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英語詩の言葉遊び(5):ナンセンス詩の作り方

ルイス・キャロルの「アリス」の魅力は、ナンセンスなファンタジー。

児童文学だけれども、子供のための本という建て前を超えて、時代を超えて、国境を越えて愛されているのは、その不思議な世界観のため。

自分は個人的に作者ルイスキャロルの言葉の多彩さに魅了されていますが、出版より150年を経てもいまだに魅力と新鮮さを失わないのは物語の摩訶不思議なファンタジー世界の造形のユニークさのため。

類似の作品が雨後の竹の子のごとくに作られ、これからも作られてゆきそうですが、本家本元のオリジナルを超える作品は、おそらく未来永劫現れない。

類似作品は全て二番煎じというわけです。そういう作品には夢オチが多いと思いますよ。アリスの伝統を踏襲しているのか?

そんなアリスの「言葉」の要素のことは、前回のジャバウォック退治の詩で徹底的に解説しましたが、

今回は世界観のお話。

でも作品の持つ世界観の発想自体もまた、ナンセンス詩を創作する発想から生まれたものだとわたしには思われます。

前後のつながりがなくあり得ない情景や出来事が取り止めもなく繰り広げられる夢の世界。

でも夢はなかなか視覚化出来ないものなので、夢は言葉によって描かれる。視覚化すると夢の持つ無限の可能性が限定されてしまうものです。

言葉は想像力を喚起するもので、特に言葉の背後に隠れた意味を含蓄させる詩句は夢の世界を現出させるにふさわしいもの。

わたしの好きなシェイクスピアのテンペストの言葉も、同じかも。

シェイクスピアという詩人は、ルイス・キャロルと同じような人だったのでは。

我々は夢を紡ぐ糸と同じ素材から作られていて、
我々の小さな人生は眠りによって閉じられる

ウィリアム・シェイクスピア「テンペスト(嵐)」

ナンセンス詩の世界

Nonsenseという言葉はフランス語由来。

Nonはフランス語の否定の節辞詞。Senseは感覚という意味ですが、Common Senseが「常識」を意味するように、共通の認識という意味が本来の語意。

ですので、Nonsenseは「普通ではない、おかしな認識」という意味になります。

発音記号では 

nάnsens (米国英語) カタカナで「ナンセンス」
nˈɔnsns (英国英語)  カタカナで「ノンセンス・ノンスゥンス?」
ーアリスの作者ルイス・キャロルはイギリス人なので、この発音でこの言葉を読んだはず。

https://ejje.weblio.jp/content/Nonsense

と発音記号では表記され、イギリス式とアメリカ式では、母音の発音が明らかに異なります。

イギリス式とアメリカ式では、AやOの音がアイウエオ的に逆さまになることが多いですね。

「怒り」WrathのAは、アメリカ式ではAppleの「ア」、でもイギリス式は「オ」。「知識」KnowledgeのOはアメリカ式ではNonsenseの「ア」、でもイギリス式は「オ」。このルールはかなり汎用性がありますが、英語は例外だらけなので、やはり、いちいち調べないといけません。

「不思議の国のアリス」はイギリスの本ですので、カタカタ表記はノンセンスの方が正しいと思いますが、日本ではアメリカ英語式カタカナが主流ですので、ここではナンセンスで統一しておきます。

ナンセンスとは!

アリスの原作を読むと:

  • 白ウサギがチョッキを着ていて、言葉ったり

  • アリスの体が大きくなったり小さくなったり

  • 絶滅したドードーや、ニセ海亀やハンプティ・ダンプティなど現実には存在しない、見知らぬ動物たちがたくさんいたり

  • 抱いていた赤ん坊が知らぬうちに子ブタに変わったり

  • 会話をしていたチェスの白い女王が突然ガチョウに変わったり

などなど、不可思議な世界。

いまでこそ、こうした現象が普通に繰り広げられるファンタジーな漫画的な世界は映画や漫画やインターネットでいくらでも見つけることができますが(魔法だとかメタヴァースだとか、いろんな理由付けがあることが普通)そんなシューリアルなファンタジーを作り出せると、大人気になります。

19世紀後半に出版された「不思議の国のアリス」に世界中の人が驚いたのも頷けます。

それ以前にはこうした荒唐無稽な物語は、魔法の世界以外はほとんど知られていませんでしたから。

前後の脈絡に関係なく、世界が歪んだりするのは、実はナンセンス詩というは発想そのものというのがわたしの持論です。

そこでナンセンス詩の書き方を考えてみましょう。

ナンセンス詩の書き方

素晴らしい動画ありますので、これを解説します。

前置きはいらないので1分35秒から始まるように動画を張ります。

日本語字幕がないので解説すると、ナンセンス詩とは、言葉の連想遊びなのです。

「しりとり」に少し似ていますね、でも語尾の音ではなく、前の単語から連想される言葉で、ダンさんは詩を展開しています。

ちなみに英語世界では「しりとり」という遊びは一般的ではありません。Word Chain Game などと訳されますが、英語は音素が日本語よりも圧倒的に複雑で、またスペリングが複雑怪奇。小さな子供が遊ぶには難しすぎるのです。

その代わり、Spelling Beeという単語のスペルを当てるゲームが大人気。日本語で難しい漢字をあてるテレビ番組や漢字検定もありますが、英語の場合は日常語のスペルさえも大人が書けないものがおおい。

マリファナとか、まず普通の人は綴れない!Marijuanaって読めますか?Pronunciationは動詞につられて、Pronounciationと綴るなんて日常茶飯事。

動画解説

さて、この動画、子供が詩を最初に書くには良い方法です。幼稚園児でも書けそうです。

まず彼は4行で一行ごとに4字と設定。

最初にWalter(ウォルター)という名前からスタート。
そしてWalterからWalter Lemonface(ウォルターフェイス)というキャラを連想して(私はこんなの知りませんが)、Lemon(レモン)を二つ目の言葉に。

そして最初の語のWalterを無視して、LemonからYellow(黄色)。Yellow一語からSun(太陽)。ここで一行完成。

Walter Lemon yellow sun

無理やり訳せは「ウォルターレモンに黄色い太陽」
詩ではBe動詞はしばしば省略されます
また名詞を並列して接続詩なども省略

ここで二行目ですが、二行目の頭に戻らずに、英詩の命は韻律 Rhyme & Rhythm ともいえるので、韻を意識して、二行目の最期の言葉を考えます。

Sunと韻を踏む言葉は山ほどありますね。Son, Run, Fun, Tan, Ton, など。

ここではダンさんはFun(愉しみ)を選び、今度は逆向きにFunからGame, Game(ゲーム)からPlay(「遊ぶ、遊び」)として文法を考えて主語にKids(子供たち)としました。

二行目は

Kids play game fun

「子供たちはゲームを楽しむ」
文法的にFunは目的補語になりますが、With Funの方が文法的には正しい
でも詩作の世界では前置詞なんかは省略されてもかまいません

三行目はまた最初のKidsからSilly-Funny-Smile-Brightと連想します。連想はAssociate。

Silly funny smile bright

「ひょうきんでおかしな笑顔が明るく」

最後の行はまた語尾のBrightから韻を考えて(英語の詩は2行ごとに韻を整えます。長い詩ならば、交互に一行目、三行目をそろえて、二行目と四行目を同じ韻にします)、Brightと韻が同じなKite(凧)。

ここから逆向きにFlying - Birds - Songとします。

Song birds flying kite

「歌の上手な鳥が凧を飛ばしてる」

これで完成!

意訳すると「ウォルターレモンみたいな黄色な太陽で
子供たちはゲームするのが楽しい
へんてこでおかしなスマイル明るく
歌の上手な鳥が凧を空に飛ばしてる(歌歌いの鳥は凧みたいに飛んでゆく)

ナンセンスな世界!シュールかな(笑)
もっと言葉の音を整えるともっとよくなりますが、即興でこの出来ならば悪くない
Silly, Funnyなど、音が重なる部分があると耳に心地よい
英語詩は言葉遊びであると同時に、言葉の色合いの変化による音楽なのです

まあ他愛のない詩ですが、俳句のような感じ。

子供たちの楽しそうな世界という感じは出ていますね。

この連想という発想は、誰もが睡眠中に体験する夢を言語化したものとも言えます(無意識に我々は睡眠中に連想しているのです)。

この詩作のように、発想が飛んで飛んで空想的な世界が生まれる。

ナンセンス詩に挑戦!

それではわたしもひとつ書いてみます。

「不思議の国のアリス」に題材をとって、アリスのように、挿絵のない本を読むのに退屈した女の子から詩を始めてみます。

最初の言葉は「本」にします。A book。

退屈したなので、BでつながるBored「退屈させた」とします。

次に女の子「A girl」。

1行で三語というよりも、アクセント(ビートのこと、Meterといいます)が三つの詩ということにします。

こちらのやり方が英語の正しい韻文詩です。

弱強のパターンで、三つのビートが各行に含まれている場合は、

弱強三歩格 Iambic Trimeter

四つは Iambic Tetrameter、
シェイクスピアが得意とした五つの場合は Iambic Pentameter
六つの場合は Hexameter
一つは Monometer, 二つは Diameter
要するに、ギリシア語の数字をMeterの前に付けると韻律のパターンを言い表せます

といいます。私の詩の一行目は

A book bored a girl

絵のない本は女の子を退屈させた
アクセントは規則正しく弱強の繰り返し

さて次の行ですが、上のナンセンス詩の書き方に倣って、行の終わりのGirlと韻を踏む言葉を探します。 /əːl/の音で終わる単語が必要。

すぐに思いつくのは

  • Whirl 「ぐるぐる回す、回る、渦巻く」

  • Swirl 「フラフラする、渦を巻く」

  • Pearl 「真珠」

ここではだれでも知っていそうな「Pearl」にします。

次は真珠と関連のある連想して思いつきそうな言葉ですが、ナンセンスでも無理に全然文脈と関係のない言葉である必要はないので、Earnings として、次に前置詞 Withで、with earnings pearl とします。

普通は Pearl Earningsですが、詩の中では語順は自由(笑)。でWithは弱拍で強い音節が一つ足りない。だから修飾語の形容詞を名詞の前につけて

二行目は

With blue earnings pearl

「イヤリングをつけた、珍しい青い真珠の」

次はWith からWつながりでWhoとします。Whoは退屈している女の子のことなので、ここで退屈から逃れる何かが欲しい。whoは弱拍。

だから続きは強い拍で始まる言葉。そして動詞のDesired「願った」を使いたいですが、動詞を修飾してくれる副詞を前におきます。願望を修飾するに良い言葉は、程度を表す副詞。EagerlyでもPassionatelyでもBadlyでも。ここでは前の行のBを受けてBadlyに。

who badly desired

彼女はひどく願った

このままでは音節の数が足りない。最後にもう一語必要。

だからDつながりの Departure をおいてみましょう。出発という意味。

who badly desired departure

ナンセンス詩の書き方のお手本に基づいて、Departureにつながる言葉を探しましょう。

すぐに思いつくのが、Adventure 冒険。Picture 絵もいい。

DepartureをAdventureにつなぐには?

お手本ではAdventureからさかのぼるのですが、departureは起点を必要とするので、四行目の頭にはFromをおきたい。

だからお手本に逆らって、

From the book without a picture

絵のない本から(の出発)

としてもいい。これでいいかな。

ナンセンスな要素を挿入したいのですが、お手本に従わなかったために、ここまでは普通の詩になりました。でも書き方は韻律のルールを意識しつつ、いろんな連想をしてひたすら英単語を繋いでゆけばいい。

英語の勉強にも役立ちますよ。チャットGPTに頼っては勉強になりませんが、最後に添削してもらうのはいいと思いますよ。

わたしの試作ナンセンス詩の第一聯スタンザはこんなふう。

ここからもっとファンタスティックに主題を広げてゆくとナンセンスになります。

アリスの場合はチョッキを着た白ウサギに出会ったのでした。イヤリングはしていなかったのですが。

A book bored a girl
with blue earnings pearl
who badly desired a departure
from the book without a picture

「青い真珠のイヤリングをつけた
少女は本に退屈した
旅立ちをひどく望んでいた
絵のない本から」

ナンセンス要素がいささか欠如していますが、
ナンセンス詩の導入部としてはよしとしましょう笑
リズムは悪くない!

ちなみに青い真珠とは、Pauaと呼ばれる金属光沢を持つアワビの殻の突起した部分を加工して真珠の形にしたもの。

架空のものだと、ナンセンス詩にふさわしいのですが、実際にそういうものが実在するのです。

ナンセンスにするならば、わたしの詩の真珠の色はオレンジでも緑でもよかったかも。

B音が多いからBlueにしたのですが。Black Pearlは実在してよく知られているし、小さな女の子向きじゃないですね。

ニュージーランド特産の青真珠
こんな奇形的な突起があるアワビの殻がまれに見つかり、これが真珠そっくり
残念ながら、貝の身の中で育まれる真珠ではありません
貝殻の一部

日本発のナンセンス・アニメ映画

ナンセンスとは夢の出来事だともいえます。ある意味、夢の世界に実在しているのです。

誰の夢にも深層心理が隠されています。

「鏡の国のアリス」の主人公アリスは、チェスの歩兵(ポーン)から最後に昇格して女王(クリーン)になりますが、それもアリスの潜在的な願いだったのかもしれません。

女王になって、そして夢から覚める。

それが「鏡の国のアリス」の世界でした。

夢の世界を絵で表現すると?

夢のような前後の脈絡なく変化する世界の発想は、現代のサイエンス・フィクションに生かされています。

アリスの世界は、疑似現実に根ざした科学系の未来世界ではない(スターウォーズなど)、超現実系のSF発想そのもの。

ちなみにSF=Science Fiction は、英語ではSi-Fi(サイファイ)と呼ばれ、SF(エスエフ)とは呼ばれません。少なくとも自分は聞いたことがない。

そこでアリス的なナンセンスな世界観として思い出したのが、今は亡き今敏こんさとし監督によるアニメ映画:

  • Millennium Actress「千年女王」2001年。

  • Paprika「パプリカ」(原作は筒井康隆)2007年。

日本アニメ界が作り出し超傑作SFアニメ映画。

今敏監督の、超現実的な発想はぶっ飛んでいますが、アリスを読んでいて、全く同じなのではという想いに囚われました。

こういう狂った世界は、大人版「不思議の国のアリス」!

「パプリカ」の暴走パレード

つまり、すべてアリス的なごったまぜナンセンス。

別のアニメ映画「夜は短し歩けよ少女」(2017年)もまた、同じような世界観。

どれも奇想天外で、目くるめくカラフルな画像が目を見張りますが、ようするに、これらの元祖が「不思議の国のアリス」であり「鏡の国のアリス」なのだなと思えます。

エッグマンにルーシー!

次回は、「アリス」にインスパイアされてナンセンス詩を書いたビートルズのジョン・レノンの音楽を紹介いたします。

ルーシーの最初はこういう詩ですね。ナンセンスそのもの。

Picture yourself in a boat on a river 
With tangerine trees and marmalade skies
Somebody calls you, you answer quite slowly
A girl with kaleidoscope eyes

川の上でボートに乗っている自分を思い描いてごらん
タンジェリンの木とマーマレードの空と一緒に
誰かが君を呼んでいるよ、君はゆっくりと返事をする
万華鏡の目をした女の子に


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