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アート思考が変えた都市風景:ニューヨーク・ハイライン再生秘話

ニューヨークのマンハッタン西側に位置するハイラインは、かつての貨物列車の高架線路を、アーティストたちの発想と行動力によって生まれ変わらせた公園です。いまや人気観光スポットとなったこの公園の誕生秘話を通じて、イノベーションの扉をどう開けるかを紹介します。


ハイラインの歴史

1930年代、マンハッタン南部の工場から製品を運ぶために、高架貨物鉄道ハイラインが建設されました。これは地上9メートルの高さに設置され、街の安全性を高め交通混雑を避ける目的がありました。しかしトラック輸送の普及に伴い利用は減少、1980年に最後の運行を迎えるとハイラインは長らく放棄され荒廃が進みました。多くの土地所有者は線路の撤去を望んでいました。

アート思考からの挑戦

1999年、アーティストで起業家のロバート・ハモンドは、新聞記事からハイラインの撤去の動きを知りました。近隣に住むハモンドは、この線路の存在は知っていましたが、その全長が実に2.3キロメートルにも及ぶことを初めて認識します。しかも22ブロックにわたりまるまる残っていることに驚き、これだけの距離を空中散歩できたらどんなに楽しいだろうと発想したのです。

ハモンドは、ハイラインについての住民の会に参加し、そこで、フリーライターのジョシュア・デイヴィッドと出会い、二人以外は皆、撤去を望んでいることを知ります。二人はともにハイラインの価値を直感し、これを守るための「Friends of the High Line」を設立、活動を始めました。この時点では、勝算があるわけでもなく、どれだけ困難なものかもわかっていませんでした。

頼みの綱は、ハイラインの高架からしか見ることのできない、ニューヨークの信じられない景観です。都会の真ん中でありながら、野生の花々が咲き乱れるという不思議な空間。ハモンドは、この景観を多くの人に知ってもらうために、写真家ジョエル・スターンフェルドに撮影を依頼。スターンフェルドの写真がハイラインの魅力を広くアピールし、多くの支持を集めることができました。

 High Line Park: Photo by Leslie Cross from Unsplash

人々に開かれた線路は新たな魅力を放つ

写真を見ていると、このまま保存したいと思ってしまいますが、デザインチームと対話する中で、ハモンドたちは常識を覆す発想に行き着きました。

・保存するには変化が必要。 
・人々が行き交うことでライラインはより魅力的になる。

人々が気軽に散策できる公園とすることで、野生の植物も人々も共存でき、より快適な空間になると考えたのです。

High Line Park: Photo by Elizabeth Villalta from Unsplash

長年の歳月を経て

2009年、10年の歳月をかけてハイラインの第1区間が公園としてオープンしました。その後も順次区間が開放され、年間700万人が訪れる人気の場所となり、プロジェクトを開始した当時の想定を凌駕する経済効果をもたらしています。車や建物に遮られずに、マンハッタンの街並みをゆったりと散策できる夢のような空間。都市の中心にいながら、アートや景色を楽しめる、他にはない魅力を持っています。

2015年には、アッパーイーストにあったホイットニー美術館がハイライン南端に移転するなど、著名建築家の建物が次々とハイラインの近くに誕生し、多くのクリエイターを惹きつけています。

Whitney Museum: Photo by Valery Anatolievich from Pexels

身近なところに潜む逸品に気づく

ハイラインの再生には多くの困難がありました。そもそもハモンドたちは建築家でも都市計画家でもなく、専門知識に乏しい二人でした。しかし、それが逆に強みとなりました。写真家やデザイナー、さまざまな市民らの力を結集し、皆で知恵を出し合うことで、この線路に新しい可能性を見出すことができたのです。

ハモンドとデイヴィッドが出会わなければ、ハイラインは撤去されていたかもしれません。放棄されていたハイラインの魅力に気づく感性、困難なプロジェクトでありながら、周りを巻き込み実現させてしまう突破力。その根底にはアート思考があったといっていいでしょう。

ハイラインは、身の回りの些細な存在からでも、イノベーションは生まれることを示しています日常の中に新しい可能性を見出す視点を持ち続けることが何より大切です。アーティストのように発想を転換し、多くの人々と協力しながらアイデアを形にすることで、イノベーションは起こせるのです。

皆さんもハイラインを訪れてその魅力を体感し、イノベーションの源を感じ取ってみてはいかがでしょうか。身近なところに潜む逸品を発掘し、実現に導く力を養うきっかけとなるかもしれません。


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