【コラム】憲法13条「個人の尊重」で結集の機運──野党共闘にらみ盛り上がり 元朝日新聞記者 飯竹恒一 (2023/09/27) 「語学屋の暦」【時事通信社 Janet 掲載】
【写真】市民連合主催の女性たちによるイベント「フェミブリッジ・アクション」の一幕。後列右端が立憲民主党の吉田晴美衆院議員、その左隣がれいわ新選組の依田花蓮元新宿区議。前列右から2番目が共産党の田村智子参院議員、左隣が社民党の福島みずほ参院議員=9月23日、東京・JR新宿駅前(撮影・飯竹恒一)
この記事は下記の時事通信社Janet(一般非公開のニュースサイト)に2023年9月27日に掲載された記事を転載するものです。
防衛費の大幅増などに突き進む自民党政権に対し、「憲法9条を守れ」と声高に憲法の平和主義を唱えることが、抗する野党の譲れない立ち位置だと考える向きが長くあった。その意義はもちろん失われていないが、ここに来て、日本国憲法の根幹といわれる13条の「個人の尊重」こそが最後のとりでだとして焦点を当てる機運が、野党共闘もにらんだ形で盛り上がってきたように思う。自民党の改憲草案に向き合う際の重要な論点でもある。
そう感じたきっかけは、この8月、野党共闘を呼び掛けている「市民連合」(安保法制の廃止と立憲主義の回復を求める市民連合=Civil Alliance for Peace and Constitutionalism)が、「立憲野党」と呼ばれる立憲民主党、共産党、れいわ新選組、社会民主党に提出した文書だ。
「立憲野党と市民の共闘で、憲法9条と13条の政治の実現を」と題され、「立憲野党と市民の共闘のベースには、憲法に基づく立憲民主主義の堅持があると考えており、中でも共通の政策ビジョンの中心に据えるべきが、9条と13条だと確信しています」といった文面が展開されていた。
正直、「13条」は新鮮な響きがあった。というのも、故安倍晋三氏の首相時代の2015年の安保法制反対運動が起点の「市民連合」はそのフルネームが示す通り、もともとは憲法9条の「改定」阻止が主眼だった。それが今春の統一地方選の段階で、「命や暮らしを守る、13条に根ざす政策を掲げる候補者をそれぞれに支援しようではありませんか」と呼び掛けたあたりから、「個人」に焦点を当てるスローガンが目立ってきていた。
「その通りです。9条はもちろん大切ですが、女性や若者の共感を得るのに『個人の尊重』をうたった憲法13条を強調していく機運があります」と話したのは、市民連合の活動の一端を担う「市民連合おおたの会」(東京都大田区)の所属で、弁護士の長尾詩子さんだ。
長尾さんは9月24日、東京のJR新宿駅前で市民連合が主催した女性たちの手による街頭イベント「フェミブリッジ・アクション」で司会進行の大役を務めた。
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歌やダンスも交え、「女性の声で政治を変えよう」というメッセージを発する熱気あふれるイベント。一般市民に加え、立民の吉田晴美衆院議員、共産の田村智子参院議員、社民の福島みずほ参院議員、そして、れいわの依田花蓮元新宿区議がそれぞれカラフルないでたちであいさつに立った。2021年衆院選の際の野党共闘を思わせる演出だ。
長尾さんは取材に「このイベントも、13条がバックボーンにあると言えます」と説明した。フェミブリッジは「フェミニスト」と「ブリッジ」を組み合わせた造語という。女性はもちろん、個人のあらゆる形のジェンダーや生き方を尊重しながら、手を携えて政治を変えていこうという点で、「個人の尊重」を貫いたイベントだということなのだろう。
「変化は確実に起きています!」。そう声を張り上げた立民の吉田衆院議員は、まさにうってつけの役回りだった。地元の杉並区では、自身の衆院初当選に加え、同じ女性の岸本聡子区長が誕生したほか、杉並区議会でも先の統一地方選で48人の定員に対し24人の女性が当選している。憲法13条でいう「個人の尊重」のうち、ジェンダーという最前線の問題で、杉並区は日本の先頭を走っているのだ。
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この関連で印象的だったのは、市民連合のイベントから1カ月ほど前の8月27日、立 民の前代表を務めた枝野幸男衆院議員が、同じように13条の重要性を指摘していたことだ。「日本国憲法で一番大事な条文は1条でも9条でもなく、13条です」と、「枝野ビジョン2023」と銘打った自身の政策を地元のさいたま市で説明する集会で言い切ったのだ。
「日本国憲法の究極の原理は個人の尊重です。立憲主義に基づく私たちも、一人ひとりを大事にする政治を実現するのが理念です」
弁護士出身の枝野氏にとって、13条の意義は常識的な知識だろう。しかし、あえて今の段階で持ち出したのは興味深い。実際、枝野氏は「これは明確に自民党とは違う」とも述べており、9条とは別に、有権者に分かりやすい対立軸を示す意図があったのだろう。
2021年の衆院選は、市民連合が仲介して政策協定が結ばれ、立民、共産を含む野党共闘が各地で成立したものの、共産党の政権参加に反対の労働団体「連合」の執行部の意向をくんだのだろう。最大野党を率いる枝野氏は最後まで、共産党との共闘を積極的に演出することはなかった。また、選挙終盤で私が街頭演説を聴いた限りでは、枝野氏がこうした憲法論議に触れることもなかった。
それが今回、自身のビジョンを説明する集会で憲法議論にあえて触れた。ちなみに、枝野氏が次期衆院選を戦う埼玉5区で、共産党は立候補を発表したものの、小池晃書記局長は「今後いろんな話し合いをする可能性ももちろんある」と候補者調整に含みを持たせていると伝えられている。ここから先は私の臆測だが、ここで仮に立民と共産との共闘が実現する場合、憲法13条がその呼び水になる予感がする。
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以下は、13条の現行の条文と自民党の草案だ。
日本国憲法・第13条
すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする。
自民党の改憲草案・第13条
全て国民は、人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公益及び公の秩序に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大限に尊重されなければならない。
注目すべきは、日本国憲法の「個人」(individuals)が、自民党の改憲草案では「人」(persons)に差し変わっている点だ。これを「個人の消滅」と捉え、その意味するところに警鐘を鳴らす声が出ている。
「個人がなくれば、個人の多様性もなくなる」と指摘するのは、26年間の国連勤務に裏打ちされた鋭い国際感覚や、著書「カブールノート」(幻冬舎)で知られる山本芳幸氏だ。オンライン講座「憲法リテラシー」を展開していて、私もそこで勉強させてもらっている。
13条について山本氏は、個人と個人の権利が衝突した場合の調整の必要性をうたった現行の「公共の福祉に反しない限り」が、自民党の草案では「公益及び公の秩序に反しない限り」に変わっている点にも着目。「自民党の草案だと、『国益と社会秩序』のために人権を制限できるということになってしまう」と指摘する。
「前近代の共同体的な思想から、個人を中心として近代の思想へ移動しようとしているのが日本国憲法。わざわざ『個』を取ってしまうところに、思想的傾向が見える」との山本氏の問題提起は、一見すると心地よい響きの文言が並ぶ自民党の改定草案について、明快な視点を提供してくれている。
ちなみに、この点が明快に英文で表現された論文を見つけ、いっそう納得した。カナダ・ブリティッシュコロンビア大学の松井茂記教授によるもので、英ケンブリッジ大学出版(Cambridge University Press)のサイトに掲載されていた。
13条の「すべて国民は、個人として尊重される」(All of the people shall be respected asindividuals.)について、「日本国憲法は個人主義を国家や社会よりも優先し、社会の構成員が国家や社会のために自己犠牲を強いられた過去ときっぱり決別した」(the Constitution of Japan placed individualsahead of the state or society, a total departure from the past when members of the societyhad to sacrifi ce themselves for the state or for society.)と意義を指摘している。自民党の草案については「個人の優越を否定する」(deny the primacy of individuals)ものだとして批判的だ。
興味深いのは、しばしば欧米の価値観として語られる「個人主義」(
individualism)について、日本国憲法の「指導原理の一つ」(a guiding principle)と位置づけている点だ。さらに、「個人の尊重は、すべての個人の人間としての尊厳の尊重を義務付けていると見なされ、人間の尊厳を新憲法における最高の価値と位置付けるに至っている」(respect for the individual has been viewed as mandating respect forthe human dignity of all individuals, thus placing human dignity as the highest value in thenew constitution)と高く評価している。
改憲をめぐるバランスある世論が、国際的な視点も交えながら喚起されることを願いたい。
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ところで、市民連合は8月に立憲野党4党に対して提出した文書を、9月に入 って国民民主党にも遅ればせながら提出した。2021年の衆院選の際の野党共闘には呼び掛けたものの、結局参加を得られなかった。政策実現のためには自民 党への協力も辞さない姿勢の玉木雄一郎氏が9月2日の代表選で、日本維新の会との連携も探る前原誠司代表代行を抑えて再選された。そもそも、玉木氏も前原氏も「反共産」のスタンスで、市民連合が目指す野党共闘への参加は現実には難しそうだ。
もっとも、今年6月に国民民主に入党した嘉田由紀子参議院議員(滋賀)は、それまでは所属政党としては無所属で、参院会派「碧水会」に所属していた。その段階では市民連合と友好関係にあり、会派として申し入れを受けた際、「この50年間、世界では女性が政治にチャレンジし、今大きな影響力を持つようになった。しかし、日本はその動きから大きく遅れ、取り残されてしまいました。これを克服するのは大変だが、やらなければなりません」と発言した記録が残っている。
いわゆる「改憲勢力」に分類され、安全保障政策や憲法9条で歩み寄る余地が乏しい国民民主も、例えば、憲法13条の理念に裏打ちされたジェンダーや若者を巡る諸課題では、嘉田氏をはじめとする党内の女性議員たちを接点に、市民連合と連帯する余地はありそうだ。嘉田氏自身、もともとの看板政策だった「脱原発」は引き続き主張する意向も示していて、その点ではむしろ、市民連合と立場が近い。
自民党への接近や維新との連携といった立ち回りで、政界での立ち位置が揺らぐ国民民主に対し、「個人の尊重」を基軸としたゆるやかな連帯を市民連合が辛抱強く呼びかけ続ける意義はあるだろう。
飯竹恒一(いいたけ・こういち)
フリーランス通訳者・翻訳者
朝日新聞社でパリ勤務など国際報道に携わり、英字版の取材記者やデスクも務めた。東京に加え、岡山、秋田、長野、滋賀でも勤務。その経験を早期退職後、通訳や翻訳に生かしている。全国通訳案内士(英語・フランス語)。