大企業におけるアート思考とイノベーション:花王のヘルシア事例を通じて
以前のコラムで、小さな組織で、アート思考によるイノベーションを起こした事例を紹介しました。今回は、大きな組織の場合を見てみましょう。
アート思考を取り入れる際の課題
「大企業は短期的な事業目標や売上等を重視するため、アート思考で生まれたようなアイデアにリソースが割かれづらいのではないか」という意見をよくいただきます。多くの企業が、このような状況になっていると思います。これは、アート思考に限らず、新規事業をやろうとするときに直面していることではないでしょうか。
既存事業を継続するときの取り組みと、新規事業では、求められることが異なります。新規事業は、ときには既存事業の破壊を引き起こすことにもなり、両立させるのが難しいことが多いのです。そのため、新規事業は、既存事業に影響を与えない程度のリソースで行うのが適切だと思います。
アート思考は、「自らの興味・関心を起点に、既存の常識にとらわれない斬新なコンセプトを創出する」思考です。自分が「これをやるべき」と思ったことに取り組むのですが、斬新であればあるほど、反対意見がでてきます。大きな組織の場合も、スタートアップと同様、発案者の使命感や熱意が重要になってきます。
花王のヘルシア:アート思考によるイノベーションの事例
ここでは、花王の取締役だった村田守康氏が、2010年に、京都産業大学で行った講演「花王における3つのイノベーション −「アタック」・「ヘルシア」・「クイックルワイパー」の開発に携わって−」を参照し、ヘルシア開発の事例を紹介します。
ヘルシアは、村田氏の個人的プロジェクトから始まりました。90年代後半、村田氏は取締役になっていましたが、企業を成長させるためのドライビング・フォースが必要だと考えていました。当時、肥満が生活習慣病を引き起こすことが注目されていました。そこで、既に健康にいいというイメージのある製品に、抗肥満というコンセプトを当てはめればいいのではと思いつきました。設備投資して失敗すると大変なことになるので、新たな設備の必要のないものを探し、緑茶飲料に辿り着きました。このあたりのコンセプト作りには、一人で2年ほどかけたそうです。
その後、数人のメンバーが加わりましたが、研究員はいませんでした。そこで、村田氏は、顔見知りの研究員に体脂肪を取る効果のある物質を探してもらい、カテキンが見つかりました。
非常識とも思える仮説
ペットボトルのお茶という商品は、花王にとっては全くの新規事業でした。清涼飲料の本来のコンセプトは「喉の渇きを潤す」ですが、「健康」という新しいコンセプトを提示したことでヒット商品にすることができました。
村田氏は、仮説、それも「思い切った非常識とも思える仮説」を立てることが重要で、仮説がなくマーケット調査などをしても意味がないと言います。そして、考えに考え抜いた「課題」に辿り着いた当事者だけが、意味のある「仮説」を立案できるとも指摘しています。
村田氏の仮説は、カテキンの発見につながり、健康食品事業部ができるほど大きなプロジェクトに成長しました。
会社を成長させるドライビング・フォースを作りたいという個人的な使命感・興味から始まり、非常識とも思える仮説を立てるというのは、まさにアート思考です。
大きな組織であっても、自らの興味・関心にこだわることは重要です。最初はたった一人で考えることから始まったとしても、社会にインパクトを与えるイノベーションを起こすことは可能なのです。
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