雪のように冷たく、だけど雪のように美しい物語の話 ~佐々木丸美著「雪の断章」のこと
札幌のとある公園。5歳の女の子、飛鳥は迷子になって途方に暮れていました。そこに現れたのが一人の青年。彼は飛鳥の手を優しく取って、そして「どこから来たの? おうちはどこ?」と尋ねます。
飛鳥は「あすなろ学園」と答えました。彼女は身寄りのない孤児だったのです。
青年は飛鳥を無事施設まで送り届けました。そして、名前も言わずに去っていきます。
飛鳥は思うのです。なぜあの時、私はあの見知らぬ青年をあんなにも信頼したのだろう、と。そしてそれからというもの、飛鳥にとってその青年は「優しさ」の象徴となったのでした。
6歳になった時、飛鳥はある大金持ちの家に使用人としてもらわれることになりました。その家には主人とその奥さん、そして聖子と奈津子という二人の娘と幸枝というお手伝いさんがいました。
その家ではどれだけ働いても、決して自分の時間ができるということはありませんでした。もしも「もう少し早く自分の部屋に帰ってもいいか」と奥さんに尋ねると、次の日からは仕事が倍になっているという始末。そうして飛鳥が働いていても、誰も手伝ってくれようとはしません。それどころか飛鳥は自分の背後から嘲笑うような視線を感じていました。ここはそういう家なのだ、と飛鳥は観念します。
飛鳥と次女の奈津子は同じ学校に通っていました。学校でも奈津子は飛鳥を使用人扱いし、飛鳥がそれに反抗すると、決まって家に帰ってから叱られるのは飛鳥でした。
ある日飛鳥は買い物のついでにふらりと、あの青年と出会った公園に立ち寄ります。そうしてまた会えたらいいなと願っていると、そこにあの青年が現れたのです。
飛鳥と青年は少しだけ話をします。青年は飛鳥が奈津子のために買い物をしていることを知ると、「そうか、お嬢さんのスリッパを君が買いに来てあげたのか。いい子だぞ」と言いました。飛鳥はこのことを心の支えにして、またこの家で頑張っていこうと決心します。
しかし、8歳になった時でした。飛鳥は奈津子と喧嘩をし、家を飛び出してしまいます。そうして当てもなく歩きながら、あの公園へと向かうのです。またあの青年に会えたらいいのに、と。
その時に、奇跡が起きたのです。飛鳥はその公園で、あの優しくて、飛鳥に生きる力をくれた青年と出会うことができたのでした。もう家には帰らない、と飛鳥は青年に言いました。
「一晩だけでも泊めてくれる友達はいるかい?
「いません」
「親戚は?」
「いません」
冷たい風が吹き付けて思わず大きな体の蔭に隠れた。
「俺のアパートはいやかい?」
びっくりして見上げるとにっこりした。
「来るか?」
「うん!」
急いで腕につかまると、頭に手をやりながら声を出して笑った。
そうして飛鳥はひどい差別を受け続けた大金持ちの家から離れ、この青年と二人で暮していくことになるのです。
青年の名は滝杷祐也と言いました。祐也の部屋には親友の史郎という青年が頻繁に訪れます。この史郎という青年は口は悪いものの心の優しい青年でした。そして二人とも、飛鳥をまるで娘のように、妹のように接してくれます。
またそのアパートの管理人のおじさんも、飛鳥のことを自分の娘のように可愛がってくれました。
中学生になると、厚子さんという若い女性が同じアパートに越してきました。彼女は飛鳥にとって、まるでお姉さんのような存在になります。
そうして飛鳥は幸せな生活を手に入れます。生まれてきて初めて、自分は幸福だ、と感じるようになりました。ところが、高校に入学した時、彼女は再びあの自分をいじめ、虐待した本岡家と関わらざるをえなくなっていきます。
まず、飛鳥と同い年だった奈津子が同じ高校に入学し、しかもクラスメートになります。さらにアパートには奈津子の姉の聖子が越してくることになるのです。
このことから事態が思わぬ方向に向かい始めます。それはアパートの住人たちで催したクリスマスパーティでのこと。
この会には聖子も参加したのですが、会をお開きにした直後、聖子が誰かに毒殺されてしまうのです。
アパートに刑事が訪れ、真っ先に疑われたのは飛鳥でした。なぜなら彼女は本岡家に強い恨みを抱いていたし、そして飛鳥が聖子のところに持っていったコーヒーの中から硫酸が発見されたのだから。
さて、そうして飛鳥が成長するにつれて祐也と飛鳥を中心とした周りの人々の関係が少しずつ変化していきます。
飛鳥は真犯人に気付くのですが、それは、受け入れがたいほどに悲しい現実なのでした。
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飛鳥が祐也の部屋に来てすぐの頃、史郎が飛鳥にある外国の童話の話をします。それはマルシャークの「森は生きている」。ある孤児の少女が森の中で十二の月の妖精と出会い、そしてその中で四月の妖精と恋に落ちる、そんな物語です。
この物語はまるでその作品をなぞるかのように進んでいきます。でも、この物語はその童話よりもずっと冷たい、まるで雪のように。
白くて美しい雪は主人公の純粋であろうとする心と、そして儚い彼女のまわりの人間関係を象徴するようです。
冬を愛する人は優しい人、と言いますね。優しい人ほど傷つきやすいがゆえに、純粋さと儚さを愛おしむのでしょう。
冬を愛するあなたにそっとおすすめしたい、本書はそんな一冊です。
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