短編小説 「セカンドギア」
月明かりが眩しい、東京の片隅の今にも崩れそうな木造二階建てアパートの一室に、ユウダチはペンを手にうずくまって、天井の蜘蛛の巣を見つめていた。薄暗い部屋の隅には未完の漫画原稿が積み上げられて、その重みで床は少したわんでいた。さらに、家賃2ヶ月滞納の督促状がその原稿の下からひっそりと顔を出していた。
寝返りを打とうとすると、すぐに壁に手が触れてしまった。その空間の中で、「現金5億でマイホームを建てるなんて、さすがに大袈裟だったかなぁ…」と彼はもうろうとした意識の中でつぶやいた。
その時、青く錆びた玄関のドアノブがゆっくりと回った。キィーと音を立ててドアが開いて、友達のジョイが覗きこむ様子で顔をのぞかせた。
「ユウダチ…まだ、セカンドギアに引っかかってるのか?」彼はか細い声をかけ、ゆっくりと手に持った白いレジ袋と共に部屋の中に足を踏み入れてユウダチの隣にしゃがみ込んだ。
ユウダチはかすれた声で、「セカンドギアって、そんなに速くない感じ?」と答えた。
ジョイは眉をひそめ、部屋の隅の原稿と滞納通知を見つめながら首を振った。「速度の問題じゃなくて、ギアチェンジのタイミング」とちょっとした教えるような口調でツッコミを入れると、さらっと持っていたレジ袋の中から、ヤマザキの食パンとエシレバターを取り出した。
彼はユウダチの顔をじっと見つめながら「なんで自分の状況に気づかないんだ?」と問いかけながら、食パンにたっぷりと、こぶし大のバターを乗せるように塗ってユウダチの口に放り込んだ。
「っ!!」と目を見開き、まるで長い間忘れていた宝物を見つけたかのような表情をした。その目の下には涙が滲んでいた。彼は食べる手を止めずに、ジョイの方を向き、「ジョイ、お前のおかげでまた明日も漫画を描けそうだ」と食パンを口に詰めながら伝えた。
ジョイは苦笑いしながら、「毎回毎回、お前のピンチを助けてやるのも疲れるよ。でも、その前向きな姿勢が、お前の魅力なんだろうな」
ユウダチはにっこりと笑って、「ありがとう、ジョイ。でも、来年は5億の家を建てて、お前を豪華な宴会に招待するからな!」と返した。
ジョイは呆れた顔で、「またその夢の話か…。てか、なんで5億?」と尋ねた。
ユウダチはにっこりと歯を見せ笑って答えた。
「5億だったら、でっけぇ〜家が建つだろ!」
ジョイはその答えに思わず笑ってしまった。
「お前、いつものことながら大袈裟だな。でも、それがユウダチらしいよ」
ユウダチは肩を竦めつつも得意げに、「夢見ることは無料だし、でっかい夢を持ってると、それに向かって頑張れるんだよ」と語った。
ジョイはしばしユウダチを見つめた後、頷いて言った。「そうだよな、夢はでっかくないとな」
その後、2人の間にはしばらくの沈黙が流れた。
そして、夜が更ける中、部屋の窓から差し込む月明かりが2人の顔を照らしていた。テーブルの上には、線を引くたびに夢や希望、時には絶望が紙に刻まれていた原稿用紙が散らばっていた。
ジョイはユウダチの漫画を拾って、ページをめくった。「おい、これ…前回よりも進化してるな。この調子でいけば、その5億の家も夢じゃないかもな」と皮肉を含めながら口にした。
ユウダチはペンを握りしめ、ジョイを見た。
「だろう? だから言ったじゃん、夢って必ず叶うんだから」と力強く言い放ち、再び原稿に向かった。
ジョイは微笑みながらゆっくりと立ち上がり、玄関に向かった。ドアノブを握りながら、振り返り「おい、明日はサードギアにギアチェンジしろよ」とユウダチにエールを送った。
その言葉とともに、彼はドアを開け、暗く静かな夜の中へと姿を消した。
時間を割いてくれて、ありがとうございました。
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