オープン・クリエーション:偶発性がもたらすイノベーションの新境地
産業界でさかんに行われているオープン・イノベーション。より柔軟で創造的なアプローチが求められる今日、オープン・イノベーションを発展させた新たな概念「オープン・クリエーション」が、アートの領域から台頭してきました。この手法が従来のイノベーション手法とどう異なり、なぜビジネスに有効なのか、具体例を交えて解説します。
オープン・クリエーションとは
オープン・クリエーションとは、プロジェクト参加者の役割を固定せず、偶発性を積極的に活用し、自発的な創造を促す手法です。キュレーターの四方幸子氏が『創造性の宇宙』(工作舎)で提唱したこの概念は、異分野の専門家によるコラボレーションや、不特定多数の参加者による共同創造を特徴としています。
この手法の最大の特徴は、予期せぬ発見や創造を生み出す「偶発性」の重視です。計画された役割分担や目標設定に縛られず、各参加者が自由に考え行動することで、従来の枠組みでは生まれ得なかった革新的なアイデアや解決策が創出される可能性が高まります。
アートの世界から学ぶ偶発性の力
オープン・クリエーションの有効性を示す興味深い事例として、アーティスト毛利悠子氏の《モレモレ東京》プロジェクトが挙げられます。
毛利氏は、東京の地下鉄駅で発生する水漏れに対する、駅員の即興的な修復作業に着目しました。ビニールシートやペットボトルなどを用いた創意工夫に満ちた応急処置を写真に収め、アート作品として発表したのです。
毛利氏は次のように語っています。
さらに毛利氏は、この発見をきっかけに一般参加者とのワークショップを開催しました。会場のキッチンやトイレに水漏れの状態をつくり、日用品を使ってそれを修復してもらいました。参加者たちは、想定外の状況下で驚くべき創造性を発揮し、毛利氏が予想もしなかった方法で日用品を活用しました。この経験は、緊急事態に直面すると、人は創造力を発揮することを示しています。
この経験をもとに、毛利氏自身も水漏れを修復する作品を創作するようになりました。その結果、2024年にはヴェネチア・ビエンナーレの日本館代表に選出され、水の都・ヴェネチア近郊で入手したさまざまな日用品を駆使して、水を循環させる作品《モレモレ:ヴァリエーションズ(Compose)》を発表するに至りました。
駅員や一般参加者とのオープン・クリエーションによって、グローバルで注目されるアート作品を制作するまでに至った毛利氏の事例は、偶発性がもたらす創造の力を如実に示しています。
ビジネスにおけるオープン・クリエーションの可能性
では、このアプローチをビジネス界でどのように活用できるでしょうか。
従来のオープン・イノベーションでは、往々にして役割や目標が事前に明確化されています。一方、オープン・クリエーションは、より柔軟で開放的な環境を提供することで、予期せぬブレイクスルーを生み出す可能性を秘めています。
具体例として、東京藝術大学とコープデリ生活共同組合連合会のコラボレーション、「co-op deli×GEIDAI デザインプロジェクト」を紹介します。このプロジェクトでは、学生たちが単なるデザイン担当としてではなく、商品開発の初期段階から参加しました。
学生たちは、コープデリの食材の試食や、牧場、工場の見学など、幅広いリサーチを行いました。そして、将来どんな暮らしをしたいか自身で考え、この先の生活をイメージし、「いろどる、ふちどる」というコンセプトを生み出しました。その結果、洗剤から野菜などのストックバッグ、アルミストローまで、バリエーションに富んだ6つの商品が実際に発売されました。
このプロジェクトの成功は、商品のデザイン制作のみの役割に限定せず、参加者の自由な発想を尊重したことにあります。多様な参加者が自由に発想し、偶発的な気づきを大切にすることで、従来の商品開発プロセスでは生まれ得なかった革新的なアイデアが創出されたのです。
オープン・クリエーション成功の鍵
オープン・クリエーションを活用するにあたり、次のような点に留意する必要があります。
多様性の確保:異なる背景や専門性を持つ参加者を集めることで、視点の多様性を確保します。
自由な環境:固定的な役割や厳格な目標設定を避け、参加者が自由に発想し行動できる環境を整えます。
偶発性の受容:予期せぬ展開や失敗を恐れず、むしろそこから生まれる可能性に注目します。
変化の激しい現代ビジネス環境において、オープン・クリエーションは競争力の源泉となり得る重要な概念です。企業がこのアプローチを積極的に取り入れ、偶発性がもたらす創造の力を活用することで、新たなビジネスチャンスを掴むことができるでしょう。
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