シェイクスピア喜劇「ヴェニスの商人」を締めくくる悲しみの歌

英国ルネサンス期の不世出の劇詩人ウィリアム・シェイクスピアはわたしの生涯に最も大きな影響を与えた大作家のひとり。

日本人はシェイクスピアを古くから愛してきました。明治時代には沙比阿(しゃぴあ)という漢字表記の名前で本格的に作品が伝えられるようになり、1880年代に言論一致運動で有名な坪内逍遥が全作品の和訳を開始します。逍遥はシェイクスピアに対して尊敬を込めて沙翁(さおう)と呼びました。

逍遥のおかげでシェイクスピアは欧州最大の大作家として知られるようになりましたが、英語は日本語とは全く違ったリズムをもつ言語なので日本人にはとても難しく、あまりの名声のわりにはシェイクスピアの英語を読まれる日本の方が数少ないことは残念です。

わたしは無人島への一冊として、英語のシェイクスピアのどれかを携えてゆきたいと思うほどにシェイクスピアが大好きです。聖書よりもシェイクスピアです。

シェイクスピアの何がいいと言えば、それは弱強五歩格という詩文で書かれたリズム感の素晴らしさ。

「弱強・弱強・弱強・弱強・弱強」という規則正しいリズム。音楽でいえばアップビート。To be or not to be, that is the question。これも弱強五歩格。

音読してこれほどに気持ちのいい英語はあり得ません。日本語で言えば五七五七七のような音の快楽です。世界言語の英語で作品を書く作家は山ほどいますが、誰もシェイクスピアの詩文の凄さには及ばないのです。

英語で音読しないとシェイクスピアの良さはきっと半分も理解できません。

シェイクスピア劇は何度も映画化されていますが、ゴッドファーザーのマイケル・コルレオーネ役で有名なアル・パチーノがユダヤ商人シャイロックを演じた2005年の「ヴェニスの商人」は21世紀のシェイクスピア映画の最高傑作かもしれません。

映画「ヴェニスの商人」はシャイロックの悲劇として再解釈されたビタースウィートな古典映画。まだ見られたことがないといわれる方は是非ご鑑賞ください。日本語字幕ならばシェイクスピア英語も難しくはありません(笑)。吹き替えではなくて英語の音を聞いてみてください。

劇中第五幕ではハッピーエンドの歌が歌われますが、映画の最後、「月明かり」の歌は悲しい短調の歌として登場します。ヴォーン=ウィリアムズなどの作曲家は明るく美しい天上の歌として大団円をうたい上げるのに、この映画の歌はあまりに寂しげです。Jocelyn Pook(ジョスリン・プック 1960-)の作曲。

How sweet the moonlight sleeps upon this bank! 
なんて素敵なんだ、月明かりが土手の上でまどろむとは
 Here will we sit, and let the sounds of music 
僕らも座ろう、音楽が僕らを包み込む
 Creep in our ears: soft stillness and the night 柔らかな静謐、
 Become the touches of sweet harmony. 夜は甘い響きにぴったりだ🎵

シャイロックを打ちのめしたアントーニオたちには喜びの歌だけれども、不当な人種差別から虐げられて全てを失ったシャイロックには不条理な人生の哀歌。

アンドレアス・ショルのカウンターテナーの歌声は聴く者をルネサンス時代の水の都へといざないます。

誰の視点から見るかで世界は180度全く違ったものに見えるのです。
「綺麗は汚い、汚いは綺麗」の世界。シェイクスピア劇を鑑賞する醍醐味です。

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