映画『恋する惑星』
1994年/製作国:香港/上映時間:101分
原題 重慶森林 英題 Chung Hing sam lam
予告編(日本版)
予告編(英版)
予告編 4k(中国版)
レビュー(ネタバレ有り)
本作は二部構成となっており、前半と後半にて別の恋物語を描きます。
また前半と後半では撮影監督が違い、個人的には後半が大好きであるため、後半についてのみレビューします。
物語の主な登場人物は、失恋したばかりの「かなり天然(鈍感)な」警官633号(以下「633」。俳優:トニー・レオン)と、その633が頻繁に利用するお惣菜屋さん(店名:「Midnight Express」。以下「ME」)にて働く「シャイ過ぎて自分の気持ちを遠回しにしか伝えることの出来ない」フェイ(俳優:フェイ・ウォン)。
それと、633の元カノ(職業:キャビンアテンダント。以下「CA」)。
あとはフェイの働くMEの店主や店員達が、良い感じに絡む。
まず本作が異色なのは、フェイ(女性)の部屋は登場せず、633(男性)の部屋のみ登場する点である。
その部屋は、失恋直後の633の心(内面)の状態を表出しているのだけれど、その部屋に偶然(元カノが別れの手紙と一緒に633へ返しに来た)「合鍵」をゲットすることとなったフェイが、633の留守の隙を突いて特攻し、何度も不法侵入を繰り返しながら掃除や模様替えを勝手に断行してゆく(633が元カノの好みもアリ~ノで一緒に使用していたであろう物達を当然のようにポイポイと捨てまくり、その捨てたものとの入れ替えで自分好みの物と交換)。そして最終的には部屋(633の内面)を変えることにより、633を自分に「恋」させてしまう。
というのが本作の、「シンプル」且つ「ぶっ飛んだ」構成となっている。
しかしそのフェイが633の部屋(内面)へと「侵入」し、アッという間に「浸食」、且つ自分色に染め上げ「占拠」してゆく様は、単にコミカルで面白いというだけでなく、最高に愛おしく、可愛い画となっているからたまらない。
のだが、それは冷静に考えると「不法侵入」や「ストーカー」、「飲料水への薬物(睡眠薬)投下」等、明らかな犯罪行為でしかない。
のだけれども、そのような犯罪行為を「屈託」も「悪意」も「ネチネチな欲望」も無しにルンルンで実行し、そのうえ1㍈の罪の意識も自覚も無いフェイの「破天荒」及び「天真爛漫」な行為の連続に、鑑賞者は微笑み、心もポカポカに温められ、何故かフェイを応援し始め、やがて自分が恋した時の感覚を呼び起こされて気分は高揚し、気が付くと元気をいっぱいに補充して貰えていたりするため、鑑賞後は「最高!この映画ほんと最高!私これめっちゃ好き!」とかなんとかハイテンションにてまくし立てながら、フェイの犯罪行為の数々を、最早全く犯罪とは見なさなくなってしまうのである。
というか、日々犯罪行為を実行されまくりなのに全然気付かない633の職業が、警官であるというシチュエーションであったり、MEでの633と店主のやり取りに聞き耳を立てながら無言で色々な反応を見せてゆくフェイの様子であったり、仕事をサボった上に職場の電気代の支払いを遅延&忘れ去り続けながら633に全力アタックし続けるフェイの姿であったり、そのようなフェイの行動により大きく変化してゆく自分の部屋(自分の気持ち)になかなか気づくことの出来ない633の「天然丸出しな回想」であったり、とにかくそういった無数の「萌え」要素の銃弾が、まるで機関銃によって乱射されるが如く画面を所狭しと飛び交い、観る者の「萌えキュンハート」を打ち抜き続け、それゆえに短時間にてフェイと633を「推し」にまで格上げしてしまう本作の映像テクニックと力技によるハッタリは、ウォン・カ―ウェイ監督と撮影監督のクリストファー・ドイルの真骨頂の極みと言っても過言ではなく、見事としか言いようがない。
また本作が並みの恋愛映画と一線を画すのは、フェイの行動が、ただの不思議ちゃん的行動ではなく「きちんと理に適った論理的な手順を踏んでいる」という点にあるように思う。
フェイは当初、自分の恋心を抑え、633が元カノと間違いなく別れたのを確認してから始動しており、曲解ではあるものの、一応633本人から直接住所を教えてもらい「すぐそこさ 遊びに来るといい」との許可も得ている。
まぁその後は色々と人の道を踏み外しまくるのではあるが、それは633が恐ろしく鈍い奴であったからでもあるため差し引きゼロにて不問として良いし、フェイの行動には自らの恋の欲望の追求以上に、失恋して落ち込んでいる633への気遣いが見てとれる。
さらに、お互いの気持ちがピークに達したラストに至っては、驚く程の冷静さを示し、フェイはこの世に1つしかない特等席(エコノミーと書いてあるけれどアレは間違いなくファースト・・・いや「プリンス」クラス)の搭乗券を633に渡しながらも633の前からその後1年間も行方をくらまし、双方のポッポした感情を鎮静すると共に、その恋が本物であるかどうかをお互いにきちんと確認する時間と空間をしっかりと設けてから、夢のフライトより現実のスタートラインへと、美しい女神に変貌を遂げた上で舞い降りて(舞い戻って)魅せるのだ。
そう、フェイは緩めるところはアクセルを全開に踏んでぶっ飛ばすけれど、締めどころはきっちりと押さえてブレーキを踏み、冷静沈着且つスマートに、現実という扱いにくい車を、巧みに乗りこなすのである。
ラストシーン。
離れていた1年の間、お互いに相手の世界へと想いを馳せながら過ごしていたであろう2人。
フェイはCAとなり黒髪ロング(633の好み)の制服姿。
633はEM(城)を買い取り、そこで例の音楽をかけ流しながら(フェイへの本物の「恋心」で空間を満たしながら)フェイとの再会を願っていた。
お互いに待ち合わせの約束をスッぽかされても、ふたりは相手を想う気持ちを失わずに初めて出会った場所へとそれぞれに赴き、再会を果たすのだ。
まるでその場所こそが、真の約束の場所であったかのように。
633:「制服が似合ってる」
フェイ:「私服も素敵よ」
フェイ:「どこ行きたい?」
633:「君の行きたい所へ」
相手を染めつつ、自分も染められつつ、お互いに相手の影響を大きく受けながら、ふたりの人生は良い方向へと変化してゆく。そんな素敵な関係の、間違いのないスタートラインを提示しての、あの音楽とエンドロール。
本物の恋の始まりを、鮮やかに、そして最高に可愛く描いて魅せた、永遠不滅の恋物語。
恋する惑星。
個人的なメモ
・フェイのTシャツの青いハート
・手紙に刺した赤い画鋲
・フェイの目の演技
・徐々に変化してゆくフェイの表情
・自分の内面に語り掛ける633の独り言
・フェイが入れ替えた&追加したもの「石鹸」「ぬいぐるみ(前半に購入しているシーン有り)」「サンダル」「歯磨き用のコップ」「ベッド関係のもの(シーツ等)」「布巾」「テーブルクロス」「魚の缶詰め(醤油味に)」「鏡に写真(女の子の写真)」「シャツ」「靴下」「CD」
・フェイが「睡眠薬」を「水」に仕込んだのは、633が「最近あまり眠れてない」みたいな泣きゴトを言ってフェイ(恋する乙女)を心配させたことに端を発しているのであるし、その心配から着火してのフェイによる「奥深い気遣い」としての「実行(犯行)」であるからして、個人的にはギリギリセーフなのではないかと思う。「ホウ」テキニハ、カンゼンニ「アウト」
・沸騰する黒いコーヒーと飛んで行く飛行機の音との後に業を煮やして始まるフェイの犯行(アイツは「鈍い」し「遅い」。だから「こっちから仕掛けるしかない!」という意気込み)
・633の部屋に指紋を残さないようにするフェイの手袋の色は毎回「ピンク(恋の色)」
・フェイと633が飛行機の模型で遊ぶ姿(子ども心を色濃く残す感性豊かなふたりの相性の良さ)
・青いプリングルズの箱や青いサンダル等、なかなか「失恋のブルー」から抜け出せない633が、少しずつフェイの置いてゆく「呪物」達と「魔法(恋する気持ち)」により元気を取り戻してゆく姿
・ラスト付近、踏んだり蹴ったりな状況にて633が飲む飲み物の缶が「凹んでる」(その後さらに「缶を凹ます音」有り)
・「カリフォルニア」=「暖かい(温かい恋の)場所」
●レビューに記した以外の印象に残った会話
633「旅が好き?」
フェイ「あなたは?」
633「嫌いじゃないけど」
フェイ「一緒に行こうよ お金は何とかなる」
633「考えとくよ」
フェイ「優柔不断ね 手紙も取りに来ないし」
※「旅が好き?」=「恋は好き?」
フェイ「好みの曲?」
633「彼女が好きだった曲だ」
フェイ「本当にそうなの?」
633「ああ」
フェイの心の声 「彼女の好みだったなんて・・・ 私が置いていったCDよ・・・ 思いは伝わらないのね・・・ 不覚にも眠ってしまったわ」
633の心の声 「タオルが泣くのを見て嬉しかった 本質は前と変わらない多感なタオルだ」
Soundtrack
Dinah Washington 『What a Difference a Day Made』
The Mamas & the Papas 『California Dreamin'』
王菲 『夢中人』
Artwork
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