ボツネタ御曝台【エピタフ】混沌こそがアタイラの墓碑銘なんで#022
元歌 山口百恵「秋桜(コスモス)」
淡紅の 秋桜が 秋の日の
何気ない 陽溜りに 揺れている
スーパーの もずく酢の コーナーが
知らぬ間に 飛騨牛に 変わってる
これは非常に危険ですねー、先輩
いつもの感覚で買い物かごに入れちゃいますよねー
気づかずにレジで精算したら、大変なことになります
もずく酢買ってこいっていわれたのに、飛騨牛買ってきたら、そりゃあ怒られますよね
この頃涙もろくなった母も、さすがに怒ります
こればっかりは、時がたっても笑い話になんか変わりません
そうそう、明日嫁ぐ予定だろうと関係ありませんよね
母も、何度も同じ話くり返します
「お母さんにはそんなお金ありませんよ!」って
「友和にお願いしなさい! 友和に払ってもらいなさい!」って
ついには、庭先でひとつ拳固します
そんなことしたら、百恵ちゃん、家出しちゃいますよ
いい日じゃないのに旅立っちゃいます
真っ赤なポルシェで一人旅
でも、いい日じゃないのに旅立っちゃたら、何かあるんじゃないっすか? ミラーこすったりとか……
しかし、ポルシェに乗れるだけの財力があるんだったら、飛騨牛くらいでガタガタいうな! って感じっすけど
え? 実は金持ちの方がドケチ? あー、アタイも聞いたことがあります
金持ち母娘の関係が上手くいくのは、金がからんでいない時だけですよね
なんか嫌ですねー
金持ちじゃなくて良かったすねー、アタイラ
貧乏で本当に良かった
でも、貧乏だからこそ、こうやって危ない橋を渡ろうとしてるんですけどね
そう、金が無いからこそ、今まさに裏社会に入り込もうとしているアタイラ
……
あー良かった! やっと前回のストーリーにつながった
途中、ヒヤヒヤしましたよねー
このまま、百恵ちゃんのクダリで終わっちゃうんじゃないかって……
良かった、良かった
コウシンジョ?……
求人広告には江戸川探偵事務所って書いてありますもんね
先輩、コウシンジョって知ってます?
……
高 信太郎がいる所? 違うと思うなー
……
どうします? 探偵事務所じゃないけど入ってみます?
ん? もう一周回ってみる?
いや、もう一周回っても変わらないっしょ! 『雨月物語』のラストシーンじゃないんだから!
……
何か嫌だなー、気が向かないなー
あっ、そういえば先輩、道の途中にあった惣菜屋で揚げたてのコロッケ売ってましたよ
とりあえず、コロッケ食べながら、じっくり考えません?
イサオもそう思うだろ?
「ニャンゴロゴロコロコロ……」
ほら、イサオも「冷めたコロッケのコロモのところを食べたい」っていってますよ
……
えー、入るんすかー
なんか、嫌な予感がするなー
事件に巻き込まれそうな気がするなー
きっと、入ったとたんに殺人現場に出くわしますよね、映画だったら
そんで、犯人と目が合っちゃったうえに、近隣住民にアタイラが目撃されちゃって
警察と闇の組織の両方に追いかけられますよね
逃げ回って、逃げ回って、追い詰められて
高い塔に登ったら、てっぺんまで追い詰められちゃって、絶体絶命
あー、もうダメだと思ったら、急にヘリコプターが現れて
やったー! 助かった! と思ったら、敵で
ヘリ備え付けの機関銃でダダダダダって撃たれて、ハチの巣ですよ
『俺たちに明日はない』のボニーとクライドみたいな、あんな綺麗なハチの巣になんかなりませんからね
ヘリコプターの重機関銃は相当強力ですから
肉片ですよ、肉片!
肉片になって、メンチカツの材料になるんすよ
現実なんて、そんなもんっすよ
な? イサオ
「ゴロコロニャウチ」
「コロッケよりはメンチカツの方が好きだ」?
イサオ、この野郎―
……
で、もう一回訊きますけど、どうします?
惣菜屋に行って揚げたての美味しいコロッケを食べるか、江戸川興信所に入って肉片になるか……
……
え? 肉片? マジっすか!
先輩、カッケー!!
……
じゃあ、入ってみますよ
……
ん? 先輩、なに化粧直ししてんすか?
「殺人犯がイケメンかもしれないから」って?
なに、殺人事件に遭遇する前提なんすかー! しかも、イケメン前提!
もしかして先輩、イケメンの殺人犯と禁断の恋に落ちようとしています?
そんで、最後の最後に、先輩を守るために組織を裏切り、死んでいくイケメンを抱きかかえながら号泣する気、満々でいます?
しかも、自分だけ生き残って、人には話せない過去を持つ、影のあるイイ女になろうとしてません? 阿木耀子の歌詞に出てきそうな女に……
先輩、現実はそんなに甘くないっすからね!
ジャン=ポール・ベルモンドみたいなイケメンの殺人犯なんていません!
現実の殺人犯なんて、大概、しょぼくれたオッサンですからね!
じゃあ、入りますよ
すみませーん、面接受けに来たんすけどー
……
……
あれ? 誰もいないのかなー
……
……
「ごめん、チョット待ってくれるかなー」
ああ、いた! 良かったー!
……
奥の小さなキッチンのような所からオッサンが一人出てきました
そして、カリスマシェフっぽいエプロンで手を拭きながら「お待たせ」といいました
……
あっ、こんにちはー
先輩、……しょぼくれたオッサンでしたね
このオッサンにも、可愛らしい子供時代があったなんて信じられないくらいに、しょぼくれてますね
ん? なんっすか? 先輩
こんなんだったら、コロッケの方が良かった?
先輩、カッコ悪っ!
面接を受けたいんですけど、大丈夫ですか?
「ああ、とりあえず、そこのソファに座って」
……
実はアタイラ、いろいろ事情があって、どうしても仕事が欲しいんです!
「まあまあ、落ち着いて、……先ず、僕は江戸川興信所の所長の〈高〉といいます、よろしく」
え? 〈高〉って、もしかして高 信太郎?
「良く知ってるね」
せ、先輩、凄っ!
……
あっ、でも、〈江戸川〉興信所って……
「うん、ここ江戸川区なんで」
……
知ってました、知ってました、知ってましたけど、一応確認のためにね、ね、先輩
……
それからもう一つ、この求人広告には江戸川〈探偵事務所〉って書いてあるんっすけど……
……
この言葉を聞いた瞬間、高所長の顔から笑みが消えました
そして、ソファから急に立ち上がると、窓のブラインドを閉め、玄関ドアを開け、外を確認してから鍵をかけたのでした
アタイと先輩は顔を見合わせました
……
「失礼、そっちの方だったんだね」
……
しばらくの沈黙
……
「残念ながら、求人は一名のみなんだよね」
そこをなんとか……さっきもいいましたけど、アタイラには事情がありまして……
「もちろん、人はみな、色々な事情を抱えながら生きてるからねぇ、うちの事務所も見ての通りの零細なもんで、二人も雇う余裕が無いという事情を抱えているというわけさ」
そこを何とか……
「無理だね、今日のところは、いったん帰って、二人のうちのどちらが面接を受けるのか、しっかりと話し合ってから、もう一度出直してくれるかな、残念だったね、子ネコちゃん」
子ネコちゃんって……
先輩、こいつ何か、村上春樹っぽいつーか、昔の洋画のアフレコみてーな喋り方しますね……しょぼくれたオッサンなのに
高所長は、適当なことをいってアタイラを追い払おうとしているな、と感じました
そして、それと同時に、今、この時を逃したら二度とチャンスは訪れないな、ともアタイは感じたのです
……
高所長、こんな風に考えてみてください
所長は散歩中、犬猫病院の前を通りかかります
そこには、「子猫もらってください 」という張り紙がありました
写真の子ネコの可愛らしさに魅了された所長は、衝動的に病院に入ってしまいます
子ネコは二匹いました
所長は気にいった方の子ネコを指さし「このネコをください」といいます
すると獣医さんがいいます「この子ネコたちは、ふたりぼっちです。引き離すのはかわいそうです。できたら二匹とも引き取ってもらえるとありがたいのですが……」
所長は、もう一匹の子ネコに手を伸ばしてみます
子ネコは「ミャーミャー」と鳴きながら手にまとわりつき、ついには、所長の服に小さな爪を立てて必死によじ登ってきます
なぜだか、所長の目から涙があふれてきます
そして、所長はいうのです
「ぜひ、二匹とも引き取らせてください」
……
所長さんが今抱いている、その二匹の子ネコちゃんがアタイラです……
……
……
高所長はしばらく黙り込んでいましたが、急に笑い出すと
「しばらくは一人分の給料しか払えないけど、それでもイイかい?」といいました
いや、アタイラは二人で一人前ですが、給料は二人分欲しいです
「ハッハッハッ、君たちは大変興味深い考え方の持ち主だね~」
……
きょ、興味深い……
……
ちょうど、このタイミングで、イサオがリュックサックから、のそっと出てきました
そして、「ミャー」と子ネコのような声で鳴きました
所長はそれを見ると「なるほど……」とだけいいました
「これからパスタを茹でようと思っているんだが、君たちも一緒にどうだい?」
……パ、パスタを茹でる!
所長、なんか、パスタを茹でるアピールで、料理できる男はカッコイイ的な雰囲気をかもし出そうとしてるみたいっすけど、それって逆にカッコ悪いっすから
男が料理するのって当たり前っすから、令和では
「レイワ?」
あっ、いや、将来はそんな感じになるんじゃないかなー、と思って……
……
ところで、そのパスタって何味っすか? ナポリタンっすか?
「いや、もずく酢で和えようと思っているんだが……」
ゲェ! そんな健康に良さそうなスパゲッティ、体が受けつけないっす! ね、先輩
もっと、こう、脂っこいモノないっすか?
「あー、たしか冷蔵庫に飛騨牛が入ってたような……」
よっしゃー! それ行きましょう!
冷蔵庫に飛騨牛がつねに入ってるなんて、さすが裏社会っすねー
……
「あと、友人が譲ってくれた、とっておきのワインもあるんだが、どうだい?」
ゲェ! とっておきのワインを譲ってくれる友人? 気持ち悪っ!
もずく酢スパゲッティ以上に気持ち悪いっす!
とっておきのワインを譲ってくれるような奴は友だちじゃないっすよ
友だちってのは、夜中の迷惑な時間に急にやって来て、つまらない話を一方的にしながら冷蔵庫をあさる奴のことをいうんですよ、ね、先輩
とっておきのワインを譲ってくれるような奴は、友人じゃなくて知り合いです、知り合い
所長さんが成功している期間限定の知り合いです
所長さんが事業で失敗して無一文になった瞬間に、所長さんの前からサッと消えますよ、そんな奴
その点ね、アタイラのダチはね、景気のイイ時でも無一文の時でも、変わらず冷蔵庫をあさりに来ますから
「んだよ、景気悪いなー、何もねぇじゃねーか」とかいわれちゃって、ダチが帰ったあと冷蔵庫を開けてみると、見覚えのない〈ほか弁〉が入ってたりしてね
……
「じゃあ、とっておきのワインはやめておいた方がイイのかな?」
え?
……
先輩、どうします?
……
やたらとワインのウンチクを語らないんだったら、付き合ってやってもイイそうです
「ハッハッハッ、君たちは実に興味深い」
……
きょ、興味深い……
……
「しかし、noteでウンチクを語るなっていうのは、ずいぶんと厳しい注文だねぇー」
このあと、アタイラは飛騨牛のステーキを食べ、とっておきのワインを味わうこともなくグビグビと飲み、ベロンベロンに酔っぱらいました
そして、所長とアタイラの三人は肩を組んで『ノルウェーの森』を朝まで大声で歌い続けました
『ノルウェーの森』というのは、〈ずうとるび〉のパロディ・バンドで有名な、あの〈ビートルズ〉の曲なんだそうです
高所長は、村上春樹気取りのしょぼくれたオッサンでしたが、一緒に飲んでみると結構イイ奴でした
ところで、他の従業員はいないんすか?
「いるよ、お台場に」
お台場?
「ああ、お台場の大江戸川温泉物語興信所に六人くらいいるねー」
うわ! アタイラもそっちの勤め先の方が良かったなー!
……
「そんなことより、連絡先を教えてもらえるかなー、一応」
あー、アタイラ、そういうの無いんで……
〈吉幾三〉的にいうと「住所も無ェ、電話も無ェ、お金もそれほど残って無ェ」なんすよ
……
それを聞いた所長は、しばらくの間、この事務所で暮らしてイイといってくれました
ただし、所長が出勤してくるまでに事務所を綺麗に掃除しておくことが条件でした
給料も、少しですが前払いとしてアタイラにわたしてくれました
研修? もしかして、大江戸川温泉物語?
「いや、残念ながら違うんだ」
格闘技?
「うん、裏社会の探偵ってのは物騒な仕事が多くてね。最低限の護身術や格闘技を身につけておかないと危ないんだ」
いや、アタイラ、ケンカでは一回も負けたことないんで、ね、先輩
「ケンカと格闘技は違うよ」
でも、アタイ、ボクサーにも女子プロレスラーにもケンカで勝ってるんで
「またまた」
ホントっすよ、もちろん、まともに闘ったら勝てませんよ
まずですねー、ケンカの前に靴ひもを結ぶんですよ
そんで、「てめえ、サンダルなのに、なんでひも結ぶんだよ!」って近づいてきたら、手に握ってた土を相手の目に浴びせるんっすよ
あとは、目が見えなくなって、もがいてる相手をボッコボコ
「それはさすがに反則では……」
所長さん、実戦では、勝つことが最優先なんすよ、宮本武蔵と一緒です
でも、そのあと、女子プロレスラーとは親友になりましたけどね
「そんな卑怯な勝ち方する人と、よく親友になったね。その女子プロレスラー」
あー、そいつ、今では毒霧を吐いて、対戦相手の目をつぶしてますよ
……
「まー、でも、これも仕事だと思ってやってくれないかなー、研修」
あー、まー、イイっすけど……
……先輩も気づきました?
高所長、明らかにアタイラの強さを確かめたがってますよね
とりあえずは、あんまり手の内を見せないように適当にやりましょう
先輩も興奮して調子に乗らないように注意してくださいね……
……
それより、まずはイサオの餌を買いに行きましょう
……
……先輩、この時代はまだ『CIAOちゅ〜る』売ってないみたいっすよ
……『モンプチ』ならギリギリありますかねー
……まあ、無かったら冷蔵庫の飛騨牛、食べさせちゃいましょう……