13歳からは、もう子どもじゃないんだよ~石井睦美著「卵と小麦粉それからマドレーヌ」のこと
菜穂は中高一貫の女子校に通う12歳の女の子。入学して二日目の日、前の席に座っていた子が振り向いて、彼女にこう問いかけたのでした。
「ねえ、自分がもう子どもじゃないって思ったときって、いつだった?」
急な問いかけに、菜穂はびっくりして言います。
「子どもじゃないって、あたしたち、まだ子どもじゃん」
すると女の子は嬉しそうに笑って
「じゃあ、きっとまだあなたは子どもなのね」
と言うのでした。
やなやつ! 菜穂はそう思いましたが、気がつけば菜穂とその女の子、亜矢はクラス一の仲良しになっていました。
亜矢は菜穂から見ても自分の意志をはっきり持っている女の子。読書が好きで、二人はいつも甘いキャンディの匂いを漂わせながら、図書館に入り浸っていました。
学校から帰ると、ママがいつも菜穂のためにお菓子を作って待っています。そしてママと二人でお手製のお菓子を食べるのが、菜穂の毎日なのでした。
菜穂の誕生日は7月13日。亜矢は菜穂に一冊の本をプレゼントします。それはレイ・ブラッドベリの「10月はたそがれの国」。その中の一篇「みずうみ」が一番好きだ、と亜矢は言います。それは永遠に特別な12歳をすごす男の子の物語。
13歳になる誕生日の前日、ママは菜穂に言います。
「知ってる? あしたからあなたはティーンエイジャーで、ほんものの女の子なのよ」
11はイレヴン、12はトュエルヴ、13はサーティーン、14はフォーティーン……。「ティーン」になる13歳からは、もう子どもじゃない。12歳最後の日は、子ども時代最後の日なのだと。
そして13歳の誕生日、ママは菜穂にある決意を話すのでした。
…と言ってもそれは、大人の立場からすると「いいじゃない、それぐらい」と言いたくなるような、そんなことなのだけれど。
夏休み、菜穂は初めて亜矢の家に遊びに行きます。そしてその日、亜矢はそれまで話したことのなかった自分の過去を話すのでした。
両親が離婚したこと。小学六年生のある日、急にいじめにあったこと。そこからどうやって立ち直ったのか、ということ。
そして亜矢は菜穂に言うのでした。
「変わるのは、菜穂の方だよ」
大人になるっていうことは、どういうことなのでしょう。大人の階段はきっといろいろある。例えば責任を持つこととか、我慢することとか。
この物語で描かれているテーマもまた、そのうちの一つなのでしょう。
お菓子のレシピが一つずつ増えてゆくように、人生というものは様々なことが起こって、そのたびに僕たちは少しずつ何かができるようになったり、何かを忘れてしまったりしていきますよね。
そして、そう、「大人だっていつまでも子どもの自分を持っているんだ」って気づくこともまた、大人の階段の一つかもしれません。
物語の最後、菜穂はママに手紙を書きます。それは、こんな手紙。
「このごろ、なにかを乗り越えるのがたのしくなってきました。たとえば、ママのいないこの毎日、期末テスト、寒い冬。それを過ごしたあとになにが見えるのか、どんなじぶんに出会うのかと、想像するだけで、わくわくします」
これは子ども時代の最後から大人への階段を上り始める瞬間、あの瞬間に誰もが過ごす濃密な時間の物語です。今思うととても些細なことかもしれないけれど、あの時は本当に傷ついたこと、喜んだこと、苦しかったこと、楽しかったこと、悩んだこと……。
大人になったら「なんであれぐらいのことで」というようなことでも、そんなことで感情を動かせるのは子ども時代だけの特権なのでしょう。
まだ子どもの人はもちろん、もうとっくに大人になってしまったあなただって、この物語を読むとその時代にタイムスリップしてしまうかもしれません。
そして菜穂の心に突き刺さったこの言葉は、その頃のあなたにも問いかけてくるのではないでしょうか。
きっと、こんな風に。
「ねえ、自分がもう子どもじゃないって思ったときって、いつだった?」