながら観ています。

 日本の選手が出ていない時も観ています。例えば、柔道。
 4分間で決着がつかず延長戦。時間無制限でポイントを取るまで続いている。しんどいはず。一生懸命に競技をしている両選手とも応援しては「二人ともすごかったねー」と画面越しに声をかけている。

その時は病んでたからでしょ

 こんなスポーツ観戦の体験は何年振りだろう。ふと思った。

 そして、パートナーに声をかける。

 「不思議なの。前回大会は自国開催だったのに、ここまで楽しんでいた記憶がない。今大会は、不思議と楽しんでいる。」と話しかけた。

 その言葉に返ってきたのが、

 「前回大会の時は病んでたからでしょ

という一言。

 あぁ、そういえばそうだった。
 あの夏は、無気力状態から少し回復した頃だった。日常生活はできる程度にはなっていた頃。でも、何に対しても楽しいと思えなかった頃

 "言い方あるでしょ" と思いながらも事実を適切に解釈する。病気の影響で楽しめなかったんだ。通っていたリワークの疾患教室でも言っていた。そうか、こういうことか、と実感した。

楽しめるって嬉しい

 自分が好きなことすら楽しめない時を経て、今は自分の興味を越えることを楽しめている実感を持てる。

 楽しめることがある、って嬉しいことなんだな。そう思った。

 一生懸命に競技をしている人達がいて、ただテレビで観戦をしている。それを楽しいと感じることができる。

 たったそれだけのことですが。
 それだけのことが嬉しいことなのだ、と思いました。

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