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いざや、傾かん〜天野純希著「桃山ビート・トライブ」のこと
「何せうぞ くすんで
一期は夢よ ただ狂へ」
あらすじ
時は戦国、奈良の春日大社の勧進興行。
それは新進気鋭の一座、出雲阿国の舞台でした。
その舞台を見ていた三人の少年少女。彼らはその公演にすっかり魅せられてしまったのです。
一人は掏摸や置き引きを生業としていた藤次郎。彼はたまたま盗んだ三味線に、すっかりはまってしまったのでした。
もう一人の少年は小平太。笛職人の息子の彼は、しかしその舞台を見て、作ることよりも演じることに興味を抱きます。
そしてもう一人の少女はちほ。まだ幼かった彼女は母に背負われながら、呟くのでした。
「うちも、あんなふうに踊りたい」
一方その頃、京の都では、大事件が起ころうとしていました。
「謀反じゃあ! 惟任日向守、謀反ぞ!」
明智光秀の大軍の中をなんとか逃げだした一人の信長の家来。身の丈六尺八寸(187センチ)で体中墨を塗ったような大男、その名は弥介。アフリカから奴隷として宣教師に買われ、この日本に連れてこられて信長の家来となった黒人の侍です。
彼は何とか堺まで逃げ延び、故郷へ帰ることを夢見て働きます。そこで偶然手にしたのが、大きな太鼓。それを叩く日本人にはないビートは不思議な感覚を聴く者にもたらすのでした。
やがて藤次郎、小平太、ちほ、弥介は京都で出会います。
弥介のアフリカン・ビートに加えて、藤次郎と小平太は立ったまま演奏とするという画期的なスタイル、そして中心で踊るちほもまた、当時の踊りの常識からはかけ離れた軽やかな舞い。
「京童どもの鼻っ面にきついのガツーン、かましたるんや。この国の芸の歴史を、俺らで塗り替えたる」
藤次郎のそんなうそぶきとともに、一座は結成されたのでした。
さて、時は廻り、豊臣秀吉の太平の世が訪れます。
諸国への修行の旅を経て京に戻った彼らは五条河原に小屋を建て、そこで演奏をはじめます。京都中で話題を集める中、そんな彼らを苦々しく思う人物が一人。石田三成です。
三成は太平の世の象徴として京の都に秩序を求めます。
徹底した合理主義者の三成からしたら、戦にも出ず、年貢を納めることもない芸人たちなどこの世界に存在しなくてもかまわないのです。
でも、そんな世界はつまらない。「芸」とはむしろ混沌の中からこそ生まれるもの。
そんな時、彼らはある人物と出会います。
その名は豊臣秀次。
「芸」や「美」の世界にも造詣が深い秀次は、三成によって河原を追い出された主人公たち一座を陰で支えます。
豊臣秀次と言えば、秀吉の後継者として関白にまでなった人物。しかし後年秀吉に跡継ぎ拾(後の秀頼)が誕生したことにより、彼の存在はむしろ豊家の安泰を脅かす者とされてしまいます。
豊家の安泰のため、くだらない芸人風情も、秀次の存在も、この世から消してしまわなければならない。その陣頭指揮を執る石田三成。
やがて運命の時が訪れて……。
桃山時代にロックバンド?
豊臣秀吉の時代にロックバンドが存在した、なんて言うと、いかにも荒唐無稽な話の様に感じるかもしれません。
まあ実際その通り、そんなことはあるはずがないのだけれども、この物語の面白さはそれをファンタジーとして描くのではなく、あくまでも「歴史小説」として描いていることにあるのです。
この物語は「歴史上の事実」と混合することによって、ただの音楽を題材にした小説とは一味違ったものになっています。
でも不思議なことに、そんな歴史的事実があるからこそ、この物語のテーマである音楽がより鮮明になっているのです。
怒り、反抗、自由への渇望、そんな抑えきれない感情。
ロックという音楽のジャンルがその時代に存在したかどうか、なんてことはどうでもいいのです。いつの時代にも、そういう感情を爆発させる何かが存在したに違いないし、それを今僕たちが見ればきっと「ロックだ」と思うのですから。
音楽の力
三条河原の処刑場、藤次郎はにやりと笑って、言います。
「音楽の力っちゅうもんを、見せつけたろうやないか」
その力は、何の具体的な効果も、意味も持たないかもしれない。
だけどその力を、今生きている僕たちは知っています。
きっと、数百年前の人たちも知っていたに違いない。
そして絶対に、数百年後の未来の人たちも知っていることでしょう。
たとえその頃にはもう、「ロック」なんて言葉はもはや死んでしまっていたとしても。
「すぐに、太鼓の音が聞こえはじめた。怒りを押し殺したような重く低い音色が、静寂の中響き渡る。
続けて、小平太が笛を構えた。甲高い音色は、どこか女の泣き叫ぶ音にも似ていた。
藤次郎は三味線を構え、周囲を見回す。誰もが熱に浮かされたような目で、四人に見入っている。ちほの狂気が徐々に群衆にも伝染しているのだと、藤次郎は思った。
よっしゃ、もっと狂わせたる。」
一期の夢のこの世界で、真面目くさって生きて何になる?
ただ狂え、この浮世を。
それは荒唐無稽な話でもファンタジーでもない、いつの時代でも普遍的な、力なきものの生き様、「力」なのだから。
「いざや、傾かん」
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