映画『希望の灯り』
2018年/製作国:ドイツ/上映時間:125分
原題 In den Gangen 英題 In the Aisles
監督 トーマス・ステューバー
予告編(日本版)
予告編(海外版)
Story
ドイツ東部。ライプツィヒ近郊の田舎町に建つ無機質な巨大スーパーマーケットにて、飲料コーナーの在庫管理係として働きはじめた寡黙な青年クリスティアンは、初日からお菓子コーナー担当の年上女性マリオンに一目惚れしつつも、親身に接してくれる教育係&飲料コーナー責任者のブルーノに支えられながら、フォークリフトの免許取得を目指し毎日少しづつ仕事を覚えてゆく。
そのような日々の中、クリスティアンとマリオンの2人は、その距離を縮めてゆくのだが・・・
レビュー(ネタバレ有り)
1989年のベルリンの壁崩壊。1990年ドイツ再統一。
世界に配信されたニュース映像では、それらの出来事がドイツ国民全体に素晴らしい自由を齎したかのように見せていました。
しかし、東ドイツの人々の中にはそれらの出来事により強制的に職を奪われ、その後不遇の人生を強いられることとなった人々も数多く存在していたという事実があります。
本作はその「無かったことにされてきた」人々の心の痛みと、共に支え合う日常の姿を、独特の距離感やテンポ、ユーモア等を交え、美しい構図や調べ(「美しき青きドナウ」「G線上のアリア」や「波音」等)に託して描く、詩的な優しさに満ちた傑作です。
巨大スーパーマーケット。
無機質で人工的な光しか存在しない、日々のルーティーンに支配され閉塞感漂う、時間の感覚すら失ってしまう空間。
しかし傍からみると一見「巨大な監獄」にしか見えないそのような場所で、人々は支え合いながら働き、ある意味自分達の居住空間のそれよりも居心地の良い共同体を形成しているのでした。
そのような共同体の中で主人公のクリスティアンは、他者との繋がりを取り戻し、その人間性と社会性を回復、成長させてゆきます。
その意外な状況は、観る者にまるで「夜空に輝く星々を眺めている」ような、「南国でゆったりと青い海と空を眺めている」ような、穏やかな時間と体験とを齎します。
フォークリフトという作業器機をキーアイテムとして描く、クリスティアンの成長や仕事仲間達との関係性、ブルーノの内面、果ては組織や共同体、国家の有り方までを問う鋭い視点。
キャスティング、脚本、演技、音楽、カメラワーク、音の使い方、色彩設計、響き合う映像達・・・
その個性的で力強く、且つ繊細な表現に、感銘を受けました。
特に印象に残ったシーンは、3つ。
1つ目は、繰り返し登場する、クリスティアンが仕事前に制服に着替えるシーン。
その時カメラは必ずアップで、クリスティアンが首と手首のタトゥを隠すように制服を纏う姿を捉えます。
タトゥは自らの意思にて皮膚を傷つけ文様を刻印しますけれども、そのシーンは、クリスティアンが過去に負った心の傷を、日々人目に触れないよう隠して生きていることのメタファーであるように感じました。
2つ目は、クリスティアンとマリオンの冷凍庫のシーン。
凍てつく温度の中、ふたりの相手を想う気持ちが鮮やかに灯り、優しく揺らめくような素敵な時間でした。
3つめは、全てのメイン要素(「通路」「クリスティアン」「マリオン」「ブルーノ」「波音」「フォークリフト」、そしてまさかの「パスタコーナーの伏線回収」がワンカットに収まったラストシーン。
完璧でした。
※ちなみに好きなシーンはあり過ぎるため割愛いたします
「沈黙」や「静寂」に託し、ふたりの男とひとりの女の彷徨う感情を、その人生を大きく翻弄することとなった歴史の裏側とそれに対する問いをも重ねて描く本作は、陰影に富む柔らかな光にて観る者の心を優しく包み込み温めてくれる、美しい物語。
その他
●原作と原作者について
原作は短編『通路にて』。
本作の脚本にも関わった原作者のクレメンス・マイヤーは、1977年に旧東ドイツのライプツィヒ近郊、ハレにて誕生。
小説のクリスティアンは映画よりも粗野な雰囲気が漂い、全体の雰囲気も若干違いますけれども、面白かったです。
●監督について
監督のトーマス・ステューバーは、1981年に旧東ドイツのライプツィヒにて誕生。
ベルリンの壁崩壊が1989年であることを考えると、監督も原作者もその後の東西ドイツ統一の時期を多感な10代に経験してるということになります。
そのような情報を踏まえると、本作は原作者や監督にとってとても大切な作品であるということが見えてくるように思います。
Artwork
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