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【韓国文学】『フィフティ·ピープル』 誰しもが箱庭の住人

はじめての、韓国文学。

海外の小説を読むのは、楽しいし新鮮だ。
ストーリーや表現の巧拙に違いはあれど、どんなものでも異国の文化に触れられる。
自国より富んでいても貧しくても、治安が良くても悪くても、テクノロジーが進んでいても遅れていても、それがどんな状況で、どんなふうに人が暮らしているのかを想像するのは心ときめく体験である。

ここではない、どこか。

出張や勉強や旅行のために海外に行ったことは何度かあるが、それは短期のものでしかなくて、その国の市井の人々の暮らしや価値観に触れるには程遠かった。

近くて遠いような、隣国

韓国には2度旅行に行ったことがあり、思えば25歳の誕生日はソウルの寒空の下で迎えた。
キィンと痛いほどに寒くて、洗練と空虚と退廃が混在していて、整然とちぐはぐな街。
(日本にもそのような性質はあるのだろうが。)
もう随分足が遠のいている。

その後日韓関係は最悪とまで報道されるレベルになって、私は隣国が好きなのかそうではないのか判断がつかなくなった。
過去はなかったことにはできないし、争いには常に両者の言い分がある。ニュースで報道されるような思想の人ばかりでは無いのだと理解はできる。
それでも、日本企業のブランドロゴを燃やしたり、卑怯だの侵略者だのと隣人に罵られる様子をみて、好意的にとらえるのは難しくなっていた。

だから、書店でどんどん拡大していく韓国文学のコーナーを意識しつつも、あえて手にとらなかったのは「私たちのことを好きではない人たちの作品を読みたくない。」という卑小なバイアスのせいだったのかもしれない。

韓国トップ作家の代表作

しかし何かのメディアで『フィフティ·ピープル』について「陽の当たらない人たち一人一人に丁寧にフォーカスしている。」と紹介されていて、興味がわいた。
あの国のひとは、どんなふうに人々の暮らしを描くのだろうか。

本著はソウル近郊の中小都市にある大学病院を取り巻く51人の登場人物それぞれについて描かれた単話によって構成される。
各話はほんの数ページでかなり短く、読みやすい。
短い1話のなかに、韓国で生きることの光と影が鋭く描かれていて読み応えもある。

加えて心理描写がセンス抜群で、韓国に限らずどの国の、どの世代の人が読んでも思わず感情移入してしまうような心の機微が、この一冊のなかに確実にある。

突き放したようでもあり、寄り添っているようでもある。痛みや悲しみだけでなく、あたたかさや可笑しみも大いに含む。

本作はそこそこの厚みがある本だが、私はこのくらいなら1-2日だろうとタカをくくっていた。
けれど勢いに乗って読み進むということが出来ないせいか、一話完結していく50以上の物語は思いの外読むのに骨が折れた。
私は図書館で借りたので時間的制約があったのたが、これから購入して読まれる方はゆっくり1話ずつ、寝る前に読むのもいいかもしれない。
大切な人への贈り物にもよさそうだ。


誰しもが箱庭の住人

不健全な労働環境、建築物 · インフラの安全性、マンションの騒音問題、人口減少と過度の競争社会、韓国が抱える社会問題がたっぷりと折り込まれていて、本作ではそこで「割をくう側の人々」の生活や感情が描かれている。
それらは「他国のこと」と一蹴できるものではなく、私たちのごく身近にある不条理のようにも感じられた。

読んでいて常に心を灯したのは「あぁこの世界の誰もが善良でも愚かでもあり、圧力に晒されながら、光を求めてもがいているのだ。」という奇妙な安心感だった。

格差と分断、
揺れ動く国境、
過去の因縁、
無意識下に潜む差別感情、
利益をめぐる終わらない争い。

それでもその先にいるのは、
牙の生えた獣ではなく
自分と同じ箱庭の住人なのだ。




【作品情報】
『フィフティ·ピープル』
チョン・セラン著、斎藤真理子訳
亜紀書房

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