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【書評】ただしさに殺されないために

御田寺圭さんの「ただしさに殺されないために」を読みました。
ネットでは有名な論客でもあることを後から知ったのですが、主張はさておき本の質は極めて高い良書でした。

ヘビの寓話と本のスタンス

この本を読むにあたって、そもそも本のスタンスが理解できないと迷子になる可能性があります。個人的には、その説明にもってこいなのは、橘玲さんのヘビの寓話だと思います。

ここでは実例がぼかしてありますが、それもそのはずで、この手の話題がどうしても際どくて不愉快なものだからです。
この不快な実例を御田寺圭さんの本では所狭しと語ってくれます。

ヘビの寓話において、ヘビとは「現代社会の価値観」と「進化の過程でつくられた(無意識の)感情」の非整合性の象徴といえます。

この本の目的は、「ヘビによって発生する様々な認知的不協和を解消するために、社会的に『透明化』されているヒト・モノ・コトを浮かび上がらせて提示していくこと」といえるでしょう。

下記の抜粋は端的にそのことを示しています。

本書は物語の否定である。

「正しさ」を語る物語への挑戦である。

なんら物語にもならないまま、闇の中にうち捨てられていた断片をひろい集めた、ひと塊の記録である。美しく輝き、人びとの心を打つ物語の影で、だれからも見向きもされず、埃をかぶって、ときには腐敗していたものをつむいで、紙面に浮かび上がらせたものだ。

ただしさに殺されないために

Amazonの感想のなかで「解決策がない」「対案がない」というような批判があり、それはその通りなのですが、ヘビの存在が悪いと批判することが目的ではないと明言しているわけなので、その批判はお門違いでしょう。

では、この本のテーマの一つである「透明化」とはなぜ発生するのでしょうか。

透明化はなぜ発生するのか

人間の本質である「進化の過程でつくられた(無意識の)感情」に対して、「現代社会の価値観≒ただしさ」を適用する場合、その不整合性はシステムとして解消のためのリソースが割り当てられます。しかし、残念ながら社会的リソースは有限であるために、この配分を巡る議論は残酷なものとなります。この配分はそれこそ誰しも等しく割り当てられるべきですが、実際は効率的に解消できるよう「主観的な価値基準である共感性」「遺伝や環境による干渉不能のパラメータ」など、建前上の平等性を保ちながら傾斜がつけられます。この不平等性は不都合な事実であり、リソースの割り当てられない存在=御田寺圭さんの表現するところの「黒くて大きい犬」は、社会的に不都合であるが故に「存在しなかったこと=透明化」されます。

これは社会システムのリソースが有限であるために必ず発生する問題であり、作中では「影」と表現されています。この影は、少なくとも現在残っているものは、どれもこれも誰しもが納得する形での解消方法がない難しいものばかりです。ゆえにミクロレベルでは、この解決の努力を誰かに押し付けて先送りするのが合理的な手段であり、その先送りのリスクは「分散」という形で見知らぬ誰かに、しかし残酷にもこの影を解消しようと努力する誰かに優先的に押し付けます。

「ただしさ」は「誰しも」ではなく「誰かに」とって都合の良いものです。その「ただしさ」を維持するために、結果的に発生する不都合なヒト・コト・モノを、「認識し解決の努力する」ではなく、「透明化して先送りし、そのための利息=リスクは包摂しようとした誰かに優先的に押し付けている」にも関わらず、「ただしさ」として振り翳したり、一連のそれらを仕方ないものとして是認し開き直ったりすることは正義か、と作者は突きつけるわけです。

まとめ

このような感じで透明化の議論だけで興味深いのですが、そのようなテーマを持った物語が合計30章綴られています。
個人的には、結論が優れているとか共感しないとかはこの本の価値を決める部分ではないと思います。この本の価値は洗練された武器とそれを用いた攻撃手法にあり、「ある主張をする場合は、その主張のもつ脆弱性も併せて理解していなければ戦えない」「不十分な理解は、その脆弱性を不用意にさらけ出す行為に繋がる」という、当たり前のような教訓の実例を銃弾のように連射してくれるところにあります。なので「結論に賛同できないから読まない」というのはこの本の価値の観点からは勿体なく、そのような実例を知りたい人におすすめだと思います。

主題とはややずれますが、この本で展開される物語は、もしかしたら結局は個人的な武器として還元するものと、癒しや慰めとして使用するものとの格差を拡大させるものになるのではないでしょうか。それだけの価値と解釈の複雑性をこの本は有しており、もしそうだとすれば、それはこの本が掲げた目的の結末としては皮肉なものかもしれません。


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